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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
29/39

アスカ 前編 発明の街 8



 「い、いたあいつらだ!!こ、殺せ!!」

 街の中、慌てふためく声が、あちらこちらから響く。

 店から飛び出してきた町民たちは皆銃を手に、わらわら。

 震える銃口を走るアスカ達に向ける。


 「ほらよ」

 「ひえ…」

 そんな彼らにディランは海水水鉄砲を一つ。

 威力も無い、ただの子供のおもちゃ並みの威力だが、“神”からの攻撃。

 町民が、へなへなと腰を抜かすのには十分な威力であった。


 「なんだ、お前だけで十分だな。ま、俺は手加減できないから助かる!」

 「あたりまえだ!“海”をなめんなよ!」

 「ふふ、あはは!ディランすごいね!」

 追われているというのに、3人は酷く余裕の笑みを浮かべていた。

 いや、当たり前だ。此方にはディラン()と呼ぶ存在が居るのだ。

 人間がおいそれと攻撃出来る筈も無い。

 だから気にせず、街の出口まで走り向かう。


 「…おっと」

 ふと、足が止まりかける。

 目の前にゾロゾロと、武装をした兵士たちが出て来たのだ。

 普通の町人とは違う。

 手に持つ銃も、形が違っている。

 ああ、アレに似ている。“発明の神”が不機嫌そうに自慢していた、あの火が出る猟銃。


 「見つけたぞ!あいつら――」

 ただ一瞬だ。

 その一瞬で、手前にいた兵が吹っ飛ぶ。

 ディランだ。

 今までの子供だましなんかじゃない、威力の強い水の鉄砲が男を弾き飛ばしたのである。

 更にディランの追撃は終わらない。

 兵士たちに手を翳す、それだけで兵士たちの頭上からは、海水が滝の様に降り注いだ。

 その激しい水の勢いに、人間は立つこともままならない。

 

 「おい、ディラン…」

 「別に…殺す気はねぇよ。今殺したいのは“発明”の野郎だけだ。――嘘、つきやがったからなアイツ」

 小声で咎めるエイデにディランは冷たく言い放った。

 エイデは口を閉ざす。正直、殺しかねない勢いだが、今のディランの様子から見て、止めない方が良いと見える。

 ここは殺す気はない、彼の言葉を信じるしかないだろう。

 漸く海水の勢いがなくなる。

 ずぶ濡れになり、へたり込む兵士たちは顔が真っ青だ。

 震えるままに、手元の猟銃の引き金を引くが、何も起こらない。

 

 ――ひ、火がつかなくなった!

 ――は、早く、別の物を!

 ――ごめんなさい!!


 そんな声を聞きながら、3人は出口へと走り続ける。

 数で勝負するつもりなのか、武装した兵士たちはまだわらわら出て来た。

 その瞬間に、ディランが容赦もなく海水を掛けて行くのだが。


 「ち…数が多い!全く、何が全部壊しだ!」

 あまりの数の多さにディランは舌打ちを繰り出す。

 ならと、エイデが言う。

 「じゃ、“医術”の診療所に逃げ込むか?」

 「馬鹿言え!」

 「そうだよ!シアーナちゃんが待ってる!」

 ここで、アクスレオスの診療所とやらに逃げ込めば楽なのだろうが。

 シアーナが居るのだ。これ以上の長居は無用。むしろ早く街を出るべきだ。

 3人は誰一人、足を止めることなく走り続ける。


 アスカは楽しそうに笑った。

 武装して、此方に猟銃を向ける数だけは多い彼らだが、怯えて震えて、引き金一つ引けない。

 言っちゃ悪いが、此方に戸惑う町人(彼ら)は余りに脅え過ぎに見えて、笑ってしまったのだ。

 なにせ、何もしていないアスカを見るだけで「ひええ」と情けない声を上げて、手に持つ猟銃を投げ捨てて逃げていくのだから。

 結局、3人を止められる者は1人としていなかった。

 質の良い『発明品(武器)』があろうとも、使おうとする威勢すら無いのだから意味も無い。

 ここまでくると、エイデも笑えて来た。

 きっと“発明の神”は、この状況を聞き、あの綺麗な女性の顔を真っ赤にして激高し地団駄でも踏むのであろう。

 あの性格だ。声高らかに言うだろう。

 「何しているんだ、間抜けどもめ!この無能!」――なんて。

 昔、息子が教えてくれた「ブーメラン」なんて言葉を思い出してしまった。だから思わず笑う。

 ディランだけは相変わらず、むすっとした顔であったけれど。

 そのまま、3人は当たり前の様に街の外へ。

 相変わらず後ろから騒がしく。

どたばたとする街の声を聞きながら、3人は林の中に姿を消すのであった。


 ――と、まあ。

 此処まで上手くいくが、流石にここで少し問題が起きる。

 林の茂みの中、隠れたのは良いが。そっと顔をのぞき込ませれば、見えるのは沢山の兵隊たち。

 意外にも早く、思ったよりもしつこく、彼らが追って来たのだ。

 手には勿論あの猟銃を持って、何かを探し回る様にガサガサ林の中を歩き回る。


 「どうする?」

 「どうするって言われてもな」

 エイデが左を見れば、木々に隠れながらアスカが困った表情を浮かべている。

 ちらりと右側を見れば、ディランが今直ぐにでも兵士たちに攻撃を仕掛けようとしている顔。

 流石にここでは止めた。相手しつづけるのも良くない。

 正直見つからずにシアーナと合流するのが一番ベストなのだが。

 

 「あいつ、何処に隠れてるんだか…」

 残念ながら、広い林の中では小さいシアーナの姿は見えない。

 そもそも何処にいるかも分からない。

 声を上げればいいのだが、御覧の通り。

 こうなれば、諦めて彼らを帰るのを待つしかないのか。

 その間、自分達が見つからない事と、シアーナが彼らに見つからない事を願う事になるのだが。

 何度も言うが、流石にそんな都合が良いことが続く筈が無い。


 「こっちはどうだ?」

 「「!!」」

 兵士の一人が此方に身体を向けた。

 ディランがすかさず、攻撃の準備に入る。

 エイデは眉を顰めた。流石に、この木々が生い茂る中で炎魔法は使えない。

 そうなれば、残りは武術になるのだが、厄介なことに相手は猟銃を持っているのでエイデがフリである。

 側にいるアスカも腰の刀に手を伸ばす。

 ――仕方が無い。

 フリだろうが何だろうが、此処はもう一度、兵士(彼ら)を相手取るしかない。


 ――嗚呼、でも案外都合は簡単によくなるモノである。

 例えば、ほら、彼らには“化け物”が憑いているのだから。



 「うわあああああああ!!なんだよこいつら!!!!」


 兵士の、絶叫が1つ。

 余りの声に、3人は自然と身を隠した。

 なんだ、獣でも出たか?

 何事かと、エイデが僅かに顔をのぞき込ませ。


 ――息が、つまった。


 「うわ、なに!?」

 身体が、腕が自然と動く。

 同じように確認しようとしていたアスカの頭を押し付けて止める。

 何事かとアスカは暴れるけど、手を離す気はない。離してはいけない。そんな気がして。


 エイデの視線の先。

 兵士たちの目の前に。()()がいた。


 人、じゃない。

 獣、じゃない。

 生き物、じゃない

 アレ。

 アレ、アレは、何?

 

 泥。

 そう、泥。

 ああ、違う。泥、じゃない。

 溶けている。なにか。


 ソレ、には身体があった。

 ソレ、には手があった。

 ソレ、には足が無かった。

 ソレ、には顔が無かった。

 ソレ、には目玉があった。

 ソレ、には歯があった。

 ソレ、には口が無かった。


 どろどろ、どろどろ。

 皮膚、多分皮膚。

 それがどろどろ、どろどろ、腐敗して耐え難い色になって溶けている。

 ぶくぶく、ぶくぶく。

 骨、多分骨。

 ドロドロ溶け切った場所から、泡ぶくを立てる変色した骨が露わになっている。

 

 あれ、アレは、何?

 分からない。

 化け物とも、怪物とも、人間とも、どれにも当てはまらない。

 そんな意味の分からない『存在』が、其処にいた。


 いた。じゃない。気づく。

 一匹だけじゃ、ない。

 もっといる。どうして気が付かなかったのだろう。

 その『存在』は沢山いた。

 林の中、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ。

 たくさん、たくさん。『ソレ』は蠢いている。


 ――ああ、世界が変わる。

 緑の美しい木々は血塗られて。

 真っ赤にどす黒く、腐った臓物で染まっている。

 枝には臓物のブランコが風も無いのに揺れて、ゆらゆらと。腐った血が滴り落ちる。

 茶色い地面なんて見えやしない。

 ペンキでもぶちまけたみたいに、玩具を片付けるのを忘れたかのように。

 赤黒い液体と、脈打つ肉片が転がっている。


 これは、これは、何?

 分からない。


 ただ、異常としか呼べない中で、兵士たちは絶叫を上げ、身を震わしていた。

 目の前の存在に、ただ無駄に銃を撃つ。火を噴きかける。

 銃弾は目の前の存在に当たりはするが、ドロリと飲み込まれて消えていく。

 炎の中で、『ソレ』は佇んでいる。


 ――――――!!!!!!


 唐突に、目の前の『存在』が突然大きく叫んだ。

 理解できない声にはなっているけど言葉になっていない音で叫ぶ。

 頭を掻きむしる様に、取り乱す様に、暴れまくって、叫びながら、兵士たちに手を伸ばす。

 伸ばした手が腐り落ちても、また伸ばす。

 無い足で、なめくじの様にすり寄って、崩れ落ちて、這いずりながら、叫びながら、手を伸ばす。

 その音に思わずアスカは耳を塞いだ。

 アスカにだけは、この状況は見えていない。それでも、この音だけで異常だと察する。


 この異常事態の中で、別のナニカが動いた。

 林の中で、白いナニカが。

 ――手だ。

 それは間違いない。存在不明のあの溶けた物体じゃなくて。

 全く別の、異様に真っ白な手。

 この異常な世界で、不自然な迄に美しい『白い手』


 沢山の子供の様にか細い手が、1つに集まって、手を取り合って、出来上がった大きな『手』

 それが、3本。林の中で蠢いている。


 手は動く。

 標的を定めたかのように、緩やかに、しなやかに。

 煩く泣きわめく『存在』に向かって。


 うるさい。だまれ。死ね。


 正にそう、当たり散らかす様に。

 怒りを露にするように。

 手は、泣き叫ぶ『存在』を叩き潰した。

 ぐしゃ、兵士の一人に『泥』が跳ねる。


 つぶす。

 つぶす。

 つぶす。

 つぶす。

 つぶす。


 ぐちゃぐちゃだった『存在』が声を発さなくなるまで潰す。

 形が無くなるまで潰す。

 辺りが汚れるまで潰す。

 美しい自身が汚れても構わない。ただ潰す。

 林の中の『存在』たちが怯えた様子で逃げていくのが分かる。

 『ソレ』を、白い手は許さない。

 追いかけて、先回りして、当たり前に掴みかかって、また潰す。


 「う、あああああああああ!!!!」


 その光景に、異常過ぎる光景に、兵士の一人が逃げ出した。

 1人が逃げれば、後はドミノ倒しの様に続いていく。

 泣き叫びながら、漏らしながら、ただ恐怖に顔を染め上げて、全員が逃げだして行く。


 エイデは、その様子をただ愕然と見ている事しか出来なかった。

 ディランも同じだ。

 あれほど怒りで曇らせていた顔は唖然とし、ただ、呆然と見つめる。


 分かるのは一つ。

 今、この瞬間、この世界は、ただ恐ろしいものへと変貌したという事。

 ――こんな世界、存在してはいけない。



 辺りに人が居なくなって、ぐちゃぐちゃだった『存在』が完全に無くなって、暫く。

 白い手はゆっくりと動きを止めた。

 他に獲物が居ないか、まるで探す様に揺らめいている。


 おもわずエイデは息を呑んだ。

 此方に標的を向けないか、ただ、恐怖を覚えた。


 しかし、手は、それ以上は何もしなかった。

 此方に気づいていないのか。あの『存在』を潰しきって、満足したのか。

 取り合っていた手たちが皆離れていく

 大きな手は、バラバラに、バラバラに。それは林の中にいた他の2本も同じ。

 細い少女の手に戻った彼らはゆっくりと、地面の中へ。

 まるで溶けるように消えていった。


 刹那、今までの世界が嘘のように、元に戻った。

 まるで夢や幻の様に、あの臓物にまみれた世界は跡形もなく。

 ただ、静かな木々が並ぶ林へと変わったのだ。


 「――っ」

 エイデは詰まった息を吐く。

 心臓が激しく鳴り響いているのが分かる。

 それもだ、身体の全身が言う。何故か、分かる。

 ああ、もう、安全であると。


 丁度、その時、反対側の茂みが揺れる。

 もう一度、身構える。


 がさ、がさ、がさがさ。音を立てて。

 ひょこん、そんな音が似合う程に。

 フードを被った少女(シアーナ)が顔を出した。


 彼女がエイデと目が合う。

 僅かな間。シアーナは再び、ひょこんと茂みの中に潜り込んでしまうのだが。


 なんにせよ、だ。

 エイデの身体の力が完全に抜けたのは、この瞬間であった。



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