アスカ 前編 ディアナの農場 1
ディアナ。そう呼ばれる“女神”は“豊穣の女神”だ。
表す通り、この“異世界”全土に緑の豊かさを促している。
そんな彼女は“四季”でもある。
春の時期になると“春を運ぶ神”を呼び、夏が来れば“夏を運ぶ神”を呼ぶ、そして秋が訪れると“秋を運ぶ神”を呼んで、冬には“冬を運ぶ神”を呼び、人々に其々の四季が来たのだと知らせを入れる。
誰にでも優しくて、誰でも愛していて、誰をも嫌うことは無い。
彼女が居るから緑が豊かになる。彼女が居るから『四季』がある。
誰からも愛される、中立を掲げる、正に女神中の女神。世界のだれからも愛される、心優しい“女神様”。
つまり、何を言いたいかと言うと。
「――と、いう訳で私は、今回も行きません…」
シアーナは行かないという訳である。
「――ほう、前回ちょっと、甘やかしすぎたかな?」
勿論、エイデは許してはくれないのだけど。
引き攣った顔でエイデは彼女の頭をわしゃつき、シアーナは嫌な顔を1つ。
その2人の様子を、アスカは微笑ましそうに、ディランは呆れた様子で見守るのである。
エイデの前で、不貞腐れたシアーナがフードを深く被る。
ため息を付くエイデを見つめながら、ため息を付きたいのは此方だと不貞腐れる。
前回、彼女の留守番を許したのは、シアーナの目があまりにも切羽詰まったような決意のこもった瞳であったから、でも本当はシアーナを一人で街の外で留守番させるのは反対なのだ。子供を一人で街の外に置いてきぼりは、もうこりごりである。心から反省したのだ。
なにより、“発明”の今。
前回何故、“発明”があそこ迄躍起になって自分達を追いかけまわしてきたか、エイデには理解できてしまったから。尚更彼女を一人にはできない訳である。
――等など、そんな説明を昨夜エイデから受けのだが、シアーナには全く理解できなかった。
前回“発明”の時は、あんなに簡単に承諾してくれたのに、何故今回は許してくれないのか。
別にディアナの所に行くなと言っていない。食料調達は必須だ。ただ、シアーナがディアナの所に行く必要が無いから行きたくないだけ。
そもそも、シアーナはディアナの所に行かない方が良いのだ。その方が何の問題も起きない。危険な事も何も無いままに終わると言うのに。
前回、街の兵たちが必要以上に追いかけて来たのは、自分のせいだと気が付いている。気が付いているからこそ、今回も着いて行かない方が良いと判断したのに。
〝――エイデは我儘だ〝
これがシアーナの言い分だ。この思いを決して口にしないまま俯いている。
〝正直言うと、今回の行きたくないは、”発明“の時より小さいが、”娯楽“の時よりは大きい〝
でもどうせ、エイデに言っても分かってくれないのだ。理解してくれないのだ。と、不貞腐れている。
そんなシアーナの様子を見て、エイデは一瞬青筋を立てたかと思えば、察しがついたように頭を掻く。
なんでそんな分かったような顔が出来るのか、シアーナは更に顔を顰める。何故そんな駄々っ子を見る目をしてくるのか。
唇を噛みしめる彼女の顔をエイデがのぞき込む。まるで子供を言い聞かせるように。彼女の視線迄腰を下ろして、真剣な目で彼女を見据える。
「シアーナ。あのな、昨日も説明したが、流石にお前ひとり留守番はさせられない」
「………」
「“発明”の奴が追ってきているのも有り得る事だし、子供のお前を一人には出来ない」
「…子供じゃありませんし、“発明”はもう追ってこないと思います」
エイデは昨日の夜、明日には次の街に着くと話が上がった時にした会話を同じように、シアーナに言い聞かせる。
勿論だが、シアーナは言い返す。――昨日言い返せなかった分言い返してやる。
エイデは少しだけ眉を顰めたが、間髪入れず、続ける。
「根拠は」
「あれから5日です…。一度も私たちを追いかけてくるような人はいませんでした…」
「…それは根拠とは…」
「それに、むしろ人が居る場所に行く方が危険なのでは?…“発明”は近隣諸国に私たちの事を伝えているかもしれません…いえ、その可能性の方が高いです」
「………」
無駄に痛い所を付いてくる。言い返せない。一晩寝ずに考えて来たなコイツ。
後ろで話を聞いていたディランだって、渋い顔。
「――1ついいかな、どうして危険なのかな?」
唯一、首を傾げていたアスカだけは素直にシアーナに問いを返してきた。
俯くシアーナ。代わりにディランが口を開く。
「オレが、チビと一緒に行動しているからだよ。“発明”の野郎が他の街や村に伝達している可能性があるって事」
「…それが分からないの。それが何か問題でもあるの?」
「そ、それはだな…え、と」
アスカの続けざまの問いにディランは口籠る。何せアスカにはシアーナの正体は話していない。
だから言えない「“海”が“死”と行動を共にしているのがバレた可能性がある」なんて。
エイデも同じように口を閉ざしていたが、「あー」と声を漏らす。
「…こいつは“化け物”…なんだろ?だからさ、ほら、人に…嫌われていても可笑しくは無いんじゃ…ないか?近づくのが、嫌と思う程に、な」
シアーナが一番隠したい事を差し替えて、エイデは言った。憶測だと言わんばかりの口調で。
それでも、アスカの顔が険しくなっていった。
「それ、つまり…彼女は――」
アスカも察しがついたらしい、一度言い淀み、何かに気が付く。
「…もしかしてだけど、あの銃は――。それに町の人たちが執拗以上に追いかけて来たのって、そう言うこと…?アレは私たちのせいだと今まで思っていたけど…」
その問いに、エイデもディランも、何も言わなかった。言えなかった。ソレは彼らなりの気遣いだと言う事はシアーナも理解した。自分が言わないのであれば、隠し続けるのであれば、2人は言わない。
だから、シアーナは俯く。
もう、これ以上隠しては置けないと。服の裾をきつく握りしめて。
「こくり」と僅かに頷いた。何も言わずに、肯定した。
これ以上隠し続けるのは無理だと判断したうえで、完全に正体がバレるよりは良いと彼女なりの決断。
――自分と言う化け物は、命を狙われるほどに人間に忌み嫌われているのだと。
シアーナの隠し切れない秘密をアスカに晒したのだ。
酷い静寂が流れる。
シアーナは自身の胸に手を当てる。今までに無い程に心臓の音が激しかった。
アスカには“化け物”とは伝えてあるのに。「自分が狙われている」「人間に忌嫌われている化け物だ」その事実が明確になっただけなのに、手汗が酷い。頭が真っ白だ。最初から、いつバレても良いと覚悟していたはずなのに。
きっと、アスカは自分を拒絶する。するに決まっている。だって、そんな命を狙われている化け物など、恐ろしいし、旅の邪魔でしかない。だから拒絶される。
――心から思う。アスカに拒絶される前に。願う。
「雨が降って、しまえばいい、誰も追ってこられない大雨、そしたら、逃げられるのに」――と。
――ぽつ、ぽつ、ぽつぽつ、雫が落ちてくる。
顔を上げれば、空には灰色の厚い雲が何処までも広がっていた。――嗚呼、またか…。
エイデの視線がシアーナに向けられた。彼女はただ無言だった。エイデの視線なんて気が付いていない。ただ、どうやって逃げるべきか。ずっと考えていた。雨が降り注ぐ――。
雨の中、どれほど経ったか。シアーナが一歩後ろに下がった時、アスカは口を開く。
「そんな――」
「言っておくが、“発明”を怒らせたのはオレ達だ。チビ一人のせいじゃない。アスカの言う通りだ、アレは俺達のせいでもあった」
アスカの言葉を遮るように、ディランがぴしゃりと言い放つ。
勘違いするな、思い上がるな、そうシアーナに向けて言う様に。擁護するように。それでもシアーナは俯いたまま。また一歩後ろに下がる。
「分かった!」
雨の音さえも掻き消す様な、大きな響き渡るアスカの声が一つ。
シアーナの肩が大きく跳ね上がった。足が石の様に動かなくなった。俯いて、目をきつく閉じる。血が滲むのではないかと思えるほどに手をきつく握りしめる。
――そんな青白い手を、暖かい白い手が握りしめた。
「だったら仕方が無い!今回こそ、私がシアーナちゃんと此処に残るよ!」
力強い言葉。
きつく握りしめられる手から、変わらないぬくもりを感じる。
「そんな…。――僅かでも嫌な思いするのであれば行かなくて結構です!」
「――」
振り払われると危惧ばかりしていたのに、自分を握る手はとてもきつくて離してくれそうな気が無い。
「そんな村、エイデさんとディランが行けばいいわ!私は此処に残ります!貴女を一人にする方が無理よ!」
迷いもなく。当然に。どこか怒りが籠った口調で。まだ、こんな身を案じてくれるなんて。
――でも、アスカなら、彼女は優しいから、そんな言葉を掛けてくれると心の中で望んでいたし、分かっていた。
顔が、上げられない。
顔を上げた時、僅かにでも自分を恐れて蔑む様な視線が混ざっていたら…?
それが、怖くて、顔が上げられない。
「そんな場所の近くに貴女を一人残していけない!エイデさんが正しい!でも、シアーナちゃんの意思を尊重もします!だから、これが最善!」
アスカの声がする。力強い声。嘘は、きっと混ざっていない。
ああ、でも、やっぱり。シアーナはきつく目を閉じる。
「ああ、もう!こっちを向きなさい!」
「――っ!」
次の瞬間、手の温もりが頬へと移った。
ぐいっと、持ち上げられる。
おもわずと、目を開けた。
アスカが映る。自分を真っすぐに射貫くように、見つめる彼女の瞳が、真剣な表情の彼女が映った。
変わらないオレンジ色の瞳には、微塵の恐れも無く、軽蔑の色も無く。
ただ、ただ、心から此方を憂い、慈しむ、何処までも真剣な眼差しだった。
その瞳を見つめながら、シアーナはおずおずと口を開く。
「……それは、アスカさんは、私が側にいても良いと…?」
「当然でしょ!私と一緒にいてよ!」
消えそうな声で問いかければ、アスカは少しの間もなく答えきった。
きらきらと、輝かしい笑顔で。その笑顔がいつ以上に眩しい。
頬が、とても暖かい。――彼女の言葉が、ああ、そう、嬉しい。
「…あり…がとうござます…」
シアーナは心から安堵を感じた。今にも崩れ落ちそうな足に力を籠める。口元が僅かに緩まるのが分かる。目元が熱いのは何故だろう。
アスカはシアーナの言葉に心から嬉しそうな顔を浮かべる。
まだ、彼女はシアーナの本当の正体を知らない。だからそんな事を言ってくれるのかもしれない。その笑顔を浮かべてくれるのかもしれない。
でも人間から命を狙われるほどに嫌われる化け物と知って尚、側にいて欲しいと言ってくれるアスカ。
シアーナはアスカの手を僅かに握り返す。
彼女の厚意は、きっと受け取るべきだ。受けとりたい。何故だろう、何故かそう思う。
「大丈夫!私が側に居るから!」
アスカは側にいてくれる。こんな自分の。
だからそんな、彼女に。シアーナは。
だからこそ、シアーナは
「わか――あ、では、ダメです…アスカさんは村に行ってください…全然最善じゃないです…」
「――え、…ええええ!!!」
だから、誘いを断った。
――え、断った。凄く当たり前にバッサリと。
今の流れで断るのか、そのタイミングで。
勿論アスカは声を振り上げたし、見守っていたエイデもディランも正に肩透かし。思わず膝から崩れ落ちそうな衝撃。
…今のは、完全に頷く流れであっただろう…。
シアーナは頬からアスカの手を外して、ニコリ。
「えいでしゃん!!わたし、なにかまちがえたかなぁ!!」
誰よりも先に我に返った、というべきか、アスカがエイデに泣きついたのは、それから2分程経ってからの事。今回は嘘泣きじゃなくて、結構ガチな涙を流して。アスカが本気で泣いたのは、この瞬間初めてである。
いつもは18の少女と言う事で、極力色々気を使っていたエイデ。ただ、これには流石に不憫に思ったのか、アスカの頭をなでなで。ディランも苦い顔で頬を掻いているし、当の本人だけは、何故かアスカの様子を見て首を傾げた後、嬉しそうに頬に手を置きながら微笑んでいる。
シアーナにとって、先程のアスカの行動は本当に全てが嬉しかった。
まだ、頬も手も暖かい。――ああ、アスカは暖かい人なのだと、心の何処かで確信した。
それなら、シアーナの取るべき行動はやはり1つ。
そもそも、彼女の目的は前回と何ら変わっていないのだ。
「アスカにこの世界を楽しんでもらいたい。元の世界に帰るなんて考えが無くなるぐらい楽しんでもらいたい」
アスカがまだ側にいても良いと言ってくれたなら、それに出来るだけ答えなくてはいけない。その思いが更にちょっと強くなった。だから、アスカが村に行かずに自分と留守番なんて論外だ。アスカにはこの村で名一杯楽しんでほしい。
それが、シアーナがアスカに送れる精一杯の我儘なのだから。――そう、彼女は微笑む。
「…むしろ、エイデさんが残ってください…」
だから、次にシアーナは自分の中で一番の最善を口にする。
「私を一人で留守番させるのが嫌なら、エイデさんが一緒に残ってくれればとおもいます…」
心から名案だと言わんばかりの一言。
ディランは、今はまだ論外である。自分からは名指しはしない。ディランは僅かにしょぼくれた顔をした後、呆れ果てた顔をした。どうやら、彼は少なからず気が付いてしまったようだ。
そしてエイデ。もう、彼、大変なのだが。
アスカは泣きじゃくっているし、シアーナは期待の眼差し。ここは誰にどうフォローを入れて、どの選択が正しいのか。我が子の時でもここ迄大変じゃなかった。
旅を続けて2週間程。エイデが居なかったらこの2人はどうなっていたか、想像するだけで不安になる。
というか、シアーナ。アスカに懐いている様に見えて、時折とんでもない塩対応をむける。懐いているように見えて、あんまり懐いていないと言う事なのか。
シアーナの本心など知る由も無いエイデは苦虫を噛み潰した顔をするしかない。
「………それは、その…、ディランとアスカ二人きりで村に行かせても良いって事だな…?」
「え…?」「は…?」
必死に考えた末、エイデの出した決断はディランを出汁に使うことであった。ディランには悪いが、シアーナがこの場合なんと言うか、察しがついているから。
思いがけない言葉にシアーナの顔はみるみるうちに険しい物に変わっていく。
「…それは駄目ですね」
「ええ…!」
「ディランは前回の街で危険を冒しています…ちょっと…危険です…」
分かっていたけど、身も蓋も無い。それも正論もしっかり混ざっているのだから、これは言い返せない。
わるい、ディラン。胸を押さえる彼に謝罪しながら、エイデはシアーナに向き合った。
「だったら選べ、みんな一緒に行くか、誰かと2人で此処に残るかだ」
「……」
シアーナは何も言わない。
エイデは仕方が無いと言わんばかりにため息を付く。
「じゃ、こうしてやる。俺かディランのどちらかが村にいく。これなら問題ないだろ?」
「………」
これはエイデなりに考えた結果だ。
これ以上シアーナが何を言おうとエイデの上げた選択は変わらない。彼からすればシアーナが一人で此処に残る選択だけは阻止したい。ただ少女2人きりも流石に心配なので。だから、此処はエイデかディランが一人で村に行く。このどちらかを選んで欲しい所。
アスカは。彼女に対してのフォローは少しずつ考えよう。取り敢えず後で少し話をしなくては。――これがエイデの考え。
反対にシアーナは違う。彼女からすれば全部論外である。
アスカには村に行って欲しい。ディランとは二人きりでいたくない。だからと言ってアスカを一人にさせるのは危険でしかない。村に行きたくないのはシアーナ一人だというのに、それだけは許さないと言う。
――やっぱりエイデは我儘だ。
「………留守番…してます…ディランとで…」
長考の末、シアーナが答えを出す。正に渋々と言った様子で。
この選択肢では、コレしかないではないかと、心から苦言を零しながら。
ただ、シアーナの選択を聞いて一番驚いた様子を見せていたのはエイデ本人であった。
「…なにか、問題でも」
「いや、ちょっと驚いただけだ…」
エイデは僅かな間の後、何か思案するように目を閉じる。これは、どうとらえるべきか、悩んでいるのである。
アスカを一人で行動させることは選ばない事は分かっていたが、ディランと2人きりを選ぶとも思っていなかった。正直、今回はエイデが一人で村に行くことになるであろうと、確信していたのに。
まさか、予想外の答えが返ってくるとは。
シアーナはアスカにそれほどまでに村に行って欲しい理由でもあるのか?
少なくとも、前回の一件で、ディランに対して僅かにでも警戒心を解いてくれた…と、前向きにとらえておくべきか。なぜそんなにアスカに村に行って欲しいのか、問いただしてみるべきか…。あともう一歩。でも、このあと一歩が難しい。
「…ひとつ、聞くが、どうしてだ…?ディランと一緒に居たくなかったんだろ?」
とりあえず、理由だけは聞いておく。
シアーナは僅かに顔を顰め、渋々と口を開く。
「ディランといたくないのは私の我儘でしか無いからです…」
「…」
「…ディアナは、私は嫌いですが、旅人には優しく楽しい場所と聞きます…。それにどう考えても私達が一緒にいない方が良いでしょう…」
シアーナはディランをチラリ。
その視線を受け、項垂れていたディランも納得したように「ああ」とこぼした。
「確かにな。よくよく考えたら、“発明”が情報を流しているなら、オレは近づかない方が良いかもな。何せオレの側にいるだけで…“仲間”だと思われる可能性がある…」
「あー…そうだな、それは確かに…」
エイデも事実に気が付き頭を掻いた。
簡単な事だ。最初の問題に当たるだけ。
「“海”と“死”が一緒に行動している」この事実が流れている可能性を考慮すれば、“海”の側にいる事自体が危険なのだ。
「でも、一つだけ言っておくぞチビ助。…多分だが、“発明”の情報は誰も信じないぞ?」
此処で、ディランが一応と言わんばかりに口を開く。
「それは何故…?」
「…お前の姿、見られてないだろ?オレが、お前と一緒にいる所」
「…」
「あいつはオレとお前の事は近隣に流すだろうよ。でもあいつはプライドが高い。本を人間に盗まれた失態なんか人には言えない。だから、“海”が…“化け物”と行動を一緒にしている根拠が言えないんだよ」
ディランの言葉にシアーナは理解できずに首を傾げる。シアーナは“発明”の傲慢さは余り理解できていないから。
『人間たちに昔“死”から盗んだ本を盗み返されました。だから、ディランはタナトスに加担しています。これが根拠です』――なんてプライドが高い“発明”は、その失態が言い出せない。
むしろ、話を聞いていたエイデと泣いているアスカの方が「確かに」と納得したぐらいであった。
なんにせよ、とディランは小さく笑う。
「ま、確かにオレは留守番しておいた方が良いな。…賢明な、判断だな」
笑って、シアーナを褒める。それはまるで初めて会った姪っ子を褒めるような、無理をした賛美。シアーナは僅かに眉を顰めたまま、数秒、小さく頭を下げた。
その様子にエイデは唸る。此処は確かにソレで行くしかなさそうだ。決定だ。みたいな、そんな雰囲気を出しやがって。アスカのフォローはどうすればいいんだと。悩む。
「ううう…分かったよシアーナちゃん…エイデさんと一緒に行きます…」
エイデが決めかねていると、アスカが立ち上がって頷く。どうやらエイデより先に、自分が折れるしかないと判断した様であった。エイデは心からアスカに謝罪を一つ。力になれなかった、と。ただ、ディランとシアーナの距離を縮ませる事が出来たので素直に喜ばしく、やはり何も言えない。
反対にシアーナはディランから目を逸らすと、アスカに視線を向けた。彼女の捧げるのは心から善意のみの頬笑みだ。
「はい…楽しんできてくださいね…」
「この状況で楽しめなんて…鬼畜だよ、シアーナちゃん…。ディランの気持ち、分かったよ」
「え、なぜ?…ディランの気持ちが分かるなんてすごいですね。…分からなくていいと思います」
「すごいね、辛辣が絶好調だね…」
シアーナの悪意無き言葉に心を砕かれながら、アスカは涙をぬぐう。そこで「うん」と一言。
「じゃあ、今回は、私とエイデさんの二人で村に行ってきます…!もうこうなったら、やけ食いしちゃうんだから!」
「…ソレは良いですね…いっぱい食べてきてください…」
ここでもシアーナは賛同するのだから、アスカはしょんぼりするしかない。
エイデはコホンと咳払い。
「…シアーナ…今の自分の言動を考えて、後で謝っておきなさい…」
「え…?」
送られた言葉に、シアーナは首を傾げるのであった。
さてと、と。エイデは声を漏らす。
なんにせよ、話は決まった訳だ。一時、心配したが、シアーナが逃げると言う、恐れていたことは起きなかった。それを良しとしよう。
と、なれば、次の問題である。
エイデは改めてシアーナを見た。
「じゃ、シアーナ…気持ちも落ち着いたようだし、雨、やませてくれるか?」
――と。先ほどから激しく降り注ぐ空を指示して引き攣った表情を一つ。
シアーナは大きく目を見開いて「え」と声を漏らした。
「まったく…。その能力に関しては何も追及はしてやらない。でもな、そろそろ止んでくれないと村にも行けないんだが?」
「え!?この雨、シアーナちゃんが降らしていたの!凄い!」
「あ、あの…」
エイデに乗ってアスカも目を輝かせる。
「木の下で良かったものの、これは流石に歩いていけないぞ?はら早く、雨を――」
「まってください…。私に雨を降らせる力はありません…」
エイデの言葉を遮るようにシアーナがぴしゃり。
何をいまさら、とエイデは苦笑を讃えながら彼女の顔をのぞき込む。
シアーナの顔は真剣であった。本当の本気で、自分にはそんな力などない。そう言っている様に。
エイデは息を呑む。これは、カルトの町に着く前にも起こった事。それからずっとシアーナには雨を降らせる力があるのだろうと推測していた。でも、この様子からシアーナの言っていることは紛れも無い事実であろう。
で、あるなら、この雨は、今偶然と?いや、そんな訳ない。そんな偶然当たり前の様に続くわけがない。だったら、この雨は一体だれが…?
「――たく…」
見かねたディランが手を翳す。空に、いや、今自分達を雨から防いでくれている大木の上に。
掌に海水が溜まる。そのままズドン…打ち上げる。
「みぎゃ!!!」
何かにぶつかる音と共に聞こえたのは小さな子供の声。
木の上から真っ逆さまに、何かが落ちて来た。
水色の神々しいナニカが。それが少女だと言うのにはすぐ気が付いた。
そして、人でないことも直ぐに気が付いた。
地面に叩きつけられた鮮やかに光り輝く少女は頭を押さえながらディランを睨む。
「ディランのバカ!!最低だお!!」
そして、“彼女”は語尾におかしな言葉を添えながら、小さく吠えるのだ。




