アスカ 前編 発明の街 10
ぱちぱち、ぱちぱち。焚火の前。
こうして焚火を囲むようになって、今日で何日目だろうか。
『発明の街』から出発して、3日目の夜。
今日も今日とて、『ソレイユの国』を目指す4人は焚火を囲む。
次の行く先は“豊穣”ディアナが収める村。後数日もあれば辿り着くであろう。
ちなみにだが、今日の夕食は『卵焼き』
黄色い卵をくるくる巻いた、ふわふわのアレである。協力者作。
スープには味噌なるものから作り。ついでに焼き魚もプラスした。異世界風夕食である。妖精さん命名。
「うん、おいしい!おいしいね!シアーナちゃん!」
「…はい、協力者さんも喜んでいます。卵焼き作れて、楽しかったそうです」
にこにこ笑顔で頬張るアスカと、卵焼きが初めてにしては上手く作れたと喜ぶ妖精さんの代弁をする微笑むシアーナ。
その側で、エイデはずっと眉を顰めている。
にしても、今日の晩御飯も美味しい。
卵はふわふわ。砂糖と塩の甘じょっぱさもちょうどいい。
「卵焼きかぁ、うん!目玉焼きより好きかも!お砂糖がね、最高だよ!甘いって素晴らしいね!」
「お塩は少なく、お砂糖を多めにしたそうです」
シアーナは妖精さんの代わりに小さくえへん。
側にいるディランも味噌スープをすする。
「へえ、美味いんだな。みそ…?……………ど、泥を入れるのかって本気で心配したが…」
「アレは大豆…らしきものですから。ククウィック族お手製お味噌です。出汁は小魚の干物を使ったと協力者さんが言っています」
シアーナは小さくえへん、えへんと妖精さんの代わりに嬉しそうに笑う。
にこにこ笑いながら、焼き魚をパクリ。
丁度良い焼き加減だ。此方はエイデが焼いていたものだが、これなら骨まで食べられるだろう。
「…エイデさんの焼き魚も美味しいです…内臓は…苦くってとって欲しかったですが…」
「あ、こらシアーナちゃん!お魚は全部食べられるんだからね!」
パクパク食べるアスカに、シアーナはこっそりと内臓を取り除く。苦いから。虫…食べているし。
ディランは気づいていたが、見て見ぬふりをしてくれた。
うん、今日のご飯も最高である。
「………」
その様子を見ることなく、エイデだけは険しい顔で味噌汁を見ているのだが。
「どうしたエイデ?」
焼き魚を頬張るディランが問いかける。
エイデは少しの間、シアーナを見た。
「…1つ、いいか?カルトの所からずっと気になっていたんだが」
「はい?」
突然の名指しにシアーナは顔を上げた。
あ、もしかして料理に何か不備があったのだろうか。
卵焼きの味付け甘すぎただろうか、なんて不安に思い、僅かに眉を顰めた。
「お前さ」
「はい」
「…この味噌と良い、醤油と良い、何処から出してる…?」
だが、送られたのは唐突の質問。
シアーナは首を傾げた。
どこ?何処からと言っても…。
「…ここからです…」
と、シアーナ。
彼女は手を何処とも言えない空間に押し込む。
普通であるなら、彼女の手はただ其処にある。持ち上げているから、宙に浮いていて、そこにある筈だ。
しかしだった。
シアーナの手は、彼女の肘から先は突然に空中で消えてしまったのである。
数秒後、咳込んだのは誰か?
「し、し、シアーナちゃん!?」
驚くアスカ。慌ててシアーナの側へ。
そして「アレ」と気づく。
――違う。消えたのではない。
何処からともなく宙に切れ目が入り、その切れ目にシアーナは手を押し込んでいるのだ、と。
シアーナは平然と「ソコ」から手を抜いた。
彼女の手には醤油瓶が一つ。
ああ、やっぱり、ずっと触れないでいたけど、錯覚かとか思っていたけど、見間違いじゃないんだ。とエイデは思った。
「…ここからです」
「お前はその説明だけで良いと思っているんだな?」
あまりに当たり前に言ってのけるシアーナ。
エイデが頭を抱えるように見るモノだから、少しだけ驚いた。
何か、変な事、したかな…?
先に言っておく、シアーナはこの力は別に隠す様なモノでないのである。
というか、ちょくちょく当たり前に見せていたし、誰も指摘してくれなかったから、普通に使っていたのだが。むしろ「いまさら?」
しかしエイデは別だ。
彼はわざと黙っていただけだし、触れてはいけないのかと見て見ぬふりをしていただけだ。
そしてアスカは気が付いていなかった。
だって、シアーナ。その力、料理を作る時しか使っていないのだもの。エイデの前でしか使っていないもの。アスカに見せた時はカルトの町での一件、あの時だけである。その時は気にしていなかった。
せっかくだから、此処で書こう。
――何それ、どうやっているの?…と。
「そのさっぱり分かってない顔、なるほど、お前の中では当然なわけか…いや、気を使った俺が馬鹿みたいだ。その能力だけは隠す気ないんだな!」
「え…?か、かくす…?は、はい…別に隠す気はありません…だって、ディランだって使えます」
「………オレはソレ苦手だから使ってないぞ?つーか、それが得意なの、無駄に手先が器用な奴らだけだから。“遊戯”と“金”だけだからな?」
「え?でもアクスレオスは普通に使っていますよね?彼の診療所は完全に同じ能力ですよ?」
唐突に話を振られたディランは呆れたように口にした。
後半に出た名は“神様”の者だろうか?
いや、それよりも最後の一言はディランも初耳であるようでかなり驚いているのだが。
いいや、それよりも、この“能力”。“神様”なら誰でも使えると言う事か。嫌、不向きな奴らの方が多いみたいだが、違う!
エイデは考えを振り払った。
「なんだそれ、どうなってる?魔法か?」
この世界に魔法が無いと知っていても思わずエイデは問いただしてしまった。
シアーナは首を傾げる。
「…異次元への道を開いてます…この穴の先は全くの異次元。別空間。私のとっておきの倉庫です」
「は?なんて?」
自信満々に言わないで欲しい。
いや、今の説明を聞いたディランも何故か首を傾げている。お前も使えるんだろ。
何時ものように、きりっとしたアスカが口を開いた。
「…えっと、異世界ってことかな?私からしたら此処は異世界だからややこしいんだけど…」
「違います…別空間です…。同じ世界に存在しているけど決して交わらない空間です。異世界とは違いますよ…?」
うん、分からないとアスカが首を傾げる。
エイデも同じだ。着いて行けない。
なぜかディランもだ。首を傾げている。
「まて、オレは、“神”達はそんな事は出来ない。精々、自分の家にしまっていた物を引っ張り出すぐらい…あれだ、あれ、瞬間移動だ」
「え?ディラン何を言っているのですか?そんなの無理ですよ。どうやって瞬間移動させているんです?」
まさか、質問で質問を返されるとは思いもしていなかった。しかもそんな当たり前に。
ディランは眉を顰める。
シアーナは漸く周りの様子に気が付いたようだ。ううんと小さく唸る。
「…もしかして、ですけど。ディランは瞬間移動の力って思っていましたか?」
「違うのか?」
「違います…。そんな都合の良い…魔法ですか?」
そんなハッキリと…。
いや、それ以前にエイデとアスカはすっかり置いてきぼりなのだが。
シアーナはそんな二人の様子にも気が付いた。
少しだけ悩む。説明すべきか、説明しても良い物か。なんて考えたが、それも一瞬。
これぐらいなら良いかと、ディランを見た。
「…ディラン、苦手でも、少しは使えるでしょう…?使って見せてください…」
「あ、ああ…」
シアーナに言われ、ディランは難しい顔のまま、手を伸ばした。
刹那、ディランの腕が消えた。
勿論だが、エイデとアスカは息を呑んで驚いた。
シアーナの時とは違う。ディランの腕はすっぽり消えたのだ。『切れ目』が無い。
ただ、ディランは平然としているが、嫌。直ぐに険しい顔になった。
「…無理だった…オレの小屋のつもりだったのに…こりゃ、海の中だな…」
ああ、また刹那。ディランが腕を引っこ抜く。
消えていたディランの腕は嘘のように元に戻り、そこで漸くその穴が露わになった。
ディランの腕一本分の大きさの穴。その穴から、突然と、止めどなく、水が溢れて来たのである。
幸いにも穴は直ぐに塞がってしまったが。
その様子はさながら、水槽に穴をあけたような、海から水を移動させてきたみたいだ。
愕然とするアスカとエイデを差し置いて、シアーナだけは「なるほど」と小さく頷いた。
「知りませんでした…。若干私と違いますね…確かに瞬間移動に見えなくも無いです…」
「だから、違うのか?」
「全然…」
シアーナは首を振る。
首を振って、アスカとエイデも見つめて、ううんと眉を顰めさせた。
「…いまの、お二人にはどう見えました?」
「どうって…」
――言われても。
アスカとエイデからしたら、先の通り。
ディランの腕が突然消えて、突然水が流れ出した、としか言い表せない。
シアーナはディランに視線を移す。
「…ディランは、今のはあれですか…?お前の隠れ家に手を伸ばしたつもりが、海中に繋がってしまったって事で良いですか?」
「ああ」と頷くディラン。
「なるほど」とシアーナが頷き。
「やっぱり、瞬間移動では無いですね。異次元が『此方』と『其方』を無理矢理つなげているんですよ。それ」
至極当たり前のように、理解出来そうも無い説明を紡いだ。
勿論だが、残りの三人は頭に?を浮かべる。
その様子を見て、シアーナは少し考えてから。一分ほどか、「そうですね」、と口を開いた。
「…今のディランの行為は確かに簡単に言ってしまえばA地点からB地点に海水を移動させました。」
「…それは瞬間移動じゃないのか?」
質問するのはエイデ。
しかし、シアーナは小さく首を横に振る。
「…違います。もっと正確に言えば、このAとBの間には『Xなる空間』が繋ぎとして存在しているのです」
「X?」
首を傾げるディラン。シアーナは頷く。
「…Xはその名の通り、“繋ぎ”です。AからBの中心にあって、この2つの地点の本来ある筈の距離を省略して繋げる事が出来る世界、とでも言いましょうか?時間も距離感もあまりにあべこべな世界になっています」
――例えば、とここで一息を付く。簡単に。
「A地点からB地点までの本来の距離を2キロだとしても、このXを挟むと、2キロがほんの30㎝になるんです。知らない人からすれば手を伸ばせば届く距離までに短くなる…と表せるかもしれませんね」
だから、と。
「いまのディランの行為は『A地点からB地点まで空間Xを通して海水を移動させてきた』が正しいのです」
さらに、とシアーナは微笑む。
「私は『その空間Xにモノをしまい込むことが出来る』という事です」
分かりましたか?とあまりに当たり前に。
静寂が辺りを包む。――分かりにくかっただろうか。
シアーナからすれば、昔に聞いた説明をそのまま口にしただけだけど。
最初に口を開いたのはエイデだ。
「…つまりその『空間X』とやらが別次元って事で、お前や“神様”は其処を移動できると?人間は入れるのか?」
「え?…私は隠れたい時使います。移動にも使います…でも…他人が入るのはどうでしょう。ディランの開けた穴から見えた別空間、凄く狭かったですし…あれは入れないのでは?」
シアーナは少し考える。考えて「人間の移動は無理なのでは?」と首を傾げた。
ディランもだ。首を横に振る。
「オレは腕一本で限界だ、今初めて知ったし、無理だろ…人は入れねぇよ」
「そもそも普通の人間が入ったら身体が破裂しますよ…?あ、例外はアクスレオスだけじゃないですか?」
――物騒だな。
「…えー、1ついいか?」
渋い顔のエイデが問いを掛ける。「はい」とシアーナ。
「それ、その別空間のはなし?俺の世界では聞いたこと無いが…」
「え、それはおかしいです…常識で、普通です…」
――え、普通なのか?いや、コホン。
「それ、その空間、誰かが作った物なのか?何時からあった?」
「だから最初から。私が気づいた時にはありました」
エイデの言葉にシアーナは当たり前に言い切る。
コレは、困った。エイデは頭を掻く。
どうやら、その仕組みはこの世界では当然らしい。
この世界では当たり前の理であるから、シアーナは、何の疑問も持たずに隠すことなく話してくれたようだ。“神”であるなら、この異次元を通り抜けて、瞬間移動にも近い形で、遠くのものを持って来られると。それは当たり前で、ディランだって使える。
だからこそ、隠す必要が無いと判断された。
だって、彼女の中ではソレは本当に当然の事だから。“化け物”の彼女だって使えても可笑しくはない。いや、今の様子からシアーナはそんな言い訳も考えていなかっただろう。当然だから、当然の事実を教えてくれたに違いない。
それでも、出会ったころに比べれば、自分の話などする気も無い様子を出していた彼女と比べれば、少しは信頼して、話してくれたのかもしれないが。
――でも、シアーナは気が付いているのだろうか。
ディランだって知らない事実を、彼女だけが、さも当然に説明できた事。ディランと比べたら、彼女の能力は幾つも上回っている事を。
それにエイデ達は入れないらしいが、時間も距離もあべこべな世界なら、シアーナがこうして旅している意味は無いのでは?そのまま『ソレイユの国』に行けるのでは?それでエルシューを呼べばいい。指摘しない方が良いのだろうか。
シアーナは自分の墓穴に気が付いていない。それなら旅の目的である彼女は?
エイデは思わずチラリとアスカを見たが、アスカはきりっと、話に着いて行くのに必死で気が付いていないらしい。取り敢えず、言わない事にしておくが――。
ここまで来れば、その異次元の扉と言う奴、見たくなるものである。
エイデは溜息を一つ。
「ま、分かったよ。理屈は良く分からないが、シアーナは別空間にモノを閉まって置けると」
「はい」
ここで、エイデはニヤリ。
どんっと音が似あう程、彼がシアーナに差し出したのは、大きな荷物。
エイデがいつも担いでいる。旅の必需品が沢山つまったリュックである。
作者が、あ、旅すんのに鞄小さいのはおかしいわ、どうしよ…等今更ながらに考えた結果付け足した後付けではない、決して。最初から持っていた存在感のないリュックである。
そんなリュックにエイデは軽く手をのせてシアーナを見る。
「じゃあ、今度からは食料の半分、そこに入れてもらおうかな?」
ちょっと、意地悪が入っていたのは気のせいではない。
このリュックには色々入っている。それは今この場にいる全員が知っている。
4人分の食料だけじゃない。フライパンや鍋だって入ってるし、毛布とかだって入っているのだ。
結構重たいのだ。エイデは人知れず苦労していたのだ。
それが、シアーナ。
そんな便利なものを所持しているなんて、ズルいではないか。
「エイデさん!それは、それは駄目だよ私が半分持つよ!!」
「アスカ、シアーナが協力すればコレからは米も食えるぞ」
「シアーナちゃん!頑張ろう!!」
アスカは秒だった。
米は重すぎると、エイデが決して調達してこなかった一品である。
此処で流石にとディランが止めに入る。そんな、それは頼って良い物なのか?と。
「あ、はい。別に構いません…」
――良かったらしい。
ディランの気遣いなんて無駄でしかないと思えるほど、シアーナはすんなり受け入れた。
シアーナからすれば、別次元に収納するだけで、どこからでも取り出せるのだ。別に何てことないだけなのだが。
シアーナは荷物に手を伸ばす。
紐を引っ張って、うんしょ、うんしょ、と。ずるずる…。
当たり前に今度は大きな別次元の扉を開く。
そのまま、まるで雪だるまを作る様に、よいしょ、よいしょ、転がす。あ、つまった。動けない。
――いろいろツッコミどころ満載なのだが…。
この隙に、ちょっとだけ別次元とやらの中を覗いてみたが、中は真っ暗だ。何も見えない。収穫はなかった。
其れよりも…。
エイデは段々眉を顰めていった。
なんというか、此処まで簡単に乗ってくれるというか、此処まで見せてくれるとは…。そして全く気が付いていないとは、良心が痛む。
「全部じゃなくていいぞ、シアーナ。かさばるものだけでいいから。そうだな…フライパンと鍋だけで良い…」
リュックをぐいぐい押すシアーナを止める。
エイデは軽々と荷物を持ち上げると、再び自分の手元に戻した。
これに疑問を上げたのはシアーナだが。
「え?でも、ニンジンやジャガイモも重いでしょ?別にいいですよ…?」
「…体を鍛えるにはちょうどいいからな、旅なんてそんなものだ。苦労して丁度だよ…」
嘘は言っていない。嘘は。
エイデの言葉に「はっ」と気が付いたアスカが近づいて来たのはその時。
「や、やっぱり、私も明日から半分持つよ!」
「はいはい、ありがとな、アスカ。でもリュックが無いから次の街で買おうな」
「うん!!」
「――??」
結局は、一番気になる肝心な事は確認できなかったが、シアーナが自身の力の秘密を少しでも話してくれた。これだけで十分だと思う事にして、エイデは小さく息を付いた。




