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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
28/39

アスカ 前編 発明の街 6


 インヴェンション。

 街の名と全く同じ名を持つ“神”の住居は、町の中でも取り分け大きく、堅苦しい建物であった。

 四角い建物に、煙突が沢山。

 屋敷の中は、理解も出来ないもので埋め尽くされている。

 例えば、ボタンがたくさんある四角い箱(機械)

 例えば、中に電気がびりびり閉じ込められた丸いガラス(器具)

 大きな棚にはフラスコに、ビーカー。

 机の上には見たことのない玩具(機械)がズラリと並べられ、異世界人のアスカやエイデには非常に異常な光景が広がっていた。


 そんな部屋の中。

 ポツンと置かれた豪華なソファに座って、3人は目の前の人物を見た。


 年のころは30程か。

 長い白髪を後ろで一つに束ねた。緑色の瞳の女。

 ()()が“発明の神”。インヴェンションその人である。


 「やあ、本当によく来てくれたではないか!」

 インヴェンションは3人を前に、かなり機嫌よく、愛想良く、大きく手を広げて歓迎の色を見せる。

 容姿さながら、その声は低いながらも女性の声そのものだ。

 ただ、その()の首には、何処かで見たことがあるチョーカーが付いているが。


 その様子にディランは眉を顰めた。


 「まったく久しぶりだな、“海の神”よ!」

 「…煩い。相変わらずだなお前は…」

 「機嫌が悪いな。なんで君は“神”と呼ばれると不機嫌になるのか。理解が出来ない。君は“神”の中でも特別であるのに!」

 「…」

 「そもそも私が送ったチョーカーは使っていないのか?せっかく無償で贈り物をしたというのに!何故だ!?」

 「…」

 「相変わらず君は偏屈であるな。ああ、いや。ソレが貴殿の良い所なのだろう?しかしだな、偉大な“神”の一人がそれでいいというのか?なんて嘆かわしい!そう言われても仕方が無いと思うよ?」


 インヴェンションは異常なまでに上機嫌で捲くし立てるように、一方的に言葉を並べる。

 息を荒々しく、賛美とも貶しにも聞こえる言葉を吐き続ける。

 その様子にディランは眉を顰めたまま、苛立ったように足を小刻みに動かし、幾度も舌打ちを繰り出す。

 それでも気にしていないのか、インヴェンションは熱弁を続けていた。


 そんな“発明の神”の様子に困惑したのはアスカとエイデだ。

 “発明の神”の屋敷に訪れて、ディランの知り合いだと言えば、すんなり通してくれたが。

 目の前の“神”。インヴェンションは此方を一度達とも見ない。

 出会ったその瞬間から、彼はディランしか見ていないのだ。


 「あの!」

 そんな時間が惜しくなったのか、アスカが声を上げる。

 彼女の大きな響く声に邪魔をされ、インヴェンションはようやくやっと、その緑の瞳をアスカに向けた。


 「…ああ、すまない。人間の君。今私は忙しいんだ。少し待っていてくれるかな」

 しかし、それは一瞬だ。

 インヴェンションはそっけなく言い放つと、直ぐに視線を戻してしまった。

 その様子にアスカも顔を顰める。


 「あなた――!」

 「あんた、発明の神なんだってな!俺達はあんたの発明したものに興味が有って、来たんだ」

 我慢できず、声を上げたアスカを遮るようにエイデが言う。

 エイデの視線が、アスカへ向けられ、落ち着く様にと諭す。

 ここで怒りを露にしても意味が無い。――そう、判断しての事であった。


 「――…私の発明に?」

 エイデの言葉にインヴェンションも僅かながらに、エイデに視線を向けた。

 ただ、その視線は冷たい物だ。

 大きなため息を零し、インヴェンションは口を開いた。


 「ふん、実に人間らしい。君らが私の発明に興味を持つのは当然だ。何が望みだ?何を作って欲しい?」

 「――…いや、そう言う訳じゃ…」

 「そういう訳じゃない?君たちは何かを作って欲しくて私の所に来たのであろう?人間は全員そうさ。欲深くて、暮らしをもっと楽したいと私に縋り寄ってくる。貪欲で、自身の願望の為なら何をやっても良いと思っている」

 「………」

 「ま、いいさ。いいよ。何故なら私はそう言う“神”だからね。君たちが思いもつかない様なモノを私は作れる。君たちが少しでも楽に過ごせるなら、喜んで君たちの欲しい物を作ってやろうじゃないか。浅はかな君たちは私が心から楽しめるモノを求める事は無いのだろうけど?――で、何が欲しいの」

 「…」

 「なんだ、先程から黙りっぱなしで、いいから、ほら早く。言いなさいな」

 

 まるで一方的だ。

 インヴェンションは心から見下した目で、勝手に言葉を並べ立てた。此方の話を聞こうともしてない。

 勝手に決めつけて、さっさと要件を言えと要求してくる。

 ディランやカルト。先に出会った2人の神と比べれば、あまりに傲慢で、あまりに冷たい。

 視線、口調、言葉。その全てから「自分は神だ。勝手に口を開くな人間」正にそう言っている感じ。

 この様子にアスカもディランも更に険しい顔になった。

 ディランに至っては舌打ちと共にそっぽを向き、これ以上自分は目の前の人物と喋る気も無いと言いたげな態度を露わにする。


 エイデは一人、小さく息を付く。

 たった数分、このインヴェンション(発明)と言う神について分かったことがある。

 ディランの言った「一番最悪の推測」は大正解だ。

 ここで、素直に本題に入り要求をしてみろ。

 彼が本を忘れている、忘れてないは関係ない。

 「人間だから」ただその理由だけで、絶対に追い出される。その確率が高い。「自分を盗人扱いするのか、人間風情が」だとか、理不尽な怒りを露にして。


 だからこそ、その可能性が高まったからこそ、エイデは顔に笑みを浮かべる。


 「――…いや、其処までおこがましい考えは持ってない。ディランから話を聞いて気になって連れてきてもらったんだよ。あんたの作った発明品…てのが見て見たくなってな」

 「…ほう」


 エイデの言葉に、インヴェンションは僅かに表情を変えた。

 ただ、それは一瞬の事。

 彼の表情は直ぐに冷ややかなモノへと戻る。


 「人間なんぞ、都合よく賛美を並べ立てる生き物だ。賛美を上げておけば、私が気を良くするとでも思っているのか?本心では何とも思っていないというのにね」

 「――…」

 「ま、いいよ。好きに見ると良い。この部屋の中の全てが私の発明品だ。存分に楽しみたまえ」


 まるで猫や犬でも追い払う様に、手をはらう。

 その行動を最後に、インヴェンションはエイデから視線を離すと、再びディランへと意味も無い熱弁を再開した。

 

 「…ありがとさん」

 エイデは小さく礼を言って、アスカの腕をつかむと立ち上がる。

 ちらりとも此方を見もしなくなった“神様”を背に部屋の片隅へと進んだ。


 インヴェンションの声をBGMに部屋を見渡せば、言われた通り、部屋中が見たことも無い『発明品』ばかりだ。

 何をどうやって使うか、見当もつかない。そんな意味の分からないモノがズラリ。

 そして、側を見れば不機嫌そうなアスカの顔。

 声に出されなくても分かる。「今の何?」コレである。

 エイデはニヤリと笑う。


 「ああ言ったやつは、取り敢えずおだてんだよ。いきなり本題に入っても、不敬だーとか言って追い出されるからな」

 小声でポツリ。

 アスカは更に眉を顰めた。

 エイデの考えは分かった。でも、それはつまり。先程“発明の神”が言った通りという事だ。


 「…でもエイデさん。つまり思惑バレてるよ?」

 「笑っておけ、笑っておけ。あそこ迄すんなり言い当てて来るって事は、毎回同じ手に引っかかっているって事だ。多分何回も『人間』に良いように使われてんぞ、あいつ」

 ――あ、それは、確かに、そうかも…。

 アスカはチラリと“発明の神”に視線を飛ばし、少しだけ笑う。ただ、溜息。

 これからが問題だ。

つまり、どうやって本を返して貰うか。

 

 「それで、どうするの?おだてるにしても、いつ切り出すの?」

 「ん?んー…正直、ああ言った奴は…あーいや、まあ、はなしを、こう…な?」

 

 何かに言い淀むエイデを前に、アスカも直ぐに理解した。

 本当は駄目…と言いたい。恨みを買うよ?とか。

 それをやったら“発明”と同じだよ…なんて言いたい。いや、言うべきなのだろうが。

 アスカだって、其処まで聖人ぶるつもりはない。あいつには正論を上げる気が起きない。

 だから、仕方が無く頷くのだが。

 そうとなれば、次の問題が出てくる。


 つまりは、どうやって()()か。

 本の場所は何処で、“神”の目を掻い潜るか。これらが問題になるのである。

 今の問題は二つのうち、前者だ。


 「――ま、なんだ。だからアスカ。ディランも限界が近そうだ。俺が相手しとくから、お前は目をよく凝らして()()くれ」

 「なるほど…。分かった…!」


 聞き耳を警戒しながら、これで話を終える。

 願わくば、今、この場所に在れば良いのだが――。

 

 「――おーい。“発明”の神様、一ついいか?コレ、なんだ?」


 カムフラージュの為に声を掛ける。

 エイデの問いにインヴェンションは嫌々そうに顔を上げた。

 側にいるディランはもっと険しい顔をしているのだが、気にもしていない様子だ。


 「いま、私は忙しいのだがね?」

 「いいだろ?何の道具か気になったんだから」

 「…まあ、仕方が無い」

 それでも笑みを浮かべ、自身の発明に興味を示してくれた人物を完全無視することはしないらしい。

 ただ、その顔には「自慢したい」という感情が隠し切れずに張り付いているのだが。

 インヴェンションはやれやれと、エイデに近づく。

 反対にアスカはエイデから離れる。自然に、ごく自然に。『発明品』を見渡すフリをしながら。目当ての物を探す。


 「で、これなんだけどよ」

 「なんだ、ただの『芝刈り機』じゃないか」

 後ろでは、エイデが指すモノの名をインヴェンションが答えていた。

 芝刈り機とは?続けてそんな質問をする。

 インヴェンションは眉を寄せつつも答えていく。

 『計算機』『金銭登録機(キャッシュレジスター)』『ランプ』『猟銃(ライフル)』……。

 部屋には沢山の『作品』が飾られている。

 一つずつ指差していけば、インヴェンションは答えてく。

 エイデはコレを「うんうん」と聞いていき。

 そんなエイデの様子にインヴェンションは機嫌を良くしたのか、だんだんと饒舌になっていった。


 「そういや、あんたって、俺達が街に入ったのにも気が付いていたんだよな?それも、発明か?」

 「ふむ、良く気が付くではないか。ああ、あれも私の力だ。門の近くに『カメラ』を備え付けていてね。ソレを通して見ていたのだよ?ほら、そこの『モニター』に映るのさ」

 「かめら?もにたー?」

 「簡単に言えば姿を写しとる機械さ。モニターはカメラを通して、遠くの映像を映す機械と言えばよいかな?どちらも酷く手間がかかってね、其々この街に2台しかない。それを街の出入り口に付けているのさ」

 「へえ、遠くの…ね。仕組みは?」

 「ああ、よくぞ聞いてくれた、コレは――」


 エイデは非常に聞き上手だ。

 話が進むたびにインヴェンションの機嫌は上がっていき、後ろのアスカの事は気にも止めなくなる。

 しめしめ。

 インヴェンションの会話をうまい具合に聞き流しながら、エイデは次の『作品』を指した。

 

 「じゃ、これは?」

 エイデが指したのは猟銃が一つ。

 けれど、先程の物とは大きさも形も大きく違う。

 インヴェンションは「ああ」と自信有り気に『作品』の名を口にする。

 名前を聞いて、エイデは僅かに首を傾げた。

 

 「何に使うんだ?」

 「なんてことない。蜂の巣の駆除に使うのだよ」

 「蜂…?」

 「そう、その取っ手を回すとね、火が噴き出る仕組みなんだ」

 「火…?なるほど、それで駆除するのか」

 「ああ、と言ってもコレはレプリカだけどね。今は火も噴き出ない玩具でしかない。現物は一つも残っていないのだよ」


 インヴェンションは初めて恨みがましそうにディランを見る。

 ディランは舌打ちを繰り出す。


 「現物が無い…?なんで」

 「…どこかの馬鹿が乗り込んできたのさ。お前は何を考えているんだって。――全く、人間が勝手に別の用途で使っただけだと言うのに。何を其処まで怒る必要があると言うのか?」


 ――ガタン。大きな音がする。

 ディランが机を蹴りあげた音。

 その場の全員がディランに視線を向けた。

 彼は酷くゆがみ切った顔でインヴェンションを睨んでいた。

 その切れ長の水色の瞳には怒りだけしかない。

 ディランの様子に、エイデは思わず呆気にとられ。インヴェンションが慌てたように手を上げる。

 

 「な、なにかねディラン。まだ怒っているのかね?」

 「――…」

 「この作品なら全て壊しただろう?」

 「…ディラン、落ち着け」

 ディランの様子に心底恐怖したように、インヴェンションはエイデの後ろに隠れ始める。

 彼の様子が、あまりに異常であったから、我に返ったエイデも慌てたように止めに入った。この様子だと本気でディランはインヴェンションに、殴りかかりそうであったから。

 エイデに制止されつつも、インヴェンションを睨むディラン。

 “発明の神”は大きくため息を付いた。


 「見てくれ、この単細胞。前もそうだったな、とつぜん私の所に乗り込んできて。今すぐ町民を止めなければ、私ごと街を海に沈めると脅してきた。頭がおかしいとはこのことだ…」

 「――だったらテメェはなんだ!!あの光景が異常じゃないなら、テメェはイカれてる!!テメェだけじゃね!!この街の連中全員がな!」

 「…おい、ディラン」

 エイデの腕を振り払い、ディランが声を荒げる。


 「大体てめぇ、どの面で『人間人間』って周りを見下してやがんだ!?オレが怖くて逃げだした臆病者が!!わざわざ海辺から離れたって事はオレが怖いって事だろう!!」

 「――何を言って、そんな訳ないだろう?」

 「は!だったら、今からでも街をぶっ壊してやろうか!!」

 「――な、なにを、ばかな…」

 「さっき言ったな、オレが“神”の中でも特別だって。――ああ、そうだ!オレはテメェらより強い力を持っている!海辺から離れた?は!!そんなぐらいでオレから逃げられたとでも思ってんのか!ああ!!」

 「っ――!」


 ディランの激高した姿にインヴェンションは見る見るうちに顔色を悪くする。

 目を泳がせ、身体を震わせ、何か取り繕うものがないか、必死に探し回り始める。

 “発明”の、その恐怖が、今まで気にも留めていなかった、少女を写した。


 「――こら!!その本に触るな女!!」

 「――!」


 震えあがり、裏返った声。

 それでも、その怒声を浴びせられたアスカは、びくりと跳ねて、振り返った。

 気づけばアスカは部屋の中、大きなデスクの前に立っていて、その両手に分厚い本が握られている。

 インヴェンションは荒々しくアスカに近づくと、彼女の手から本を奪い取った。


 「う、ウロチョロするのはいいがね、勝手に触らないでくれたまえ!!」

 怒鳴り声。

 彼からすれば、窮地を脱することが出来る、ちょうどよい存在だったに違いない。

 驚いた表情のアスカが、おずおずと口を開いた。


 「――ごめんなさい。()()()()本だったから気になって」


 アスカの言葉に、エイデは顔を上げた。

 それは隣にいたディランも同じだ。何かに気が付いたような表情を見せ、顔を歪ませる。

 そんな客人に気が付かないまま、インヴェンションは本を胸に閉じ込めると、怒り任せに喚き散らす。


 「知るか!!汚らわしい!!私の物を盗む気か!!」

 「――いいえ、本当に綺麗な本だなって思っただけなんです。この部屋には結構不似合いだったから」


 アスカの視線の先。

 インヴェンションの腕の中にある本。

 それは確かに美しいものだ。

 質の良い紅い外装。淵には金色の模様が刻まれ、表紙には絵も何もないけれど。

 ただ、達筆な文字で、金色のタイトル(題名)が一つ。

 

 ――IroWenoyuSuwezuRoNelu


 ああ、間違いない。

 読めなくても分かる。

 見つけた。()()だ。


 エイデは僅かに顔を歪ませた。

 あと少し、あの場を自分が長引かせていたら。

 もう少し、ディランの様子を気にかけてさえいれば。

 

 まるで、ゴミくずを見るかの様様にアスカを睨むインヴェンション。

 反対にアスカの表情はただ無表情な物で、ただ、拳をきつく握りしめているのが分かる。彼女なりに我慢しているのだろうが。

 アスカがインヴェンション()以上に怒りを“発明の神()”に向けているのは嫌でもわかった。


 ここは、どうするべきか。

 ああ、そんな事を考えても、もう遅い。

 ディランがきつく歯を噛みしめる。


 「私の物だと?――やっぱりな。見下しているくせに、結局はアイツだより。自分の事を棚に上げて、開き直る。何が『発明の神』だ。お前のは猿真似だろ」

 「――なんだと?」

 インヴェンションの表情が変わる。

 怒りの物から、焦りが混ざった困惑の色へ変わる。

 ――まずい。

 エイデが気付いて、ディランを制止しようとしても、彼はもう止められなかった。


 「それ、返せよ。インヴェンション、お前の物じゃない!」

 「――返せ…だと?お前、まさか、そこまで」

 「こう、言ってやる。――その本を、今すぐに『タナトス』に返せ!」

 

 ディランは“彼女”がいつも名乗っている名を声に出す。

 こんな奴、“彼女”の名を呼ぶ資格も、名を知る資格も無い。

 顔が青い。わなわなと“発明”の身体は震える。

 一歩、二歩、と彼は後ろに下がる。ガタン…背が机にぶつかった。

 震える手、伸ばす。

 その先には、デスクの上。――拳銃が一つ。


 その刹那であった。

 インヴェンションはディランに気を取られ、すぐ側にいた少女の存在を忘れていたのだ。

 “発明の神”の手が拳銃に届く前に、アスカは動いた。

 思い切り、身体を“発明”にぶつける。

 彼が抱く、その本に手を伸ばして。奪い取ったのだ。


 突然の事に、インヴェンションは動くことも出来なかった。

 ぐらりと彼の身体は揺らめいて、デスクへぶつかった。


 「――貴様!!貴様、貴様!!返せ!!」

 “発明の神”が我に返ったのはアスカが、エイデとディランの元に走り寄ったのと同時。

 顔を真っ赤にして、目も眉も吊り上げて、激高した彼は迷わずデスクの上の拳銃を握りしめた。


 “発明”がアスカに向けて拳銃を向けたのは次の瞬間。

 「もういいよ!はやく、逃げよう」

 ディランの手を取って、彼女が出口に身体を向けようとした瞬間の事だ。

 其れからは一瞬の出来事だ。

 “発明”が引き金を引いたのは。

 

 ――破裂音が一つ。

 聞いたことも無い音にアスカは思わず、“発明”を見てしまった。

 鉛玉が、飛んで、来る。

 無駄に狙いだけは正確で。

 アスカの目には、何故かスローモーションのように、飛んでくる鉛玉がしっかりと見えていた。

 ――アスカの身体が思い切り引っ張られた。

 「うわ」と小さな声。頬に僅かに痛みが走る。後ろの壁に小さな穴が開く。

 アスカが顔を上げた時、何よりも先に目に映ったのは、エイデの背中。

 エイデはただ、インヴェンションに手を向ける。

 そして、“発明の神”に向けたエイデのその手から、大きな炎の塊が吐き出される。


 「‴業火に包まれろ(フレイム)‴!!!」

 ――言霊を一つ。

 エイデから飛び出た火の玉は真っすぐに飛んでいく。

 其処まで大きくない。50cmほどの炎弾だ。

 ただ、それは、勢いよく。コレもまた狙いは正確に。

 “発明”の顔の直ぐ横を掠めるように飛んでいった。

 炎弾は発明の後ろの壁。飾ってあった『作品(モニター)』にぶち当たる。


その様子に、インヴェンション(発明の神)の顔は、真っ青なモノへと染め上がっていった。


「――何をしているんだ!!なんだ貴様は!!な、なんて物騒な真似を!!いや、それに私の最高傑作を!!」

 “発明の神”が喚く。

 燃え上がる後ろの作品だった物を前に頭を抱えて狼狽する。

 そのインヴェンションの様子を見て、ディランは笑みを浮かべた。


 「へえ。お前って、弱点分かりやすすぎ」

 ディランは手を前へ、此方は言霊も何もいらない。

 ただ、それだけで、ディランの手には大きな海水の塊が出来上がっていた。

 向ける先は、近くの壁に掛かっている『作品』。ああ、『芝刈り機』だとか、言っていたっけ?


 「やめろ!私の発明だぞ!!」

 なんて“発明の神”が一早く気づいたところで、もう遅い。

 水の塊は容赦もなく叩きつけられ、『芝刈り機』を容易に壊してしまった。

 

 「なんだ、お前の作品って脆いんだな」

 「――やめろ!くそ!それを作るのにどれだけ工面したか!!」

 「ちょっと、悪い気がするが、殺されかけちゃな」

 慌てて走り寄ろうとする“発明”

 でもそれを次はエイデが許さない。

 先ほどと同じ。言霊を一つに、炎の弾がはじけ飛ぶ。

 近くに在った別の『作品』を容易く壊す。


 ここからは一方的な破壊だ。

 エイデもディランも容赦なく、部屋に飾られる『作品』を片っ端から壊していく。

 それが10個程に到達した頃か、遂に“発明”は頭を抱えて膝を付いた。


 「ああ、私の『最高傑作』達になんてことを!!」

 呆然と、ずぶ濡れで、燃え盛る部屋を見ながら彼は愕然と声を漏らす。

 エイデはアスカの肩を叩いた。


 「――いくぞ、アスカ。今のうちだ」

 「分かった!」

 “発明の神”が動けなくなった今がチャンスだ。

 アスカは本をしっかり胸に抱いて、3人は出口へ走り出す。

 無駄に広い屋敷であるが、この部屋から玄関までは一本道であったから、迷うことも無い。

 屋敷の中に雨が降り出したのは、その途中の事。


 「うわ、ナニコレ!」

 「――これもアイツの『作品』だろうよ。気にせず走れ!そのまま街の出口まで向かうぞ!」

 雨の中、ディランは酷く満足げに笑いながら言う。

 その顔は見事なまでにすがすがしい。

 まるで、こう言っている様だ。

 ――ざまあ、みろ!…と。

 流石にやり過ぎたかな、なんて思っていたエイデが軽く息を付く。

 苦笑を浮かべていたアスカも表情を緩めていく。

 やり過ぎ。鬼。最低。人間失格。

 なんと言われても良い。

 それでも、あの傲慢に染まり切った“発明()”の顔が狼狽に染まった瞬間は。

 悪いけれど、とても、すっきりしたのだから。

 アスカは胸に抱いた本を強く握りしめて、何か吹っ切れたように笑うのであった。


 ――炎も消えた、部屋の中、“発明”はゆらりと立ち上がった。

 その表情は怒りに満ち、憎しみに溢れている。

 彼はガタンと音を立てて、デスクの引き出しに手を伸ばす。

 取り出したのはマイク。

 怒りが収まらない。

 大事な自分の『作品』が壊された事、あの本を人間風情にとられた事。

 ――なにより、自分の側にアノ汚らわしい化け物が居る事が、何より許せない。


 だから、“発明”はマイクを握りしめ、『機械(通信機)』の電源をオンにする。

 

 「全員、武器を持て!!」

 繋がった瞬間に声を上げる。


 「街の中も、外も探せ!――“死”がいるぞ!!!」

 と、声を高らかに。

 “死”。この世界の唯一の悪。

 彼女がこの近くにいる。これが心から反吐が出る。早く殺さなくては。

 あの『本』を盗りに来させたのは、間違いなく“死”なのだ。

 だって、あの本の存在は“発明の神(自分)”と“死”しか知らない。

 そもそも、ディランは昔から“死”に変に肩入れしているのだ。ああ、だからあのクソガキ()の仕業だ。許せない。

 通信機の向こう側が慌ただしく騒ぎ立てる様子がうかがえる。

 “発明”は「全く」と歯を強く噛みしめた。


 そんな騒ぐ暇があるなら、さっさと動けばいいものを。

 貴様らには私の作品をくれてやったのだから、この時ぐらい瞬時に行動しろ鈍間。

 暴言が頭を駆け回る。

 ただ、無駄に怒っている暇はない。

 こうしている間にも、あの不敬な奴らは逃げていく。


 「――いいか、“死”の他に、黒髪の長身の男と、赤毛の女、こいつらも殺せ!それとディランだ!あいつも、攻撃してしまっても良い!!」

 ――更に、通信機の向こうで狼狽えた声がする。

 どうやら、ディラン()の名に怖気付いたようだ。

 ああ、あほらしい。何も殺せとは言っていないのに。攻撃も出来ない無能どもめ。


 「なら、ディランはいい!!さっさと“死”を探して殺せ!!」

 もう一度、声を高らかに上げる。

 少しの間、通信機からの応答を聞いて、“発明”は「は?」と声を漏らした。


 「なに?“死”の特徴?――そんなの知るか!!」

 ああ、呆れかえる。

 “死”の特徴だと?

 会うたび会うたび姿を変える、あの化け物。

 “発明の神()”が知る訳なかろう!馬鹿どもめ!


 ――“発明の神”は酷く無様に声を荒げまくる。

 いま、この瞬間で一番可愛そうなのは一体だれなのか。


 通信機の向こうでは未だに、狼狽える声がする。

 “発明”は舌打ちを一つ。

 今でも覚えている、“死”の情報を口にした。


 「――ボロ。ボロを纏った本を持った子供だ!!無様な姿をしているのだから直ぐに見つけ出せるだろう!無能どもめ!!」


 ――と。



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