038・サイン
「いや~正直いうと、あんま攻撃したっていう記憶がないんだが、でもこれを見るに攻撃しちまったんだろうな......はは」
佐々木も望月さん同様、苦笑をこぼしつ壊れている壁をトントンと叩く。
「しっかし坊主。お前、新人の癖にスゲェな♪あれだけ反撃しないって息巻いたってのによ、お前の剣幕に動揺しちまって、つい脊髄反射をしちゃったようだぜ!いやはや~お恥ずかしい、うあははは♪」
佐々木はそう言うと、恥ずかしそうにケラケラと笑う。
「新人がA級冒険者に本気を出させた。これだけで『合格』の理由として文句の付け所がございません!」
「そういうこった。これでもし合格させなかったら、俺が妬みややっかみで坊主を合格させなかったって噂されちまうからよ、俺の為にも頼むか昇級合格を受け取ってくれや♪」
佐々木が軽快に笑いながら、俺の肩に腕で絡めて抱き付いてくる。
「コホン...では改めて45番さん。これをお受け取り下さい!」
望月さんがニコッとした表情で、『F級』と刻まれているギルドカードを俺に手渡してた。
「そしてこちらが冒険者としての【ルールブック】です。先程の説明会で聞いたルールより、更に細かく詳しくした説明が記載させていますので、しっかり読んで覚えて下さいね♪」
そして次に、分厚い電話帳みたいな本を俺に手渡してくる。
「こ、これを覚え...るんで...すか......!?」
「あはは、別に覚えなくていいんじゃね?俺も殆ど覚えていないしな♪」
いや、あんたはA級冒険者なんだから覚えておけよ。
「佐々木くん。あなたはA級冒険者なんですよ。下のランクの冒険者達に示しが付きませんので、ちゃんとルールくらい覚えておいて下さいっ!」
ほらな。
「あはは♪いや~俺もそうしたいのも山々なんだがよぉ~、特訓やらダンジョン探索やらで忙しくってさ~!お、おっと...そろそろ次の昇級試験の準備をしなきゃいけねえみたいだな!そんじゃま、そういう事で俺はこの辺でおさらばさせてもらうぜ~!じゃあな~坊主っ!」
バツが悪くなった佐々木が適当な理由を口にした後、その場から慌てる様にして立ち去ろうとする。
「あ、はい。試験官頑張って下さ―――」
この場から去って行こうとする佐々木を見送るべく、俺が頭を下げようとしたその時、
「―――お兄ちゃん、これ」
背後にいた成美から袖をちょんと摘ままれ、一冊の雑誌をおそるおそる俺に手渡してきた。
「これは...冒険ファンファン?」
ああ、そういう事か。
「あ、あの佐々木さん!去る前にこれにサインをお願いしても良いですか?」
俺はそう言うと、成美から渡させた雑誌をパラパラと開き、佐々木の載っているページを見せる。
「お!なんだなんだ?お前、俺のファンだったのかよ♪あんま男にはサインは書かねぇ主義なんだが...まぁお前だったら、特別に書いてやるよ♪」
佐々木が俺から雑誌を受け取ると、馴れた手付きでサインをサラサラと書いていく。
「ほい、書いたぜっと!じゃあ、今度こそおさらばだっ!」
サインを書いた雑誌を俺に手渡すと、佐々木は手をシュッと挙げて、試合の場へと帰っていった。
「ほれ成美。佐々木さんからサイン書いてもらったぞ!」
俺はそう言うと、成美に雑誌を手渡した。
「うおお!やったぁ!ありがとう、お兄ちゃん!レアサインGETだぜぃ♪」
受け取った雑誌をギュッと抱き締め、成美はその場をクルクルと回って喜ぶ。
「うふふ。良かったですね、妹さん♪あの人、男にはとか言っていましたが、基本サインはしない主義なんですよ。女性にだって殆どサインをした事がないんですから♪」
「え?そ、そうなんですか?」
男はともかく、
女性ファンにはめっちゃサインをしているイメージだったのに。
「佐々木くんって、女性には人気があるじゃありませんか?」
望月さんが観客席で佐々木を応援していた女性達にチラッと顔を向ける。
「そんな佐々木くんがサインをやり始めたら、私も私もとなってしまって切りがないんですよ。そのせいで本業のダンジョン探索や特訓が疎かとなってしまい、佐々木くん危くランクが落ちそうになっちゃいましてね。それ以来、サインは書かないスタンスになったんですよ」
「へぇ、佐々木さんにそんな過去が......」
やっぱりチャラってても、A級冒険者の自覚は持っているんだな。
俺はその話を聞いて、ちょこっとだけ佐々木に感心した。