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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
34/39

アスカ 前編 ディアナの農場 2



 改めて目の前の人物を見る。

 年のころは8つほどか、小さな身体に柔らかそうな短い手足。

 長い巻き毛の水色の髪は、所々に輝く青いメッシュが入っており。

 瞳はくりくり大きな銀色と金色のオッドアイ。水色のゴスロリワンピースを纏って。

 ふわふわ宙に浮きながら、淡く鮮やかに身体を輝かせた愛らしい少女。


 今までのカルトやらアクスレオス、インヴェンションとは大きく違う。

 誰がどう見ても、一目で人間ではない、そう思える存在が、今まさに目の前に浮いていた。

 

 そんな“彼女”の前で、シアーナはおずおずと声を出す。


 「…ケニアスです。“雨”…いえ、“水”…そのものです…」

 「水?水の神って事か?…隣に“海の神”もいるんだが…」

 エイデの驚きの言葉に、ケニアス。そう紹介された少女はぷくりと頬を膨らます。


 「神様じゃないんだお!!失敬だお!僕は“水”!“水”なのだおー!!」

 きゃんきゃん吠えるようにエイデに声を張り上げる。

 その様子は何処からどう見ても子供そのものだ。

 ディランはコホンと咳払いを零した。

 

 「あー、こいつは、その気になれば“水”を操れる事が出来るんだ。えーと…空気中の水分を、だがな。だから…なんて言うか…その…」

 「…蒸発し気体となった水分を操ることが出来る。結果、自由自在に雨を降らすことが出来ます。だから、“雨と水”と呼ばれる存在です。雨雲を使った所謂普通の雨であったり、気分次第で好き勝手に雨を降らす事が出来たり…この子の能力です」

 悩むディランの代わりにシアーナが答える。

 それもしっかりと。エイデは少し驚いたように眉を上げた。


 「お前、“神様”の能力…知らないんじゃなかったけ?」

 「…この子は別。…何人かの能力は知っています…。アレです、覚えざる得ない仔と…危険度が高い奴を…」

 「神じゃないんだお!!僕も怒るんだお!!」

 シアーナがぼそぼそ説明。その隣でキャンキャン“水と雨(ケニアス)”が吠える。

 呆れたようにディランがケニアスの口を塞いだ。暴れまわるケニアスを腕に溜息を一つ。


 「ま、雨を降らしていたのはこいつだよ。ケニアス、雨を止ませろ。シアーナも困ってるぞ」

 「むー!!!」

 ディランの一言に、ケニアスは何か言いたげに手足を振り回していたが、次第に大人しくなっていった。愛らしい顔をしかめ面にして、それでも落ち着いてきたようだ。シアーナをちらりと見て、俯く。

 ケニアスが暴れるのを止めると同時だ、降っていた雨は次第に弱まっていった。

 ああ、本当にこの少女が降らせていたのだと、エイデとアスカが驚きの色を見せる。

 ディランはケニアスを開放する。“雨”の少女はふわりと宙に浮いて、ふくれ面のまま、シアーナの後ろに隠れてしまった。


 「シアーナ、いいの?もう、大丈夫だお?」

 後ろからケニアスはシアーナをのぞき込む。シアーナは小さく頷いた。


 「…大丈夫です…ケニアス、ありがとう…」

「むー、シアーナが平気ならいいのだおー!もうちょっとで、アネモネも呼ぶところだったんだおー!」

 ケニアスはコロリと表情を変えた。子供らしい笑顔を満面に浮かべて、シアーナの周りをふわふわ。

 その様子は主人に纏わりつく子犬のようだ。シアーナに懐いているのは良く伝わり、エイデは僅かに抱えていた警戒を解いた。どうやら、この少女が“雨”なのは違いなく。そして、シアーナの為に今までの雨を降らせていたのだと、彼女(ケニアス)の様子から察しが付く。

 今回だけじゃない、カルトの町での時も。この子が犯人だったのだろう、と。


 「アネモネって…」

 反対にディランは渋い顔。

 誰だと問えば、少し唸ってから、口を開く。


 「“風”だよ」

 「“風”?…“風の神”…“風”そのものって事か?」

 「ああ、こいつら、ついさっきまで台風を此処で起こそうと思っていたらしい」

 「――…正気か?俺の聞き間違いか?」

 肯定から、なにかサラリととんでもない一言を送って来やがった。

 いや、でも事実である。ディランはシアーナとケニアスを目に映しながら、こそりとエイデとアスカに耳打ちをした。


 「…あいつら、あの子供の見た目で強力な存在だぞ。街を壊滅させる力は簡単に持ち合わせている」

 「は…!?お前、前はそんな強力な“神”はいないって言っただろう!」

 「それは、街やら村を持っている連中の事だ…。あいつらは自由気ままに空を飛んで世界中に雨を降らして、風を運ぶような連中でな。…生まれながらに()()()()()()()している奴らだよ」

 「はあ?」

 どういう意味だろうか、エイデは首を傾げる。

 実の所、エイデはディランから何人かの“神”の情報を聞かされている。正直、くだらない能力ばかりだと思っていたが、あの幼い“存在()”は他の“神”と違うと言う事なのか。…ああ、いや、そうなのだろう。ディランの様子から嫌でも察しが付く。


 「えっと…それは危険ってこと…?」

 アスカの問いにはディランは首を振った。

 「…意図的に危害を加えてくる存在じゃない」

 「でも、まるで危険みたいな言い方…」

 「…ケニアスは川を氾濫させるぐらいの大雨を一気に降らせる事が出来る」

 いや、危険じゃないか、そう言う前にディランは続けた。

 「でも、それは年に数回ぐらい。それに…わざとじゃない。悪意なんてこれっぽっちも無く、大雨を降らせてしまう。…お前たちの世界でも()()に合っただろ?()()ぐらい」

 「――…」

 息を呑む。理解した。エイデとアスカはケニアスに視線を向けた。

 つまりだ、“彼女”は、“雨”は、そういう存在。“娯楽”やら“発明”、“豊穣”とは違う。桁が違う。その名の通り、“雨”なのだ。人がどうすることも出来ない自然そのもの。


 「結果的に人は死なせちまうが…。それはアイツが殺そうと殺すわけじゃない。ケニアスが言い訳していたが、仕方が無い事なんだとさ」

 「仕方が無い?」

 「いっていただろ?空気中の水分を操る事が出来るって」

 「あ、ああ」

 「正確には、気が付いたら勝手に水が周りに集まって来るんだってさ。至る所で雨を少量降らしているらしいが。ある日、どうしようもなく溜めきれなくなって…ああ、あれだ。水の溜まったバケツが重た過ぎて落としちまう」

 「…つまり、その災害レベルの大雨は溜めきれなくなった水だと…?」

「そ。…ちなみに“風”も同じような存在。いや、“風”の方が問題か。――で、この2人は、ちょっとした弾みで協力して台風を呼んじまう」

 今みたいにな…など、最後に付け足して。いや、いまの話、その何処が危険じゃないと呼べるのか。

 ディランは小さく息を付いた。


 「普段は『恵の雨』だ。生き物からすれば必要不可欠な存在。それに言ったろ?意図せず起こしちまう、ちょっとした弾みで起こしちまうって、でも今は大丈夫だ。そんな気も無いだろうよ」

 彼の視線はシアーナに向けられていた。

 彼の言う『意図せず』は、其れこそ自然災害と呼ばれるものなのだろう。バケツの水は溜まってない。それなら『ちょっとした弾みとは?』――その視線で察しがついた。


 「力も子供並みだし、性格も子供そのもの。今は、そこまで危険視する存在じゃないよ」

 「……………」

 本気で言っているのか、と。一瞬正気を疑ったが、ディランの表情からして彼は本気だ。

 何度も言うが、それは危険と言うのじゃないか?と心の底から思ったが、ディランが無言でシアーナに視線を向け続けるのだから、これまた理解する。

 つまり、彼女(シアーナ)が此方に居る限りは、危険視しなくても良いのだと。

 「アイツが望まない限り、いや、お前達の味方をしている限り、ケニアスは絶対に危険にはならない。断言しても良い」

 確信を付くように一言。何度も言うが、ディランは嘘を付いている様に言えない、至って真面目だ。ディランの話を信じれば、ケニアスは安全であるのは間違いないようであるが…

 …それ、本当に大丈夫なんだろうな。エイデに、何度目かの不安が襲う。


 そのなかで、ディランは何か思いついたようにニヤリと口元を吊り上げる。

 「おい、ケニアス。どうせ今までの話を聞いてたんだろ?だったら、お前も手伝えよ」

 「だお?」

 思いがけない言葉を、幼い少女にかける。

 いままでシアーナの周りを飛んでいたケニアスは、ぴたりと動きを止めて振り返った。

 大きなオッドアイの瞳がみるみるうちに不機嫌な色を帯びていく。


 「やだお。…あ、でもディランの役目を交換という形ならいいだお?」

 「…それは、お前が此処にチビと残るって事か…?()()()()して言っているんだよな?」

 「…やだお!」

 当たり前というべきか、ケニアスはディランの申し出を突っぱねる。ぷいっと顔を逸らして、シアーナの後ろに回り込んでしまった。

 もちろん、ディランの言葉に驚いたのはアスカやエイデも同じだ。

 

 「おい、ディラン。なんでそんな提案を…」

 「念の為だよ。オレは一緒に行けないのなら、別の“存在”を連れて行った方が何かと都合が良い」

 「だからってな」

 エイデからすれば会って間もない少女神だ。不安しかない。

 その子がシアーナに懐いていて、ディランが敵意は無いと断言しても、だ。簡単に信じられる事じゃない。


 「…連れて行った方が良い。ケニアスはアレでも世界中で愛され、祀られている存在だ。そんな“水”と一緒にいれば、あの農場()でも役立つ」

 「でも、ディラン。そんな小さい子に頼るなんて…」

 「あのな、これは念の為の処置だ。理解しなくていい。連れていけ…」

 流石にと、遠慮を見せるアスカに言い放つ。

 何故かその時のディランの表情は真剣なもので、言葉を飲み込むしかなかった。

 ただ、勝手に話を進められても、当のケニアスは此方を睨むばかりで近づこうともしない訳だが。

 そんなケニアスの小さな手を握りしめながら、シアーナは静かに俯いていた。

 何かを考えるように眉を寄せて、そしてケニアス(彼女)を目に映す。


 「…ケニアス…私からも…お願いします」

 「だお?」

 「…私も、アスカさん達には“水”の力が必要だと…思うんです…。それに、貴女にお願いしたいことがあるんです」

 「だお!?」

 「――…」

 震える声で、自分より小さな少女に懇願する。

 それは心からアスカを案じての事だった。エイデが側にいるとしても、どうしても不安が取り除けないから。誰からも愛される“彼女”が側にいるのであれば、更に安心できる。ただ、ソレを考えての願いであった。

 そしてもう一つ、どうしても確かめなくてはいけない事。それをケニアスに頼む。アスカやエイデに頼むのは流石に違うと思えたから。彼女にある言伝を頼む。

 ケニアスはまじまじとシアーナを見つめた。それは、たった数秒


 「…わかったお」

 花が咲いたように愛らしく笑って、ケニアスは素直に頷いた。

 小さな身体がふわふわ宙に浮いて、シアーナの前までくる。

 にこにこ、愛らしく。子犬の様な人懐っこく笑顔でシアーナの手を握りしめる。


 「僕に任せてシアーナ。しっかり守るんだお!役目を果たしてくるんだお!ディランの目じゃないんだお!」

 ――なんて、えっへんと自信満々に胸を張って。

 そんな様子を僅かに不安げに見つめた後、シアーナはアスカに身体を向けた。


 「…アスカさん…この子も連れて行ってあげてください…。そうです…えと…一緒に美味しい物でも食べてきてください…!」

 「だおー!僕に任せるんだお!」

 …なんだろうか、まるで、いや、完全に大切にしているペットを託すような。いや、妹か?

 そんな不安が詰まった、しかし信頼が混ざる視線。隣では自信満々キラキラした視線。

 アスカも、いやエイデだって、これは流石に断りづらい――。


 「わ、分かったよ!しっかり面倒見るね!」

 「…あ、ああ。ガキが一人増えたって…なぁ」

 「…な、なんか不服だお!?なんか僕をそこら辺の幼い子供だと見てるだお!?」

 任せろと言わんばかりに胸を叩く二人。

 勿論だが、二人を任されたと思っているケニアスは一瞬にしてふくれ面に変わった。

 ――そうは言われても、ケニアスはシアーナより幼い。それにディランも言っていたではないか、「力は子供並み」と。そんな子に、期待処か不安しか浮かばない。アスカ(自分)達が面倒を見るべきだと思ってしまうのは仕方が無い事で。

 プラスして、シアーナが不安に満ちた表情でケニアスを見ているので尚更。


 「よ、よーし!ケニアス…ちゃん、おいで!お姉ちゃんと一緒に村まで行こうね!お手て、繋ごうか?」

 「ま、迷子になったら困るからな。はぐれないようにするんだぞ…!」

 むしろ、幼女でも扱う様な態度になるのは当然と言えば当然で。

 それに対して、ケニアスがしかめ面になるのも、また当然。ケニアスは不機嫌を露わにして、アスカ達の前に飛んでいくとピシと小さな指をさした。


 「言っておくんだお!僕はコレでもながーーーーーーく生きているんだからね…だお!君達より年上なの!僕がお姉さんなの!!」

 「…そうか、ケニアスちゃんはお姉さんなんだね!分かった!…じゃあ、私が迷子にならないように手を握っていてくれるかな?」

 「…だお?――いいだお!」

 ――ちょろい。アスカの策略にまんまと引っかかった。

 ケニアスは今までが嘘であったかのように満面の笑みを浮かべてアスカの手をぎゅ。

 まったく、しかたがないなぁ。まさに、そう言う様に。…可愛いが、不安が強くなった。アスカは満面の笑顔。

 そんなアスカの表情にも、渋い顔を浮かべるエイデにも気にせずケニアスはニコニコ。


 「ほら、こっちだお!僕に着いてくるだお!」

 「はいはい」

 アスカの手を引きながらケニアスはふわふわ村の方角へ進んでいく。

 

 「あ、そうだ。言っておくけど、僕の名前はケニアスだからね!!間違っても『ロォ』って呼ぶのは禁止だお!」

 「?うん、ケニアスちゃんね。分かってるよ」

 謎の警告に首を傾げながら、アスカはニコニコ。

 最後にシアーナへと視線を向けた。


 「それじゃ、シアーナちゃんも行って来るね!ディランさんと仲良くお留守番しているんだよ!」

 なんて、空いている手を振りながら。

 ディランと一緒の言う言葉にシアーナは一瞬眉を顰めたが、何も言わない。

 アスカに向かって、シアーナは手を振る。「いってらっしゃい」と。前の“発明”の時と同じように。

 ただ、エイデだけはアスカ達の後を付いて行きながら、何度も何か言いたげに何度も此方を振り返っていた。

 本当に、本当にいいんだな!…まさにそんな言葉が聞こえる。

 そんな彼にディランが軽く手を振る。大丈夫だ、多分…と拳を作って。


 不安が残る中、3人の姿は徐々に遠くなっていく。

 残ったのは、シアーナとディラン。

 気まずい沈黙が流れる。


 少しの間、ディランはチラリとシアーナを見た。

 「あのさ、えーと…」

 「…ディラン…」

 「お、おう」

 突然名前を呼ばれてディランの肩は跳ね上がる。

 そんな彼に視線も向けないまま、続けた。


 「…ディアナとは…一回会ったきりなのですが…。その…やっぱり変わりませんか?」

 質問を一つ。ディランは少し息を呑むように驚いて、小さく頭を掻く。

 「…オレも長い間合ってないが、話を聞く限りじゃ変わって無いな」

 「…そう、ですか」

 彼の答えを聞いて、シアーナはため息を付いた。

 頭に不安がよぎる。それを振り払う様に小さく頭を振って、シアーナは胸元で手を握りしめた。


 大丈夫、今回は、今回も大丈夫、と。

 なにせケニアスが居るのだ。あの子であれば、ディアナだって受け入れる。そう言い聞かせて。

 最後に、やっぱり、まだ無理だと。

 ディランから隠れるように、深くフードを被って、木の下に蹲るのであった。



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