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鏡の守り人  作者: 雨替流
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神々池

 時は応仁の大乱から三十年の後、明応五年は中秋の頃。


 信濃国は南西の神聖なる森の中では、鏡の(やしろ)の宮司である千弦(せんげん)とその倅、道忠(みちただ)が驚愕した面持で、枯れ果てた御神池を眺めていた。


「父上……これは……」

「……乱世と言うに来たようだ」


 森の中心に位置する御神池の周囲は、すり鉢状に傾斜して下がっている。此処へ来た者であれば、その理由を身を以て知る事となるが、御神池へと近づく程に地面へ圧する力が強くなるのだ。故に長きに渡って蓄積していった土も、池の周囲ではより圧せられて、この様なすり鉢状になったと思われる。


 二人は傾斜を下り、更に近づけば、枯れ果てた池を覗き込んでいた。


「やはり古文書の通りに……」


 鏡の社には恐ろしく古い文書(もんじょ)が存在する。それにはこの世を破滅に追いやる大厄災に関する警告と共に、この世を守る為の手法が記されていた。


「池底が見えし時、大厄災まで七百日……」


 それは古文書に記されていた一文である。


 しかし、この古文書には一つ大きな謎がある。


 作られたのは凡そ五千年前とされるのだが、原本となる粘土板に彫られた文字と文面は、絵文字や訳の分からないものではなく、今の世のものなのだ。


 代々慎重にして扱われてきた代物だけに先人が作り替えた可能性は無い、その証拠に鏡の先人が遺した古い年史の一つに、大陸より伝わった漢字や今の世の文字が一般化した頃の宮司がその驚きを綴った一文があったからだ。


 それは二代前まで読めなかったそれらが、完全に読める様に時が追い付いたとあったのだ。故に代々の宮司たちはその謎を解き明かそうと手を尽くしてきたようだが、誰一人その謎を解き明かした者は居なかった。


 完全に枯れ果てた池の中心部には、古文書に記されていた通りの物が配置され見えていた。千弦は丹田に力を宿し覚悟を決めていた。


「急ぎ縄梯子を此処へ、して我が父にも報告を頼む」

「はい」


 御神池の水位は大雨が降ろうが日照りが続こうが、一寸たりとも変化した事が無い。代々の宮司が遺した年史を見ても、今の世より遡る事、五千年を数える歴史の中で、池が枯れ果てた事は一度たりとも無いのだ。


 水が引いた事でその全容が明らかとなったのだが、池は精巧な円筒形をしており、一目で自然の産物では無い事は分かる。しかも土中の大岩さえ滑らかに削られているのだから、人の手によって掘られたとも考え難い。


 直径は五間(九メートル)程で深さも同程度であろう、中心には台座が据えられ、大厄災を治めるに必要な神器が納められている。


「千弦よ、大事となったな」

「肝に深く命じているところに」

「うむ」


 隠居した父親の時貞(ときさだ)が隣に立ち、干上がった池の様子を見ていれば、程なくして道忠が縄梯子を手に戻った。


 森自体が神の領域である、故にそこに足を踏み入れる事の出来る人間は、鏡の社でも神職となるこの親子三人のみであった。


「あそこの木に繋ぎ池へ下してくれ」

「はい」


 神々池と書きかがみ池と言う、それは鏡を意味しているとも伝えられて来た。故に鏡の社と呼ばれている。


 強風であっても水面は揺れる事も無く、周囲の景色をそこに映していたが、不思議なのはそればかりではない。水が引いたそこには水生生物の痕跡は一切無く、滑りや湿り気さえ皆無なのだ。千弦はそれらを注意深く確認しながら底まで行けば、中心部へと向かった。


「これは一体……」


 祭壇とも言うべき箱型の物体は鋼の類なのだろうが、何とも解らない。幅と高さが共に三尺(九十センチ)はあり、奥行きは二尺(六十センチ)程である。しかし問題なのは、その大きさや形などではない、祭壇全体に絵とも文字とも言えない何かが蠢き次々に発光しているのだ。


 手に触れれば、少しざらざらとしており、不思議と生温かい。理解を遥かに超えた代物に千弦は驚くばかりであったが、気を引き締めると大厄災を治める為の神器へと目をやった。


 古文書に記されていた通り、(つるぎ)は祭壇の中心に刺さり、柄だけが露出した状態で、光を宿した勾玉がそこに括られていたのだが、それはいずれもつい今磨いたばかりの状態である。


「五千年の時を……信じられんな……」


 深呼吸をした後に剣を引き抜けば、千弦はその刀身を眺めていた。それは今の世に見る刀とはまるで異なる物である。握る為の柄が付いた薄いへら状の物で、長さは二尺程である。刃は付いてないと思われるが、そこに触れる事は禁じられているから、確かめようはない。刀身は祭壇と同様に不思議な模様が発光して蠢いていた。


 池から上がり社殿へと戻れば、集まった者が皆心配そうに千弦達を見守っていた。


「伝えられし通り、七百日後に大厄災が起こる。皆もそれぞれに用心を怠らぬように」

「ははっ」


 剣はこのままでは使えない。特別な精霊を持った者の力によって初めて精霊を宿す剣となるのだ。勾玉を手にすれば、光が指し示す方向を見ていた。


「西北か」

「千弦様、それは一体?」

「この剣に力を与える者の所在を指し示している」


 流石の古文書にも、その人物が何処にいるかは記されていなかった。ならば勾玉が指し示す方角を歩き、探し当てる以外に方法はない。 


「弥平よ、この件任せるが良いか?」

「お任せを」


 元が忍びであった弥平の体術は優秀である、剣術も手練れと言って間違いない。各地が血生臭いと聞くだけに、あらゆる状況に対処できる人物を充てなければならない。先ずはこの特別な精霊を持つ人物を連れて来なければ、大厄災を治める事は不可能となるのだ。


「この勾玉の持ち主となる者の年齢も性別も一切解らぬが、その者が触れれば乳白色から鮮やかな緑色に変わると言う、説得し必ず連れて参るのだぞ」

「必ずや」




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