アスカ 前編 発明の街 9
「お前!!発狂物だぞアレ!!」
「…すいません。やり過ぎました…」
「凄いけどな!トラウマをこっちにも植え付けないでくれ!!」
「…すいません…怖いです…エイデさん…」
林の開けた一か所で。エイデが本当に珍しく、本気で怒っている。
いや、彼が本気で怒っているところなんて、1週間旅して初めてであるけど。
小さく縮こまり、丸くなって謝罪を続けるシアーナに、アスカとディランは苦笑を浮かべるしか出来ずにいた。
説明をすれば、あのひと騒動の直後の事。
なににせよ、街に行った3人はシアーナの無事を確認してほっとした。
良かったと、息をついて、笑みを浮かべて彼女に近づいたのだが、何故かシアーナは茂みの中に閉じこもってしまった。凄く器用に。ハムスターみたいに。
何があったのかと聞いたが、黙っている。
どうかしたのかと聞いたが、黙っている。
本を取り返したと報告したが、黙っている。
流石にこの場に留まり続ける訳にもいかず、仕方が無いので、エイデがこの引きこもりを無理矢理解決。
何時ものように持ち上げて。
少し離れた場所で、取り敢えず話を聞こうとしたのだが。
この時、珍しくエイデに持ち上げられてもシアーナは嫌な顔一つしなかった。
そして、ポツリ。本当に申し訳なさそうに、ポツリ。
「さっきの…怖かったですか…?」
――と、まあ。
何と言うか。面倒なので簡単にばらしてしまおう。
先程のあまりに恐ろしい光景、シアーナの幻惑だったのである。
そして、目の当たりにし、複雑な感情を乗り越えたエイデが怒っている、こういう訳だ。
エイデの機転のおかげで、アスカはあの現状を見ていないが、エイデで中々のトラウマものだったのだ。我を忘れて怒ってしまうぐらい。だから先ほどからずっとこの調子だ。彼此5分ぐらい。
シアーナもシアーナで、普段結局は何にかと優しいエイデがここ迄怒るのだから、縮こまって震えているだけ。
「幻惑って、お前、なんでそんなことしたんだよ!」
「…アスカさん達が居るのが分かって…でも、なんか、兵隊さんも沢山いましたし、コレは危険だな…助けなくてわって…こ、これぐらいなら、出来るかな…って…私の力…なんです…」
「なんで、俺達も巻き込んだ!?」
「…は…半径5メートルにいる人は巻き込んでしまうんです…どうしようもなくて…(ぐす)…」
「そもそも幻惑だとして、お前、なんだ?アレ、お前が考えて見せたのか?平気か?いつもあんなこと考えているのか!精神的に不安定だとは心配していたが…大丈夫なのか!?辛い事あるなら言えよ!?」
「…私が…考えて…みせました…ごめんなさい…(ぐすぐす)」
「知らないおじさんに声とか掛けられなかったか!?平気だったか!?」
「ずっと、隠れていたから…(ぐす)…み、見つかったけど、旅の途中で、パパが近くにいるって…嘘つきました…(ぐすぐす)」
ただ、エイデ。怒るに怒っているのだが、所々にシアーナに対して気にかけている言葉まで送るのだから、アスカやディランも止めづらい。
もう少ししたらエイデの怒りも落ち着く事だろう。
そうなれば、エイデの方から「怒り過ぎた悪い」だとか「おかげで助かった」とか、そんな言葉に変わるに違いない。だから、こうして苦笑を浮かべながら見守っているのである。
ただ、エイデがここ迄怒るなんて…と、見ていないアスカが驚くのも仕方が無い。
「――わたし、エイデさんに頭押さえつけられて見えていなかったんだけど。シアーナちゃんの幻惑ってそんなに凄い物だったの?」
「…知らない方が良い。エイデに感謝して、あとでチビ助の事を名一杯褒めてやれ」
「うん、分かった」
と、幻惑を見たディランもこの調子であるが。
暫くして、予想は的中。
ぐすぐす泣き続けるシアーナと、そんな彼女に賛美と謝罪を送りながらエイデが戻って来た。
「アスカしゃん…ごめんなさい…こ、怖くなかったですか…?」
「うん、大丈夫よ。私は見ていなかったから、シアーナちゃん凄いね。助かったよ!」
アスカは泣きじゃくるシアーナをなでなで。
流石に我に返ったエイデは罰が悪そうだ。ただ、自分がこれ以上何か言っても、シアーナが泣き止むことは無いと察してか、頭を掻きながら離れていった。
最終的にディランに少し小突かれる結果になったが、これもまた、仕方が無い。
「そうだ、ほらシアーナちゃん。取り返してきたよ」
少しして。泣き止み始めたシアーナの頭を撫でつつも、アスカは約束の物を差し出す。
赤い表紙の綺麗な本。
シアーナは涙をぬぐいつつ、コレを見下ろし、顔を上げた。
「――!」
「これで、間違いない?」
問いかければ、シアーナはこくこく頷く。
アスカから、本を受け取って、胸に埋めるのである。
「…ありがとうございます」
被っているフードを片手で握りしめて、表情は見えにくいが、声色は心から嬉しそう。
これにはアスカも笑顔を浮かべた。
なんというかである。発明の今だから、余計に愛らしく見えたのは絶対アスカだけじゃない。
思わずと、アスカはシアーナの頭を撫でてしまうのだ。
「…あの、でも、アスカさん。兵隊の皆さんが出てきたって事は、大変だったのでは?」
頭を撫でられながら、照れくさそうにしつつもシアーナが不安げな声を上げる。
そんなシアーナにアスカは笑顔を浮かべた。
「うん、盗って来たからね。追われるのは仕方が無いよ」
「…ええ!?」
勿論だが、シアーナはアスカのあまりに簡潔で、素直な答えに驚きを見せた。
いや、だって、取り返してきてくれたことは嬉しいのだが、まさか、そんな、盗って来たなんて。
それもそんな当たり前に言うなんて、シアーナは考えもしていなかった。
ただ、アスカの目には嘘が無いのも事実。
ここは何と言うべきか、シアーナはもぞもぞフードを握りしめた。
本心で言えば、そんな危険な事、してほしくなかった。頼んだの間違いだったかな。なんて思ったけど、本が返って来たのは嬉しいのは確かだし、無理を言って頼んだのはシアーナだ。
謝るべきか、お礼を言うべきか、判断が分からなくなったのである。
そんな危険な事をさせるぐらいなら、こんな本。インヴェンションに上げればよかったとか。そんな思いが僅かに溢れる。でも、それは言わない。言えない。
それに、謝れば彼女達の厚意と行為を無下にする気がして。
「あ、ありがとうございます…」
けれど、心配を押し殺して、シアーナはアスカ達にお礼を言う。
“無茶、押し付けてごめんなさい”
なんて、心で思いながら。
「謝るな。俺達の判断だ。――ん?」
エイデが言う。ディランも思わず首を傾げる。
シアーナは慌てた。必死に隠したが、顔に出ていたようだ。
相変わらず、アスカは笑顔のまま。ディランを指すのだ。
「一番の功績はディランだよ」
「え?は?」
「昔、何があったか分からないけどね。ディランさんがあの“発明の神様”に怒ってくれたの」
「…ディランが、ですか…?」
アスカは頷く。
「ディランがね、言ったのよ。その本を貴女に返せって。お前の物じゃないだろうって」
「…そうだな、俺とアスカは最初から盗む一択だったからな」
「おい!余計な事は!」
――うそ、そうなのか。
シアーナは信じられない気持ちでディランを見た。
話を聞くと、まるでディランが自分の為に怒りを露にしてくれたようであったから。
いや、アスカとエイデの様子から見て、ディランは本気で自分の為に、あの“発明の神”に怒りを向けたのだ。
でも、やっぱり、だからこそ信じられなかった。“神様”が自分の為に怒ってくれるとは思いもしていなかったから。
同時に、どうしてと思う。
どうしてディランは自分の為に怒りを露にしてくれたのだろう。理解できずに、僅かに眉を寄せる。
でも、「どうしてですか?」その言葉がどうしても出す事が出来なくて息を呑んだ。
代わりの言葉を探す。
この時に何を言うべきか、直ぐに思い浮かぶ。
ただ、最初に思い浮かんだ言葉を口にすれば良い。
心から思った言葉だ。感謝という感情を。
――ただ、同時に思う。
嫌味とかじゃなくて、素直に感じた疑問。
「――ありがとうございます…ディラン」
“でも、それって、ディランがアスカさん達を危険に巻き込んだのでは?”――なんて。
何故だろうか、ディランが倒れてしまった。
すごく複雑そうな顔で、まるで心臓に矢を受けたような、そんな感じで。
不思議そうに首を傾げるシアーナの前で、アスカとエイデが苦笑を零す。
アスカは「ううん」と声をこぼして、エイデは「なるほど」なんて何かに納得したように。
なんだろうか、顔に出ていただろうか、無理やりにでも笑っておくべきだったろうか。
シアーナは少し考える。そして、行動。
人差し指で、無理やり口元を吊り上げて。
「――ありが…」
「いいよ、もう、十分…」
――何故か胸を押さえて、酷く泣きそうなディラン自身に止められてしまった。
何故だろう。やっぱり分からない。
とりあえず、笑顔は止めておく事にした。
分からないけど、傷つけている事だけは分かったから。
シアーナは何度も首を傾げて、本を抱きしめるのである。
「あはは…そ、それより、シアーナちゃん。その本ってどんな内容なの?」
なんだか、いたたまれなくなったアスカが話を変えた。
彼女が指すのは勿論シアーナが抱く、自分達が取り返してきた本である。
表紙は元から読めないし、先ほどまで中身を確認する暇も無かった。結局はどんな内容か分からないままにシアーナの元に返してしまったのだ。気になって当たり前だ。
シアーナはアスカの問いに本を抱きしめた。
「あれ、言いたくないならいいよ!今晩にでもこっそり見ちゃうから!」
言いたくないならいいよ、とは?
シアーナは肩をびくりと震わせた。まるで、何か悩んでいる様だ。
結果、シアーナは仕方が無さそうにアスカに本を向ける。
シアーナが本を開く。
エイデがのぞき込んできて、思い切り眉を顰める事になった。
それは勿論アスカもだ。
だって、読めなかったのだ。
読めないなんてモノじゃない。
理解が出来ない。文字の一つ一つが頭に入って来ない。
表紙の文字と同じ。まるで意味を成していない。言い表せない、『内容』。
何とか復活したディランが同じようにのぞき込んできた。
本をのぞき込んだ瞬間に、ディランは眉を顰める。
「なんだ、やっぱり、か。つまんねぇの、あいつ」
「え、ディランには読めるの!?」
「読めねぇよ。でも、絵が描いてある。挿絵ってやつか?だから、なんの本かは分かる」
アスカもエイデも思わずディランの顔を見る。
挿絵なんてない。そもそも絵なんてモノは開かれたページのどこにも存在していない。
「ふーん…絵も見えなくなるんだな。お前達には」
そんな二人にディランは納得する。
「どんな内容なんだ?」
「どんなって…」
エイデの問いに、ディランは焦りを見せる。
悩むように、シアーナをチラリ。
思い悩む様な彼女を見ながら溜息を一つ。口を開く。
「WeiroWehanaNuleda.weIroweHaNoyutiWega.rowemiWoU」
「――は?」
耳を疑う。
ディランは酷く困った表情を一つ。
「WeiRowe!NoyutiWe!」
ああ、聞き間違いじゃない。
それはまるで呪文のように。言葉が理解できない。
急にディランの言葉が理解できない物へと変貌したのだ。
ディランは眉を顰める。
「――だめか」
次に口から出たため息交じりの言葉は理解できる。
ディランが急におかしくなったとか、そういう訳ではなさそう。
いや、可笑しくなったのはアスカ達じゃないか、そう思ったほどだ。
ディランは頭を掻く。そして酷く何とも言えない表情を1つ。
「お前らさ。認められてないんだよ」
「は?」「え?」
「――読むことを認められてない。読んでほしくないんだよ」
信じられない言葉が上がる。
「認められてない」――誰に?
「読んでほしくない」――誰が?
ああ、いや、エイデは直ぐに気が付いて、視線を向けた。
それに気が付いたアスカも視線を、シアーナに向ける。
シアーナは視線から逃げるように目を逸らした。
「…こちらは、私がしたためた本です…“化け物”文字。わ、私が考えた文字で、お二人からすれば、異世界の文字ですから…読めないのは当然。ディランだって、しっかり読めてないです…。読まれたくないです…恥ずかしいですから…ほ、本の内容を口にしようとしたら、呪いが掛かります…」
「ずるい!!ずるいよ、シアーナちゃん!!」
「全くだ!それなら、取りに行かなくても良かったんじゃないかって言われても仕方かないぞ!」
――もっともである。
それ以前に、この2人。内容すら把握することを認められていないのだから。
シアーナは涙目になった。
二人分の突き刺さる視線にフードを深く被る。
もぞもぞ、もぞもぞ、と。
ディランが何度目かのため息を付いた。
「――それは“発明”にとっちゃ、其れこそ宝だが、オレやこいつらにとっちゃ意味も無い子供の絵本と同じだよ。内容ぐらい許してやれ」
「………」
シアーナは顔をそむける。
しかしチラリ、アスカとエイデを見上げた。
「い、」
「い?」
「――異世界の…お二人とはさらに別の異世界の『発明品』を描いた本です…」
「え!?何それ!!気になるよ!!ずるいよ!!」
「そうだ!ちょっとぐらい見ても構わねぇだろ!」
――なんだ、二人とも興味深々じゃないか、ディランの嘘つき。
ディランは二人が興味を示さない、とは言っていないが。
シアーナは本を閉じて、胸に抱いた。
「…本には、発明された作品と、その説明、それから作り方が全て書いてあります…でも、お二人には読めません。“発明”に盗られた時、読めなくしましたから…」
「なんだよそれ!でも、ディランには挿絵は見えてるんだろ?その絵ぐらい見せろよ!」
「…はい、何故ですかね?…精一杯…呪ったのに、効果はいまいちでした…これ以上は秘密です。言いません…見せません」
「なんだよそれ!」
と、エイデは声を上げるが、シアーナの様子から見て、彼女は本気でこれ以上は教えてくれなさそうだ。
そもそもと少し冷静になる。
なんでこの少女が、“死”とはいえ、そんな異世界の情報を知っているというのか。
ははんと、エイデは推理する。
つまりだが、あの本、実はシアーナの創作なのではないかと。だから恥ずかしくて見せたくないのだろうと。
まあ、だれしもが経験するものだから、ここはこれ以上は触れないであげることが大切だ。
「しかたがない、でも、なんで“発明”はその本を奪っていった?」
エイデは心から仕方が無いと言わんばかりに、話を違う方向へ持って行く。
アスカは「え!」と味方を失った事にショックを見せていたが。シアーナは「む」と表情を変えた。
「…エイデさん、失礼な事思いましたね…」
「――いいや、なんにも?」
「…言っておきますが。これは、確かに私が書いたものですが、しっかり勉強したことを思い出して、模写したモノです…!コレがあれば、地球のありとあらゆる発明が作れるんですよ…!」
「はいはい。そうか、そうか。凄いな。で、なんで“発明”に奪われたんだ?」
シアーナの頭を撫でながら、エイデは事情を知っていそうなディランに声を掛ける。
シアーナは不服極まりないという表情を浮かべて、そっぽを向いた。
これに苦笑いを浮かべたのは勿論でディランである。
「――そうだな。一応フォロー入れておくと、多分本物だと思うぞ?“発明”が手放さなかった事が証拠だろ?確かにオレも挿絵しか見えてないけどさ」
「だから、“発明”も同じだろ?そんな挿絵しか見えない本、なんで盗んだ?」
「あー。それは…」
ディランが悩まし気に眉を寄せる。
ただ、これはシアーナも正直気になる事であった。
“発明”に盗まれたと気づいた時、シアーナは慌ててこの本を誰にも読めないようにしたのだ。あってはいけない本だから、外に持ち出してはいけない本だから。読め無くした。
何故か、“神様”には挿絵は見えるようだが、それでもただ挿絵が見えるだけでは意味が無い。なのになぜ?“発明”はこの本に執着したのか。これが理解できないのだ。
シアーナの様子にディランも気が付く。
少しの間。何かを考えるのに数秒。彼は口を開いた。
「“神”の力って、能力、知ってる?エイデには前少し話したと思うが」
「ディランがさっき見せた水を投げ飛ばす力か?神によって、其々もつ能力が違うんだろ?」
「ああ…。オレのは“海”の能力な。簡単に言うとオレは、一応は“海”だから、海を操る事が出来る。…少しなら、海水をここに出現させることも可能だ。それが、さっきの能力な」
「なるほど、魔法だね!」
とりあえず、なんでも魔法にしたがるアスカにディランは難しい顔で頷きつつ、続ける。
「変わって、“発明”の能力はな。あいつの能力はモノを造り出す、力だ」
これに首を傾げたのはシアーナ。ディランはため息を付く。
「チビ助。まさかと思っていたが、“神”の能力しらない?誰が、どんな“能力”を掲げているかって」
「…知りません。私が必死に覚えたのは名前と危険度だけですから…“能力”なんてしりません」
「そうか…」
と、ディランは頭を掻く。
ただ、コレに関してはアスカもエイデも不思議そうだ。ディランの先ほどの説明。それは確かに“発明”らしいが、なんと言うか。小さい。
モノを造り出す、なんて誰にでもできるし、それだけで“神様”とは謎である。
ディランはうーんと一言。
「普通はさ、モノを作るときって時間が掛かるだろ?何でもいい、料理とかでもいい。作るって『工程』がある」
「ああ、そうだな」
「けど、あいつには、その『工程』が要らないんだよ」
「えーと…?どういう事?」
「その完成品のイメージが頭にあって、材料が手元に在れば、ほんの一瞬で物…『作品』が出来上がっちまう。それが“発明”の能力だ」
僅かな間、エイデは「ああ、なるほど」と思った。
それは確かに神業だ。人の領域を超えている。
ディランの言う通り、力は微々たるもの。でも、人間から崇められるには十分な力。
「本当はもっと、細かい情報が必要らしいけどな。どんな形で、どんな性能で、どんな仕組みで動いて、どんな風に組み立てられているか…だったか?こういうのが、全て辻褄があっていないと作れない…とか話は聞いた」
「…それなら、シアーナのその本は打って付けという訳か。その本があれば一瞬で異世界の発明品とやらが出来上がっちまうもんな」
「あれ?でもまって、分かったけど、それでも“発明”さんは挿絵しか見れないんでしょ?やっぱり意味無いんじゃ…?」
アスカの問いにディランは眉を寄せる。
言いたくないけど、と前置きして、続ける。
「あいつ、頭いいんだよ。挿絵だけで十分なんだ。絵だけでも完璧だったら、その発明はどんな用途で使われるモノか。どんな仕組みで、どんなふうに作るのか、それを想像して造り上げちまう。無駄に天才肌と言うか、なんと言うか…」
思わず息をのむアスカとエイデ、ディランは「ただ」と補足を入れる。
「アイツは、自分で創作と言うのが出来ない。苦手らしい。つまり、外見…デザイン力?…という物がからきし。その完璧な完成図が無いと真面に想像も出来ないとか言う、謎の器用貧乏」
――それは。何と言うか、器用貧乏で済ませてよい物なのか。
ただ、此処まで話を聞くと、“発明”が本に執着した理由も分かる。
つまりだ、発明にとって本に文字など必要ない、挿絵だけで十分で、むしろ彼はその挿絵が欲しかったのだ。
「――なるほどです…私も分かりました。もしかしてと思っていたけど…」
シアーナもため息を1つ。自分の推測が当たっていたことに、きつく本を抱きしめる。
彼女の視線はディランのチョーカーに向けられた。
「その、変声機…“発明”はこの本を見て造ったはずです。変声機だけじゃない。彼が今まで造った物は殆ど全て、この本からモチーフしたのでしょう…。現にその変声機はこの本に出てくる変声機と酷似していますから…。そのまま真似て造ってみたと言っても良いしょう」
ディランが渋い顔をする。
エイデも「ああ」と理解する。“発明”の屋敷でディランが言った事はこの事だったのかと。
「やっぱり…取り返せてよかった…ありがとう皆さん…感謝します」
改めて、シアーナは安堵した笑みを浮かべて3人を見上げた。
視線を向けられたアスカたちは首を傾げるしかない。
シアーナが喜ぶのは良いが、やはり、其処まで彼女が安堵する理由が分からないからだ。
シアーナは小さく俯く。ぽつり、ぽつりと言葉を零す。
「…この本には…少し触るだけで自分の情報を他人と共有することが出来る…そんな機械も載っていますから…どこにても、知らない人でも、誰かと通じている。どんな情報でも流す事が出来る。正義感から、当たり前に情報を世界に流し続ける。…そんな機械…私には最悪の拷問器具です…」
本を握りしめる小さな手が震えているのが分かる。それは、何よりも彼女に酷な事。エイデには、それが嫌になるほど気が付いた。
もし、それが“発明”の力だけで作られたなら良い。それは最悪だけど受け入れるしかない。だって、それは、この世界の人が自らの力で0から育んだ努力の結晶だ。
でも、こんな本が原因なら。――シアーナは自分自身で自分の首を絞めたことになる。それは嫌だ。
そんなもの、作られる前に取り返せてよかった…。そう、シアーナは心から安堵したのだ。
「…シアーナちゃん。それ、どうするの?」
アスカが、シアーナの手を取って優しい声色で聞いた。
どうしようか、処分すべきだ。それは分かっていた。発明はこの本を諦めてくれる保証は一つとして無いのだから。でも、頑張って書いたのに…。なんて、馬鹿な事を考えて、どうしようなく手放したくないと思えるのも、また事実…。
「大丈夫です…図書に保管します」
「図書?」
「はい、私しか入れない…私が認めたモノしか入れない。そんな屋敷です…。全身全霊を掛けて…呪いと言う呪いを掛けて他人には見る事も出来ない、そんな屋敷がありますから…」
「…でも、おまえ、昔は…」
「――あの時より私は学んでいます…それに、あの時の私は酷いお人よしでしたから…でも今は違います…。人間があそこに触れる事も私は許していません…。それは絶対…。これは、絶対に破る事は出来ませんから」
――ディランは口を閉ざす。
シアーナのその目には確信が溢れていたから。
それは余りに確固たるもので、理解できてしまう。
今、シアーナは明言した。
図書と呼ばれる場所には「自分が認めるモノしか入れない」と。
それが、“彼女”の意思であるなら、それは覆すことは出来ない。
本人すら気が付いていないけれど、ソレはたとえエルシューと呼ばれる全知全能の“生命の神”でも破る事は不可能。それがこの世界の理だ。
そんなシアーナに何故かアスカも其処か安堵した笑みを浮かべる。
そこまでシアーナが断言するなら、と彼女なりに信じたのだ。
「その図書は何処にあるの?」
「――アプロ…ソレイユの国に在ります」
「そっかぁ、目的が増えちゃったね!」
「…はい」
「よし!じゃあアプロさんの所に着いたら私もその図書に連れて行ってね!」
にこにこと。きりっと当たり前に詰め寄るアスカ。
「え、無理ですけど…」
案外シアーナは冷酷だった。
ぴしゃっと言い切った。それも素で。
シアーナからすれば、今自分は図書には誰も入れないと言った筈なのに。あまりにもアスカが当たり前に言うので困惑の一言でしかないのだが。
「………」
「…無理です…人間は中には入れません」
でも、アスカ。諦めない。
「でも、シアーナちゃんに認められたら入れるんでしょ?うん!シアーナちゃんの書いた本が沢山あるのなら私は行きます!読めるように努力するね!」
「い、いやです!私が書いたものなんて少ない…じゃない…アスカさんも図書は入れませんから…!」
「うん!大丈夫!まだまだ時間はあるもの!シアーナちゃんに認められるように頑張るから!」
「………は、話が噛合っていません…!駄目です!入れたとしても、見る事は許しませんから!」
――早い。即決したのに負けるのも早い。心配になる。
もう既に若干、彼女は負けに傾いているのに気が付いているだろうか。
相変わらずだ。アスカのあの積極性には目を見張るものがあるな、なんて。エイデもディランも僅かに恐れを抱いてしまう。
そして、そんなアスカ限定で、シアーナは押しに弱いと来た。
シアーナはきっとディランを見た。
「ディラン!…の、呪いの強化をしますから手伝ってください!“神”にもアスカさんにも、もう読まれないようにします!手伝いなさい!」
「お、おう…」
どうやら逃げ切るようだ。
もう“神”=アスカになっているのだが。
ただ、まあ、「呪い」の強化をするのは良い事だろう。
シアーナはぷくぷく怒りながらアスカから逃げるように背を向けて、3人から距離を取ってしまった。
これには全員苦笑い。
実の所、アスカはからかい半分本気半分だったのだけなのだけど。本当に純粋というか。ちょろ…いや。
「あのな、アスカ。小さい子をからかうんじゃない」
「ええ!?本気が半分は入ってるから!――それに、“発明”さんに合った後だと、なんか、こう、やっぱり可愛くって」
――それは、分かるが。エイデとディランは「うん」と声を漏らす。
「ディラン、早く!」
シアーナの声がする。今からやるらしい。
「――今は駄目だ。もう少し“発明”の街から離れてからにしなさい」
やる気満々の彼女には悪いが、エイデが厳しくぴしゃり。
この発言にシアーナは「はっ」とした顔で、それもそうだと素直に立ち上がる。
その彼女の様子に笑いながらアスカが走り寄り、可愛いとハグ。「比べ物にならない」と一言。
アスカ、“発明”に対して、かなり思うところがあったらしい。
シアーナはパッと顔を隠してしまったけれど。
「うん、素直で宜しい」
と、エイデが声を出して笑った。
此処までくると、呆れてしまう。
それはディランも同じ。
溜息をついて、呆れたように笑みを浮かべて。
「もう!だったら、早くにげましょう!」
そう、アスカに対して慌てる様子を見せるシアーナに歩み寄っていくのである。
「あ、そうだ…」
ふと、ディランは首についていたチョーカーに手を伸ばした。
微塵の迷いもなく、彼はソレを首から乱暴に取り外す。
ディランがソレをどうするかは隣にいたエイデには分かった。
「いいのか?」
「いいんだよ。もう必要もねぇし、“発明”の野郎。これにこっちを追跡できる『作品』とか仕込んでたら、最悪だろ?」
「確かに…」
ディランはニッと笑って。
手にしていた変声機は林の中へと飛んでいく。
「あ、猪にでも付けてやるべきだったか?」
――なんて、機嫌よく笑って。
改めて2人は、じゃれ合っている彼女達に歩み寄っていくのだ。
近づいてくる二人を視界に収めながら、シアーナは抱き着いてくるアスカに視線を移す。
どうして、彼女はこうも距離感が近いのだろうと頬を膨らましながら、ああ、そう言えばと思った。
『アスカ、この街、楽しめただろうか?』
当初の疑問を思い出したのだ。でも、今は聞けない。
機嫌が悪いので聞きたくない。
だけど、楽しそうに笑うアスカを見て勝手に思う。
多分、楽しかったんだろうな。
そうちょっとだけ、安心して、何故か寂しさを感じて、シアーナはフードを握りしめるのである。
『世界の発明図鑑』
シアーナはドヤドヤして執筆したと言っていますが、
彼女はお姉様に教えてもらった地球の発明品に関しては4分の1も理解してません。形だけ覚えました
もし”発明”が本を読めて作品を作ったとしても、完全別物が出来上がります。




