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鏡の守り人  作者: 雨替流
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死してこそ

 大集落の入り口では、大勢が小平太達を待って居た。山人によってすずの状況を知らされていただけに皆、覚悟を持った表情だが、その殆どが奇跡を願っているようであった。


「おすずちゃん!」

「つい今、逝ってしまった」

「いやぁぁぁぁ!」


 琴はその場に膝を崩し泣き崩れれば、多くの者から嗚咽が漏れた。藤十郎は呆然とし天を見たまま脱力していた。


「湯屋へ参る、三助、新しい(むしろ)を用意してくれ」

「承知」


 小平太はそのままゆっくり歩き続ければ、孫兵衛がその脇へと並んだ。


「す……すずおめえ……こんなにボロボロになっちまって……だども……精一杯頑張ったんだな……」

「孫兵衛さん、間に合わなかった許してくれ」

「小平太様の所為でねえだ……小平太様も皆も充分すぎる程やってくれただ、すずも心底感謝してるだで……おら、すずに代わって礼さ言わせて貰うだ……あんがとした……ほんとにあんがとした……」

「……孫兵衛さん」


 間もなくして湯屋へと着けば、武道場の神前に新しい蓆が用意されていた。皆が見守る中でそこへと行けば、背から降ろし抱き抱える形で対面した。


「そうか笑顔で逝ったのか、見事な最期だ」


 少し寂しそうだが紛れもなく笑顔であった。


 忍びだからと言って感情がない訳では無い。蓆におろし頭を撫でてやれば、きぬの時でさえ出なかった涙がこぼれ落ち、すずの着物に染みていった。


 間もなく山人が濡らした手拭いを持ってくれば、小平太は受け取り顔や腕に付着した血や汚れを優しく拭き取った。草鞋をとってやれば、何度も転んだと見受けられる傷が爪先にあった事に、守り人の皆は静かに涙をこぼした。


 何度も転びながらも懸命に賊を追い、必死に食らいついたのだ。忍びでも無ければ大人でもない、この小さな身体で大集落の子達を守ったのである。


「小平太殿」


 千弦の声に気を引き締め感情を断ち切ると、千弦の方に向き直った。


「不覚にもこのような事態に陥った事、すべては己の責任にございます」

「小平太殿、何も心配ない」


 やはりすずの身体が無くても、力を蓄えた勾玉があれば大厄災は治められるのだろう、千弦の表情には絶望が見えなかった。


「すず殿は、もう間もなく目覚めよう」

「何と仰せで?」


 すずはどう確かめようが死んでいる、ならばどうして目覚めようか。小平太は不可解な表情で千弦を見るだけである。


「見ての通り、勾玉の光は消えては居らぬ、つまり死してはいても精霊が離れていないという事だ」

「どういう事にございましょうか……」

「言えばすず殿が怖がると思い伏せておいたが、精霊が強く成る為にも今回の死は必要であったのだ、古文書にも書かれているが、間もなく目覚める」

「……なんと……」


 その最中であった。勾玉の光は一層輝きを増し、すずの身体はその光に包まれていったのである。周囲は騒然となりその様子を見守った。


「これは一体……」

「何事?」


 すずを取り囲んでいた皆は一様に一歩下がり固唾を飲んでいた。


「始まった様だ」

「これは……」

「死を乗越えた事で強力になった精霊がすず殿の魂を呼び戻し、傷を癒している最中に」

「まさか……誠に生き返ると仰せで?」

「いかにも、小平太殿には教えておくべきであった、すまない」

「まさか……」

「そのまさかが、目の前で起きておる」


 すずを包んだ光がやがて消えると、亡骸であったすずには生気が戻り、間もなく指先が僅かに動いた。


「皆、おさらばだで……あんがとした……」


 自分を囲む大勢の姿が薄目の中に見えているのだろう、死んでいると思い込んでいるすずは皆に別れを告げていた。


「え? 今おすずちゃん……喋った……」

「まさか……お琴、そのような事ある訳も無い」

「いや、今確かに……我々も聞きました」

「まさか……」


 藤十郎をはじめその場の全員が固まっていた。


「……なんだで、皆の声が聞こえるだな……そっか、おら今喋っただか……なんだでな……死んだのに喋っただか……」

「おいおい、普通に喋っているぞ」

「……、……だ? ……あれ?」

「おぉぉぉ? 生き返った?」


 周囲は騒然となった、何せ死んだはずのすずが目を覚ましたのだ。


「嘘だろ……信じられねえ……」

「おすず……おめえ……」


 目を覚ましたすずは仰向けのまま周囲を観察し、間もなくすれば手で以て身体を触り確かめていた。裂傷や擦り傷に打撲痕は跡形も無く消え去り、血と土草の汚れだけが皮膚に残った。


「これがすず殿の精霊の力、普通の人間には真似できぬ事」

「……信じられん……一体どうやって」

「さてな、その仕組みは記されておらなんだ」


 素っ頓狂な表情のままで瞬きを繰り返していたが、間もなく上半身を起こすと腕を組んで頭を捻った。


「お……おら死んでなかったか?」

「間違いなく死んでいたが、生き返ったようだ」

「……、……なんでだ……?」


手足の傷がきれいに消えているから驚いているのだ。


「……何処も痛くねえ……し……傷もねえ……折れてた指も治っただな……」

「凄い事だ、良かったなおすず」

「どういう事だで?」

「すべては神々の意図、すず殿、黙っていてすまなかった」

「だ?」


 千弦は深々と頭を下げて、すずに謝ると静かに事の真相を語った。すずは目を白黒させて聞いていたが、間もなく足首の添え木を外し立ち上がると、徳蔵の姿を見つけ笑顔を見せた。


「知らねえ方が良い事も世の中にはいっぱいあるって、おら徳蔵さんに教わっただで、その通りだったよ」

「ほう、覚えていたか」

「んだ、おら死ぬ事さ知っていたら、毎日怯えて暮らすとこだったで、千弦様黙っていてくれてあんがとした」

「許してもらえるのか?」

「勿論だよ」

「偉いぞ」


止まない歓喜の中で琴が近づけば、間もなく号泣しながらすずを抱きしめていた。


「おすずちゃん、本当に良かった!」

「……お琴様……心配かけちまってすまねえだ……」

「ううん、本当にありがとう、私も一馬も、他の子たちもこうして居られるのは全ておすずちゃんのおかげ。本当に本当にありがとう、そして生き返ってくれて本当にありがとう」

「だ……お子達が無事で済んだのは小平太様や守り人皆のおかげだで、それにおらが生き返ったのは神様のおかげだよ……」

「いいや、すべてはおすずちゃんのおかげだ、本当にありがとう」


 一馬と凛太朗、それに助けられた子とその親たちが其々に礼を言えば、すずは少し困った様子である。


 自分はつぶてで以て怒らせた賊を追いかけた挙句に下手を打ったのだと皆に説明し疲れ切っていた。


「おすず、皆の感謝の気持ちだ、素直に貰っておくが良いぞ」

「だ……小平太様……、……」

「ん? どうした?」

「最後のお別れさしたばかりだで……なんか気まずいだな……」

「気にする事も無い」

「気になるだ……」







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