アスカ 前編 ディアナの農場 5
エイデが息を呑む、隣にいたアスカも同じだ。ディアナの言葉が理解が出来なくて、愕然とする。
ケニアスも同じだ。呆然と、ディアナを見つめている。
その様子に、ディアナは漸く我に返ったように慌てたそぶりを見せた。
「あ、ほ、ほら。あの子、気温を変えちゃうでしょ!最低気温マイナス20度!それで人って死んじゃうでしょ!」
取り繕う様に、必死に、言葉を紡ぐ。ケニアスはその答えに言葉を振り絞る。
「そうだお…。でも、それはあの子も頑張って押さえていたの知っているでしょ?それに夏と一緒にいれば相殺されて無力化する…。そんな程度の『力』だお…?」
「そ、それでもね!ほら、怖いじゃない…?寒さで人が死ぬなんて、まるで手を貸しているようじゃない?」
ケニアスの問いをディアナが当たり前に返す。
何故か、困り切った表情を浮かべて。まるで自分は悪くないと言わんばかりに。
「…じゃあなんで“雪”と一緒にいるの?あの子達が二人一緒にいる事の方が危険だお…?それも知っているよね…?あの二人は同じ能力だ。そんな力が二つ一緒にいるなんて危険でしかない…」
少しの間、ディアナは微笑んだ。
まるで、駄々っ子を相手にしているかのように、言い聞かせるように、微笑んだ。
「だからね。2人とも危険だから。『悪』の存在は要らないって、みんなで決定したのよ?そんな危険な存在は追放しちゃいましょうって、二人一緒なら寂しくないから。みんなで、世界の人間で決めたのよ!」
ケニアスが息を呑む。
「…シタ―は…あの子は、お前を気に入って、好きで、側にいたんだお…?」
「あ、私は最後まで反対したの。でも…ほら、仕方が無いでしょ?」
悲しそうな表情を浮かべて、それでも迷いも無く言い切るディアナ。
ケニアスの小さな拳が震えているのが分かる。
なにが、仕方が無い…なのだろうか。理解が出来ない。
「…それ、誰が決めたの…?僕は知らなかった…」
「だから、人間たちが決めたのよ?それでエルシューが追放を宣言してくれたの。私もね、泣く泣く承諾したのよ!他の神様の殆ども仕方が無いって、承諾したわ。可哀想ね。でも」
――仕方が無い事よね!
悲しそうな顔で、ディアナは言う。それを言えば、納得するとでも思っているのか。
ケニアスは小さく俯いた。
「…僕は、知らなかった…そんな秘密があったんだね」
「そ、そう。あなた達は伝えられなかったんじゃないかしら?ほら、いつも空を飛んでいるから」
それも、また、仕方が無いよね。
「…でも、二人ぼっちになった彼らの所には言った事がある…。事情を聞いても何も教えてくれなかった…」
「う、ううん…それは、ほら。きっと貴女に気を使ったのよ?」
あの子達の気持ちを分かってあげて?…優しく諭す様に微笑む。
僅かに、息がつまるのが、分かる。それでもケニアスは続ける。
「…あの子、昔から嫌いだったよ。2人とも、僕の降らす雨を雪に変えちゃってさ。アプロも仕方が無いでしょって笑うし、腹立たしかった…」
「あら、そうなの…。でももう大丈夫よ!そんな悪戯は出来ないから!」
「――…悪戯じゃない…。それがあの子達の『能力』でしょ?…なんでそんなこと言うの?」
「?――そう、ね。…それで、なにが問題なのかしら…?」
「…あの子達、雪山の中で、会いに言った時。僕になんて言ったと思う…?」
「さあ、寂しいから会いに来て…って私や“四季”に伝言とか…かしら?」
「――今度からは、大雨を降らせそうになったら、自分達の所に来てって…。僕まで『死』にされちゃうかもしれないから…でも、雪山には人間は誰もいないから、遠慮しないで…そう、笑ったんだよ…?」
重い口を必死に動かして、ケニアスが言い切った。
最後に“冬”と“雪”そう呼ばれていた“神”達を想って、2人の表情を思い出して、言い表せない気持ちを必死にぶつける。
ケニアスはこの二つの『気温を変える』存在が嫌いだった。こそこそ“死”の悪口を口ずさむ二人に嫌悪感しか抱かなかった。でも、それが彼らの能力だと理解して、それも彼らだと諦めて。うっとうしいと思いながらも、受け入れていた。
だから、いつの間にか、雪山に住み着くようになった少なからず彼らを気にしていたし、でもどうしてまでは分からなかった。誰に聞いても答えてくれなかったから。ディアナにだって理由を問いただしたが、答えてくれなかったのに。今、まさか、ここで、原因を知る事になるなんて。
ああ、なるほど。あの子達は、悪口を零し毛嫌いしていた。“死”の仲間として決定されたらしい。
大好きだった人に裏切られて、人間たちに憎悪を向けられる対象になって、漸く“死”の気持ちでも分かったんじゃないだろうか。悪口も無くなる訳だ。ケニアスに僅かに皮肉が浮かぶ。
――それでも、それでもだ。あの子達は。『悪』とやらに落とされた、あの子達は。
縋る真似もせずに、ただ、受け入れて。ケニアスを思いやって言葉を掛けてくれた。あの二人は――。
「なにそれ、気持ち悪い」
「いい子ぶりっこじゃん。前はさ、楽しそうに陰口言ってたのに」
「人を殺す、悪のくせに、昔からそういう所有ったよね?あいつ」
まるで、ケニアスの思いを踏み潰すかのように、“四季”の三人が言った。
オッドアイの瞳が、ディアナの後ろにいる。三人を目に映す。
「そもそもさ、あたし迷惑だったんだよね」
「そうそう、“夏”におんぶに抱っこだったよね」
「それが何?一人になった瞬間いい子ぶって、何様?あ、1人じゃないかぁ…」
口々に、“四季”が、仲が良かった筈の“冬”の陰口を零す。
笑って、馬鹿にして、当たり前に言うのだ。
消えて、清々した。そもそも、“冬”なんて、要らない。
「――…」
「こらこら!やめなさい!」
愕然とするケニアスを前に、漸くディアナが慌てて止めに入った。
“四季”達は笑いながら、まるで子供の遊びだったかのように“冬”の陰口を止める。
もう、ケニアスが彼女達に何かを問う事は無かった。無駄であると、気が付いてしまった。
ディアナが、媚びた笑みを再びケニアスに向ける。
「――ごめんなさいね。『ロォ』。実は貴女達には秘密にって約束だったの…忘れていたわ」
「…もう、いいお。君達って本当に変わらないことが分かったから」
ケニアスが、心から呆れかえった様子で、背を向ける。
その姿を見て、ディアナは困惑したように微笑むばかりで、最後に何かを気が付いたように。声を零す。
「分かった。あの子には手紙を出しておくわ!それでいいでしょ?そうしましょう!」
能天気に、何処までも誰かに媚び、八方美人に。
後ろの“四季”達も全く変わらない。この“神”だけじゃない。
村の人間たちもだ。だれも、なにも、この村にいた“冬”を擁護するものは一人としていない。
ケニアスは、心底げんなりして、アスカ達の元へ飛んでいった。
アスカ達も何も言わない。何を言えばいいのか分からず、何を言っても意味が無い事が目に見えていたから。何も言えない。
ただ、村を見れば、誰もが心から笑っている。
余程、此方を危険視していたのだろうか。そんな自分達が何もせずに出ていくのだから、心からホッとしている。まさにそんな笑みだった。
ケニアスは最後に、溜息を付いた。
その場で止まり、心底感情のない冷たい目でディアナ達に送った。
「2つ。言っておくお」
「――…何かしら?」
その視線に気が付かないまま、ディアナは優しく微笑んだ。
ケニアスは、まずと言わんばかりに、後ろの“四季”の一人を目に映す。それは“夏”と呼ばれる少女。
「あのさ、お前気づいてないみたいだから言っておくけど。お前も同じだからね」
「――…は?」
「“冬”とさ。お前は冬と正反対の能力だけど、むしろ“冬”より危険だ。そうだろ?」
「何言ってるの?あたしは“夏”よ?緑が一番育つ季節!」
自身たっぷりに胸を張る“夏”。ケニアスはもう一度ため息を付く。
「お前は気温を上げるだけ。緑を育てるための全ては“太陽”の恩恵だ。現にお前だけじゃ、邪魔くさい蒸し暑い気温に跳ね上がるだけ。それを“冬”が消していてくれたことを忘れないようにね」
そもそも、“豊穣”が居るのだから。気温とか、意味ないだろうに。
――ケニアスの視線に腹立たしく思ったのだろう、“夏”の表情がみるみるうちに変わる。
「な…!意味が分からないわ!!雨のくせに!!あんただって水を降らせるだけ!恵みの雨?川があれば十分じゃない!」
この馬鹿は、川が…『水』が自然と湧き出て、『川』が出来ているとでも思っているのだろうか。
確かに、この世界には“川”の神だっているさ。水を僅かに操る“小川の神”でしかないけど。どうして『恵みの雨』とケニアスが呼ばれているか、“水の神”と呼ばれているか、理解していないらしい。敢えて、指摘してやらない。別件を持ち出す。
「…前に、その川が干上がった事があったよね?半日であっという間の出来事だった。君が癇癪を起して、“冬”と喧嘩。その日の温度は50度近く上がっていった。加えて、その日は太陽の熱も強く、あまりの暑さで死者も多く出た。僕は仕方が無く助けたさ。仕方が無くね、アプロが泣くから」
「ち、ちがうもん!!あれはあたしのせいじゃ――」
こいつはまだ分からないのか。
ケニアスは呆れかえる。けれど、教えてやる。馬鹿馬鹿しいから、今彼女が対面するかもしれない未来を教えてやる。
「――…誰が悪いか、何が悪か。それを決めるのは人間なんでしょ?“太陽”と“夏”?どっちが要らないと判断されるかなんて、目に見えていると思うけれど?そもそも、『季節』なんてものはさ“太陽”が居れば十分なんだから。――人間は其処まで愚かじゃないよ?」
この言葉に漸く“夏”は顔色を変えた。
白い肌を青く染め上げて、どうやら、自分の未来に気が付いてしまったようだ。
ケニアスは小さく鼻を鳴らす。“冬”と同じ目に合えば、こいつも丸くなるだろう。そう思っての嫌がらせだ。
最後に1つ。ディアナを見た。いや、この村の住人全員を、だ。
「最後にもう一つ」
「は、はい…」
どこか怯えた様子のディアナがケニアスを見つめる。
最初から最後まで怯え切って、誰にでも愛想を振りまく彼女の顔に心底嫌気がさしたように、ケニアスは目を細める。
「お前たちが何を思おうが勝手だが、もし、他の街で、『タナトス』のうわさが広がっているのであれば、僕は全ての力を使って、ここには二度と雨を降らせない」
「――…え」
ディアナの表情が明らかに変わった。知った事か、ケニアスは続ける。
「すこしでも、だ。噂の中でお前らの村の名が挙がった瞬間に、お前の名が僅かにでも上がった瞬間に、僕は雨を降らすのを止める。報復させてもらう。それで僕が『悪』になっても知った事か!世界から“雨”が無くなるだけだ」
「ま、まって…な、なにを」
「これは決定した事だ。例え“豊穣の女神”を名乗っていたとしても、一切雨が降らなければ、どうなるか分かっているだろう?」
ディアナが真っ青になっていくのが分かる。
雨が、水が降らなくなる。それは生物の終わりだ。
数ヶ月も経てば、川は枯れるだろう。“豊穣”でも流石に水が無ければ作物は育たない。それどころか何時か枯れ果ててしまう。
そんなの村の終わりだ。うそよね?冗談よね?そう目で訴えかけようとしたが、ディアナは口籠る。
ケニアスの目、アレは本気だ。本気でこの村を消す気だ。
それは、ダメ。それだけは絶対に、ディアナだけじゃない。話を聞いていた村人たちの顔も青くなる。
「わ、分かった!!分かっているわ!!」
ディアナがケニアスに縋り寄った。
今までで一番恐怖に顔をゆがめ、媚びる笑顔を浮かべて足元に縋り寄る。
「大丈夫!平気よ平気!!!だって、私たちの勝手な妄想だもの!!そんなくだらない事絶対に口にしない!!ごめんなさい!!ね!?」
「……」
「そ、そうだ!!食料が必要なんでしょ!今、用意するわね!」
それどころか、今度はアスカ達にまで縋り寄って来た。
今までが嘘の様、村の者達も張り付けた笑みを浮かべ始める。慌てたように食料を用意し始める。
その様子を見て、口を開いたのはアスカだ。
「いえ、要らないわ!気持ちだけ貰っておきます」
ただ、それだけ。変わらない笑みを浮かべて、アスカは今度こそ背を向ける。
ディアナが声を掛けたが、振り向こうともしない。エイデも同じだ。
その様子に、ケニアスだけはディアナに冷たい視線を浴びせていた。ただ、それも僅かの事。
もう、何も言うことは無い。――そう言う様に。
ケニアスは飽き飽きしたように、アスカの後をふわふわと追っていくのだ。
残されたのは、ディアナと、“四季”の三人。それと村の住人たちだけ。
分かる事は、彼らはこれから怯えながら気を張りながら、それでも今の客人たちに永遠に嫌悪を向けながら、暮らしていくことになる、と言う事だろう。
どれだけ、村での暮らしが豊かでも、いつか来るかもしれない終わりに恐怖を覚え、穏やかな今までの暮らしは到底戻ってこない事だけは確かであった。
◇
「…ごめんさいだお。僕がかわりにあやまっておくお…」
村から離れた麦の畑で、ケニアスは申し訳なさそうにアスカ達に頭を下げた。
どう考えてもケニアスのせいじゃないのだが、オッドアイの視線はアスカの額に向けられている。それは、まだ傷も塞がっていない、アスカの頭の傷に、だ。
アスカは苦笑いを浮かべる。
「うん、ケニアスちゃんが謝っても意味ないかな」
「うう…おこってるね、やっぱり…」
「怒っているって言うか、まあ、怒っているかな?」
アスカは正直だ。
流石にあの村に対して嫌悪感は覚えたのは確からしい。当たり前だ。アスカ達からすれば、追い出されたどころか村に入る事も拒絶され、罵倒を受けたのだ。怒るのは当然だ。
最後に食料を突っぱねたのも、どう考えてもソレが理由。――あそこから、貰いたくないと思うのは当然なのだから。
「あ、食料に関しては私も独断でごめんなさい。なんだか、賄賂に見えちゃって、貰えなかった」
「…いや、気持ちは分かる。俺もごめんだ」
アスカの謝罪にエイデも頭を掻きながら頷いた。
ケニアスは更にしょぼくれる。自分のせいで食料を手に入れる事が出来なかったとでも言いたげだ。
そんなケニアスをエイデはひょいっと抱き上げると、来た時と同様に肩へと乗せた。
「それに、あそこで食料を受け取ったら、せっかくのケニアスの行動が無駄になるからな!」
気にするなと言わんばかりに、すがすがしい笑みを浮かべる。
あの時、彼女が最後にディアナ達に送った脅しは、今後助けになるだろう。あの様子ではディアナ達は噂でも『タナトス』…シアーナの事は口にしない。何せ、自分達の生死にかかわるのだから。元から、“発明”の出鱈目話として通っていたようだが、さらに拍車をかけるはずだ。
――いや、そうなれば良いと心から願ってしまう。
だとすれば。此方もまた、『悪役』で通しきった方が良い。
お前たちの言動で怒っているのだと、素直に表した方が、彼の恐怖を更に煽る事が出来る。あそこで賄賂受け取れば『許した事』になる。その『許し』が僅かな綻びを生む可能性が高い。
「だから、変に落ち込むな。これは俺達の判断だ。くだらない“豊穣”の言動でお前が気に病む必要も無い」
「…わかったお…」
エイデの言葉に、ケニアスは僅かに表情を緩めた。これで少しは罪悪感から抜け出してくれれば良い。
次にエイデは感心した様子でアスカを見る。
「アスカも、よく我慢したな」
「え?」
「…我慢しただろ?怒りを抑えてた」
「…うん、まあね」
エイデの言葉にアスカは困った表情を一つ。思わず…なのか、包帯が巻かれた傷口に手を伸ばす。あの後簡単な手当てをしたが、頭に出来た傷であるためなのか、思ったより深かったのか、包帯には既に血が僅かに滲んでいた。シアーナの元に帰る前にしっかりと、止血したいところだが。流石にコレばかりは難しそうだ。
アスカの傷は理不尽で付けられた。普通、怒りそうなものだが、アスカは最後まで、あのディアナと言う“神”に、村に怒りを露にするのを我慢した。エイデはそれに感心したのだ。
アスカは笑いながら、口を開く。
「だって、あの人たち異常に脅えていたから」
「――…そうだな」
同意だ。あの村の連中は“神”のディアナも含めて、以上に此方を怯えていた。怯えていた理由は嫌でも理解できる。ディランと、シアーナだ。彼らはこの2人に、いや、“化け物”に脅えていた。エイデからすれば、気持ちも分からなくもないが、シアーナの正体を考えても少々異常なほどに。あそこで怒りをぶつけていたら、彼らの恐怖心を更に煽る事になっただろう。
それは、きっとコレからの旅路にも支障が出る。だから、アスカの行動は正解だった。
――しかし、とも思う。アスカが怒りを我慢できたのは本当にそれだけだろうか。
「…本当にそれだけか?」
だから、問いを続ける。アスカは僅かに黙った。
エイデは、アスカの言葉を待つ。少しして、アスカがもう一度口を開く。
「正直言えば、関係ない。私…からすれば理不尽に恐怖をぶつけられただけだし。勝手に言いたい放題言って来て、本当はぶん殴ってやりたかった。――でもさ、気付いちゃったの」
「うん?」
「――…あの人たちを、あそこ迄恐怖に叩き落した理由って“発明”さんでしょ?詳しく言えば、あの人の流した情報」
「…」
エイデは何も言わない。事実だからこそ言えない。アスカはまた苦笑を浮かべる。
「私、甘く見ていた。シアーナちゃんが村に行きたがらなかった理由…。軽く考えていた。――そりゃ、行きたくないよね…」
ただ、僅かに笑みを作って、俯く。
彼女が思い出すのは、今日の村での出来事と。
そして間違いなく前回での“街”。“インヴェンション”に対して起こした自分達の行動だ。
“発明”にしでかした事は、綺麗ごとで言えば『本を盗り返した』、でも悪く言えば『本を盗んだ』。それが、“発明”の怒りを買った。彼に『伝達』と言う行動を起こさせてしまった。何方も、間違いない事実。
今回は、そう、自分達が起こした行動の代償が降りかかって来た。それ、だけなのだ。
「…私が前の街で軽率な行動をしたせいで、危険な状況に落としてしまった。私が、あの傲慢な“神”に苛立って、彼を怒らせたせいで。…ディランの側に“彼女”がいるって噂を流させてしまった…。今回は完全に私の責任だわ」
アスカの手に力が入るのが分かる。彼女は顔を上げる。
「だから、これ以上、あの子の為にも感情のままに動いちゃいけないって分かったのよ。だから我慢できたの。我慢すべきだって、思えたの」
迷いもなく答える、オレンジ色の瞳。
エイデは小さく息を呑んで、僅かな笑みを浮かべる。
――ああ、そうだったのか。ソレが、彼女が必死になって感情を押し殺す事が出来た原因だった。
慌てて止めに入らなくても、彼女は状況をちゃんと理解していた。そして、それを我慢できる人物であるのだと、此処に来て漸く理解出来た。
アスカは感情で動くタイプだと勝手に想像していたから。――まったく大きなお世話だったな。そう思う。いや、それよりも。
「…お前は、あの時。シアーナの事を考えたって訳か」
「うん。そうよ」
アスカは今までが嘘の様に笑顔を浮かべた。
それが彼女の本心であるのは間違いない。
あの状況で、アスカは自分たちの事より、シアーナの事を考えていたらしい。
エイデは、少し溜息を混じらせて「そうだな」と笑む。
「…確かに、アイツの事も考えてやらないとな。俺も、今回の件でアイツがなんで人が居る場所に近づきたがらないのか、やっとはっきりしたよ。――心配だからって理由で無理矢理つれて行こうとするのは、愚策だ」
「でも、やっぱり心配だから、放っておけないでしょ?」
言葉を遮る様にアスカが言う。
その言葉にエイデは小さく頭を掻いた。
正論である。
「ま、そうだな。どんな理由があろうと。ガキを一人で街の外に残していくことは出来ないからな」
エイデの言葉にアスカは額の包帯に手を当てて再び笑う。
「私も同じ!」
――だから。
「今回はちょっと腹立たしい授業料だと思えば、何とも思いません!」
胸を張る様に、もう気にもしてないと言わんばかりにアスカは言い切るのだ。
それは、彼女の中で折り合いをつけた結果なのだろう。発した言葉には、もう怒りも何も感じ取ることは無かった。
これにはエイデも呆れて、頷くしかない。それはエイデの肩に座っていたケニアスも同じだ。いままで、ずっと黙っていた少女は呆れたようにアスカを見下ろした。
「お前、前向きが過ぎるお…」
きっと、それはケニアスからの嫌味だ。
もう少し、怒ってもいいのに、腹立たしいが“豊穣”と同じような存在であるケニアスに当たっても良いのに。そんな呆れの混ざった嫌味をアスカに向けたのだ。
それでも、アスカは笑顔を1つ。
「あははは!凄いでしょ!」
誰に嫌味も、怒りもぶつけることも、当たることも無く。
前向きに、自慢げに、元気よく笑うのである。
――…ただ、僅かにアスカの表情には影が落ちた。
あの子の事だ。絶対にあの子は、今回の件を全て自分の責任だと思う事だろう。だれも思っていなくても、自分の責任だと抱え込む筈だ。何時ものように。それは、間違っている。
彼女の悪癖は今までは気づかなかった。でも気づいてしまった今は、コレからの為に対策を考えるしかない。
包帯に手を添えて、アスカは考える。彼女の元に戻る前に、何か、いい策は無いか。何が最善か、正解は分からないままに、必死に答えを探るのだ。




