075・名前呼びに慣れている理由
「ね、ねぇ...心愛。い、今の光野の笑顔を見た?」
「見た見た!あれは強烈な威力だし!恵美ちゃんもデレデレしちゃう訳だよ!」
「あ、でもあいつ...」
「そ、そうだった!あいつ光野くんを裏切って他の男と......」
少し前に、恵美から転校先で新しく他の男と付き合い始めたという連絡がきていた事を、西城と風見がハッと思い出す。
「光野の奴は知っているのかな、この事を?」
「ど、どうだろ?知っているからこそ、いつまでも経ってあんなにいじいじと暗かったのかもしれないし......」
「で、どうする?あいつの浮気こと、光野の奴に教えちゃう?」
「う~ん。でもさ、もし光野くんがその情報を知らなかったら、更に落ち込んじゃうかもしれんし......」
西城と風見が恵美の浮気の事を、サクヤに話すべきなのかどうか、頭を俯かせて悩んでいると、
「......よし!決めたっ!!」
西城が何かの意を決したのか、顔をバッと上げる。
「へ?き、決めたって何を!?」
「わたし、光野に恵美の浮気の事を伝えるよっ!」
「はぁあ!?マ、マジでか!し、しかし知らぬが花って言葉もあるし......」
「だけど知らなかった期間が増えれば増える程、それを知った時に地獄の苦しみは増すんだ。だったらそうならない内に、恵美の浮気の事を知った方がいいとわたしは思うんだよ!」
「う、確かにその考えも正解だけど......」
「それにもし光野が恵美の浮気の事で落ち込み苦しんだら、こうやって助けてもらった何かの縁だ。わたしが一肌脱いでその落ち込み苦しむ光野の心を、誠心誠意を込めて慰めてあげるよっ!」
そして恵美の事を眼中亡きにさせた後、わたしと......くふふふ♪
西城が熱き思いを言葉にして語った後、サクヤのいる所に意気揚々とした足取りで進んで行く。
が、
「はぁ待てし!だったらそれはあーしの役目だしっ!」
その進行を風見から阻まれる。
「ええい、そこをどけ心愛!わたしの邪魔をするんなっ!」
「亜依子こそ、あーしの邪魔すんなしぃっ!」
バチバチと目から火花が散りそうなくらいに、お互いが歪み合って牽制し合う。
「ちょっ!ど、どうしたの二人とも、そんな互いに睨み合って!?」
「気にすんなし!あーしにとって、引けない戦いがあるんだよっ!」
「そうそう...ま、でもその戦いに勝利するのはわたしだけどねぇっ!」
「なにお~っ!!」
「何なのよ~っ!!」
お互いに牽制しあうと、目から迸る火花がヒートアップする。
「ち、ちょっと!何があってそんなになっているかは知らないけどさ、西城さんも風見さんも落ち着きなってっ!」
「亜依子っ!」
「心愛っ!」
「え?」
「これからは名字呼びじゃなくそう呼ぶし!ちゃん付けは当然として、さん付けもいらない。あと敬語もいらん!あーしがそれを許可するし!」
「そうそう!光野はわたし達の恩人なんだから、これからは気兼ねない態度で話し掛けていいんだからねぇ~♪」
さっきまでいがみ合っていた二人は、息を揃えるように人差し指をビシッと俺に突き付けてそう言ってくる。
......名前呼びか。
「ああ...うん、分かった。これからは二人の事は亜依子、心愛って呼ばせてもらうね!」
そんな二人に、俺は了解とばかりにコクンと小さく頭を頷かせる。
「へぇ~でも意外だったなぁ?」
「意外?」
「うん。だって光野は名前呼びを躊躇すると思っていたからさぁ!」
「躊躇?」
「だってほら、恵美の時も結構掛かってたじゃん?名前呼びにすんのさ?」
「ああ、そういえば......」
大好きだった恵美でさえ、しばらくは名字で呼んでいたっけ?
陰キャラに女子の名前呼びはハードルが高かったしな。
そんな俺が戸惑いもなく名前呼び出来るのは、あっちの世界のおかげだ。
何せあっちの世界って、貴族の格式やルール以外は基本的に名前呼びだったらからな。
それもあるが、しかし一番の理由は勇者仲間だったあいつら...ユカリやサクラを名前呼びしていた事が大きいだろう。
何せあいつら、見た目はめちゃくちゃ可愛いかったからさ。
そんな二人を名前呼びしていた結果、他の...特に女性を名前で呼ぶ事に対して、躊躇も戸惑いもかなり薄れたんだよな。
俺は有無も言わせず、名前で呼べと強要してきたユカリ達を思い出し、苦笑が口からこぼれ落ちる。