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1節 ブレイル・ホワイトスター4



 路地裏を出て、暫く。

 ブレイルは男を三人抱えたまま、うろうろとする羽目になった。

 街の人に事情を説明し、警吏にでも連れて行こうとしたが、何故か拒絶。

 そんなものは無い、そう言われて逃げられてしまった。

 それでも諦めずに話を聞いてみるとようやく「この地域を守っているのはエルシュー様で、警吏をしているのはゲレル様」とかなんとか情報をゲット。

 じゃあ、そのゲレル様とやらの居場所を教えてもらい。簡単な地図を貰ったものの、結局迷ってしまったからである。


 「い、いや、俺のせいじゃないし。地図が悪すぎなんだよ、絶対」

 だからこうして片腕で男三人かを抱え、片手には地図。それと睨めっこしながら、街中をうろつくしか出来ないのである。


 「つーか、ゲレル様って誰だよ…」

 そもそも今思えば、そのゲレル様とやらの姿を聞き忘れていた。

 様付けされるぐらいなので偉い人物なのは間違いないだろうが、分からないものは分からない。

 ブレイルはあたりを見渡した。地図では多分このあたりだ。

 「メイデル」そう記された看板が立っている店がある。地図にも同じ名前が記されている。それは分かった。

 その店から少し行って、三つ先の角を曲がった先にゲレル様の館があるらしいが…

 メイデル店。ブレイルの目に映るのは路地へと続く大きくはないが小さくも無い道が3つと、目に見えてわかる大きな道が3つ。それが交互に並んでいる。


 ――三つ先の角。いったいどれの事だと言うのか。

 

 人に聞いてみようとも思ったが、声を掛けようとするたびに逃げられる。そもそも地図をくれた人でさえ、怯えた様子で地図を押し付けて来ただけだったし、まぁ理由は明白であるが。

 考えても見て欲しい。

 少年が、だ。10代後半の子供が、大の大人を三人軽々と抱えていたら、普通に怖い…。


 「そもそもこの街広くない?同じような建物ばかり並びやがって…!この館っていったいどこなんだよ!!」

 これには大きく叫ぶしかできなかった。


 「………二つ先の路地裏です…」

 「――!!?」

 ぽつりと真後ろから声が聞こえたのは、正にその瞬間だった。

 あまりに唐突であったのでブレイルは飛び上がるほどに驚いた。


 思い切り振り返る。振り返り、そこに立っていた人物にブレイルは直ぐに胸を撫でおろしたが。

 そこに立っていたのが先ほどの“少女”であったからだ。

 先ほど通り頭から真っ黒なフードを被って、静かにブレイルに顔を向けていた。


 「な、なんだ、お前か…お、驚かせるなよ!」

 ついさっき会ったばかりと言うのにブレイルは緊張したような口ぶりでぎこちなく笑みを浮かべた。

 まさか、こんなに直ぐに再会するとは思ってもいなかったし、”彼女”はいつも唐突に現れるから心臓に悪い。それでも悪い奴ではないから無下にも出来ないし、あからさまに怖がるのも、流石に失礼だと分かっているために“彼女”を真っすぐに見る。

 “少女”はそんなブレイルとは反対に俯き、フードを深く被ってしまうが。

 ブレイルから目を逸らしながら、細い指が一つの路地を指す。


 「…あそこ、連れて行ってください…」

 「え、あ、ああ!そういう事か」

 何処までも静かな声でようやく気付いた。”彼女”はどうやら道案内してくれるらしい、と。

 ほんのわずかにブレイルの頭に疑問が浮かぶが、それを口に出す暇はなく、スタスタと“少女”が歩き出す。完全に着いて来いと言う事なのだろうとブレイルは慌てて“彼女”を追った。


 「えーと。少しいいか?」

 「…」

 歩きながらようやくブレイルは口を開く。”彼女”には色々と聞きたいことがある。

 ブレイルの問いに“彼女”は何も言わず、何も答えてくれないかもしれないと思いつつもブレイルは続けて口を開く。


 「お前さ、名前…」

 「名乗る必要ありません。名乗りたくないです。どうしてもと言うのならモルスとでも呼んでください」

 一発目から拒絶だった。いや、名乗ってはくれたが明らかに偽名だ。今考えたに違いない。

 しかし、そんな人物もいるだろうと仕方がなく納得し、次の質問にうつる。


 「さっきさ、アドニス…だっけ?えーっと、お前はあいつと一緒にいるの?」

 「…はい。先ほどは…彼がそちらの方々を相手にしてくれました。貴方も私を助けようと追いかけて来たようですね。…一応礼を言っておきます」

 「い、いや」

 此方は、“少女”はサラリと質問に答え。先ほどの礼だと言わんばかりに小さく頭を下げる。

 正直あまり感謝されている感じはしないが、取り敢えず取り越し苦労では無かった様なので安心する。

 だた、続けて“少女”は口にした。


 「…それを含めて言いますが、私はそちらの方々を罰したいとも罰しようとも考えていません。ですので、その方々に罪はありません。…それだけは先に言っておきます…」

 「――は?」

 この発言にはブレイルは疑問しか浮かばなかった。

 自分に彼らに対しての怒りは無いから見逃せと言う事だろうか?しかし、彼女がそう発言しようとも婦女暴行しようとしていたのは事実であるし、今後同じ事を仕出かさないとも言い切れない。

 さすがに見逃すことは出来ないと思うのだが…

それを見越したように少女がまた口にした。


 「その方々に罪はありません。少なくとも…牢屋に入るほどの咎はありません」

 「…分かったよ。『お前には、まだ何もしていなかった』。ゲレル様だっけ?そいつにはそう証言してやる。けどな、暴行未遂については話させてもらうぞ!前科持ちだったらどうするんだ!」

 仕方がないのでブレイルはそう約束する。しかしだ。完全見逃すことは出来ないので出来るだけの妥協だけをしてやる。

 “少女”は何も言わなかった。顔が見えず表情も見えないが、不満そうな様子は感じ取れない。

 ただ、何故だか呆れたような視線が浴びせられているのが分かった。

 そんな視線を送られてもブレイルは判断を変える気はないが、コホンと質問をつづけた。


 「お前さ、なんで、あのアドニスってやつと一緒にいる訳?」

 ――危険かもしれない。その言葉を押し込んで質問する。


 「持ちつ持たれつ」

 「え」

 しかし“少女”から返って来たのは意外な言葉だった。

 なぜかそれ以上は説明しようとしない。

 ――つまり何かしらお互いに助け合っていると言う事か。

 そう言えばと思う、アドニスも言っていた「彼女には借りがある」と。

 それが何か分からないが、結果的に協力し合う関係になったと考えるべきか。

 ブレイルの疑問に少しして“少女”は渋々と言うように口を開いた。


 「私は彼に住居と飲食など『暮らし』と言う提供をしています。それに対し…アドニスさんは私の護衛と手助けをしてもらっています。…私一人だと暮らしづらい事もありますので、お互いに利益ありと考えた上での関係です」

 これには「ああ」と納得できた。

 つまり、ブレイル(自身)とリリーと同じ関係だと。

 アドニスは異世界人と言った、ならば自分と同じく行き成り異世界で過ごすには無理がある。”こちらの世界”の住人に手を借りた方が一番楽だ。

 彼はその「住人」を“彼女”に決め、代りに用心棒を引き受けたのだろう。

 今の話からだと、この“少女”は一人暮らしであるみたいだし、”少女”にとっても男手があると色々と便利なのだろう。

 そう考えれば「持ちつ持たれつ」これは正しい。

 少々人選に問題があるのは間違えないが。取り敢えず、こちらも聞いておく。


 「アドニスってやつ大丈夫か?ほら、辛い事とか…」

 「特には。提供した住まいにも何も言いませんし、出す食事は文句なく食べてくれます。それ以外の身の回りの事は自身でしてくれますから、お互い適度な距離で過ごせています」

 「そ、そうか…」

 気になる点はそこじゃないのだが。

 また少しして、”少女”は「ああ」と呟いた。


 「…もしもそれ以上の物を提供されているのではないかと思っているのならご心配なく。彼は一人の大人ですから、私の様な子供を性的な目で見る事も、行為も求められていません。というか絶対無理があるでしょう」

 「――!!?」

 「もう少し言いますと、厳しく恐ろしい方ですが、暴力で言いなりにされている事もありません。私がミスすると、呆れて軽く頭を小突くぐらいです。たんこぶ一つできません。時折……恐ろしい目で睨んでくるぐらいです。でもそれは……それも私のミスから起こる事ですから気にしていません」

 「ちょ!!」

 思わず、ブレイルは少女の言葉を遮るように声を漏らす。

 そんなブレイルに“少女”は小さく首をかしげた。

 「聞きたいことはこういう事でしょう?」と――。


 いや、そうなのだが。そうだったのだが。こうもスラスラ口にされると困るものがある。

 しかし、まぁ、すこし安心する。こうも当たり前に怯える様子もなく言葉に出来るのだ、アドニスとはただ普通な共存関係と見ていいだろう。

 アドニスという男は異常人物なのは確かだが、協力関係になった相手にはそこまで危険な人物でないと言う事か。まだ、それなりに健常な判断ができる人物なのだと判断した。

 

 それなら次の質問だ。


 「じゃあさ。次なんだけど、なんでお前戻って来たんだ?ほら、俺に声かけたのはなんでだ?」

 先ほど路地裏では“彼女“はアドニスと共にそそくさと去っていった。

 また暫く会う事も見かけることもないだろうと思っていたが、困っていたブレイルに声を掛けて来たのは“彼女”だ。あの後アドニスと別れてもう一度、偶然ブレイルを見かけた。その可能性もあり得るが、何故かこの時ばかりは、”彼女”は別れた上でわざわざ戻って来た。そういう謎の確信があった。


 「余計なおせっかいするでしょ、貴方」

 「え!?」

 その問いに返って来たのは、これまた思わず声が漏れる答えであったが。

 “少女”は一瞬だけチラリとブレイルに視線を送る。正確には彼が抱えている男たちに、だ。


 「…アドニスさんは『目の前にのびた暴漢たちがいても普通は放っておく』と言ってくれましたが、ブレイルさんでしたら正義感からわざわざフリッジの所に連れていくのではと思いまして…案の定でしたので声を掛けさせて頂きました」

 「あ、そ、そう。」

 「それと…仕事もありますから」

 どうやら自分の為だったのだとブレイルは理解する。

 本当の所は後者が本音だろうが、それでも助かったのは事実だ。

 「余計なおせっかい」は少し酷い気もするが。

 ――ふと疑問が頭を巡った。


 「ここです…」

 しかし、その疑問を口にする前に“少女”は突如として立ち止まる。

 話に夢中になって気が付かなかったが、目的地に着いたのだろう。

 気づけば、暗い路地の道、大きな古ぼけた屋敷が一つ。周りと同じように白煉瓦で作られた屋敷だが、異様にボロボロで周りの雰囲気とあまりに合わない。


 ここがゲレル様のお屋敷と言うのか。

 思わず、本当にここかとブレイルは“少女”を見つめた。

 だが、”彼女”はもう何も言わなかった。それ処か“彼女”は中に入る気が無いらしく、屋敷の前にあったボロボロのベンチに腰掛け小さく丸まってしまう。

 …中には入らないが待ってはくれるらしい。


 それだけで何を言っても梃でも動かない意思が感じられて、ブレイルは仕方がなく屋敷を見上げる。

 魔王は出ないが、魔女やらお化けは出てきそうだ。

 

 ――ごくりと、生唾を呑む。


 いや、しかし此処で臆していて何が勇者だ。

 お化けとか(こんなもの)魔王軍のゾンビ軍団と比べれば可愛い物だ。

 ――そう心してブレイルはボロボロの扉に手を掛けた。


 少しだけ開いただけで、ありきたりに「ぎぃ」なんて軋む扉の音。


 「…ええい!ままよ!」

 そんな音にビビっていられるか、なんてありきたりの音を打ち消す様にブレイルは思い切り扉を開いた。

 開くしかなかった。べつに怖いとかじゃない。


 「ばん」と大きな音が響く。衝撃ではらはらと天井から砂埃が落ちる。

 一番に目に入ったのは、


 「…くそうぜぇ…」

 眼鏡をかけた一人の“男”であった。

 黄緑の髪、眼鏡の奥の灰色の瞳。

 そんな容姿の“男”が、まるで待ち構えていたようにブレイルの目の前に立っていたのだ。


 「え、ええええ!!?」

 これにはブレイルは驚くしかない。

 ――いや、“男”が待ち構えていたからじゃない。


 「ラスク!!?」

 その“男”が、ブレイルの偏屈な魔法使い(仲間)その人であったからだ。

 だから当たり前のようにブレイルは、その仲間の名前を叫んだ。叫ぶしかなかった。

 しかし、その違和感は直ぐに訪れる。

 こちらを見降ろす目がひどく冷たい。まるで初対面のソレだ。


 「患者、そこに置け。ほらそこの床で良い。早く」

 そんな冷たい目でテキパキと目の前の“仲間(ラスク)”が支持する。

 しかしブレイルは呆然とするしかなく、立ちすくむ。その様子に“ラスク”は大きく舌打ちを繰り出した。


 「とんま、聞こえないのか。ぐず。――抱えている患者、そこに置け!!役立たずになりたいのか!」

 「――!!」

 あまりの暴言にブレイルはやっと我に返って、驚いたまま、言われるままに抱えていた男たちを床に下ろした。


 「…タナトス信者か、最近加入したばかりだな…」

 途端に“ラスク”は膝をつき男たちに手を伸ばした。首元に入った刺青を確認してから、次に頭に触れる。”彼”の様子はまるで診断しているようだった。

 少しして、”ラスク”は再び舌打ちを繰り出した。


 「…まじか容赦ゼロ。骨イッてんじゃねぇか…仕組み知って面倒になって力任せにやったって所じゃねぇだろうな?…異常者が!あー、それと、おい緑の馬鹿ガキ」

 鋭い眼がギロリとブレイルをにらんだ。もしかしなくても緑の馬鹿ガキはブレイルである。


 「おまえ。こいつらの事この状態で馬鹿みたいに担いでここ迄やって来たのか、テメェの世界は応急処置一つ知らない馬鹿か?それとも魔法でなんでも出来るおめでたい世界か?それにしては魔法なんぞ掛かってないように見えるが?」

 「は?え?」

 「つーか、おまえどう見ても医者じゃなければ、そう言った魔法も使えないだろ。切り殺す事しか能のねぇぐず。」

 「――!」

 ここ迄言われて、ようやくカチンと頭にくる。

 何故ここ迄言われなくてはいけないのか、腹立たしくて、何か言ってやろうと口を開く。

 

 「おまえ…」

 「うるせぇガキ!!こちとら呼ばれたんで向かってみれば患者は居ねぇ!頭蓋叩き割る異常者と、ちゃんとした判断が出来ない馬鹿!!異世界人ってのは異常者と馬鹿ばかりか!!言っとくがな、馬鹿ってのはてめぇのことだ『異世界人』!!!!!」

 

 ――けど、その剣幕に何も言えなくなってしまった。

 屋敷中に男の怒鳴り声が響き、頭がきーんとする。

 どうして此処まで、この男が怒っているか分からないが、これだけは分かる。

 “彼”はどう考えても“ラスク”じゃない。

 ラスクは偏屈であったが、こんなに暴言を吐きまくる性格ではない。

 それに、よくよく聞けば目の前の“男”の声はラスクと違っていた。

 つまりだ、目の前に居るのは完全なる別人。しかし、その容姿は似ていると言う物じゃない。

 何処か似ていた、パルとリリー。しかし、この“男”の容姿は一寸の違いもなく、ラスクそのものであったからだ。

 いや、というか、この人物。この屋敷の主であろうこの人物。

 彼こそが“ゲレル”様とやらなのだろう。何故だか、確信した。


 ――“ラスク”…否“ゲレル”の三度目の舌打ち。


 「…もういい。患者は受け取った。処置にうつる」

 もう相手にしていられないと。”ゲレル”が当たり前のようにブレイルから目を逸らしたのはこの時。

 その瞬間からブレイルに興味を失ったようで、ビニール手袋を手にはめると、気を失っている男達へと手を伸ばした。

 淡く“ゲレル”の手が輝く。

 そのまま輝く指先が、一人の男の頭に触れた。

 触れたかと思えば、その瞬間、”彼”の指先はすぶりと男の頭に食い込んでいったのだ。

 呆然としていたブレイルも我に返り、これには身体が動いていた。

 「何してるんだ!」と叫びながら“ゲレル”の肩を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、伸ばした手は肩に触れる前に止まった。


 男の頭には“ラスク”の指が第一関節ほどまで深々と突き刺さっている。

 いや、正確に言えば、それは頭に突き刺したと言うより、まるで男の頭が“ゲレル”の指を飲み込んでいると表した方が正しい。やわらかな砂に指を押し込んだ。そういえばイメージしやすいか。

 なんにせよ、男の頭からは血一滴溢れていない。


 「…頭蓋の罅…修復完了…外側はコレでいい。…脳は…よしこれで良い。…首は、むち打ちだけか、神経もやられてない…運が良いと言うか…まさか手加減してコレってことか?」


 “ゲレル”が何やら呟いている。その様子はまるで治療を施す医者と呼べそうな、「何か」だった。

 いや、“彼”は確かに男たちを治療しているのだろう。その様子が異常なだけ。

 どんなふうに治療しているかは変わらない。「見えない」から分からない。

 ただ人間の頭に手を埋め込ませて、「そうやって治している」それは嫌でも理解した。“ゲレル”が治療を終わらせたときには、男の顔色が見てわかるほどに良くなっていたからだ。そのまま“ゲレル”は次の患者にうつり同じように治していく。

 これは魔法の類か。しかしブレイルの世界ではこんな魔法は見たことも聞いたこともない。癒しの魔法が得意とするパルでさえこんな魔法は使わない。

 いや、そもそも“ゲレル”のそれはどう見ても魔法に見えない。


 それは正に、ああ。そうだ。

 ――“神の領域”だ。

 

 ここでようやくブレイルはエルシューの言葉を思い出す。

 リリーも言っていたじゃないか。この世界では神様は沢山いる。

 知っている限り少なくとも、生命の神、太陽の神、愛の神、恋の神、そして——光の神。

 光を司る様な神であるならば、人間の治療なんて当たり前に行えるのではないか、つまりだ。

 ゲレルという、目の前の“男”は光の――。

 

 「おい、ゲレル…でいいんだよな!お前——」

 「は?ゲレルだと?――ただの“光”が人間を治療できるはずねぇだろ。俺は“医術”だ、見て分るだろウスノロ!」


 ――間違えた。

 いや、ブレイルの推理は間違えてはいないと言えば間違えていないのだが。


 全ての治療を終えた“ゲレル”、いや、医術を名乗った男は酷く険しい顔でブレイルに再び視線を移した。見て分るほどに彼は怒っている。何故か怒っている。ブレイルからすれば知り合いが向けたこともないような怒りの表情。

 そんな友を前にブレイルは口を噤んでしまう。なにを言っていいのか分からない。

 あまりにブレイルが情けない顔をしていたからか、少しして大きなため息が一つ。

 険しい顔をしつつも、“医術”と名乗った男は静かに己について答える。


 「――俺はアクスレオス。腹立つがこう名乗ってやる。――“医術の神”アクスレオスだ。そしてここは俺の、『医術の診療所』。光…の神『ゲレルの警備屋敷』はこの裏路地から二つ先の大きな道にある屋敷だ」

 「——」

 「お前、案内にまんまと騙されたな。違和感感じなかったのか?ま、勝手な行動したのはお前だし、これも御心だ。これはもう俺の患者だ。善人だろうが咎人だろうが関係ない。――邪魔だからお前はでていけ」


 静かで、しかしまるでゴミか何かを見つめるような目だったと言う。

 ――そして。

 未だに状況がつかめていないブレイルの首根っこを引っ張って、“医術“を名乗った男は彼をポイッと診療所の外へ投げ捨ててしまうのだった。


 ばたんと目の前しまった扉の前でブレイルは呆然と考える。

 ブレイルは暴漢たちを街の警吏を務めるゲレルと言う人物の屋敷に向かっていた。これが最初から今までやり遂げようとしていた目的だ。

 そして、結果的に“少女”の案内によりこの屋敷についた。そして、屋敷の主人に引き渡すことはできた。ある意味目的達成だ。そこまでは良い。


 ――しかし。

 この屋敷の男、あの男、仲間の姿をして医術の神を名乗ったアクスレオスと言う男。

 彼はこの屋敷が“医術の診療所”だとか抜かした。ここは、ゲレルの屋敷ではない。

 そもそも、もちろんあの男、この屋敷の主人であろう男ははっきりと“アクスレオス”と名乗ったのでゲレルな訳もない。

 

 つまり――。

 ここは目的地でも何でもない。


 つまり――。

 案内してくれた“少女”に騙された訳である。


 ここまで三分。…長かった。


 「おまえぇぇ!!だましたな!!」


 勿論、ブレイルはブチギレる訳で、我に帰るや否や屋敷に入る前に彼女がいた場所に、それはもう凄い形相で振り返ったのである。

 そもそもここに連れてきている時点で、“少女”がゲレルの屋敷に端から連れて行くつもりが無かったのは少し考えれば分かりそうなものだが。

 とりあえず、そんな事はどうでも良い。

 騙されたことが腹立たしい。

 一言怒鳴りつけて、げんこつ一つくれてやらなければ気が済まない。

 そんな勢いでブレイルは“少女”に顔を向けて、


 そして、


 ただの一瞬で固まったのである。



 屋敷に入る前と変わらずベンチに小さく丸まる“少女”。

 その前に、その“彼女”をギョロリ、ギョロリと――。


 ――唯ひたすらに例えようがない、“化け物”が見下ろしていたのだから…。


 ブレイルはただただ息を呑む。

 その場の時間が止まったような、そんな気がした。


 ぎょろぎょろの大きな沢山の目玉とか。

 縦に大きく広がった涎が垂れ流しの大きな口とか。

 肩にいれられた鈴の花とか。

 金色の物体とか。

 皮膚が無い血管むき出しの緑の身体とか。

 手が異様に太かったり細かったり。

 足が三本で、指がうねうね沢山あったりとか。

 ぱっくり開いたお腹から内臓が触手のように蠢いているとか。

 少し動くたびに背中から蛆がぽろぽろ落ちてくるとか。


 人間じゃない。モンスター?

 でも、こんな存在見たこともない。

 

 そんな存在が“少女”を悍ましく、物欲しげに、見下ろしている。


 意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。

 あまりに展開が急すぎて、頭が全く回らない。

 だって、いままで、平和すぎるぐらいな、街だったのに。


 ――ごああああああああああああああおあああああああああぢあああああああああああああああえぇ


 化け物が叫びをあげる。意味も分からない声を上げる。

 血走った目で“少女”を見下ろしたままに、大きく腕を振り上げる。


 ――ブレイルの身体は自然と動いていた。

 頭が理解に追いつく前に。

 地面を蹴り飛ばし、聖剣を抜く。

 その眼光はすでに化け物の首をとらえていた。

 振り下ろされた手が“少女”に触れる前に、その刃は腕に滑り込み、そのままグチュリという嫌な感触のままに首を撥ね飛ばす。


 化け物の頭はトマトがつぶれるように地面に落ちる。

 血しぶきの様なモノは出なかった。

 ただ、無くなった場所からドロドロとろみの掛かった黄色い液体が流れていくだけ。

 化け物の身体は、そんな液体の中に崩れ落ちていく。

 ぐしゅり、ぐちゅり。何もかもが嫌な音。


 「………」

 そんな様子を“少女”はただ無言で見つめていた。

 ただぼんやりと、もう動かなくなった。緑の身体と。

 まだ、小さく何かをつぶやき続ける異形な頭を。

 黒い瞳がただ静かに見つめ、手を小さく動かすのだ。


 ――化け物は声も出さなくなった。沢山あった目はみるみるうちに白く濁り。唇の動きも止まる。

 完全に死を迎えたようだ。


 ひどい悪臭が漂う中、ブレイルは大きく肩で息をしていた。

 聖剣についた黄色い液体。それを見て、何とか間に合ったのをわずかに実感する。


 ――しかし、けど、でも、今のは、本当に、ちゃんと、刃は通ったのか?

   だって、ほら、かんしょくが、てごたえ、おかしい、なかった。


 あまりに勢いのまま、ただ身体だけを動かしたから、頭がまだうまく回っていない。

 大きく息をしながら、必死に酸素を身体に巡らせながら、やっと我に返る。

 そう、“彼女”。あの“少女”は無事なのか。


 「おい!!おまえ!!大丈夫か!!」

 ブレイルは“少女”へと振り返る。

 “彼女”はぼんやりと変わらずベンチの上で丸まっていた。

 ただ、その視線は化け物へと注がれている。

 グチュリと液体を垂れ流して、つぶれた頭。ただ、それをじっと見つめている。


 「――!!見るな!」

 ブレイルは“少女”の頭のフードを深く被らせる。

 あまりに異常で恐ろしくて、女の子には見せるべきでないと判断したのだ。

 “彼女”は何も言わない。ただ、大人しく従うようにフードを深く被る。

 そんな“少女”を見て、ブレイルはようやく安堵した。

 “彼女”にはぱっと見、傷一つない。間に合ったのは違いなかった。


 ――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 そんな安堵している暇もなく。叫び声が響く。

 此処からではない。路地を出た大通りからだ。

 それに、この声。


 「リリー…!?」

 それは間違いなくリリーの物であった。

 ブレイルは一瞬“少女”に視線を送るが、唇をかみしめて駆けだす。


 「お前はそこの神様の所に居ろ!!」

 それだけを叫び伝えて。

 ブレイルは叫びが上がった大通りへと向かった。



 「……」

 そんな騒ぎの後、診療所の扉が開いたのは直ぐの事だった。

 アクスレオスの灰色の目が静かに化け物の頭を見下ろす。

 ただ、眉を顰めて、唇をかみしめ、

 最後に“少女”へ、その鋭い視線を向けるのだ――。




 『――勇者は戦った!』





9/29登場人物の名前を思い切り間違えていたので直しました

ブリッツでもフリッジでもなく「ゲレル」です。

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