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鏡の守り人  作者: 雨替流
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終わりの始まり

 千弦と道忠は予想以上に仕上がっており、大厄災に挑むに一切の不安はない。守り人達も以前に増して能力を上げていたから万全と言える。無論、佐助とかすみも別人のような身体能力を手に入れていた。


「では皆、着替えを」

「承知」


 鏡の社の守り人として、全員に揃いの衣装が用意されていた。それは、小平太達の意見や考えを基に作られたものだから、小袖とは比べようもない程に機能的である。


 鉄色を基調として所々に朱色が差した配色で、宮司と山伏の衣装を混ぜたような衣装となるが、無駄な装飾が無いから軽量である。


 一方ですずの着衣のみ、朱色を基調としたのは乱戦や混戦になった場合、誰の目にも映る様にしたものであった。


「死人からも目立ちそうだで……」

「目が見えないらしいから問題あるまい、さて皆準備は良いな」

「おぉ!」


 荷車には薙刀の他に、雨除けの(みの)と食料、後は徳蔵が用意した薬類が積まれていた、それを太助と東吉が引き押し、皆で社へと出向けば千弦と道忠の方も準備は整っていた。


「いよいよとなった、皆頼むぞ」

「承知!」

「うむ」


 地震発生まで未だ少し猶予があった、皆は其々に身体を解し準備を整えていた。必要に充分となるまで動かせば、間もなく山々から鳥たちが一斉に飛び立ったのである。


「来るか?」

「うむ」

「皆、来るぞ」

「だ?」


 ズズン! ……ズドドドッ! ……ドドドド、ドガガガガガガガガガ!


「だぁぁぁ! だ! だ! と、とんでもねえ!」


 凄まじい地響きと共に大地は激しく揺れた。震源域は遠江と言うのにこれ程揺れるのだから現地では只事ではあるまい。


「だぁぁ! あだ……あだ……大変だ……首がもげる」

「皆発つぞ」

「承知」


 警備がどよめく中で千弦と道忠は馬を落ち着かせると、その背に跨いだのである。


「すず殿をこれに」

「承知」


 千弦の馬にすずを乗せれば、皆と一緒に全力で走ったのであった。


「おぉぉい皆ぁ! 気を付けてな! おすずちゃんも! 必ず帰って来るのだぞ!」

「藤十郎様とお琴様……それに大集落の皆だで」

「おすずちゃぁぁん! 気を付けてぇ!」

「行ってくるだよ!」


 大きく手を振って応えれば、すずは表情を引き締めていた。いよいよその時が来たのだと自分に言い聞かせているのだろう。



 七日前にも中々大きく揺れた遠江の地だが、今回の揺れは尋常では無かった。簡素な家々は土埃を上げながら倒壊し、そこかしこで人々の悲鳴が響き渡っていた。


 間もなく、海を見ていた者が大声を張り上げたのである。


「おぉぉぉ! 水が引いてるぞぉ! 皆逃げろぉ!」


 それは津波の前兆である。普段見る事のない海底が見え始めれば、多くの者がその光景に驚愕していた。


 しかし逃げるにも、この周囲に高台など有る訳もない、家屋の下敷きになってしまったものを助けようと必死な者も居れば、我先にと走り去る者、既に諦めて神仏へ祈りを捧げる者など様々であった。


 間もなく沖合に一直線の白波が立てば瞬く間の出来事であった。人も建物の残骸も何もかもが恐ろしく背の高い津波によって一気に飲まれたのだ。


 一回目のそれによって漁村は壊滅し、二波によってさらに内陸が被害を受ければ三波によって天竜の兵所の足もとまで水が押し寄せていた。漁村も農村もただでは済まない。


「……なんて事だ……此処より先は壊滅ぞ……」

「これは……現実のものとは思えませんな……」


 建てて二年弱しか経ってない兵所に被害は無かったが、多くの民に被害が出てしまった事は間違いが無い。急いで見張り櫓へと登った兵長の高岡甚五郎は変わり果ててしまった景色に唖然としていたが、気を引き締め下へ声を掛けたのである。


「忠治! 早馬を頼む!」

「はっ!」

「天竜の兵所より先は壊滅状態と、あとは見たままを伝えよ」

「はっ!」


 国人領主の支配にあったこの地を今川が勝ち獲り治めたのは、僅か二年程前である。故にこの天竜には多くの兵を置き、周囲の警戒に当っていたところであった。


「市成、助けを求める者が居るかもしれぬ、このまま見張りを、少しでも動きがあればすぐに知らせい」

「はっ!」

「左衛門、兵を五人一組とし三十組用意し、周囲の情報収集と怪我人の保護を! 急げよ!」

「はっ!」

「久兵衛、信濃の一行が来るかもしれん引き続き準備を」

「はっ!」


 甚大な被害である、この状況を正確に報告しなければならない上に、この日は幕府の息が掛かる信濃の神社から視察の一行がこの地を訪れると知らされていた、流石にこの状況では延期となった可能性もあるのだが、知らせが無い以上迎え入れる準備は整えておかねばならない。 


 久兵衛の指示のもと五人一組に編成された兵は、丸太の大門を出て散開して進んだ。やがて兵所が見えない程まで来れば、足元の遺体を避けつつ生存者を探し歩いた。


「海岸は流石に酷いな……」

「あぁ……可哀そうに……」


 遺体を避けつつ歩いていれば、間もなく不気味な音を聞いていたところである。


ヴァァァァ……ウァァァァ……


 風切り音とは明らかに異なり、何か恐ろし気な獣の唸り声のように聞こえていた。


「おい……この不気味な音は一体なんだ?」

「……あぁ、随分気色悪いな……」


 不気味な音の発生源を確かめるべく海辺を見ていれば、そこに違和感を覚えた所である。


「あれは一体なんだ……」

「なにか歪んで見えねえか?」

「あぁ、歪んでいるな……なんだあれ……」


 人が米粒ほどの大きさに見えるくらい先の空間が歪み、その中心には黒色の渦が巻いていた。それはまるで空気と共に周囲の空間を吸い込むように見えた。


「景色が吸い込まれているのか?」

「……あぁ……良い予感がしねえ……とりあえず此処を離れるぞ……」

「そうだな……、……って、こっちに近づいて来てねえか?」

「おいおい、冗談じゃねえ逃げるぞ!」


 一目散に走りだせば、周囲の兵もその異変に気付いたようで、皆一様に海辺から離れたのだが、遺体に足を引っかけて転ぶ者も続出していた。


「なんだ! おい! こっちに来るな! や、やめろ!」


 転んだ勢いで足首を捻った一人の兵が立てずに居れば、黒い渦はまるでそれを狙うかのように近づいて行ったのであった。


「や、やめろ……来るな! や、やめてくれ! あぁぁあ!」


 断末魔を聞いた兵士が振り返れば、黒い渦がその者の身体へと侵入していくところであった。


「孫兵衛!」


 男は激しくのたうち回ると、やがて身体は岸に打ち上げられた魚のように跳ね出したのである。


「お、おい! 孫兵衛! しっかりしろ!」


 呼吸がままならないのか、孫兵衛は己の喉や顔を引き掻き白目を剝いていたが、少しして全く動かなくなったのである。


「孫兵衛……」

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