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妖銃TT-33  作者: 柚緒駆
18/32

18 賢明で誠実な判断

「なあ」


 夕闇の中、軽のハイトワゴン――本当はもっとゴツい車を借りたかったのだが、これが一番安かったのだ――のハンドルを握る地豪勇作は、視線を前に向けたまま助手席のマーニーにたずねる。


「賢明とか誠実ってどういう意味だ」


「いまさら国語の勉強がしたいのか」


「単語の意味は聞いてねえよ。さっき(みゆき)にそう言ってたろ」


 幸とは黄野(きの)幸。勇作の元カノで三十万円の金を貸したお人好しである。真っ赤なロサンゼルス・エンゼルスのキャップのつばをチョイと上げて、マーニーは小さく口元で笑ってみせた。


「人間は誰でも親になれる訳ではないということだ」


「……何言ってんだ?」


 勇作は眉を寄せるが視線は向けない。マーニーはつまらなそうに前を向いた。


「単純な真理だよ。親になるのも簡単ではない。知識も技術も必要だし、環境も運も要る。子供さえ産めば、愛情さえあれば、努力さえすれば誰もが親になれる訳ではないのだ。世の中には親になるのに向いていない人間だっている。そういう者が己の限界を悟り、自ら進んで子供から離れたとしても、それはワガママではないし冷酷でも薄情でもない。賢明で誠実な判断だ」


「幸がそうだってのか。けどアイツは俺が知る限り……」


 まだ納得できていない顔の勇作に、マーニーはこれ見よがしに大きなため息をついた。


「お主はまっすぐな人間だが、鈍感すぎるし無頓着にすぎる。気も遣えなければ頭も回らん」


「な、何だとっ」


「ほら前、ぶつかるぞ」


 勇作は慌てて急ブレーキを踏む。前の車のブレーキランプがもうすぐそこだ。ギリギリで何とか事故にならずに済んだ。ホッと一息ついて助手席をにらめば、マーニーは悪びれもせずに言う。


「善人が必ずしも子供を殺す親にならないとは限らんし、悪人が必ずしも子供を殺す親になるとも限らん。人間とはそういうものだ。それとな、お主がそばにいると彼女を傷つけるだけなのだ。それくらいはいい加減にわかってやれ」


「俺は、何も」


「信号青だぞ」


「くっ」


 乱暴にアクセルを踏み込む勇作に、マーニーは流れる外の景色を見ながら、呆れたように言葉を続ける。


「さっき、お主が彼女に『おまえ』と言ったとき、相手はどんな顔をした。嫌そうな顔をしたか。腹を立てたか。違うだろう。だが、それでも一緒にはいられないのだ。その現実を彼女はわかっているし、お主はまったくわかっていない」


「おまえみたいなガキに何がわかる!」


「おまえ言うな。そのガキに(さと)されるお主はいったい何なのか、という話をしているのだ、その程度は理解しろ」


「俺は、俺は……っ!」


「もう暗いぞ、ライトを点けろ」


「わかってる!」


 ライトが点くと目の前の視界が、ぱあっと開ける。人の心の視界も、こんなに簡単に開けたらいいのだろうが。


「……わかってんだよ、俺にだって」


 歯を食いしばる勇作を見ながら、マーニーはやれやれと首を振った。


「この世界は愛情だけでは何も解決しない。しかし愛情を忘れては何も始まらん。難儀なことよな」




 街灯が真ん中に一つあるだけの、暗い夜の公園。その一角におでんの屋台が出ていた。客は誰もいない。それはそうだろう、こんな蒸し暑い夏の夜におでんを食べたがる者など、そうそう滅多にいるはずがない。


 ラジオからは野球の実況中継が流れている。


――抜けたーっ! ショートトンネル! タイガース土壇場で同点に追いつきました! 3-3!


 頭の禿げ上がった屋台の親父は少し離れた場所に丸椅子を出し、そこに座ってのんびりタバコをふかしていた。


 視界の中で動く光。見れば軽のハイトワゴンが路肩に停まり、親子連れだろうか、大小の人影が二つ降りてこちらにやって来る。親父が屋台に戻ると、二人は暖簾をくぐって座り、ゴツい大柄の坊主頭の男が店主の目を見ず注文した。


「牛すじ二本、大根六本、卵山盛り」


 そう言って万札を三枚店主に渡す。親父は何も言わずそれを受け取ると無造作にエプロンのポケットに突っ込み、足下からズッシリ重そうな発泡スチロールのおでん容器を取り出して男に渡した。


「どこで知ったかは聞かねえが、直接電話して来るのはもうやめてくんな」


「わかった。次からは気をつける」


 蓋をうっすら開けて中を確認すれば、グロック17のマガジンが二本と猟銃の弾が六発、そして九ミリパラベラム弾がギッシリ詰まっている。男は蓋を閉め、立ち上がろうとした。しかし隣に座った十二、三歳に見える、ロサンゼルス・エンゼルスのキャップをかぶった娘が、半袖のパーカーの腕をまくって言う。


「大根、厚揚げ、ジャガイモおくれ」


 大柄な坊主頭は一瞬ムッとしたが、小さく舌打ちすると座り直した。


「やってくれるか」


「あいよ」


 親父は驚きもせず皿に注文の品を入れると娘に渡し、男にもたずねた。


「あんたはいいのかい」


「じゃ、ごぼう天とロールキャベツ」


「あいよ」


 公園の隅の木では、寝惚けでもしたのかセミがジッと鳴いて枝を揺らした。夏の夜はこれから更けて行く。

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