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闘争

光が収まると、そこは巨大な空洞だった


天井が見えない


壁も見えない


ただ、足元に石畳の道が一本、闇の中へ伸びている


道幅は二メートルほど


両脇は奈落だ


底が見えない


小石を蹴落とす


音が返ってこない


『ここからが本番だ。離れるな。道を外れるな。死にたくなければ俺の後ろを歩け』


男が松明を取り出す


火を点ける


闇が後退する


それでも視界は五メートル程度


『仲間のところまでどれくらいかかる』


『順調にいけば半日。ただし順調にいくことはまずない』


『何が出る』


『壊れたやつらだ。審判に落ちて、燃料になるのを拒んで、でも使う側にもなれなかった連中。人だったものが化け物になってこの道を徘徊してる。門番と呼んでる』


男が腰から鉈を抜く


刃渡り三十センチほど


使い込まれて刃こぼれしている


『お前も武器がいる。そこの壁に手を突っ込め』


壁などない


闘の脇は奈落だ


『道の縁だ。手を伸ばして下に突っ込め。肘まで入れろ』


私は道の縁に膝をつく


手を伸ばす


奈落に手を入れる感覚


冷たい


水のような


泥のような


何かが指に触れる


『掴んで引っ張れ』


私は掴む


引き抜く


鉄パイプだった


長さは一メートル


錆びているが重い


殴れば頭蓋骨くらい砕けそうだ


『武器はこの世界が与える。お前が必要とすれば出てくる。何も出てこなかったら見捨てられたってことだ。その時は諦めろ』


男が歩き出す


私は鉄パイプを握りしめて後に続く


足音だけが響く


自分の呼吸が嫌に大きく聞こえる


どれくらい歩いたか


時間の感覚がない


ふいに男が足を止めた


『来るぞ』


前方の闇が蠢いている


松明の光に照らされて、それが姿を現した


人間だ


いや、人間だったものだ


二足歩行の形状はしている


だが頭部がない


首から上が欠損している


代わりに断面から無数の触手が生えている


触手の先端に目玉がついている


青い目玉だ


全部がこちらを向いている


『門番だ。青目のなり損ない。審判で落ちて、燃料になる前に逃げ出した。目だけ取られて、身体が残った。ああなる』


門番がゆっくりと歩いてくる


触手がうねうねと蠢く


目玉が私を追っている


『一体だけか』


『いや。後ろにもう二体いる』


振り返る


闇の中に二つの影


こちらも頭部がない


一体は四足歩行だ


人間の身体を無理やり折り曲げて這っている


背中から触手が扇状に広がっている


もう一体は直立しているが腕が六本ある


全ての手の先に目玉がついている


挟まれた


『俺が前の二体をやる。お前は後ろを抑えろ。殺さなくていい。時間を稼げ。死ぬな』


男が駆け出す


私は振り返って鉄パイプを構える


四足歩行の門番が地を蹴った


速い


犬のような速度で突っ込んでくる


私は横に跳んだ


道幅は二メートル


跳べる距離は限られている


門番が私の脇を通り過ぎる


触手が一本、私の腕を掠める


熱い


切れた


血が滲む


門番が反転する


また突っ込んでくる


私はパイプを振り下ろした


狙いは頭部


頭部はない


触手の根元だ


ガヅッ


鈍い手応え


門番の動きが止まる


触手が痙攣する


今だ


私はパイプを引き抜いてもう一度振る


横薙ぎ


触手が三本飛ぶ


青い目玉が宙を舞う


門番が仰け反る


だが倒れない


残った触手が私に向かって伸びる


一本が首に巻きつく


締まる


息ができない


『ぐっ——』


視界が明滅する


酸素が足りない


私は左手でパイプを握ったまま、右手で触手を掴む


ぬるぬるしている


力が入らない


触手が更に締まる


気道が塞がる


このままでは死ぬ


死ぬのか


また逃げるのか


目を閉じるのか


嫌だ


私は目を見開いた


触手の先端にある目玉が私を見ている


私も見返す


逸らさない


私は右手で触手を掴んだまま、引っ張った


首が締まる


苦しい


でも触手の根元が近づく


パイプを突き出す


触手の付け根に突き刺す


ブヂュッ


液体が噴き出す


触手の力が緩む


私は首から触手を剥がして後ろに跳ぶ


咳き込む


空気が肺に入る


門番がよろめいている


今度こそ


私は両手でパイプを握って突進した


渾身の力で振り下ろす


門番の胴体にめり込む


骨が砕ける音


門番が崩れ落ちる


触手が痙攣して動かなくなる


倒した


私が倒した


振り返る


六本腕の門番がすぐそこまで迫っていた


六つの手が私に伸びる


六つの目玉が私を睨む


避けられない


私はパイプを盾にして身構えた


その瞬間


門番の胴体に鉈が突き刺さった


男が背後から跳びかかっていた


門番の肩に乗り、鉈を引き抜いてもう一度突き刺す


首の根元


脊椎があったであろう場所


門番の動きが止まる


糸が切れたように崩れ落ちる


男が門番の身体から跳び降りる


『遅ぇよ。一体に手間取りすぎだ』


『すまない』


『謝るな。生きてりゃいい。死んだやつが一番役に立たねぇ』


男が松明を拾い上げる


いつの間にか地面に落ちていた


火はまだ消えていない


『動けるか』


『動ける』


首が痛い


腕も切れている


でも歩ける


『行くぞ。まだ先は長い』


私たちは歩き出す


門番の死体を跨いで進む


触手の目玉がまだ微かに動いている


私を追っている


私は目を逸らさない


見ながら通り過ぎる


道は続く


闘の中を一本の石畳が伸びている


どこまでも


どこまでも


『さっきのあれ、四足のやつ。倒し方、悪くなかった』


男が前を向いたまま言う


『必死だっただけだ』


『必死になれるやつは生き残る。この世界じゃそれが才能だ。お前、意外とやれるかもしれねぇな』


私は答えない


ただ歩く


鉄パイプを握りしめて


次はもっとうまくやる


死なない


逃げない


目を逸らさない


それだけを考えて、私は闇の中を進んだ


-----


どれくらい歩いたか分からない


松明の火が弱くなってきた


『そろそろ休憩だ。この先に安全地帯がある』


前方に光が見える


松明とは違う光だ


青白い光


近づくと、道が広がっていた


円形の広場だ


直径十メートルほど


広場の中央に石碑が立っている


石碑から青白い光が放たれている


『この光の中は安全だ。門番は入ってこれねぇ。光が目を焼くんだとよ』


男が石碑の近くに腰を下ろす


私も座る


足が重い


全身が重い


緊張が解けて疲労が押し寄せてくる


『お前、名前は』


男が聞く


『名前?』


『この世界に来る前の名前だ。覚えてるか』


私は記憶を探る


霞がかっている


でも、かすかに


『……鳥居。鳥居、何か……』


『鳥居か。俺は覚えてねぇ。長くいすぎた。でも皆から「狩人」って呼ばれてる。この世界での名前だ。お前もそのうちつく。生き延びてりゃな』


狩人


この男は狩人


『この先に何がある』


『集落だ。使う側の連中が集まってる。今は五十人くらい。そこにお前を連れてく。それが俺の仕事だ』


『仕事?なぜ私を助ける』


『助けてるわけじゃねぇ。人手が足りねぇんだよ。この世界は縮んでる。端から消えてる。維持するには目がいる。燃料がいる。使う側の人間も減ってる。』


狩人が水筒を取り出して私に投げる


『飲め。脱水で死なれても困る』


私は水を飲む


冷たい


美味い


身体に沁みる


『この世界は何なんだ。死後の世界か。地獄か』


『知らねぇ。誰も知らねぇ。ただ、ここにいる連中は皆、元の世界で何かから逃げてきたやつらだ。自殺したやつ、事故で死んだやつ、殺されたやつ。色々だ。共通してるのは、目を逸らしてたってことだ。何かを見たくなくて、ここに来た』


狩人が空を見上げる


空はない


ただ闇があるだけだ


『俺もそうだ。何から逃げたか、もう覚えてねぇ。でも逃げたことだけは覚えてる。ここに来て、審判を受けて、使う側になった。それからずっとここにいる。どれくらい経ったか分からねぇ。百年かもしれねぇし、一週間かもしれねぇ』


『出口はないのか』


狩人が笑う


乾いた笑いだ


『あるって言うやつもいる。この世界の中心に、元の世界に戻れる門があるってな。でも誰も見たことはねぇ。噂だ。希望ってやつかもな。ここじゃ希望も燃料になる』


私は石碑を見る


青白い光が脈打っている


心臓のように


『休憩は終わりだ。行くぞ。集落まであと少しだ』


狩人が立ち上がる


私も立つ


足はまだ重い


でも動ける


『この先にも門番は出るのか』


『出る。さっきより多い。集落の近くは特に多い。連中も馬鹿じゃねぇ。人が集まる場所を知ってる』


狩人が鉈を構える


『準備しろ。次は三体や四体じゃ済まねぇかもしれん』


私は鉄パイプを握り直す


手に馴染んできた


さっきより軽く感じる


『行くぞ』


私たちは青白い光の外に出る


闇が私たちを包む


道が続いている


一本の石畳


その先に、無数の気配


蠢いている


待っている


私は目を見開いた


逃げない


逸らさない


見る


全部見る


それが私の選んだ道だ

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