042・妹の心
―――わたしの名前は光野成美。
どこにでもいる極々普通の14歳の中学生の女の子だ。
家族は四人。
お父さん、お母さん、そして歳がいっこ上のお兄ちゃんがいる。
お父さんは出張で家にいない時が多く、お母さんもまた夜勤の仕事が中心で家にいない時間が多かった。
そんな感じの生活だったからか、家族で唯一いつもそばにいてくれた頼れるお兄ちゃんにわたしはベッタリの甘えん坊さんだった。
そして気づけば、いつの間にかわたしは、お兄ちゃんの事が大好きになっていた。
将来は結婚したいと思える程に。
―――いや、違うな。
そんな不確定系の『思える程』じゃなく、
今も現在進行決定系でわたしはお兄ちゃんと結婚したい!
―――わたしのこの気持ちは家族愛の『ライク』なんかじゃない。
―――わたしのこの気持ちは誰が何と言おうとも、異性を恍惚に思う『ラブ』なんだと心の底から断言出来る。
だけど、そんなわたしの気持ちをドン底へと突き落とす事件が起きる。
それは、
―――わたしの大好きなお兄ちゃんに彼女が出来たのだ。
わたしからお兄ちゃんを奪ったそのクソ女の名前は海川恵美。
学年の違うわたしでも知っているくらいにこいつは学校では有名人で、
見た目は容姿端麗。
学歴もまたトップクラス。
なので当然、学校で受けるこいつの評価はズバ抜けて高い。
そんな女性がお兄ちゃんの恋人になったのだから、わたしの付け入る隙なんてある筈もなかった。
お兄ちゃん達が付き合いだした当時、周囲の人達はビックリしまくっていたっけなぁ。
だからか、二人の事を学校内で見かける度、
月とスッポンだの、
花と雑草だの、
悪辣な言葉が常に飛び交っていた。
中にはお兄ちゃんの見てくれ等を見てこれなら自分の方がマシだと思ったのか、クソ恵美に告白する勘違い男子共が後を絶たなかった。
だけどお兄ちゃん、クソ恵美の奴を毎日ずっとデレデレと眺めていたのでそれに気付いたらしく毎度その現場に馳せ参じてはそいつらを全て排除していた。
それをお兄ちゃんから聞いたわたしは、
「ずっと眺めていたって...ストーカーかよ!」
...とヤキモチ憤怒口調でなじったら数週間へこんでたっけ。
そうそう。
クソ恵美に告白してくる奴の中にはさ、粗暴な連中もまぁまぁいたらしくてね。
そいつらは暴力を使ってクソ恵美とお兄ちゃんを別れさせようとした。
でもお兄ちゃんって、自分でも陰キャラだから舐められやすいと自覚があるんだろうね。
常日頃、身体を鍛えていてさ。
そんじょそこら程度の奴ら如きには負ける事はないんだよねぇ。
なので、そいつらをボコボコとまでは言わないが、二度と逆らわないレベルで叩き潰したらしい。
そんなお兄ちゃんの姿を見てクソ恵美の恋のお熱が上昇したのか、更に二人のイチャイチャタイムが増していった。
チッ!
あの脳筋不良共めがっ!
余計な真似をしやがってぇぇぇえっ!!
そんな二人のイチャイチャを見せ付けられ、苛立ちと悄然と孤独の入り雑じった時間をしばらくおくること、幾数ヶ月。
―――あのクソ恵美が別の県の学校に転校していった。
いや~あの時ほど、神様に感謝感激と思った事はないねぇっ♪
しかし残念ながら今は遠距離でも身近に感じる事のできる連絡手段はいくらでもある。
なので、二人は毎日それらを使用して連絡を取り合っている。
でもね、お二人さん。
その連絡手段には欠点があるのだよ。
そう...
その手段は相手の顔を見たり、会話は出来るけど、
手を繋いだり、抱き付いたりと、相手の身体の熱を直に感じたり、
相手の表情、相手の息遣い、相手の吐息、それらを心や思考や肌が感じたり、
そんな相手の存在感っていうか、体感的な感覚っていうの?
それらが二人には出来ないのだから。
―――気持ちは満足できる。
―――然れど、
―――心は納得しないんだよ。
少し系統が違うけど、昔のわたしと両親との関係もそうだった。
多様な連絡手段で両親の顔を見ながらお喋りは出来る。
でもね、所詮は画面越しでの会話。
―――それは本当の会話じゃないんだよ。
ガチャリと電話を切った瞬間に訪れる、満足している筈の心に虚空の風が流れてくる。
本当は両親にギュッと抱き付いて、
直に両親の顔を見て、
今日起こった出来事を色々とお話ししかった。
......だからね、わたしには分かるんだ。
今の二人が行っているイチャイチャは本物ではない、
―――所詮は偽りのイチャイチャなのだと。