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鏡の守り人  作者: 雨替流
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かつての幻

 朝焼けの中でようやく終わりが見えてきたのだが、この頃になると死人は皆の体術を越えるほどに強力と成り始めていた。


 幻と同等の体術を会得した仙吉と仁平、それに山人であれば、未だ心配も無いが、それ以外の者にとっては、かなり厳しい状況となりつつあったのだ。


「仙吉と仁平、それに山人以外は全員下がり千弦様たちの守りも兼ねてくれ」

「承知!」

「三人とも、更に集中を。先が見えて参った」

「承知!」


 残る死人は二十体程となったのだが、その素早さは危険であった。一体を仕留めるに時間が明らかに増えれば、やがて取り逃がし千弦達を脅かしてしまう事も増えてきたのである。


「だぁぁ! こっちさ来た!」

「っく! 佐助! 間に合うか!」

「承知!」


 刀を振るい上げた死人と道忠の間に急ぎ割って入った佐助だが、間合いが近すぎた事で、薙刀を短く持ち峰で防御する以外に手は無かった。


ガチン……


「ぐっ! ……くくく……」


ガチン! ガチンガチン!!


「ふっざけんなよっ! この死人がっ!」


 四度に渡って切り掛かられたのだが、その重みは只事では無かった。


「持ちこたえろっ! 」 

「しょ、承知ぃぃ!!」

「だ、だ、だ、だ……大変だ……三助さん早く!」


 佐助の防御が崩れる間際であったが、三助が間に合い薙刀で死人の両手を切り落とせば、続け様に蹴りを入れ佐助から離すと、首をはね落したのである。


「助かった、三助さん」

「良く反応したな、間に合わなければ一大事だったぞ」


 しかし此処で安堵している場合では無い、次なる死人に備えねばならないのだ。


「そっちに三つ行くぞ!」

「承知!」


 千次の声を聞き目で確認すれば、三体の死人が凄まじい速さでやって来たのである。その後を追うように佐一と太助が走った様だが、他の死人に阻まれ、救援に来れる状況ではなくなっていた。


「先ほどの攻防で気づいたと思うが、奴らかなり手強い。覚悟を以て集中を」

「承知!」


 二人が死人を迎え撃つべく前へ出れば、かすみが道忠とすず、それに一心不乱に剣を振るう千弦を守るべく体制へと入った。


「だ、だ、だ、来るだよ……」

「大丈夫、おすずちゃんもお二人も必ず守るよ!」

「む、無茶はしねえでな……あれ……? 無茶しねえと死んじまうだな……んだな……ちっと……いや、怪我しねえ程度に目いっぱい無茶してな」

「任せておいて」


 一体目を三助が相手に死闘を繰り広げれば、その体術に感心している場合ではない。残りの二体が佐助を襲ったのであった。


「くっそ、そっちに二体行きやがったか!」

「うぉぉぉ!」

「佐助! 死ぬ気で持ち堪えろ! すぐに行く!」

「しょぉぉちぃ!」


 佐助は器用に避けているのだが、それらは全て寸での事である、少しでも反応が遅ければ瞬く間に切られてしまうだろう。


「かすみさん! 佐助さんが危ない、此処は佐助さんを!」

「っく! 承知!」


 警護を任された身としては難しい判断であった、このまま待って居れば恐らく佐助はやられるだろう、そうなればあの二体は間違いなくここへ来るのだ、しかも佐助も死人となればさらに厄介な事となる。ならば此処は守備ではなく攻撃すべきところと言えよう。


 かすみが走り一体の気を惹くと、其々が一対一の戦いとなったのだが、かすみと向き合った死人は明らかにすずたちの姿を捉えている様子である。


「だ、だ、目さ見えねえんでなかったのか……?」


 かすみを軽くあしらった死人は脇目も振らずすずの方へと歩き始めたが、間もなく一気に速度を上げたのであった。


「二人とも! 逃げて!」

「だぁぁぁ!」


 刀を振りかざし走りくれば、切られるのは目に見えていた。道忠が走って来るのが見えたが、間に合ってもどうにもなる事ではない。すずは諦めて目を閉じれば、恐怖に身体を強張らせていた。


シュバッ……、……ドテ……


 空気を裂く音の後に重いものが地面へと落ちた鈍い音を聞けば、己の命があった事を知った。


「だ?」


 ゆっくり目を開けてみれば、そこには首をはね落された死人が倒れるところであったのだ。間もなくすれば死人の後ろに薙刀を持った徳蔵が立っていたのであった。


「……、……だっ! 徳蔵さんでねえか!」

「錆びてもこの通り、驚いたか?」

「驚いたなんてもんでねえ……おら、もう駄目かと思っただ」

「……い、いつの間に……全く御姿が見えませんでしたが……」

「こう見えても忍びであったからな」


 徳蔵は守り人の皆と同様に薙刀を手に、腰には刀を差していたのである。


「一人分余っておったから、勿体ないと思い持参してまいったら、丁度良い所に出くわしたという事だ」

「……徳蔵さん来てくんなかったらおら死んでたな……」

「運命と言うものだ、おすずは今死ぬ訳にはいかぬからな」

「んだか……」


 苦戦している佐助の元へ行くと、いとも簡単に死人の首を落したのである。


「だ……凄いだな……」

「だから、昔は中々の忍びであったと申した」

「と、徳さん有難うございます」

「二人とも短期間で随分成長したな、将来が楽しみだ」

「嬉しく御座います」


 三助の戦いぶりを見れば、流石に戦いの中へ入るのは徳蔵でも難しい様だ。己の薙刀を握り直したりしていたが、やがてそれを道忠に預ければ腰の刀を抜いていた。


「しまった! そっちに行く!」


 三助の声に皆が一斉に注目すれば、三助と死闘を繰り広げていた死人はそこを飛び出し、一直線にすずを目掛け走り跳んだのであった。この中で唯一武器を所持していない人間を選んだようだ。


「くっそ!」


 一言も発せず固まるすずの数歩前に着地すると、刀で以て横一文字に切りつけてきたのである。


シュビッ……

スバシュ……


「徳さん!」


 覚悟を決めて歯を食いしばっていたすずだが、二種類の切り裂く音の後に己の身が無事である事を知れば、三助の悲痛を極めた掛け声に疑問を抱き目を開けたところである。


 目の前には徳蔵の大きな背中があった。


「と、徳蔵さん……? 大丈夫だでか……?」

「あぁ……間に合って……良かった……」


 徳蔵の声には先ほどまでの張りが無かった、嫌な予感がすずを襲い、一歩下がれば徳蔵の足もとには血が滴っているのである。


「ち、血が出てるだ! 徳蔵さん大丈夫だか!」

「おすずよ……もう少しの辛抱だ……頑張れよ……」


 まるで最後の別れを言うかのような徳蔵の言葉に唖然としていれば、徳蔵は刀を杖のように地に刺し、その場に膝を付いたのである。


「でな、おすずよ……一つ頼みがあるのだが……此処より少し離れ……後ろを向いていてくれぬか……」

「な……なんだで……」

「徳さん……」


 三助の位置からでは事の全てが見えていた。


「三助すまんが頼む……自分では力が入らん……」


 流石にどういう事なのか理解をすれば、覚悟を決めた表情で歩き来る三助を見て固まっていた。徳蔵は死人となる前に己の首を落す事を三助に託したのだ。


「だ! 駄目だ! 三助さん来たらなんねえ! 何か! 何か助かる方法さ探すだ! 死んだらなんねえだ!」

「おすずよ……人には……定められた運命と言うものがある……ならば、何も逆らう事は無い……儂はおすずを助けられた事を誉としてあの世に行けるのだ」


 すずは強く握りこぶしを作っていたが、意を決して徳蔵の正面へと行けば、その全てを目にしていた。


 出血が酷いばかりではない、横に大きく裂けてしまった腹部から臓物が出てきてしまわぬ様に、己の手で押さえて居たのである。


「だ、だ、大変だ……徳蔵さん……んだ! 武夫さん達呼んでくるだ! 武夫さん達ならなんとか出来るかも知んねえ! 待っててくれ! おら急いで呼んでくるだ!」


 武夫達が鳥獣の解体ばかりではなく、それらの毛皮を縫合しているのを見ていたものだから、徳蔵の腹も縫合すれば治ると考えたのである。


「そうか……なら急ぎ頼む……時が無い……」

「分かっただ!」


 武夫達が居る救護所へ走ろうとしたが、瞬時に思いとどまった。徳蔵が素直に聞き入れる訳も無いから違和感を覚えたのである。それは他でもない、すずをその場から離し三助に首を落させる為の口実に違いないのだ。


「お、おらの事此処から遠ざける為だな……」

「……すまんな……」

「徳蔵さん……そんな……嫌だ……おら嫌だ……、……死なねえでくれ……」


 大粒の涙を溢して泣き震える小さな肩に、優しく触れたのは千弦の大きな手であった。


「徳蔵殿、見事なる働き感服致す、してすず殿よ、その気持ちは痛い程に解るが徳蔵殿を困らせてはならぬ」

「だども!」


 すずの両肩を手にすれば、言葉は無く諭すように目で訴えた。それはもう何をしても助けられないと訴えていたのである。


「おすず、許せよ……」


 握りこぶしには更に力が入り、小さな身体は目に見える程震え、大粒の涙が幾つも零れ落ちた。


「……、……わかっただ……徳蔵さん……ひっ、あんがとした……ほんとにあんがとした、おら徳蔵さんの事、生涯忘れねえ……絶対に忘れねえだからな……」

「あぁ、ありがとよ……おすず、これからも懸命に生きるのだぞ。それと心の中の宝を大切にな、きぬと共に見守っておるからな」


 徳蔵はすずの心の中の宝が何か知っていたようだ。すずの驚いた顔を見れば満足そうに笑顔を見せ、続いて三助に目で合図を送ったのであった。


 すずは唇を噛みしめ背を向ければ、数歩先まで歩いたのである。


「御免!」


 三助の気合と共に徳蔵が地に伏した音が聞こえていた。











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