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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
35/39

アスカ 前編 ディアナの農場 3


 「だお~。あっちだお~」

 「…はいはい、こっちね」

 あれから2キロほど歩いたか、何処までも広がる麦畑の中で、エイデに肩車をしてもらいながら、ケニアスは指をさす。

 まあ、そう示して貰わなくても、流石に目的地()は勿論ちゃんと見えているのだが。エイデはケニアスに合わせるように頷いていた。

 そんな様子を見つめながら、アスカは微笑ましそうに笑みを1つ。

 一キロ当たりで「疲れた、もう飛びたくないだお」なんてケニアスが言い出した時は、焦ったが。僅かの間もなく、エイデが慣れた手つきで彼女の相手をしてくれて、今にいたる。

 本当に子供の相手が上手と言うか、慣れていると言うか。本当に「心強い」の一言である。

 ただ、ホッとしたのもつかの間、アスカの表情は物悲しげなものへと変わっていった。


 「…ねえ、エイデさん…」

 重々しそうにアスカが口を開く。

 エイデは少し嫌な予感。

 なんだと、彼女に視線を送れば、今にも泣きそうな顔。アスカは縋るような視線で顔を上げた。


 「私、シアーナちゃんに嫌われたりとかしてないよね!!ね!!」

 「――…」

 うん、やっぱりか。エイデが苦虫を噛み潰したような顔になるのは当たり前である。

 先ほどから、ケニアスを相手していたが、やっぱり、気になるよな。気にするよな。――心の中で、頷いた。同時に、どうフォローすべきか。悩む。考えた末に、口を開く。

 「…安心しろって、どう考えてもアイツはお前の事、嫌ってないぞ?」

 「本当かなぁ!!最近塩対応が酷いと思うのだけど!!側に居たくないのかな!」

 「絶対、嫌ってはない。それは断言してやるよ」

 我慢の限界だったのか、再びボロボロ涙を流すアスカ。さっきのアレだ。…仕方が無い。

 しかし、シアーナがアスカを嫌っている。側に居たくない。この考えが間違っていることは断言したい。――多分。


 「…馬鹿だお?シアーナはお前の事嫌ってないお?むしろ今のメンバーの中で一番気にかけているお」

 そんな泣きじゃくるアスカに、フォローを入れたのは、ケニアスだった。

 ケニアスはエイデの肩の上からアスカを見下ろす。そんなオッドアイの少女を見上げて、涙を拭きながらアスカは首を傾げた。

 「一番、気にかけてる…?」

 「だお。嫌いだったら、放っておくお」

 「放っておく…?」

 「だお。…この人格者野郎と、曲がり間違っても“海”であるディラン。この2人がお前に協力してるんだお。シアーナは、自分は要らないって閉じこもってしまうお」

 まるで知ったかのように、何度も頷くケニアス。

 ――人格者野郎とは…エイデ(自分)の事だろうか。褒められているのだろうか。それ。

 い、いや、考えを振り払う。振り払って、アスカに笑みを向ける。

 「そ、そうだな。あの人嫌いで極度の人見知り…。いや、多分人間に対して嫌悪感を抱いている奴がだぞ。まだ、こうしてお前の側にいて一緒に旅をしてるんだ。嫌いな訳、ないだろう?」

 「――…そう、なのかな?」

 「そうだ、そうだ。…アスカ、忘れるな。この旅は()()()()だ。シアーナはお前に手を貸している。まだ、手を貸し続けている。そんな存在を嫌う訳が無い。分かるだろ?」

 「…そう、か」

 エイデの言葉にアスカは、唇を僅かに噛みしめた後、納得したように頷いた。

 それはエイデも同じだ。自分で言った言葉だが、しっくりくる。

 先程、シアーナはアスカに其処まで懐いていない、苦手意識を持っているのではないかと、考えたが。

 あの人嫌いが、人から嫌われて迫害されている少女が、アスカの為に、この旅をまだ続けているのだ。そんな存在を嫌うはずがない。嫌っているのなら、ケニアスの言った通りの行動に出るはずだ。だとすれば、やはり――。


 「じゃあ、シアーナちゃんは私の為に何か考えているって事?」

 「…ああ、そうだろうな」

 同じ考えに辿り着いた、アスカの問いにエイデは頷いた。

 アスカはおずおずと問う。

 「私を無駄に村や町に行かせようとしているのも?」

 「…き、気付いていたんだな」 

 「気付いていたよ!?」

 ――いや、そうだよな。流石に気が付くよな。エイデは苦笑を一つ。

 シアーナはアスカを嫌っていない。だとすれば、シアーナはアスカには村に行って欲しい理由がある。結局はこの結論に戻ってくるのである。

 エイデの隣で、アスカはしょぼくれた顔になる。

 「嫌われてないのは…良かったけど。そうなるとさ、プラスして、私一人ではお使いも出来ない子って思われていたりする?」

 「――…」

 これには、黙るしかなかった。だって、その通りだもの。


 理由は不明だが、シアーナはアスカに村に行って欲しい。だが、アスカ一人では村に行くのは止めて欲しい。そう考えているのは間違いないのだから。

 だって、アスカを一人で買い物に行かせるなんて、エイデも不安で反対だから、アスカには悪いが、それはシアーナの気持ちが分かる。むしろ彼女の判断は正しい。

 ――ただ、此処で正直な気持ちを言えば、アスカは不機嫌になるに違いない。エイデは咳払いを一つした。

 「――…ま。それは、さ。本人に聞けよ。それが良いと思うぞ?」

 「…」

 エイデの提案にアスカは無言だ。

 なんだか不服であると言う表情を一瞬エイデに向けて、少しの間。小さく頷く。

 「――…そうね。それも、そうだ」

 納得したように、自分自身を納得させるように笑みを浮かべたのである。

 「だったら、お使いが終わったら。聞いてみるわ!」

 まだ、何処か不安そうな、しかし満面の笑み。

 エイデは僅かに安堵にも似た吐息を零して、応援でもするかのように、アスカの頭を軽く撫でるでのあった。


 「…。話は終わったかお?…だったら、僕からも一つ聞いていいかだお?」

 ふと、今まで呆れた様子で見守っていた、ケニアスが今度は不思議そうにアスカを見下ろした。

 彼女も何か話があるらしい。

 「なに?」と問いただす。すると今度はケニアスはエイデを見下ろして、小さく首を傾げる。

 「ディアナの所に行くのは良いとして、アイツの事、何処まで知っているだお?」

 「あいつ?」

 「ディアナの事だお。ディランでもシアーナでもいいだお。どう聞かされているだお?」

 ――唐突な質問だ。

 どう、と聞かれても。

 アスカは僅かに悩む。思い出すのはシアーナに言われた言葉だ。

 「えーと。誰からも愛されていて、誰にでも優しい“豊穣と季節の女神様”…かな?」

 「…能力に関しては、ディランから聞いた事があるぜ」

 反対にエイデはアスカの知らない情報を口にする。

 「え、どんな能力なの?」

 「…“豊穣”だとか“季節”と言えば聞こえはいいが、聞いた限りじゃ、大した能力じゃないと思ったな」

 「ど、どうして?この異世界の季節なんでしょ?」

 アスカの問いにエイデは眉を顰める。

 「正確には、促進と強化…らしいぞ」

 「促進、強化?」

 エイデは頷く。少し息をついて、考えるように口を開いた。


 「()()の成長の促進を施して、病や雨風に強いように強化を施す。結果的にこの世界の農作物は成長が早くて、ちょっとの事じゃ枯れることも無い。――所謂、これが『豊穣』」

 「…」

 簡単な説明。アスカはエイデの言葉を聞くと、僅かに思考して声を漏らす。


 「それって、凄いんじゃ…!」

 「でも、これは作物限定でしか発動しないらしい。ただ、成長を促して、強くするだけ。元在ったモノを強化しているに過ぎない」

 「元在ったモノ?」

 「ああ、本来元から有るものに手を貸しているだけ。別にディアナが()()から緑が豊かなわけじゃない。ディアナが()()()更に緑が豊かになった…ただ其れだけだ」

 アスカは黙る。

 そんな、まるで、ディアナと言う存在は別に要らないみたいな言い方をするなんて。

 ちらりとケニアスを見たが、彼女は何も言わない。――そのまま、エイデは話を続ける。

「ただの強化では、作物を操るなんて事は出来ないし、動物に限ってははじき返される。そして、促進と強化の能力も、異世界全土って訳じゃない。世界の10分の1も届いていない」

 それでも、自分の治めている地域だけで十分だろうが、なんて付け足して。

 エイデの肩に座っていたケニアスは漸く小さく頷いた。


 「ちょっとだけ補足するだお」

 「ん?」

 「正確に言えば、ディアナが治めている地域全土が、彼女の限界距離なんだお。」

 否定せず、少しばかりの補足。エイデの答えを否定してくると思ったが、その様子はない。どうやら、豊穣(こちら)に関しては当たっているらしい。

 ただ、少しだけ不満気に、ケニアスは眉を顰めた。

 「でも…もっと詳しく言うと、ディアナは種をまいた瞬間に発芽から実まで一気に成長させる事が出来るんだお。だからこそディアナの領土は緑豊かだ。その上、お金も殆ど取らずに輸出しちゃっているんだお。この世界の作物は殆ど、この地域から出回っている。ムカつくけど、弱い力ではないお?」

 だからこそ“豊穣の女神”なんて呼ばれているのだ、ケニアスは不服そうに言ってのけた。

 この説明にはエイデも思わず息を呑んだ。

 アスカはあたりを見渡す。“発明”の街から数日たってから、急に果樹園みたいに果物の木が並ぶようになり、野菜畑や麦畑が続くと思っていたが、そう言う…納得した。

 「あ、でも、ディアナ自体はよわいお?…ま、そこら辺はディランに詳しく話をきけばいいお」

 最後にケニアスは慌てたように付け足して。

 そう言われても、アスカからすれば想像通りと言うべきか、エイデからすれば想像以上(話が違う)と言うべきか、“ディアナ(豊穣)”と言う神が人ならざる力を持っていて、その『能力』は強いのは変わりないようだ。


 「…やっぱり、十分凄いってことね」

 この言葉にエイデはコホン。小さく頭を掻いた。

 「……そうだな、悪い。――俺の言い方が悪かった。人からすれば凄い能力なのに違いないが、敵対した時の事を考えたら大した能力じゃない…これが正しいな」

 「敵対って…エイデさんって結構アレ?戦うのが好きな人?」

 そんな、まるで戦闘する前提に考えていたとは。エイデは苦笑を一つ浮かべた。


 「俺の世界の神にはな、桁が『()()』までランクアップして、さらに植物を操って人間の街を一つ滅ぼす輩が居る。一夜で街を樹海にしたり、反対に作物全てを枯らしつくしたりな。それも癇癪一つで。もし自分が死んだら全世界の植物が成長しなくなるとか呪いを付けたとか噂まである」

 「……」

 ――これまた、納得した。確かに、それは危険視すべき存在であり、そいつと比べたら、ディアナ(此方)は可愛い物かもしれない。

 肩に座っていたケニアスも表情を変えたぐらいだ。


 「それは、確かにディアナにはないのだお…。アイツは元あるモノを強化するだけって聞いたお…?そもそも度胸が無いお?――そんなの困るお…。癇癪一つで人を殺しまくるなんて、信じられないお…!」

 ――ケニアス(お前)も中々なのだが…。その言葉は飲み込んでおいた。エイデ(自分)の世界の神と比べれば、まだマシである。この子は。多分。

 エイデは咳払いを一つ。話を戻す。


 「で、次の“季節”だが。これも正確に言えば、ディアナがこの世界の季節を操っているんじゃない」

 「え、違うの?」

 「ああ、アイツの側にいる“春”“夏”“秋”“冬”この四神が、一応本来の『季節』の役目らしい」

 「?」

 「うーん…なんていうかな。この四神は其々、季節の移り変わりを伝える神らしいんだ」

 「移り変わり?」

 首を傾げるアスカを見て、エイデも僅かに眉を寄せる。

 違うか、なんて言えばいいか、考える。


 「…そうだな…。この四神は、その場にいるだけで、気温を変える“神”…だと聞いた」

 「きおん…?」

 「ああ、“春”は心地よい温もりを、“夏”は茹だる様な暑さを、“秋”は仄寒い冬の前触れを、“冬”は凍えるような寒さを。一定の期間になると其々が交代して、世界中を飛び回って気温を変えちまうんだとよ」

 エイデの説明にアスカは僅かに理解が出来ないと言う様に、首を傾げた。納得いかないらしい。

 納得が出来ないのはエイデも同じだ。しかし、ディランからはこのように説明を受けたのだから、こう説明するしかない。ケニアスは少しだけ考える。

 「まあ、間違ってはいないお。確かにアイツらはその場にいるだけで、気温を極端に変えてしまうお。――でも、言っておくけど、それはアプロの影響が強いんだお!」

 「アプロ…?“太陽”か?」

 ケニアスは大きく頷く。


 「アプロ…“太陽”は、その名の通りこの世界の太陽だお。ずっとこの世界に居て、この世界に太陽の輝きと、気温(温もり)を与えているんだお!」

 うん、まあ。それは太陽だからな。と頷く。ケニアスは続けた。


 「でも、アプロも休みたいと思うときがあって、所謂その休みたいと思い始める時期が『秋』。休む時期が『冬』なんだお。その時期は太陽の光が弱くなる時期であるから、この世界も気温が極端に変わってしまうのだお」

 つまり、とケニアスは頬膨らます。

 「偶然にも“四季”(アイツ等)が交代する時期がアプロの活動期間と重なってしまっている。結果、更にこの世界の気温は変わって、この『変わり』を人は『季節』と呼んでいるんだお!ぶっちゃけ、あいつらは特段に力が強い訳でもないお!」

 まるでアプロと言う神を持ち上げるように、言い切って。

 すこし、間が空く。

 ケニアスが少しずつ、何故か表情を変えていった。

 「あー。いや、…違うな…。アプロ多分、合わせているな…うん。飛んでいく“季節”達を見て、休んでいい時期とか、決めてるな、あの子…だお…」

 何やらぶつぶつと。

 それでも、コホンと表情を変えた。


 「ま、まあ。アレだお。“春”は大体20度あたりをキープして、“夏”は最大50度まで上げられて、“秋”は10度あたりをキープ…。それで“冬”は最大マイナス20度まで気温を落とす事が出来るんだお」

 「あー…それに合わせ、“太陽”が絡んだ結果、それ全部で“季節”って言いたいのか、お前…?」

 とりあえず、エイデが話を簡単にまとめる。ケニアスは満面の笑顔。

 「そだお!でも何度も言うけど、“四季(こいつら)”弱いんだお!一人で精々街一つぐらいで限度だお!でも壊滅できるほどの能力じゃないし。四人そろっていれば能力は相殺されちゃうし。結局大本はアプロの仕業だお!こいつらが居なくなっても、季節は無くなりはしないんだお!」

 自信満々に言い切った。

 所々、“四季”に対して嫌悪感と、“太陽(アプロ)”に対して賞賛(嫌味)を混ぜながら。


 「――…つまりだが、えー…その“四季”達も“豊穣”と一緒で良いのか?能力は強力だが、敵対するとした時は其処まで脅威じゃない…と?」

 「そだね!“夏”と…“冬”は危険だろうけど…。こいつらも、そんな度胸無いし…」

 「度胸が無い…?」

 「意図的に人を殺めるような度胸は無いって事。だから四人何時も一緒なんだお。そろっていれば、間違いは起きないからね…」

 エイデは眉を顰める。まだいくつか気になる所はあるものの、ケニアスが言いたいことは分かった。どんなに転んだって、“豊穣”と“四季”のこの5人は『対峙する敵』とすれば弱いと言う事なのだろう。『能力』は強いが、人を傷つけるまでの度胸も力も足りてないと。コレだけは何となくだが伝わった。――しかしなんだ。

 “発明”と言い、“豊穣”と言い、“四季”と言い。何と言うか。


 「…いや、分かったが。その…お前らと言うか、なんだその…」

 「――なんだか、弱いね」


 アスカ、悩む様子もなく言い切る。

 スパっと。ご本人たちが聞いたらブチギレそうな、しかし真実を。

 でも、そう。話を聞く限り、話が詳しくなるたびに、“神様”、想像より弱くなっていくのだ。

 “神”と聞くだけで、人間より遥かに強い力を持っていて、決して怒らせてはいけない存在。――少なくともエイデもアスカも『神』と言う存在は、そんなモノと思っていたが。この世界の“神”はひどく弱いのだ。

 いいや。特別な力を持ち、人々から崇められているのは分かるが。『恐ろしさ』と言うものが無い。

 本来『神』と言うのはアレだ。『恐れられている』からこそ、敬い崇めている節があると言うのに、この世界の“神”ときたら。

 特に“豊穣”と“四季”。大切なのは分かるが。

 いなくなっても、元あるモノは無くならず。それだと「まあ、確かに困る」…程度の存在でしかないと思える。

 ――便利屋か、何かかな?

 それを一応“神”であるケニアスの前でアスカは思った事を口にしたのだが、暫く。

 ケニアスは怒る様子もなく、ふわりと、エイデの肩から空へ浮かび上がった。


 「――…当たり前だお。だって、“僕たち()”なんて所詮後から産まれたモノだもの。所詮ただの後付けだ」

 2人の目の前に降り立ったケニアスは、さも当たり前に口にする。

 愛らしく、人間とは思えない瞳で、少女はまじまじと見つめていた。


 「言っておくけど、多分君たちの世界も同じだお?――『神』が生まれたから何かが産まれたんじゃない。元から有ったものを『神』と崇めた。だから、『神』なんてモノが居なくなっても本来の物は消えたりしない」

 オッドアイの瞳がエイデを映す。

 「さっき、驚いたけどさ。――多分、君の世界も『豊穣の神』が居なくなったって、世界から植物は無くならないと思うよ?だって、人間ってそんなに弱くないからね。最初は少しだけ無くなるかもしれないけど、直ぐに人間の力で復興しちゃう。『前と比べれば成長が遅くなる程度』だお、きっと」

 信仰心が無くなるのが怖かったのかな?そう小さく首を傾げる。

 少しの間、エイデが口を開いた。

 「なぜ、そう思う?」

 何故って、ケニアスは不思議そうだった。

 さも当たり前の様に答えをエイデに与える。

 「だって、崇め『神』と言う存在(モノ)を作ったのは人だ。人が側に合って欲しいと、人が願ったものだ。…そうだね、君たちは『神頼み』って呼んでいるのかな?どうしようもなくなったときに頼りたくなる存在。――『信仰』とも呼べるのかな…?」

 無言のエイデとアスカに、ケニアスは続ける。


 「『神』は人と共にある。人が願ったからこそ人より優れた力がある。そうであれと願われたから。――でもね、人間は確かに弱いけど、其処までに弱くないんだよ。『神』なんて結局は後付けでしか無いのだから、本当に人間の世の中になれば、『神』なんて(もの)は要らなくなる。自分で自分の未来を切り開いていく」

 ――だから、と。


 「――…『神』は、人から忘れられることを何より恐れている。人から望まれ産まれた存在だもん。人から忘れられると、存在できなくなって、ただの現象になってしまうから。消える訳じゃない、誰にも見えなくなって、自分と言う存在の全てが世界の『常識』に置き換わる…でも」

 ――だからと言って、人が『神』という存在に縋る事を忘れる訳ではない。

 おかしな話だ。ケニアスが小さく笑った。

 人間は何時か、神を捨てる。でも決して忘れるという訳ではない。

 でも捨てられることを『神』とは心から恐れている。だから、必死になって消されまいと足掻く。

 ――オッドアイの瞳が僅かに細まる。


 「今は違っても、いつしか、君たちの世界が辿り着く未来とも呼べるんじゃない?」

 輝かしい、面白おかしく、しかし心から哀れみ、怒りを踏んだ瞳だ。

 「人間は自ら『神』を消す、それでも『信仰』と言うものは決して消えたりはしない。矛盾している。でもソレは仕方が無い。――それが、人間が望んだ『神』という存在だ。その、いつか辿り着く末路だ…。――でも…それがきっと…正しいのだろう」

 彼女は一体誰に対してその愁いだ瞳を向けているのか。いつか消える『神』に哀れみを向けているのか、自分で消しておいて『信仰』を消す事が出来ない人間に呆れを向けているのか。――自分達に待ち受けている未来を見据えて嫌気がさしているのか、その時、その場にいた二人には到底分かる様なモノでは無かった。

 ――ケニアスが溜息を零す。


 「――…でもそれは人が望んだ『神』だ。人が共にあろうと考えた『神』の末路だ」

 ――人が望んだ神?その問いは誰が零したか。

 「人より()に産まれた神様…もいるって事さ。――本物の()()

 少女神は静かに目を閉じる。


 「…本当の神様はさ。本当に本当の神様はさ。人間が神様は要らないと決定するより以前に、もう世界に、人間にうんざりするんだよ。創ってみたのはいいけれど、何にもしてくれない、崇めて恐怖するだけの存在に心から呆れ果てて、心の何処かでは何時もこんな世界無くなってしまえばいいって思っている」


 ――何もしたくないのに、皆我儘ばかり言って、

 ――何もしていないのに、全部自分のせいにされて、

 ――都合が良い時だけ手柄を当然の様に横取りされて、

 ――逃げるに逃げ出せなくなっちゃって、

 ――逃げたいのに逃げ方も分からなくなってしまって、


 「――…そんなことされたらさ。神様はこう判断しちゃうの。『何にもしたくない。なんでこいつらの為に?』って。だから本当の神様は()()()()姿を消すの。『好き勝手にやれよ、もう』って感じなのかな?…少なくとも“神様”はそうだった…」

 誰も何も言わない。

 どちらかが、言い返す前に少女の姿をした『神』は続ける。


 「これを口にしたらね。人間()は大抵こう言い返す。『しったことか、創ったのはお前だろう?この世界に産み落としたのはお前だ。助けるのが当たり前だ』って、さ。――もうさ、十分奪っているのにね。子供の様に無償で貰い続けるのが当たり前になってしまっているんだよ。人間って、嫌う癖に搾取だけは底なしだ…」


 最後に、まるで同意を求めるように、独り言のように呟いて、ケニアスは口を閉ざした。

 今の話は、いったい誰に向けて、誰の話を、していたのか。

 誰を想ってアスカに語り掛けて来たのか、誰も何も言えない。

それから少ししての事だ、ケニアスが再び口を開いたのは。

 「――…それが、本物の“神様”…。人より先に産まれ、憎悪を向けられた存在の末路…」

 彼女の瞳が再び、アスカとエイデを見据える。


 「この、神様は……どう、すればいいの?」


 今までで見たことも無い程に、悲しさを帯びた瞳が問いかける。

 その瞳に、誰も何も言えない。

 そんな二人の様子を見て、ケニアスは一度目を閉じて、また再び2人を見た。


 「…僕たちなりに考えてさ。言わないでおこうって皆言っていたけど、気が付くまで見守っていようと決定したけど…。無理だったから、今言った」

 少女神が僅かに微笑む。

 ――最後に。

 まるで、何かを決意したかのように、ケニアスは小さく唇をかむ。

「コレが僕なりの真実。――どちらに()()()が、僕はソレで良いと思っている…」

 彼女の言葉で、息を呑んだのは何方か。

 この沈黙を最初に破ったのは、ケニアスを黙ったまま真っすぐに見つめていた、オレンジ色の瞳だ。

 「――…それは、貴女の世界の“神様”のお話?」

 ケニアスは頷く。

 「誰の話だろうね。――でもさ、わかるよね。こんな便利屋みたいな“神”の中で冗談じゃ済まされないレベルを持つ子が、さ、一人いるじゃない」


 また、静かな沈黙が流れる。

 風の音と、草が揺れる音が響く。

 その中で、アスカは小さく眉を上げた。


 「――…うーん…アプロさん…かしら」

 ――なんて。

 がくりと、宙に浮いていたケニアスが思わず地に落ちそうになった瞬間である。

 いや、衝撃を受けたのは隣の男も同じである。

 ああ、そう来たか。まさか、そう来るか。困惑にも近い、しかし納得にも近い言葉が頭を流れた。

 うん、まあ、だって。ほら。

 「ま、まあ…い、今の話の流れだと…あ、アプロにいっても可笑しくないかも…だお?」

 つい直前まで、ケニアス自身が「アプロ凄いんだぞ」自慢していたから。いつの間にか「だお」言葉まで戻っている。でも、しかし。

 …此処で言ってしまおう。

 ケニアス、正直全てがバレる覚悟で話したのだ。自分の考えも含んでいたが、それを踏まえて全て、真実を。

 ――いや、“死”の正体を明かしたと言っても良いだろう。だと言うのに。


 愛らしい顔をゆがめて、ふわふわと、ケニアスは浮かび上がった。そのまま、彼女はまたエイデの肩へ。

 「とんでもない人物だお…。異世界人ってみんなこうなの?」

 「……………」

 エイデはさっきから、ずっと無言だ。苦笑は浮かべているが。

 ケニアスはコホンと咳払いを一つ。


 「でも、ま、今の僕の話はちょっと作り話入っているお!ぶっちゃけ、この世界を創った神はさっさと世界なんて捨てちゃったお!出来損ないの世界は直ぐ捨てちゃう神だもの!」

 「そうなんだ。――ケニアスちゃん、私から1ついい?」

 場違いな答えで不貞腐れたケニアスにアスカは指を一本立てる。

 そんな彼女を不服そうにオッドアイの瞳がジロり。

 気にせずと、アスカは綺麗な笑みを浮かべた。


 「さっきの搾取され続ける神様は、ちゃんと人を嫌いになれた?」

 ケニアスは首を傾げる。

 「何を言っているんだお?嫌いになったに決まっているお!其処まで気持ち悪い“神様”じゃない!!人間なんて、だいっきらいだお!!」

 声を高らかに叫ぶ。畑に何処までも響くように。


 その答えを聞いて、僅かな間もない。

 アスカは満面の笑みを浮かべる。心から安堵した、そんな笑みを。

 「そう、なら良かった!――ちゃんと人を嫌えて、その神様は良かったわ!」

 「は…?」

 理解できないと言う様にケニアスが声を漏らす。

 アスカは小さく笑って、少女を見上げる。

 「あのね、ケニアスちゃん。誰かを嫌う事は大事なのよ。だってそれは、ちゃんと選択が残されている事だもの。――ほら、嫌いだからこいつから逃げようってなるでしょ?」

 「――…」

 「むしろ怖いのは『愛』だもん。人はね、何かを愛していると逃げられなくなるから。逃げる選択が出来なくなって。どれだけ辛くても、その人の為なら逃げられなくなる。その人を一人には出来なくて、逃げる術を無くして、最悪な選択を取ってしまう」

 だから、ね。アスカはケニアスに微笑む。

 心から大丈夫だと言う様に、幼い彼女を安心させるように。

 「その神様は、ちゃんと人を嫌える神様でしょ。――だから、大丈夫。……いつかその神様は、きっと全部捨てて逃げてしまうわ!」

 自信を掲げて、笑うのだ。


 暫くして、呆気に取られていたケニアスは、表情を変えていった。

 だって、それは、ケニアスが一番彼女(人間)達に問いただしたかった()()であったから。

 「……消えなくてもいいの…?」

 「消えなくていいよ。身勝手な押し付けで消える必要なんてない」

 「ちゃんと、逃げてくれる…?」

 「逃げるわよ!…長くかかるかもしれないけど、ちゃんと逃げる事が出来るよ。その“神様”なら」

 「…例えその結果、大事な何かが無くなっても…?」

 「――…いいでしょう。最初に捨てたのは人間だもの!後悔するのは仕方が無い!うん、自業自得ね!」

 「…おまえ、たまに怖い事言うな…」

 今まで、静かに今持っていたエイデが、おずおずと言う様に声に出す。

 それに対しても、アスカは声に出して笑った。このお話はおしまい。そう笑い飛ばす。

 其れよりも、と。彼女のオレンジの瞳は目前に控える大きな村を映すのだ。

 「話をしていると、早いね!さ、さっさと行きましょう!」

 我慢できないと言う様に、エイデの手を掴んで、アスカは目に見える村に歩みを進める。

 その様子に、驚きを見せていたエイデは呆れたように息を付いた。肩にいたケニアスも同じだ。2人は互いに視線を送り合って、ため息を付く。


 「あ、そういえば。最後に一つ聞いていい?」

 「…なんだお…?」

 そんな二人に気にも留めることなく、アスカ。

 「ディアナさん…の事は分かったけど、なんで彼女は“季節”って呼ばれているの?」

 唐突にもっともな話題に戻った。

 これに答えたのは、エイデであった。ケニアスの代わりに応える。

 「四神はディアナにしか懐いていなくて、彼女の側から離れようとしない。彼女の言葉しか聞こうとしない。命じられないと、仕事もしないから。結果、いつしか、ディアナが“季節”って呼ばれるようになったんだとよ」

「ふーん…ディアナさん大変だね!」

質問しておいて、これまた呑気に。

 その様子に、ケニアスは、また眉を顰めるのだ。

 「――最後に忠告してやるお…。僕はお前はシアーナの所に戻るべきだと思うお…」

 「?――大丈夫よ!」

 「……僕はシアーナの為に言ってやっているんだお…」

 「?」

 「……………も、いいお、いこう」

 アスカを前にケニアスは遂に口を閉じた。

 村はあと少し、本当に目の前。何処までも畑が広がる一本の道を通る。

 村は外見的には古めかしい村。

 茅葺の屋根が綺麗に並ぶ、様々な作物と言う作物が育つ。正に緑豊かが過ぎる“豊穣と季節”の村(ディアナの農場)


 ――“(ケニアス)”がなぜ、「帰った方が良い」そう言ったか。

 ソレは直ぐに理解する事となる。



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