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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
36/39

アスカ 前編 ディアナの農場 4


 それは、村に着いて、というべきなのか、着く前と言うべきなのか、分からない。

 アスカ達が、村の前にたどり着いた時のことであった。

 古い、木で出来た入口。

 その前に、アスカ達が辿り着く前に一人の女が立っていた。


 ふくよかな胸に、流れるような長い金髪。

 美しい顔立ちに、長いまつげと青い垂れた瞳の女だ。

 真っ白なローブにも似たドレスに身を包み、頭に草花の冠を被った彼女は優し気な笑みを浮かべて佇んでいた。

 気づけば、彼女だけじゃない。

 彼女の後ろには3人。其々10代前半ぐらいの少女達が身を寄せ合って、此方を睨んでいる。


 「ようこそ、いらっしゃい」

 だれ?そう、此方が問いかける前に女が口を開く。

 美しく微笑みながら、女はアスカ達の元へ。ケニアスがふわりとエイデの肩から降りる。

 愛らしいオッドアイの瞳を呆れつくしたような色に染めて、小さな唇から溜息を繰り出す。

 「…ディアナ…久しぶりだお」

 「「――…!!」」

 アスカとエイデが驚いたのは当然の事だろう。

 微笑む女に思わずと、視線を飛ばす。

 2人の視線を前に、女――ディアナは美しく頬笑みを浮かべた。

 まさかと思っていたが、彼女こそが、“豊穣の女神”だとは。

 視線を向ければ、慈愛深い笑みが此方へと向けられている。


 ディアナは微笑みながら、ゆっくりとアスカ達の元へ。歩み寄る。

 「…こんにちは。旅人の皆さん。――ディランは…いないのかしら?」

 当たりを見渡す彼女の最初の一言に、エイデは息を呑んだ。

 情報が流れている。危惧していた通りの結果になったと察しが付くには十分だ。

 「――…発明(インヴェ)から、世界中に伝達が来たのよ?…その、“海の神”が問題を抱えているって。一緒に居るのは、燃えるような赤い髪の少女と、黒い髪で紫眼しがんの青年だって」

 柔らかい口調で、ディアナがアスカとエイデに視線を向ける。

 不味いと一瞬思えた時、誰より先に口を開いたのはケニアスだった。


 「…たしかに、彼らはある理由からディランと行動しているお。…アプロの所まで旅をしているの」

 「まあ、そうなのね。インヴェが言っていたことは…本当なのね?」

 「――…それはアレだお?“海”と“化け物”が一緒にいるって噂だったりする?」

 ケニアスの問い。少しして、ディアナは小さく頷いた。

 その様子を見て、ケニアスが愛らしい顔を僅かに歪ませて、嘲り笑ったのは次の瞬間だ。

 「――…それ、嘘だお?だって、“発明”が勝手に言っているだけでしょ?その“発明”はちゃんと姿を見たの?」

 ――少しの間、静かに俯いたディアナは静かに首を横に振った。


 「いいえ。伝達は『ディランがタナトスと一緒に行動している』…コレだけだった。証拠は提示されなかったわ。どうして、そう言い切れるのかも謎。インヴェは言い張るばかりで根拠と言うものは提示しなかった」

 彼女の発言に、エイデは息を呑む。僅かに浮かびそうな笑みを押し殺す。

 なにせ、どうやらディランの推察は当たっているようなのだから。むしろ、此処まで当たっているとは。

 普通は、そんな風に忌み嫌っている存在が出没していると知れば、プライドなんてモノを捨てて世界中に警告するようなものだが。――“発明”のプライドはかなり高い物であると、理解出来た瞬間だった。


 それにね、とディアナが続ける。

 「――…カルトがね、知らないって言うのよ。『ディランは確かに町に来たけど、“化け物”は居なかった』って。…カルトだけじゃないわね。『ロォ』…貴女もよね…?」

 エイデとアスカが思わず驚き、ケニアスを見る中、当の本人は頬を膨らまして不機嫌なまま、小さく頷いた。

 「言った通りだお。“発明”の言いがかり、思い違い、腹いせじゃないって?僕は世界中を旅しているからね。ディラン達の事も知っていたお。だから断言する。彼らの側に…タナトスは居なかったって」

 ハッキリと言い切る。

 不機嫌でありながら、真っすぐと見つめるケニアスに、ディアナは慈愛に満ちた表情を一切変えずに、頬に手を添えた。

 「そう、ね。正直、根拠も無いし、“発明”はディランを怖がっていたから、言いがかりでしかないって。他の“神”達もそう判断した。むしろ皆呆れかえっていた」

 優しい口調で、困った様子で。この言葉にエイデは僅かながらに安堵する。


 どうやら、一番危惧していたことは避けられたらしい。これまたディランの推測通りだが。

 少なくとも、他の“神様”は“発明”の言葉を信じていない。それが決定されたのだから。コレからは気を張らなければいけないのは確かであるが、今回みたいに気を張り過ぎるような事はしなくても良いのだと。

 ディアナは微笑みながら、更に近づく。

 「だからね――」

 優しく、正に女神の様に微笑んで、険しい顔を浮かべたアスカの手を握りしめる。


 「だから、この村には入らないで欲しいの――!」


 必死に作った慈愛深い笑みで、媚びるような笑みで、視線で、ディアナは震える声で言い切った。

 ――一瞬、理解できずに、その場が静まる。

 なぜ?…そう問いかける前に、エイデは気が付いた。

 ディアナの瞳に。慈愛深いその瞳の奥底に、恐怖で塗りつぶされたその眼差しに。

 いや、ディアナだけじゃない。後ろにいた3人の少女達も同じだ。寄り添いあって、小さく身を震わしながら、まるで汚物を見るような視線を此方に向けている。

 そして、それは村の住民も同じ。いつも間にか、家からそれぞれ顔を出して、みんな全員が恐怖に染まった表情で此方を見ていたのだ。


 「あ、あのね!あの!私もね!!信じている訳じゃないのよ!!」

 呆然としていると裏返った声でディアナが縋るように言う。

 震え切った声で、懇願するように、まるで自分達が全面的な被害者だと言わんばかりに。


 「でも、でもね!!みんなで決めた事なの!村の皆の頼みなの!」

 「…たのみ…?」

 アスカの小さな問いに、ディアナは大きく頷く。

 「そう!言っておくけど、私の判断じゃないのよ!!でも、やっぱり僅かな可能性でも、怖いから!!!そんな可能性が僅かにでもあるのなら、む、村の為に我慢してもらおうって!!みんなで決めたの!!!」

 恐怖におびえる声で、聴きとるのがやっとの程な早口で。

 怯え、恐怖し、何処までも被害者の表情で。媚に媚びるような表情で。

 ケニアスが表情を変えていく。

 「――…何が怖いの…?」

 重い口でアスカがディアナに問う。

 「なにって、――あ、貴方達が…ば、“化け物”がね!!みんな怖くてたまらないのよ!」

 その問いに、まさに当たり前だと答える様に。

 アスカは思わず、口を開く。口を開いて、何も発する事無く静かに閉じる。

 その様子にディアナは更に縋り寄った。

 「あ、“化け物”が悪い訳じゃないのよ!私は悪いなんて微塵も思ってないから!!でも」


 ――人間からすれば何より怖い存在なのよ!

 ――私は村を守る使命があるの!分かって頂戴!

 ――みんなね、もしもを考えたら、

 ――みんなで決めたのよ!みんな納得した!

 ――貴方達が来たら、帰ってもらおうって!!ね、お願い!!


 其処からは更に一方的だ。此方が弁明する暇なんてない。

 ただ、ディアナは皆で決めた事だから、怖いから、貴方達が悪くない事は分かっている、でもみんなで決めた事だから、私が代表者としてお願いしに来たの。――帰って頂戴。お願いします。

 それだけを永遠に繰り返す。

 どこまでも恐怖を瞳に染め上げて。村の為にと懇願を続ける。


 「…私たちは…」

 「ひっ」

 暫くして、アスカがディアナの手を握り返して口を開いた。ディアナの口からは恐怖の小さな悲鳴が上がる。

 ――同時だった、アスカに向けて、何かが飛んで来たのは。

 がんっと、アスカの額に硬い物がぶつかる。

 思わず、ディアナの手を離し、アスカは額に手を当てる。手を見れば、血が流れていた。足元を見れば、小石が一つ。これが投げられたのだと嫌でも直ぐに察した。

 「アスカ。平気か?」

 その様子に、いち早くエイデがアスカの顔を覗き込んだ。

 同時に、守ろうとしてくれているのか、その身体を盾にするように彼女の前に立ちふさがっている。

 「大丈夫」アスカは額の血をふき取りながら笑う。

 ホッとしたのも、つかの間。エイデがチラリと振り返れば、投げて来た犯人は直ぐに分かった。


 「出て行けって言ってるでしょ!!」

 「ディアナに触れるな!!みんな怖いんだよ出ていけ!!」

 「近づくな!!」

 小石を手に、其々声を高らかに張り上げる。少女3人。此方から随分離れているが、石を投げたのは彼女達で間違いない。目に涙を沢山ためて、必死に抵抗しているのだ。

 少しだけ、推測する。きっと、あの少女たちは“四季”だ。なぜそう思えたか?

 3人の中に1人、エイデが()()()()で知っている顔があったから。一瞬、見間違いかとも思ったが。嗚呼、間違いない。その()()とは――()()だ。

 でも、今の様子を見るに、どう見ても相手はエイデ(自分)の事を知らず、それどころか敵意を向けてくる。だから、きっと高い確率であの少女たちが“四季”。

 だとすれば、彼女達は“豊穣”が危険にさらされたと思い攻撃してきたのだろう。だが――。近づきたくも無いと思っているのか、随分と遠くから吠えまくり、当たり前に手にする石を此方に投げ飛ばす。

 村の者達はソレを誰一人として止めようとしない。ただ、見ているだけ。


 「や、止めなさい。みんな」

 彼女達を止めたのはディアナだ。聖母の様に優しく微笑みながら、手で制する。

 次にディアナは再び、此方を見つめる。恐怖に染まり切った表情を浮かべて。


 「ご、ごめんなさいね。許してちょうだい。悪気は無いの。この子達は私の為にしたことだから。でも、お願い。貴方達の為でもあるの、今回は諦めて」

 「そ、そうだ出で行け!!ディアナを困らせるな!」

 「優しいディアナが態々出てきてやったんだぞ!!諦めて帰れよ!」

 「最低!!最悪!!悪者はさっさと帰れ!!」

 ――。まるで自分達が正義で何処までも被害者と言う様に。

 こちらの言い分なんて、全くコレっぽっちも聞きやしない。

 これで、気分を害さない人間は居るのだろうか?

 エイデが僅かに眉を顰めた。それはアスカも同じだ。きつく拳を作り、握りしめる。


 「――…わかったわ」

 それでも、誰よりも先に声を上げたのは、アスカ自身。

 満面の笑顔を浮かべて、ディアナたちに顔を向ける。

 その様子にすら、ディアナ達は肩を震わせ恐怖に染まった視線を向けるばかり。


 「…安心して、直ぐにでも出ていきます。――でも、出来れば、食料を貰えないかしら。次の街…うんん、少しだけで良い。お金ならあるから――」

 「煩い出ていけ!!いい加減にしろ!!」

 ほんの少しの願い。ソレをも跳ね返したのは、誰か。

 顔を上げれば、街の入口に男が一人立っている。手に鍬を持って。恐怖と、謎の使命感を備え付けるように、アスカを睨んでいる。


 「さっさと出て行けって言っているだろう!!こっちは本当は直ぐにでも追い返しても良かったんだぞ!」

 「そうだ、そうだ!」

 男に続くように、家の中から住人たちが武器を手に声を振り上げていく。


 「ディアナさまが言うから此処まで入る事を許してやったのに!」

 「なんて我儘で身勝手な連中なのかしら!!」

 「恐ろしい…!本当にあの化け物の信者なんじゃないの?」

 「気味が悪い…!」

 口々に、好き勝手に、“神”の後ろで罵倒をする。

 誰も止めるものは居ない。性別も、老人も子供も関係ない。心の底から嫌悪に染まり切った顔で罵倒する。手に掴むトマトやら、リンゴやら、コップや足元に転がる石を手当たり次第に投げてくる。それが、足元に、最悪の場合は身体に当たるのだ。

 そして、それは“四季”と呼ばれる三人も同じだ。

 彼女らは、何かを投げて攻撃を仕掛けてくるようなことはしない。

 ただ、こそこそと何か耳打ちをする。


 「ああ、本当に気持ち悪い」

 「異世界人って噂だっけ?気味が悪い」

 「顔も醜いし、性格もなんて身勝手なのかしら」

 「不気味、図々しい、さっさと帰れって言うのに」

 「みてよ、あの赤い髪。気持ち悪い。腐ったトマトみたいね」

 「汚い。みすぼらしい。男の方も醜いよね」

 そう、くすくす。嘲り笑う。聞こえる声で、聞こえない声で、陰口を楽しむ。

 その中で、漸くディアナだけが慌てたように動いた。


 「だめよ、みんな止めなさい」

 相変わらず、慈愛深い笑みを作って。

 しかし人に媚びるような笑みと、恐怖に染まった人の好い笑顔を隠し切れないままに。その笑みを、アスカ達にまで向けて、形ばかりの謝罪を向けるのだから。質が悪い…。

 ――理解した。

 ディアナは誰にでも優しい女神。

 彼女は、誰にでも良い顔をするだけだ。

 誰にでも分け隔てなく、優しく接して、嫌われないように必死になって笑顔を振り向いているだけ。

 アスカは握りしめる拳に、更に力を籠める。

 エイデがソレに気が付き、止めようとした時。


 少女はオレンジの瞳に彼らを映すと、にこやかな笑みを浮かべるのだ。


 「そう。だったら、仕方が無いわね!――無理を言って、ごめんなさい」

 ――と、ただ、素直に。

 怒ることも無く、呆れる様子も見せず、嫌悪感すら一つも見せることなく。

 

 流石と言うべきなのか、その場が静まり返った。

 罵倒する声も、陰口も、諫める声も全部止める。

 ただ、それも一瞬。

 誰の物か、舌打ちが一つ。

 「キモイ女」そう、口にしたのは誰だったのか。

 それでもだ。アスカは微笑むだけだった。

 深々と頭を下げて、彼女は当たり前に村に背を向ける。

 エイデは何も言わなかった。ただ、小さくため息を付いて、同じように軽く頭を下げるとアスカの後を追っていく。

 その姿は、彼らにはどう、映っただろうか。

 ――どうせだ。後で村中嫌味と陰口が広まるのだろうが。どうして、彼らはそんなバカげたことをするのか、きっとこの村では、その感じたどうしようもない苛立ち(敗北感)は最後まで気が付かないだろう。


 「――…まって!…僕からも、聞きたいことがあるんだお!」

 ふと、立ち去る前に、ケニアスが慌てたように声を上げる。

 思わずと、アスカもエイデも立ち止まる。

 首を傾げたのは、声を掛けられたディアナだ。


 「何かしら?どうしたの?」

 厄介ごとが消えて、安堵を見せていた彼女は聖母のような笑みをケニアスに向ける。

 ケニアスはその様子に思い切り眉を顰めていたが、唇を噛みしめて、感情を押し殺したように問う。


 「――…“冬”…。シタ―はどうして此処にいないの?どうして“(スノー)”と一緒に居るの?」

 ――それは、どうしても気になっていた、シアーナから頼まれた『謎』

 ディアナに直接聞いてくるようにと頼まれ事であった。

 その問いに、そういえば、とエイデも疑問に思う。

 ディアナの後ろ、固まって嫌悪感を露わにしたまま睨む“四季”達だ。

 四季は四人いて、それぞれが春夏秋冬を司っている…そのような旨を伝えられていたが、どうだ。今ここには3人しかいない。1人、足りないのだ。

 それが“冬”である事は、今の言葉で気が付いた。

 今の時期が冬だから?仕事をしている?違う、一ヶ月暮らしていたが、今の時期はどう考えて冬じゃない。それに“冬”の仕事は季節の移り目を伝える事だ。何日も村を開けるような仕事とは到底思えない。

 そもそも、“四季”はいつも4人一緒で暮らしているとケニアスが言っていたではないか。なら、今“冬の神”は一体どこに行ったと言うのか。

 その問いに、ディアナが当たり前の様に、微笑んで。


 「ああ、あの子はね。『悪』だったから、追放されたのよ」

 あまりに当たり前に、言い切ったのだ。




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