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1節 ブレイル・ホワイトスター3



 この世界に神様と名乗る存在が現れたのは何時の頃だっただろう。

 それはあまりに古い太古の時代からであるため、覚えている人間は存在しない。

 一番初めに現れた神は誰であったか、本当の所、もう誰も知らない。

 それほどまでに昔から、そして数多く神が存在し、人間たちに細やかな幸福を与えながら共に暮し崇められる。それがこの異世界の在り方であった。


 そんな神と人が共存する街はとても美しい。


 白を基調とした外壁だけでない。美しいのは住人の在り方だ。

 夜が無くなったと言うのに彼らは文句ひとつ言わない。「仕方がない」と笑顔を浮かべて神々に怒ることもなく当たり前のように日常に溶け込む。

 街並ぶ沢山の露店からは、店主の大きく通る声が響き。その顔に名一杯の笑顔を浮かべて接客し、どこの店からも人柄の良さがあふれ出る。来るもの拒まず。泣いている子供がいれば誰もが駆けよって対処に当たる。困っている人物がいればすぐ様に手を差し出す。まさに温かみにあふれる街と言えよう。

 

 そんな街の中心にある時計台の上に、その生命の神と呼ばれる神は住んでいた。

 白いレンガを高く積み上げ、いたるところにステンドグラスが埋め込められた塔の上。黄金の鐘へと続く広く白い部屋。花で飾りつけられ、汚れなど一つもない部屋の中、真っ白な玉座にも似た椅子に、神エルシューは優雅に腰かけていた。


 妙に白い肌、白い髪、切れ長の紫色の瞳。線の細い美しい顔立ちに、純白の衣を纏い程よく筋肉が付く細い身体は、淡く淡く輝き、浮かべる笑みは自信と慈悲に満ちている。

 それはあの夜、ブレイル達の前に現れた男に間違いない。

対峙したブレイルとパルは、その美しさに息を呑んだ。

 こうしてしっかりと面と向かって対峙してみると、彼は人間じゃない。もっと上の存在。神であると嫌でも理解できた。出来てしまったわけだ。

 そんな緊張から固まる二人にエルシューはさわやかな笑みを浮かべ椅子から立ち上がった。


 「やぁ。勇者ブレイル、そして聖女パル。二日ぶりだね。頼んだ仕事の方はどうだい?倒せそうかい?」



 優しく気品に満ちた声。

 そんな神なる存在は、まるで親しい友を迎えるように美しく笑みを浮かべたまま、そのまま嬉しそうに二人の目の前にやって来た。

 思わず傅きたくなる男の前でブレイルはただ困惑した。

 まさか本当にこうも簡単に神様に会えるとは。


 エルシューの元に連れて来られたのはあっと言う間だった。

 昨日の話し合いの通り、リリーと彼女の父アーノルドに連れられ、この時計塔へ二人はやって来た。

 時計塔の前、目にしたのは沢山の街の住人達。その全員が果物やら花やら両手にいっぱい抱えて時計塔の周りに集まっていたのだ。それがエルシュー神の信者たちでエルシューに謁見するために並んでいる、と言う事は嫌でも察することが出来た。

 此処まで信仰されている神なのかと驚いているうちに、アーノルドとリリーが何やら時計塔の前にいた妙に美しい容姿をした門番たちに話しかければ、あれよあれよとあっという間にエルシューの前に連れて来られたのである。


 ブレイルは一度パルと顔を見合わせ、小さく頷く。

 意を決したように真っすぐに、神エルシューを見据えた。


 「エルシュー!お前に聞きたいことがある!」

 「うん?」

 ブレイルの唐突な強気な発言。しかしエルシューは全く気にしていないのか微笑みを絶やさない。

 どうやらこの神は、これぐらいは何とも思わないらしい。

 ならば、とブレイルは生唾を飲み込み言い放つ。取り敢えず、これだけは先に言っておくと決めていたからだ。


 「お前の答えによっちゃ、俺たちは元の世界に戻らせてもらう!」


 世界の危機。そういわれて助けるために異世界へ連れて来られたブレイルとパル。しかしだ、リリーはそんなものは無いと言った。その上、「この神は何かと理由を付けて異世界から人を連れてくる」と、つまりだ。

 騙して自分たちをこの世界に連れて来ただけなら、帰らせてもらう。それが二人の当たり前な答えであった。

 

 そんなブレイルの言葉を聞いて

 少しの間。

 いや、長い間。


 微笑んでいたエルシューの顔が見る見る変わっていった。

 いや、怒りじゃない。

 眉をハの字にして、目に沢山涙をためて、口をへの字にして、なっさけない顔である。


 「…ええ!?なんでぇ!!僕の事すてないでぇぇ!」


 エルシュー神があまりに情けない声を出した瞬間であった。

 そしてそのままブレイルへダイブ。

 わんわん泣きべそをかきながら、鼻水を垂れ流しながら抱き着いて来たのである。うん、情けない。

 いや、情けないを越した。


 ブレイルは固まる。勿論隣にいたパルも同じだ。

 いままで神として在った男が、だ。泣きわめき始めるとか、ドン引きでしかない。


 「おま!?きたな!!は、はなれろ!!」

 我に返り引きはがそうと引っ張るがエルシューはびくともしない。無駄に力強い。

 ぐすぐす泣きながら「捨てないで」だとか「僕が悪かったから」とか「力かすから」とか色々駄々洩れである。

 あまりの事にブレイルが後ろにいた。アーノルドとリリーに助けを求めるのも仕方がない。

 2人は苦笑いを一つ。アーノルドが口を開いた。


 「エルシュー。彼らは貴方に聞きたいことがあって来たんですよ。まだ見捨てていません。最後まで話を聞いてください」

 「ふえ?ききだいこと?捨てでない?ほんとぉ?」

 アーノルドの言葉にエルシューはようやく身体を離す。鼻水がブレイルの服にベットリついていて、グスグス泣いていたけれども、ゆっくりとブレイルから身体を離して、「どうしたんだい」とキョトンとした様子で問いかけてきた。


 「どうしたんだい…じゃない!」

 ようやくと言わんばかりに、情けやらなんやらかなぐり捨てて、ブレイルはエルシューの頭をバコンと一発。エルシューは「痛い」と泣いた。

 そんなのお構いなしに、いや、神の威厳とかもう粉々になっていたから、ブレイルはエルシューにつかみかかる。


 「お前!!俺達に強大な悪がいるって言ったよな!!それを倒してほしい!そうだよな!!助けて欲しいって言ったよな!それなのに詳細も言わずに突然異世界に飛ばして全部投げやりにして、ほったらかしとかどういうつもりだ!!どこだよその強大な悪って!!つーか聞いたぞ!お前、適当な理由を付けて異世界から適当な人間を何人も連れ込んでいるだけって!人間を繁栄させるためだけで会って、魔王とかいないし、世界の危機とかも無いって!!どういうことだよ!!」

 と思いのたけをぶちまけてやった。

 しかし当然である。何度も言うが「助けて欲しい」なんて言われたから承諾したら、そのまま異世界に飛ばされて、それは良い。問題はどうして、なんのために、本当は自分たちに何の用でここに連れて来たかあやふやで謎のまま放置されたことだ。「巨大な悪がいる」なんて言われたがこの世界に、そんなモノいるようには見えない。だからブレイルの怒りは仕方がない。


 エルシューは、

 エルシューはブレイル怖いと泣いた。

 その様子に、ブレイルもぶちっと来た。

 そこからはもう勢いだ。


 「エルシュー!お前、俺達に助けて欲しいって言ったよな!」

 「言ったよ!君達承諾したじゃないか!あ!!それを途中で投げ出すのは酷いよ!」

 「途中で投げ出したのはテメェだろ!おかげでこっちはパルと離れ離れになったんだぞ!」

 「重かったんだもん!仕方がないじゃん!」

 「おも…!」

 ブレイルの勢いにエルシューは流されるままに答えていく。

 いや、自分たちは重かったと言う理由で投げ捨てられたのか。


 「なんで探しに来なかったんだよ!!」

 「僕が君たちの居場所知る訳ないだろ!!!」

 …もう一発殴った。

 あまりの言い訳に信者であるはずのリリーとアーノルドも庇う事はしない。

 パルだけは「落ち着いて」とブレイルを止めたが。


 「もういい、じゃあ…」

 「ひどい二回もなぐっだぁぁぁ!!」

 「おいはなし…」

 「暴力はんたいだぁぁ!!」

 「だから、はなし…」

 「びぇぇぇぇぇぇ!!」

 「………」

 うん。理解した。ブレイルは一つ理解した。

 この男に遠慮は必要ない。

 いや、と言うかこの男、この神。――駄神(だしん)である。


 ブレイルは拳をもう一回、作り上げる。


 「泣き止め。もう一回殴るぞ」

 「ッひ!ご、ごめ…ど、どうして英雄ってやつらは皆こうも怖いんだよぉ」

 結果、エルシューはしゃくり声を上げながらも泣き止んだ。

 その時の殺気はすさまじい物だったと後でパルは言う。


 エルシューがやっと泣き止んだところで話を戻す。


 「もう一度聞く。お前は俺達に助けて欲しいって言ってきたよな。」

 「うん。いった」

 「ええと。強大な悪がいるとか…でしたが、それは作り話…では無いですよね?」

 もうこの会話三回目なのだが、ようやく一応、真面な状態になったエルシューなのでまた一から聞き直す。今度はパルも会話に入る。彼女の声はブレイルと比べ、かなり落ち着きエルシューへの気遣いも感じられるが、どうやら彼女も今までの様子から疑惑を向け始めたらしい。

 そんな二人を前にエルシューは大きく頷いた。


 「作り話じゃないよ!強大な悪はいる!本当だ!君がさっき言っていた適当な理由を付けて異世界から人間を連れてきている。それも誤解だよ!異世界の人間は強いって話だから承諾を得て連れてきているんだ!理由は君たちと同じ!…でも一般人は皆弱かったから…むしろ力寄こせとか言って来るし、おれつええ?意味わかんない。そんな神の力、ポイポイあげられるはずないじゃん」

 ああ、しかも以外にも、ちゃんと話聞いていたようだ。いや気になる点は無いこともないが。

 だから!…とエルシューは叫ぶ。


 「今度はちゃんとした、世界を救った英雄様に声を掛けたんだよ!」

 涙で潤んだ目でキラキラした目でブレイル達を見据えながら。

 ブレイルは少しだけホッとした。口車に乗せられ連れて来られた訳じゃないと。

 

「じゃあ、その悪ってのは何処にいるんだ?城とかか?根城は?」

少し冷静になって言葉が出る。

 だが、ブレイルの言葉にエルシューは再びきょとん。


 「え?知らないけど?この街のどこかじゃないかな。いつもフラフラしてるし」

 「…は?」

 帰って来たのは的を付かない適当な言葉だった。

 いまなんて?しらない?このまちのどこか?ふらふらしている?

 こいつが言う強大な悪とはそんな自由気ままに街にいると言うのか。


 「むしろ今の僕はアレだけにはどうしても勝てないっと言うか、居場所すら知れないから君たちを呼んだだけだし」

 「……は?」

 どんな悪だよと思っていると、また聞き捨てならない発言が一つ。

 というかさっき、この男協力するとか言っていなかったけ?

 だと言うのに、信じられない言葉であると言うか。協力とは?


 「うんでもあれ!他の神は味方してくれるよ!愛の神とか、恋の神とか、光の神とか?それにこの街にいるのは確かだからすぐ見つかるよ!他の神とか比べ物にならない程あいつ陰気で強いから!」

 矛盾。

 いや、愛だとか恋だとか光だとか、確かにあまり強そうでないけど。

 いや…むしろ、その神達が足元にも及ばない悪とやらの特徴も知らないのだが。


 「あの…そのエルシュー様や他の神様が勝てない相手とは一体どのようなお姿で?」

 呆然とするブレイルの代わりにパルがエルシューに問いただした。

 その問いかけに、何故かエルシューは顎に手を当て悩み始める。


 「さぁ、だから僕、アレに会えないんだって。見るのも無理。あー、でも何時もバカでかい本をもって青い白い顔してたかな?貧血でさ。まぁ一万年以上前の話だけど…」

 パルが思わず息を呑むのが分かる。ブレイルも同じだ。この男はサラリと一万年以上も前の話をしたのだ。冗談かと思いたくなるが、エルシューの様子からは冗談には全く見えない。

 むしろだ、そんな力を持っていて、一万年前から生きている存在は、一つしか知らない。正確に言えばたった今見ている…と言うべきか。

 少しの間、動揺しつつもパルがまた口を開いた。


 「ええと…その存在は魔王か何かでしょうか?」

 おそらく、パルも考えたくなかったのであろう。

 しかし彼女は遠回しに確信を付く。

 パルの言葉にエルシューは美しく笑った。


 「魔王?あはは!そんなモノいないよ!この世界に魔族?モンスターっていうの?いないから!安心してよ!そんな化け物の姿?えーっと、モンスターじゃないから!――だってそいつ、僕と同じ“神”だもの!…邪神だけどさぁ」


 ああ、この男。

 そんな笑顔で、当たり前のように、大事なことを、()()()()口にした。

 ブレイルとパルは顔から血の気が引くのが分かる。

 にこやかに笑うエルシュー。

 この男はたった今、『異世界』からやって来た二人に、神殺しを頼んできたのである。

 二人が愕然とするのも仕方がない。心から後悔した、あの時、エルシューが助けを求めて来た時、ちゃんともっとしっかりと強大な悪とやらの話を聞いておくべきであったと。

 いや、それ以前に、強大な悪としか説明しなかったこの男に、酷く腹が立った。

 まるで騙された気分である。

 

 そんなことなど露知らず、エルシューは微笑みブレイルとパルの手を握りしめて、

 まるで当たり前の事の様に問いただしてくる。


 「やってくれるよね!」

 

 なんて…

 そんなの…


 「はい、やります…!

  …なんて直ぐに答えられる訳ねぇだろ!!!神殺しだぞ!考えさせろ!こんの馬鹿神!!!」


 


 ………。




 「えーと。エルシュー神は昔からあんなやつでね。気にしない方がいいわよ。」

 エルシュー神と謁見が終わって、正確に言えば、泣きわめくエルシューを捨て置いて塔を出た帰り道。

 リリーは酷く気まずそうに二人に声を掛けた。


 エルシューは最後に先喚きながら叫んでいた

 「あ!思い出した!思い出した!毛先が緑の金髪の!目に十字の模様が入った小柄な子だよ!!それで見つけられるだろ!お願い捨てないでぇ!」

 だとか。いきなり思い出したと言うその邪神とやらの特徴を叫ばれても何も変わらないのだが…


 頭を押さえるブレイル。

 しかし先ほどより頭が冷えたのか、冷静になって答えた。


 「いや…ちょっと着いていけなさ過ぎて俺も怒鳴り過ぎたと思う…でも暫くあの馬鹿には合いたくないからリリー、謝っておいてくれないか…」

 「え、ええ。その言葉は伝えておくわ…」

 リリーは酷く同情してくれたようで承諾してくれた。

 しかしだ。

 ブレイルとパル、二人は大きくため息を付く。

 あの時、理解が出来なくてつい塔を飛び出してきてしまったが、結局その邪神とやらの正体を最後まで聞けなかった。

 エルシューは残念(アレ)だったが神としての力は上の方だろう。それは理解できる。

 『異世界』から人を連れてくる。それも「何人も」とか…。「世界転移」なんてブレイルの世界では存在しない魔法だ。少なくとも彼の世界でそんな偉業を使える人間やモンスターは聞いたこともない。

 そんな『別世界』から人間をこの“異世界”に連れてくることが出来る、エルシュー()が勝てないと断言した存在。

 だから分かったことは一つ。

 少なくとも、“神”が倒してほしいと願う敵は、あの馬鹿神(エルシュー)より強い、エルシュー(アレ)以上の“存在()”と言う事。



 「…なぁ、えっとアーノルドさん。エルシューってやつは神としてはどうなんだ?強いの?リリーは生命の神って言うけど…」

 ブレイルは側を歩くリリーの父に声を掛ける。少なくともリリーより有力な情報は持っていそうであったからだ。

 アーノルドは眼鏡の奥に困った表情を浮かべて小さく笑った。


 「ああ、エルシュー様はとても御強いよ。なにせ生命…原初の神と言われていて、此処の神様達を纏め上げているぐらいだからね。他の殆どの神様は彼には逆らわないし実力も下だ。異世界から人間を連れて来られるのも彼だけ」

 「そ、そうか…」

 うん。嫌なことを聞いてしまった。ブレイルは溜息をこぼす。

 そんなブレイルの隣でパルが問いただした。


「あの、原初の神とは?」

 その問いにアーノルドはそのままの意味だよと答えた。


 「一番初めに生まれた神様だよ。この世界が出来て暫くして、一番に生まれた神。生命の源の神。彼がいるからこそ生き物は生まれ育んでいく。彼こそがこの世界の秩序、そして善そのもの。彼がいるから争いは起こらない。彼がいるから悲劇は生まれない。彼がいるから悪は栄えない。他の神様を創ったのも彼だと声もある。死もなく老いも無い。完全な神。…二柱の御一人それが生命の神エルシュー」

 

 その言葉にパルは息を呑む。エルシューとは想像以上の存在であったらしい。

 そんな神より強い神とは、彼女には想像するもの恐ろしく感じられた。

 パルの様子にアーノルドは気づいたのか、慌てたように言葉を付け足した。


 「すまない。強い力を持っているっと言っても戦闘と言う面ではあの方は弱いんだ。生命の神だから、命を奪うことは出来ない。与える事しかできない。むしろ愛の神や恋の神、光の神の方が御強い。それに他の神様たちも…一応不老不死だからね。彼だけが凄くて、強いという訳じゃない…」

 「ですが、そんな神様よりその邪神は強いんですよね?」

 パルの言葉にアーノルドは口を噤む。

 彼の代わりに応えたのはリリーであった。

 パンっと今この雰囲気を壊す様に手を叩き、「ふんっ」と腰に手を当てる。


 「仕方がないじゃない!アレはそんな存在!それで以上!この話は終わり!話したくもないわ!」

 リリーからすれば話したくもない存在の様だ。

 「でも」と声を漏らすパルにリリーはビシッと指を差した。


 「でも…じゃない!貴女達だって怖くなって考えさせてくれて言ったんでしょう!正解よ、正解!今までの『異世界人』だって話を聞いた途端『はなしがちがうー』とか言って逃げていったもの!」

 リリーの言葉は本当なのだろう。しかしだ。ブレイルは腑に落ちないと言う目をリリーに向ける。

 

 「…その『異世界人』ってのは、何の力もない人間だったんだろ?けど俺たちは違う。力を持った人間だ。民衆が困っているのなら見過ごせない。この世界で“神”と言う存在は最強でも、もしかしたら俺達なら倒せるかもしれない。それは対峙してみないと分からねぇだろ」

 「は?でも貴方承諾しなかったじゃない!怖かったんでしょ」

 彼女の言っていることは正しい。

 確かに強大な悪が強い神と聞いて怖気付いたのは紛れもない事実だ。相手が強いから恐怖がある。それも嘘じゃない。しかし、それ以上に問題なのは相手が神と言う点だ。


 「…神を殺せ、なんていきなり言われても、はいそうですかって答えられるか。確かに俺たちの世界では神なんてモノは居なかったが…それでも信仰は在った。そんな存在を殺してくれとかいきなりは決められないだけだ」

 「…なにそれ、相手が邪神でも?」

 「邪神、邪神ってな…。その邪神とやらはこの街にいるんだろ?でもこの街は平和じゃないか。とてもじゃないが邪神とやらがいるようには見えないんだよ!」

 「……みんな慣れたふりをしているだけよ…」


 その言葉にリリーはポツリと呟いて口を噤んだ。アーノルドも何も言わない。困ったように笑みを浮かべ頬をかくだけ。パルも何も言えず俯くだけだった。

 その様子にブレイルは小さく唸って頭をかく。


「取り敢えずどんな存在か見てみたい。一回対峙してみたい。それで決める。パルもそれでいいか?」

「ブレイルがそう決めたのなら、私もそうする。神様と対峙するのは不安だけど…」

 ブレイルの出した答えにパルは少しして小さく頷きそういった。

 これに驚いたのはリリーだ。

 険しい顔のまま二人へと詰め寄る。

 

 「本気で言っているの!どこにいるかも分からないのよ!」

 「今は分からないけど、エルシューが言ってただろ。毛先が緑の金髪、十字の模様が入った紫の目で小柄。そんな特徴的な容姿だ。それに神様は不老だろ?だったら姿は変わってないはずだ。情報ぐらい直ぐに手に入るんじゃないか?」

 「!…それは…確かに…正直アレの容姿なんて今日初めて知ったけど…でも…」


 リリーの顔が険しくなるのが分かる。その表情は完全に恐怖に染まった顔だった。

 ブレイルはそんなリリーを見て察した。彼女らからすれば、その邪神とやらは会いもしたくない存在、そんな存在の容姿が分かったところで探すどころか、関わりたくない。今、こうして話しているのも嫌なのだろうと。

 そんな存在を、探し、剰え会おうとしているブレイル達を彼女なりに心配してくれているのだと。

 だからブレイルはニッと笑う。


 「分かった!この話はこれ迄だ!というか、これは俺達が勝手に決めたことだ。これに関してはリリー達に協力は求めないし協力しなくていい」

 「――!」

 リリーはブレイルの言葉に思わず顔を上げる。

 何か言いたげな彼女を前にブレイルは当然の様に彼女の頭に『ぽんっ』と手をのせるのだ。


 「心配してくれてありがとうな、リリー」


  彼の言葉に、行動に、リリーは顔を赤くする。

  少しして彼女は真っ赤な顔のまま小さく俯いた。


 「し、心配なんかしてないんだから!」

  照れたように撫でる頭を跳ね除けたのは数秒後。

  腰に手を置いて、『ふんっ』と勢いよくそっぽを向いて彼女は普段の様に声を荒げた。

  彼女の表情からはもう恐怖とかは一切なく、気の強い少女そのものだ。

  リリーの様子にブレイルも見守っていたパルも安心したように笑みを浮かべる。

  そんな二人にリリーは更に顔を赤くして怒るのだ。

 

 「そ、そもそも考えてみれば、家に居候させてあげるんだから、それだけで十分なことだったわ!むしろその分しっかり働くべきよ!勇者なら神様の一つや二つさっさと見つけて倒してきなさい!」

 また、『びしっ』と指を差して、リリーは叫ぶ。

 そのまま勢いよく背を向けて街の中へと一人で走って行ってしまった。

 「そんな無茶な」と思わず苦笑いを浮かべるが、彼女の調子が戻ったのは良いことだ。そう思えた。


 「ありがとう。悪いね。ブレイル君」

 リリーが町中に消えた後に、今まで見守っていたアーノルドが申し訳なさそうに口を開いた。

 小さな微笑みを浮かべながら彼を前にブレイルは笑顔のまま首を横に振るのだ。


 「いいや!アーノルドさんも期待して待っていてくれよ!俺達があんた達の不安、取り払うからさ!」

 「はい!私もブレイルも精一杯に頑張ります!」

 …なんて、自信満々に胸を張って。

 正に英雄らしい二人を前に、アーノルドは声を漏らして笑った。


 「頼もしいな。…そうか、これが勇者か…確かに今までの自称異世界人とは違うな…うん、私は応援しているよ」

 「ああ、任せておけって!――!」


 初めて送られた声援にブレイルは胸をどんっと叩いた。


 ――和やかな雰囲気。唐突に、その存在に目を引かれたのは正にそんな時。

 話の途中、瞳の端にある人物が映り、ブレイルはさっと表情を変えた。


 …それはある黒の服に身を包んだ人物。町の人ごみの中を通り過ぎ、建物の路地に入っていく姿。

 問題は、そんな“少女”を大柄の男が3人、血走った目で笑みを浮かべながら追いかけて行った事だ。あの様子から“少女”は気づいていない。


 「…そうだブレイル君…もし、良かったら――」

 「悪いアーノルドさん。パルを連れて先に帰っていてくれ」

 ブレイルの身体は自然と動いていた。

 何か言いたげなアーノルドを押しのけてブレイルは人ごみの中に駆けだす。


 勿論向かうのは先ほど“少女”が入って行った道だ。

 路地に入ると、意外にもそこは入り組んでいるようで既に誰の姿もなくブレイルは一瞬焦る。

 しかしだ。耳を済ませれば微かな声がする。それは紛れもなく男の怒鳴り声と、微かなあの“少女”の声。

 ブレイルは声を頼りに、入り組んだ路地の道の一つに飛び込んだ。

 目に入ったのは黒いコートの男。


 考えるよりも前に手を動かす。

 聖剣を鞘ごと腰から抜いて、力いっぱい握りしめ、最初に目に入った男へと容赦なく、聖剣を振り上げ――。



 「――」

 「――!!」

 がきん…と金属が何か硬い物にぶつかる音がする。

 ひどく驚き愕然としたのは、ブレイル自身。


 当たり前だ。

 気絶する程度の力に抑えてはいたが、彼なりの渾身の一撃を、それも聖剣の一撃を、ただのナイフ一本で止められたのだから。

 思わず自身より大柄な、その男を見上げる。


 ――鋭く冷たい目が見降ろしていた。

 ブレイルは慌てて、いったん飛びのく。


 「………お前、なんだ?」

 声を掛ける前に低く静かな声が向けられた。

 ブレイルは改めて、その人物を見上げる。



 其処に立っていたのは一人の見知らぬ男だ。よくよく見れば先ほど見かけた男達の中に彼は居なかった。

 黒い髪、鋭い眼光で何処までも黒い瞳。

 黒いコートに黒いシャツとジーンズ。頭から足先まで黒に染り。

 歳の程は30程か。年相応の、しかし男らしく整った顔立ち。

 背丈は、2mはあるんじゃないかと言う高身長で、身体はバランスよく鍛えられているのが服の上からでも良く分かる。

 思わず、羨ましいと思えてしまう程の体格を持った美丈夫。


 ブレイルは思わず息を呑む。

 この男に自分の一撃が止められたのか。ただのナイフ一本で。しかもほぼ不意を突いた形だと言うのに。

 それに、あたりを見渡せば、男の足元には数人の男たちが倒れている。紛れもなく、”少女”を追いかけていった男たちだ。


 ――ちがう。それよりもだ…。

 目の前のこの男、その雰囲気から全てが、あの“少女”に――。


 「………」

 「!」


 ――ひょこり。そんな効果音が似合う程、頭からローブを深くかぶった“彼女”が男の陰から出て来たのはその瞬間だった。

 昨日と変わらない。顔は見えないが、黒い髪と白い肌がわずかに見える。背の高いあの“純粋な少女”。

 少しの驚きの後、ブレイルは思わず安堵の笑みを浮かべた。


 「よかった…」

 これも思わず声に漏らした言葉。しかし直ぐに我に返る。

 ブレイルは“少女”から目を離し、険しい顔で冷たい視線を送る目の前の男を見上げ、慌てて頭を下げた。


 「わ、悪い!!あんたを攻撃しようとしたつもりは無かったんだ!たださっき、その子を追ってそこの男たちが路地に入っていくのが見えて!」

 「………しりあいか?」

 ブレイルの必死な言い訳に男はチラリと後ろの“少女”を見た。

 顔も見えないローブの奥、”少女”は小さく頷く。

 「…昨日、来た人…です…」

 彼女の言葉に少し安堵する。彼女もどうやら自分の事を覚えていてくれたらしい。まぁ、知らないと言われてもソレはソレでブレイルには関係ないが。彼からすれば、女の子を助けようと追いかけて来ただけだ。

 黒い男は小さく息をついてナイフを収めた。ブレイルも聖剣を腰に差し直す。


 「…お前、容赦なく殴りかかって来たな。この男たちがこのガキの知り合いだとか思いもしなかったのか?」

 そんなブレイルに男から冷たい声が駆けられた。

 思わず、ブレイルは息を呑む。「…確かに」と。

 見かけて思わず助けなければと、ただその思いだけで追いかけて来たが、男の言った事までは考えていなかった。

 ただ、見知った“少女”が、一人の女の子が危険だと思い、何も考えずに行動しただけ。


 「…考えなしの直情型か。ただ思いついたままに周りを巻き込み行動し、結果良ければ良い、実に迷惑だ。…『他世界』にはこんなバカがいるのか…。……まあ、いい…」

 更にぐさりと男の一言。

 反対に男の方は途端にブレイルから興味が無くなったらしい。いや、元から無かった気もするが。男は後ろの少女へ視線を向けると、何事も無かったように歩き出した。ブレイルの隣を男が過ぎ去っていく。

 “少女”も静かにそれに続く。


 ああ、そこでだ。ブレイルは何かに気づいたように、我に返ったように「待て」と二人に声を掛けた。

 だって、今この男はあまりに重要な言葉を口にしたからだ。

 男は立ち止まる。相変わらず、何の感情も無い眼がブレイルを映す。まるで用があるならさっさと言えと言わんばかりに。


 「あ…お、おまえさ、今『他世界』って言ったよな!もしかしてお前も此処とは違う世界からやって来たのか!」

 男の威圧に黙り込んでしまいそうになるものの、ブレイ少しして、男は口を開いた。

 少しして、男は口を開いた。


 「…お前、名前は」

 「!ぶ、ブレイルだ!ブレイル・ホワイトスター!」

 名を問われて思わず、名乗る。

 男はブレイルを静かに見つめ、やはり知らんな、と一言。しかし、その後に男は続ける。


 「…俺も此処ではお前と同じ『異世界人』とやらだ…。どうやら、元住んで居た世界は違うようだが…。同じ立場だ。これぐらいは教えてやる」

 「!!」

 ブレイルは驚くしかなかった。まさかここで別の異世界人と会おうとは、しかも自分たちとはさらに『別の世界』の住人だとこの男は言ったのだ。

 いや、エルシューは元から色んな世界から人間を連れてきていたと言っていたのだから、あり得ない話ではない。ならばと、ブレイルは男の隣の“少女”をみる。


 「じゃあ、その子はお前の仲間か?」

 「……違う。こいつは“此処の世界”の住人だ。借りがあるし見ての通りガキなんで俺が面倒を見ている」

 「そ、そうなんだ…」

 意外と言うと失礼だが、男は素直に答えてくれた。

 結果的に、ブレイルの先ほどの行動は完全に男からも“少女”からも迷惑な行動であった可能性が高まったが。

 思わず二人から目をそらすブレイルに男は静かに口を開いた。


 「答えてやった代りに“生命の神”とやらに伝えておけ、俺はお前に手を貸す気はない。むしろ勝手に巻き込まれた。腹が立って仕方がない。お前の全てに興味も何もない…とな」

 「は?」

 そらしていた視線を男に向ける。

 男の方はもうブレイルを見ていなかった。

 ブレイルでもわかる。この男はかなり強い。そして、自身と同じように世界を救って欲しいとエルシューに連れて来られたのだろう。だと言うのに、目の前の男は手を貸す気はないと。そう言ったのだ。それは世界を救う気はない、この世界の住人を助ける気はないと言う事であろう。

 しかし、その気持ちを否定できる立場ではない事はブレイルも理解している。

 ブレイルは悪の元凶に会って対処を決めると決断したが、目の前の男はもう既にエルシューには手を貸さないと、完全に決断したのだろう。だからこそ、まだ中途半端な答えしか持っていないブレイルはまだ何も言い返せない。


 「……分かった。言っておく。…あんたの名前は?」

 本当に言いたい言葉をぐっと堪えて、最後にブレイルは男に問いかける。

 男はブレイルに視線を向けないままに静かに答えた。


 「…アドニス」

 ただ、その一言。

 それだけを口にして、アドニス…そう名乗った男は“少女”を連れて、去っていく。

 ブレイルはもう何も問いかけることも止めることも出来なかった。



 二人が消えて、ブレイルはほっと息を付く。

 正直、衝撃が大きすぎたからだ。

 異世界から来たと言う男、アドニス。その底知れない強さに、あの目の奥に感じる不穏などす黒さに。

 いや、これでも旅をつづけた勇者だ。あの正体は分かっている。

 …アレは“暗殺者”の目だ。それもかなり手練れ。ブレイルからすれば苦手な人種。

 しかし、ああいう輩は幼いころから、そう教育されている場合が多いのも知っている。だからそういう物だとは理解はしている。

 ただそう、ブレイル(こちら)の世界で対峙してきた暗殺者とあまりに格が違う。それは嫌でも理解した。悔しいが、率直に言う。あの男は自分より強い。

 『異世界』にはあんな存在がいるのかとゾッとしたのだ。


 そしてもう一つ。こちらは僅かな不安。

 あんな男の側に、あの“少女”は何故いるのか。アドニスは借りがあると言っていたが、あの男が面倒を見ていると言うだけで不安が押し寄せてくる。

 ただ…“彼女”を守っているのは確かなのだろう。

 周りに倒れる男たちを見て、ブレイルはもやもやした気持ちはありつつも、そうやって納得するしかできなかった。


 取り敢えず、一人になった路地裏で、今やるべきことを考える。

 嫌でも目に入るのは倒れる男たち。

 婦女暴行…未遂の連中達だが、だからこそと言うべきか、ここで放っておく訳にもいかない。


 「…仕方がねぇな…ここ、警備とかいるのか?」

 そうポツリと呟いて、ブレイルは3人の男たちに手を伸ばし、見事軽々と持ち上げ路地から出るのであった。




 『――勇者は出会った!』





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