094・名前で呼んでくれるんだ?
「へ?き、決めたって何を!?」
突如、意を決したという表情を見せる亜依子に対し、あーしがどういう事と首を傾げると、
「わたし、光野に恵美の浮気の事を伝えるよっ!」
亜依子が真剣な表情であーしに顔を見て、ニヤリと笑う。
「はぁあ!?マ、マジでか!し、しかし知らぬが花って言葉もあるし......」
そ、そうだよ!
もし恵美ちゃんが毒花なんて知っちゃったら、光野くんが可哀想過ぎるじゃん!
あーしは親友の恵美ちゃんの浮気が、光野くんにバレた場合の事を考えただけで、胸が痛くて苦しくなってしまう。
「だけど知らなかった期間が増えれば増える程、それを知った時に地獄の苦しみは増すんだ。だったらそうならない内に、恵美の浮気の事を早く知った方がいいとわたしは思うんだっ!」
「う、確かにその考えも正解だけど......」
「それにもし光野が恵美の浮気の事で落ち込み苦しんだら、こうやって助けてもらったのも何かの縁だ。わたしが一肌脱いでその落ち込み苦しむ光野の心を誠心誠意を込めて慰めてあげるよっ!」
「――――なっ!!?」
亜依子が胸をドンと強く叩いて頬を赤く高揚させた後、光野くんのいる場所に身体をクルッと向け、意気揚々とした足取りでズンズン進んで行く。
こ、こいつ!
相変わらず行動力だけは早いしぃぃぃいっ!!
「はぁ待てし!だったらそれはあーしの役目だしっ!」
亜依子の予定外の行動に、あーしが慌てて亜依子の進行の前へと素早く先回りすると、両手大きく広げてその進行を阻んだ。
「ええい、そこをどけ心愛!わたしの邪魔をするんなっ!」
「亜依子こそ、あーしの邪魔すんなしぃっ!」
マジぶっ飛ばすぞっ!!
そしてあーしと亜依子は、バチバチと目から火花が散りそうなくらいに、お互いを歪み合い牽制し合う。
「ちょっ!ど、どうしたの二人とも、そんな互いに睨み合って!?」
そんなあーしらを見て、光野くんが慌てて止めに入って来た。
しかしあーしと亜依子は、
「気にすんなし!あーしにとって、引けない戦いがあるんだよっ!」
「そうそう...ま、でもその戦いに勝利するのはわたしだけどねぇっ!」
牽制しあったままの状態で光野くんのいる方にクルッと顔を向けると、
お互いに自信満々の笑みをニヤリとこぼす。
「なにお~っ!!」
「何なのよ~っ!!」
そしてあーしと亜依子は心配する光野くんを他所に、お互いにある譲れぬ思いを糧にして牽制しあい、目から迸る火花をバチバチと弾かせながらヒートアップさせていく。
「ち、ちょっと!何があってそんなになっているかは知らないけどさ、西城さんも風見さんも落ち着きなってっ!」
それでもあーしらの喧嘩を止めようとしてくれる光野くんに、
「亜依子っ!」
「心愛っ!」
あーし...亜依子も光野くんから未だに名字...更にさん付け呼ばれる事が気にいらなかったのか、自分の事は名前で呼べとお互いに自分の名前を脊髄反射で口から発する。
「これからは名字呼びじゃなくそう呼ぶし!ちゃん付けは当然として、さん付けもいらない。あと敬語もいらん!あーしがそれを許可するし!」
「そうそう!光野はわたし達の恩人なんだから、これからは気兼ねない態度で話し掛けていいんだからねぇ~♪」
さっきまでいがみ合っていたあーしと亜依子は、揃えるように人差し指をビシッと光野くんに同時に突き付けると、再び自分達の名前呼びを改めて強制した。
すると光野くんは困惑した表情を浮かべて、しばらくの間顔を下に向ける。
そして数秒後。
「ああ...うん、分かった。これからは二人の事は亜依子、心愛って呼ばせてもらうよ!」
あーしと亜依子に顔を向けると、ニコッと微笑んで了解とばかりにコクンと小さく頭を頷かせた。
うえ!?
な、何となく流れで言ってはみたものの、まさかそんなあっさりと受け入れてくれるんだなんて!?
迷いもなくあーしらの名前呼びを了解する光野くんに、あーしは驚きと拍子抜けの入り混ざった顔を見せる。
そして亜依子もまた、
「へぇ~でも意外だったなぁ?」
「意外?」
「うん。だって光野は名前呼びを躊躇すると思っていたからさぁ!」
驚きを隠せていない表情で、お世辞にも陽キャラとは呼べない光野くんが自分達の名前をキョドりもせず、実行した事をとても不思議がっていた。