139・わたくしの勘
「......裕佳梨お姉様。意気込んでいる所を大変恐縮なのですが、恐らく朔夜お兄さんはいくら頼み込んだとて、そんな目立つ試合には出てくれませんよ?」
何故なら朔夜お兄さん。
そういった目立つ行為が、あまり好きではないみたいでしたしね。
「うふふ。それは普通で凡人のスカウトの勧誘の場合です。ですが!このわたくしが!この東城家長女の東城裕佳梨が直々にお頼み申すのです!!為れば、イエス以外の言葉は吐かせませんわっ!!」
「うわ!出たよ、裕佳梨お姉ちゃんの自己中的謎の自信!?」
「ですが裕佳梨お嬢様の謎の自信って、殆ど通っちゃうんですよね......」
裕佳梨の見せる自信満々な態度に、友里茄と彩の二人がそれぞれ苦笑いを口からこぼす。
「さぁっ!そういう事ですので優子、感謝の言葉も含めて光野様に試合参加への打診をしたいので連絡先を教えて下さいな。当然貰っているのでしょう?」
「うえ!?も、貰ってはいますけど......本当に打診するおつもりですか?」
「当然ですわ。わたくしの情報員が掴んだ情報では、北城家が選んだ人物はかなりお強いとお聞きしています。それに対抗するには貴女を助けてくれた冒険者...光野様のお力が必要不可欠なのですよっ!!」
「い、いやしかし!あ、あの試合に参加する選手に関するルールに朔夜お兄さんが適合しない可能性も十分にありますよ?」
「だからこそ、わたくしが勧誘しにいって値踏み...コホン!見定めるのです!」
「ああ!今値踏みとか言いそうになりませんでしたか!?」
「貴女の気のせいです。さぁさぁ優子!四の五の言っていないで、光野様の連絡先をわたくしにお渡しなさいっ!」
「うぐ...だ、駄目です。先程は東城家として恩人にお礼を述べる...そういう大義名分がありました。ですが今回は違います。もし朔夜お兄さんの連絡先を勝手に他の者に教えてしまっては相手に...朔夜お兄さんに不愉快な思いをさせてしまうやもしれません。裕佳梨お姉様も自分の連絡先をワタシや友里茄が勝手に知らない誰かに教えてしまったらお怒りになるでしょう?」
「うぐ!そ、それは...確かに正論ですわね。今の発言はわたくしの失態でしたわ......」
優子の言葉を聞き、確かにもっともだと裕佳梨が気付く。
「ではこう致しましょう。優子、光野様への連絡は貴方がして下さいませ。そしてどこぞに呼び出しをお願いします。その後改めてわたくしが光野様を勧誘いたしますので!」
「そんな事をしたら朔夜お兄さんを騙す事になるではありませんか!ワタシ嫌ですよ!朔夜お兄さんから嫌われるのはっ!」
優子は心の底からの拒否顔を見せる。
「うふふ。そこはご安心なさい。光野様へ嘘を付いたという不貞はこのわたくしが貴女に無理矢理やらせたものだと、キッチリお伝え致しておきますから。それでも光野様が許せないと申されるのでしたら、わたくしがその場で土下座をして貴女の許しだけは何としてでも乞いますから!」
「なっ!?ゆ、裕佳梨お姉様が土下座をする......だと!?」
「ま、全く想像が着きませんね......」
土下座をも辞さないという裕佳梨の言葉に、友里茄と彩が信じられないというビックリ表情をこぼす。
「何故そこまでして朔夜お兄さんを勧誘したいのですか?」
「こうだからという根拠を示すものは何もありません。まぁしいて言うのでしたら、わたくしの勘......ですかね?」
「お姉様の勘......ですか?」
優子が裕佳梨を訝しむ表情で見る。
「優子お姉ちゃん。裕佳梨お姉ちゃんの勘を甘くみない方が良いよ。ね、彩!」
「はい。裕佳梨お嬢様の感で、東城家は何度もピンチから助けられていますから!」
友里茄の言葉に、彩がうんうんと同意する。
「東城家が何度か窮地に陥ったというのは知ってましたが、まさかそれを裕佳梨お姉様の勘が救っていたとは......」
優子も裕佳梨の武勇伝を聞いて、感心の言葉を落とす。
「という訳ですので、光野様の連絡先を教えなさい!」
「だ、駄目です!それはそれ!これはこれですっ!!」
「では頼みましたわよ、優子!わたくしは急ぎ屋敷に戻り、お父様とお母様にこの事をお伝えに行かなきゃいけませんので!リーシャ、ルーシャ、急ぎ屋敷に帰りますわよ!」
「「ハッ!!」」
裕佳梨は闇に忍ばせておいた従者のリーシャとルーシャと共に、優子達の家から急ぎ足で出て行った。
「ち、ちょっと裕佳梨お姉さま!ワ、ワタシは朔夜お兄さんに連絡するとは言っていませ―――――」
優子は裕佳梨に待ったを掛けるが、しかし既に裕佳梨はそこにはいなかった。
「はぁ、行ってしまわれた。やれやれ、裕佳梨お姉様はホント自分ペースだな......」
裕佳梨の唯我独尊な性格に優子が嘆息をこぼす。
「しかし億劫だな、朔夜お兄さんに連絡するの......」
「優子お姉ちゃん。やりたくないとは思うけど、朔夜さんに連絡しておいた方がいいと思うよ?」
「え?」
「恐らく裕佳梨お姉ちゃん、お父様とお母様を巻き込む気満々みたいだったし。これでもし、朔夜さんに連絡をしていないと分かったら後々が...怖いよ?」
「わ、私も朔夜様にご連絡した方が良いかと。しないと確実に面倒事になりましょう。その光野様も巻き込まれて......」
友里茄と彩が裕佳梨のお怒りモードを思い出すと、その身をブルブルと震わせる。
「うぐ。た、確かにお父様とお母様が動くとなると朔夜お兄さんに連絡をしておかないと、しない時よりもご迷惑が確実に掛かっちゃうかもしれないね......ふう、仕方がない。憂鬱だけど朔夜お兄さんに連絡するか......」
すいません朔夜お兄さん、
あなたを騙す形になってしまって。
やれと言われるのなら、裕佳梨お姉様ではありませんけど土下座でもなんでもしますから、今回だけはどうか見逃して下さいっ!
優子はサクヤに対し、心の中で自分の不甲斐なさと意志の弱さに申し訳がありませんと謝り倒すのだった。