097・わたしの気持ち
――亜依子の家――
「くふ...くふふ......くふふふふふ.........」
ゲームセンターから家に帰った亜依子は、自分の部屋にあるベッドにダイブすると、顔を枕に埋めて足をパタパタさせながらニヤニヤが止まらないでいた。
「くふふ♪まさかこんな展開になろうとはぁ......」
あの路地裏で朔夜の強さを初めて知ったって言ったけれど、実はあれは嘘で本当は初めてじゃなかった。
そう...あれは恵美達と一緒に出掛けたカラオケ店での出来事だ。
カラオケ店でわたしと恵美がトイレに行った際、先にトイレから出ていた恵美をヤンチャそうな男性達がナンパしていた。
これはヤバイと思ったわたしは、急ぎ店員を呼びに行こうとした。
そんな矢先、
恵美を助けに来た朔夜の姿が目に映る。
恵美を助けに来た朔夜を見て、ナンパをしていた連中はいかにも陰キャラの朔夜を嘲笑い、揶揄い、そして小馬鹿にしていた。
けど、朔夜は平然とした態度で今日のわたし達を助けた時みたく、恵美を自分の胸へとスッと抱き寄せると、逆にナンパ野郎を嘲笑って揶揄う様に挑発していく。
そして普段のオドオドした頼り気のないあいつとは全く違い、ひとつも臆する事なく毅然に対峙すると、ナンパ野郎達をまるで大人が子供を軽くあしらうかの如く次々と撃退していった。
そんなギャップを目の当たりにした瞬間、
わたしは朔夜に一目惚れしている事に気付く。
―――あいつの王子っぷりにドキドキが止まらない。
―――身体全体がときめきの高鳴りで震えてしまう。
―――恍惚と高揚で顔中が真っ赤に染まっていく。
「この時程、恵美が羨ましく妬ましいと思わなかった事はなかった......」
―――だというのに、
恵美の奴が浮気をしていると知った時には、あまりの驚きに言葉を失う。
聞くとその浮気相手は学校一の文武両道で、顔立ちも学校で一番のイケメンらしい。
その程度の存在で朔夜の事をあっさりと裏切られる恵美を、わたしはとても信じられなかったし、親友としても信じたくなかった。
「清楚で可憐だったあの恵美が、まさかまさかのクソビッチやろうとは夢にも思わなかったよ......」
勿論この事実を伝えられた時、恵美の奴から朔夜にこの事は内緒にしておいてくれと頼まれた。
一応あいつとは親友だったので、わたしはその頼みを無下には出来ず、仕方なく了解と伝える。
けど、だからといって、
このままにしておくのも何かムカつくと思ったわたしは朔夜に対し、遠回しに恵美の事はさっさと忘れろ、朔夜とあいつじゃ不釣り合いだからと何度も忠告を繰り返した。
しかし激鈍の朔夜に、わたしの忠告が届く事は全くなかった。
そんな毎日が過ぎていく度、わたしの大好きな男をないがしろにして浮気をしている恵美にだんだんと苛立ちが募ってくる。
もういっその事、
「親友とか関係ないわ!恵美の浮気なんて全て暴露してやるぅっ!」
...と、朔夜に何もかも話してしまおうと決断した矢先、今回の事件が起きた。
「くふふふ。これは神がわたしにあの浮気やろう恵美に遠慮なんてする必要は全然ないぞという啓示なのではなかろうかぁっ!!」
うん、きっとそうだっ!!
間違いなしぃっ!!!
ならば、わたしはその啓示に従うのみだぁ!
あの古島に裏切られ、あの場に置いていかれた時には絶望しかなかったけれども、
「その後に、こんなにもハピネスな展開が待っていようとはねぇっ!」
ホントあのバカには感謝だよ♪
「しかしだからといって、あいつのやらかしは絶対に許さんけどぉっ!」
でも朔夜の奴、
恵美の浮気を知ってしまったら、ショックで落ち込んじゃうかな?
あいつの悲しむ顔は見たくないなぁ。
でもでも今知った方が、きっとショックも小さくて済むと思うんだぁ。
そして恵美に振られたショックで出来てしまった朔夜の心の隙間は、わたしの真心と愛情を以てぜぇ~んぶ埋めて上げる。
だから安心してねぇ、朔夜♪
「キャ~~~~♪」
わたしは自分の決意を口にした瞬間、顔が真っ赤に変わって恥ずかしくなり、枕をギュッと強く抱き締めながらベッドをゴロゴロと転がる。
「......けど、ひとつだけ気になる事があるんだよねぇ?」
心愛の奴、朔夜に惚れたとか抜かしていたけれど、
あれは流石に冗談......だよね?
だってあいつ、朔夜の事を『ザ・モブ』とか言って揶揄っていたし。
「で、でもさっきの心愛の態度、揶揄うっていう感じではなかったよなぁ?」
も、もしかしてあいつ、本気なのかっ!?
「いやいや、それはないないってっ!」
だって恋よりも食い物とか宣うあの心愛だよ!
いやしかし...わたし同様に一目惚れという線も考えられるか......
「だ、だとしたら、心愛に朔夜を取られる前にわたしが急いで朔夜のハートをゲットしなければいかんなぁっ!!」
わたしは拳をグッと握り締め、天井に向けて突き出すと、朔夜のハートを心愛よりも必ず先に射止めてやるという決意を、改めて心に刻むのだった。