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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
27/39

アスカ 前編 発明の街 5


 発明の街(インヴェンション)

 そう呼ばれる街は酷く仰々しく、賑わいを見せる場所だった。


 灰色の壁で作られた建物に、見たことも無い形の街灯が並ぶ。

 道だって綺麗に整備されているが、何処か重々しい。

 街ゆく人は、皆どこかきっちりとした服を身に着けて、あわただしく、忙しそうに動いている。

 カルトの町は華やかで音楽にあふれていたが、それと比べてば活気はあるが賑やかさが無い。

 その中で、旅人は嫌でも目立つ。

 雰囲気があまりに違い過ぎるからだ。

 もちろん、それはアスカ達も例外ではない。


 エイデが店の一つから出てくる。

 外で待っていたアスカが其れに気が付いて、走り寄って来た。


 「エイデさん、お店の場所分かった?」

 「ああ、すぐそこの店だってよ」

 彼らが今探しているのは簡単に言い表すと、雑貨屋だ。

 当初の目的の一つである食料を買う為。

 街に入って、近くのお店(酒場)で場所を聞いて来たのだ。

 しかしとアスカは感心する。

 エイデが、場所が分からないから聞いてくると、店に入って数分だ。もう少し時間が掛かると思っていたが、彼はすんなり帰って来た。

 

 「でもエイデさん、話聞き出すの上手いね!10分も経っていなかったよ?」

 「ん?ああ、そりゃ簡単だよ。ああいった店は酒…ミルクの一杯でも頼めばいいんだ。そこで軽い話をしながら、必要な情報を聞き出す。簡単だろ?雑貨屋の場所聞くだけだしさ」

 「え?ううん…私、長話しちゃいそうだから無理かも」

 「…ま、確かにアスカには不向きかもな」

 「え!?」

 「長話の以前に、腹が減ったとか言って、ミルクじゃ済まなさそうだ」

 「………」

 ちょっとした冗談。アスカは黙る。

 その視線は完全に泳いでいて、エイデは苦笑を浮かべた。

 アスカは否定しているが、かなりの食いしん坊だ。

 苦笑いの何物でもない。


 「まって!呆れないで!ほら私、着いて行くの我慢したんだよ!」

 「我慢できなくて何か食いたくなるからか?」

 「…うん!看板のメニューを見るだけで、お腹がなるしね」

 そして、かなり素直だ。

 それが彼女の良い所なのは違いないが。

 さて、と。話を変える様にアスカが笑顔を浮かべた。


 「じゃあさっさと雑貨屋に行って、インヴェンションさんの所にいってシアーナちゃんの所に帰ろう!」

 「あー。やっぱり、我慢の原因はそれ、か」

 アスカがレストランの誘惑を我慢して先を急ぐ。

 それは勿論シアーナが原因だ。

 街の外で待たせている彼女が心配でたまらないのだろう。

 食事なんて悠長な暇はない。

 もしもシアーナの側に、ディランかエイデが残っていたら状況も違っていたかもしれないが。

 勿論エイデだって、シアーナは心配だ。

 あの子、逃げる事はしないだろう。むしろ街の外で小さく蹲っている姿が容易に想像できて、痛々しい。

 だからなるべく早くエイデも戻りたいところだが。

 だが、問題がある。


 「…で、ディランは?」

 「見ての通り、まだ帰って来ない。もうエイデさんと比べて遅いんだから!」

 「…アイツと別れて、30分も経ってないけどな」

 問題、それは勿論ディランだ。

 彼は今ここにいない。

 話を付けてくると彼は“発明”の屋敷に行ってしまった。

 待ち合わせ場所は決めてある。

 こちらが買い物を済ませる頃には戻るとディランは言っていたが、その時間も惜しいらしい。アスカは相当シアーナが気になっている様だ。

 少々心配が過ぎるのではないかと思えるほどに。


 「そんなにシアーナが気になるのか?」

 「気になるよー。あ、ちょっと心配し過ぎかな?そう見えたりする?」

 ただ、此方に関してはアスカも気が付いていたらしい。

 アスカは、そわそわとしながら笑みを浮かべる。


 「うん、気持ちは分からなくもないが…ちょっと心配し過ぎだな」

 「うーん、やっぱりそうか…。でもねエイデさん。こうね、見えちゃうの、街の外で蹲って私たちを待っているあの子の姿が!それを想像したら我慢できなくて…」

 「――…」

 あ、みんな同じ考えに至るのか…なんて。

 

 「それにね…」

 ふと、アスカが口を閉ざす。

 彼女の視線の先には小さな店が一つあった。

 遠目から確認すれば、何か食べ物を売っている店なのだが。

 珍しく、アスカの視線はその美味しそうな食べ物(ホットドック)では無くて、さらにその先に向けられていた。


 ――それは、店にかけられている、猟銃(ライフル)が2つ。

 いや、良く見れば其々微妙に違う形をしているが。アスカはコレが気になっている様だ。


 「…ありゃ、ライフルだ。さっきの店でも見たな。護身用とかか?意外と物騒なのか?」

 「…エイデさん、あれ知っているの?らいふる…?」

 首を傾げるアスカ。

 彼女は知らないのか、とエイデは小さく唸った。


 「…銃は分かるか?」

 「じゅう…?」

 「こういう形の」

 エイデは右手で人差し指と親指と立てて形を作る。所謂拳銃の形だ。

 コレを見て、アスカは小さく首を振った。

 これには少し驚いたが、アスカとエイデは違う世界の住人。

 アスカの世界には銃なんて無かったのだろうと、推察する。

 しかし、そんな彼女になんて説明すべきか。少し悩んで口を開く。


 「あの中に火薬が詰まった弾を入れる場所があってな。其処に専用の弾を入れる」

 「ほうほう」

 「で、引き金があるんだが、コレを引くと入れた勢いよく弾が飛び出す」

 分かるか?と、あまりに簡単な説明。

 アスカは少し黙る。


 「…武器って事?」

 「ま、そうだな」

 「人が死んじゃう威力?」

 「武器、だからな。弾は小さいが、威力は十二分だ」

 「……」

 きっと、彼女には拳銃の仕組みは、まるっきり分からなかっただろう。

 それでもソレが武器であることは理解したのは違いなかった。

 エイデの答えにアスカは再び黙った。


 「どうした?」 

 「あの、ライフル…でいいの?そこら中のお店にあるみたいだからさ」

 「ん?」

 アスカに言われてエイデもあたりを見渡す。

 見渡せば、たしかにその通りだ。

 目に見えるあらゆるお店。その全ての壁に猟銃が掛かっている。

 その様子は酷く物騒だ。


 「…アレ武器なんでしょ?カルトさんの町では、そりゃ、みんな武器になりそうなものを持っていたけど、鍬とかだったし。此処までじゃなかった」

 「そうだな」

 「たぶん、要らなかったんだと思う。あの町の人たち、狂気じみていたけど、人が良さそうと言うか…。なんていうか、幸せそうに暮らしていたというか…。危険と言う危険が無かったんじゃないかな?」

 「ま、あのカルトって存在が居たらな…賊でも近づかないだろうな、アイツには」

 相槌を入れながら、エイデもアスカの言いたいことに気が付く。

 確かにだ。カルトの町は狂ってはいたが、此処まで武装はしてはいなかった。

 ただ、この街は違う。

 何処の店も、猟銃で武装している。

 つまりだ、町中で武装する理由がある、と言う事。


 「…ね?危険でしょ?街の中に危険な人が居るのかもしれない。街の近くに賊とか、獣とか、沢山出るのかもしれない。――そんな可能性がある場所に、シアーナちゃんは一人でいるの」

 「…」

 「心配するな、の方が難しいよ」

 アスカの言葉は、あまりに「最も」であった。

 確かにだ。その可能性は高い。

 街の中に危険がある。街の外に危険がある。

 そのどちらだろうが関係ない。

 結果。今危険なのは、()()()場所で、一人でいるシアーナだ。

 アスカはその彼女を案じている。

 エイデは其処まで考えられなかった。

 いや、先程のレストランに猟銃があったのは気が付いていたが、それ以前に、だ。

 エイデはシアーナが“死”だという事を知っていたからこそ、此処までは思い至らなかった。

 アレでも一応“神”であるから、人間から逃げる事は容易いだろう。…なんて、何処か甘い考えを持っていた。

 ――そもそも、それ以前に…。

 いや、エイデは自身の考えを振り払う。


 アスカの考えは、言われてみれば、死極まっとう。

 彼女が“死”だろうが、それ以前に彼女は幼い子で、少女だというのに。酷く馬鹿らしい油断だ。

 今、この状況に気が付くと、急にシアーナが心配になってくる。

 むしろ、この状況に気が付いてしまうと、拒絶を受けても、シアーナの側にいるべきなのではと思えて来る。


 「…たしかにな。やっぱり俺が先に戻っていようか?」

 「そう、そうなんだよね。そこが問題。あの子に嫌われる覚悟で戻るべきか、あの子の厚意を受け取るべきか…。私もそこで迷っているの」

 「迷ってる?」

 「うん、思い上がりって感じるかもしれないけど。一人で残るってあれ、多分私の事を考えての行動だと思うの」

 「…それは」

 「何故か分からないけど。…なんだか、そうだと思っちゃったら、跳ね除けるのが正解って分かっていても動けなくて。それに今回の事はあの子の『我儘』だから余計にね」



 アスカは、酷く困ったように微笑んだ。

 エイデは彼女の表情を見て、口を閉ざす。

 その18の少女の顔が、あまりに年不相応過ぎるほどに、悲しい物で。

 彼女に何を、声を掛けるべきか、分からなくなったのだ。

 

 「あ、こんなことしている暇ないね!むしろ早く用事を済ませて帰らなきゃ!」

 「まてアスカ。――丁度いい機会だ。ディランもシアーナもいない。もう少し話そう」


 場を暗くしたと言わんばかりに慌てて、話題を変えるアスカに、エイデは漸く重い口を開く。

 エイデに腕を掴まれたアスカは不思議そうに振り向いた。

 僅かながらに彼女の顔に緊張のようなものが走っていたが、エイデはそれを和らげるように笑む。


 「なに、簡単な事だ。シアーナ(あいつ)はどうだ?…可愛いか?」

 「――…変な事を聞くのね、エイデさん…。可愛いに決まってるじゃない!たぶんこの世界で一番可愛い女の子よ。神様なんて目じゃないもの!」

 

 エイデの問いにアスカは満面の笑みを浮かべる。

 嘘偽りも無い、心からの本音と賛美を。輝くオレンジ色の瞳に強く籠っていた。

 今、ここにシアーナが居れば、きっと照れて動けなくなるだろう。

 その様子にエイデはほんの少しだけ、口元が緩む。

 正直言えば、自分でもズレた問いだと思ってしまったが。

 彼女の当然の様に出した答えは、それだけで十分だった。


 「それに、すり込みって言うの?私がこの世界で初めて見たのがシアーナちゃんだから余計かも」

 エイデの表所に気が付かないまま、アスカは冗談の様に言葉を零す。

 「お前は雛か?」なんて言葉は自然とエイデの口から出た。

 僅かな2人分の笑い声。

 今度はアスカが、エイデの顔を覗き込んだ。


 「じゃあ、私もエイデさんに聞いていい?」 

 「なんだ?」

 「エイデさんは、シアーナちゃんの事、どう見てるの?ほら、エイデさん。シアーナちゃん事最初から気にはしていたけど、警戒もしていたでしょ?今はどう?」

 「――…なんだ、気付いていたのか?」

 なんとなく、ちょっかん?と笑うアスカ。

 これにはエイデも参ったと頭を掻く。

 ここまで来れば、隠す気も無い。

 シアーナの正体は勿論口を閉ざし、エイデは頷いた。


 「そりゃ、な。ほら、あいつは化け物だろ…?」

 ――自称だけれど。

 「正直言えば、俺も同じだ。この世界に来た時初めて見たのはアイツだった。最初は分からなかったが、少ししてこいつは人間じゃないと気づいたよ」

 「ほう!」

 「最初はちょくちょく俺の周りに姿を見せていたが。ある日以降、異常なほどに逃げ回り始めてな。俺はソレを追いかけて、結局は隠れられちまった」

 「…エイデさん、やっぱりロリコ…」

 ここで、アスカの頭に軽い拳骨を一つ。

 話を戻す。


 「その『化け物』がだ。ある日突然、あれほど逃げ回っていた俺の前に当たり前に表れて、異世界人とか言う女連れて、助けてくれって頼って来た。そりゃ、警戒だってするさ」

 「あはは…もしかしてだけど、私もその危険人物だったりした?」

 「――…そりゃ、な。ただ、少し話しただけで呆れる程お前は異様に真っすぐだったからな。お前の話は直ぐに信じる事にしたよ。そうなれば問題は一人だろ?」

 問題の一人。それは言わずもがな。

 ここまで聞かされると、アスカもエイデの気遣いに気が付く。

 つまりなのだが、エイデはシアーナを気にかけると同時に、アスカも案じてくれていたのだ。

 元の世界に帰りたいと『人間じゃない少女』と共に、異世界を旅しようとするアスカを気にかけてくれた。

 エイデが、すんなりと旅に同行してくれた理由の1つが理解できてしまった。

 アスカは苦笑い浮かべ頬を掻く。

 エイデは本当にお父さん気質というか、なんと言うか。面倒見がよすぎると言うか。人が良いというか。

 普通は見知らぬ人物をここ迄、気にかけることは無いと思うのだが。

 エイデからすれば、彼女達が放っておけなかっただけなのかもしれないが。そんなエイデの人の好さに感謝と僅かな呆れを抱きながら、アスカが真っすぐにエイデを見つめる。


 「じゃあ、今はどう?シアーナちゃんこと」

 「今、今はな。コレでも警戒していたんだけどな」

 うーんと悩まし気に腕を組んで。

 エイデは困り切った笑みを浮かべた。


 「一週間も経たないうちに、あそこまでボロが出ちまうとなぁ…」


 その言葉にアスカも思わず笑った。

 嫌だって、あまりに共感できたから。

 だって、「自分は化け物だ」なんていう少女が。

 最初の数日はクールを演じていたのか、妙に冷静な態度を取っていたのに。

 たった数日、カルトの町で自らそれを叩き壊してしまったのだから。仕方が無いと言えば、仕方が無い。

 いいやとアスカは思う。

 カルトの町に着く前から、あの子(シアーナ)は案外、素を出していた。

 ちょっとした冗談を真に受けて、一生懸命カニを取ったり。

 普段は表情を余り変えないようにしているくせに、嫌な事はハッキリ顔に出てしまったり。

 持ち前の純粋さなのだろうか。隠しきれていないのだ。


 「そうだね。突けば壊れちゃうからね」

 アスカの言葉にエイデは笑った。

 でも、とアスカは続ける。


 「ほら、そこが可愛いんでしょ?」

 ――と。


 「…そうだな」

 エイデは言う。


 「確かに、アイツは普通のそこら辺の子供だよ。アイツは不貞腐れるだろうが。今はただ、色々と背負っている子供にしか見えない」


 それが、今のエイデの本心なのは違いない。

 シアーナ。彼女が“死”という存在だと知り、気にかけながらも警戒していた。コレは事実だ。

 だが、この1週間。ほんの数日。それだけで。

 もう既に、早くも警戒するのが酷く馬鹿馬鹿しく思える程に、呆れてしまう程に、彼女は余りにも幼く見えてしまったのだから。


 「でしょでしょ?」

 アスカは満面の笑み。

 エイデは、そんなアスカにも呆れた笑み。

 シアーナは子供だ。何があろうと、幼い子供だ。

 でも、それは。

あの幼い“神”の側で笑い、ただ一生懸命に今を楽しむ彼女。

今目の前で、笑顔を浮かべる少女(アスカ)にも、同じことが言える。

 

 「――…でもな、それはお前もだよ、アスカ」

 「え?」

 「俺からすれば、お前だって、普通の18歳の子供だ。――ま、お前たちはお互い、色々背負っちまっているみたいだけどな」


 エイデの言葉にアスカは言葉を失う。

 そんなこと無いよ。

 その言葉が喉の奥に引っかかって出て来なくなる。

 普通かな?

 その言葉が思いつくことも出来なくて。

 何と返せばいいのだろう。何と言えばいいのだろう。

 アスカはどうしようもなく分からなくなって、それでも。


 「――ありがとう。エイデさん」

 必死に唯一思いついた言葉を、心から彼に送るのである。



 ……。


 「…わるい、オレが最後だったな」

 「「おそい!!」」


 ディランが待ち合わせ場所に合流した時、一番に2人から浴びせられた言葉をこれだった。

 あまりにもアスカとエイデが息ぴったりに言うものだから、ディランも息を呑む。

 もう一度、「悪い」と、言葉を零す。

 彼らと離れて、まだ一時間も経っていないのだが…。


 「もう、先にシアーナちゃんの所に帰るべきか悩んじゃったよ!」

 「そうだぞディラン。待たせているアイツの事をもっと考えろ!」

 「…い、いや、オレからすれば…別にそれでも良かったんだが…?」

 「悩んだ結果、厚意を受け取ろうってきめたんだよ!!!」

 「お、おう…」


 珍しく怒っているアスカ。

 ディランだけは、何故彼女達がここ迄感情を露わにしているか、さっぱり理解できなかった。

 ――まあ、と言わんばかりに、ディランは咳払いを一つ。


 「取り合って来たぜ。会うとさ」

 ディラン早速本題へと入った。

 アスカとエイデは安堵した様子を見せる。

 しかし、疑問が一つ。


 「私ディランなら、一人で本を取り換えてしてくるんじゃないかって思ってた」

 アスカの一言にディランは僅かに顔を顰めた。

 “発明”。ディランは一人で彼の元に行った。

 シアーナからは3人で会いに行って欲しいとの事だったが、目的は本を返して貰う事だ。

 ディランの事を考えれば、そんな用事、自分一人で十分だとか。そう言って、1人で本を取り返すのではないか、そう思っていたのである。

 しかし結果は、ディランは本を取り返すことはせず、“発明”と会う権利だけを習得して戻って来た。

 意外である。


 「…ソレに関してはオレだって色々あるんだよ。“発明”の奴。思ってた通り、オレが街に入った事気が付いていたし…。オレにお前達って言う連れが居る事も知っていた。――流石に、それで本を返せとはな…」

 「――…?」

 ディランの独り言のような発言にアスカは首を傾げる。

 全く話が見えない。

 すこしして、ディランは顔を上げた。


 「最後に確認しておきたいが」

 「うん」

 「『IroWenoyuSuwezuRoNelu』…これ、本当に理解できないんだな。お前達」

 「出来ない」

 「悪いな。全く理解できない」

 ディランは、また溜息を一つ。

 アスカとエイデは顔を見合わせた。

 何度言われても、その言葉は理解できない。彼らには意味をなさない。

 

 「…だったら、やっぱりオレ達3人で“発明”に合わなきゃいけない」

 「?…それはいいよ。でもどうして?」

 首を傾げたまま、素朴な疑問を口にするアスカ。

 ディランは少し悩み、何か言葉を選ぶようにして、口を開いた。


 「…この本は、アイツ…チビの物って事は知ってるな」

 「うん」

 「オレ自身、こんな本があった事は知らない。どんな本かも知らない。恐らくだ、むかし“発明”の野郎が勝手にアイツから奪っていったものだ」

 「…それって泥棒じゃない」

 「ああ、そうだ。泥棒だな」

 溜息を一つ。


 「で、その泥棒は。少なくとも150年前からその本を手元に置いて、返そうとしない。――本の題名から考えて、“発明”の野郎は本を返す気はないとオレは踏んでいる。むしろアイツなら『この本は自分の物だ』とか言いかねない」

 「――…なにそれ、最低」

 酷く眉を顰めるアスカ。

 それでも不思議な事は残る。

 “発明”が問題児なのは分かった。彼から本を取り返すのも大変であることも嫌でも気が付いた。

 しかしだ、どうして3人で“発明”の元に行く必要があるのか。

 

 「――…別に無理矢理奪うのはいいさ。でも“発明”は抵抗してくるだろう。町中を巻き込んで、馬鹿みたいに必死になってな。オレだけじゃない、()()だって狙う」

 「だろうな、俺達は都合のいい人質だ。特に、女だと、な」

 「――…」

 アスカは遂に言葉を失う。

 あまりに身勝手だ。

 身勝手が過ぎる。

 泥棒した挙句、自分の物にして、返すどころか逆キレを起こしてくるなんて信じられない。

 

 「正直、オレも側にいてくれた方が助かる。そっちの方が守りやすいのは確かだからな…。チビだって、それが分かっていたから俺達3人で行けって言いたかったんだろうよ」

 眉を顰めたまま、何も言わないアスカにディランは小さく息を付いた。

 ――1番肝心な事だけは言えなかったが。


 「――…それが、本当なら…」

 「ま、それは一番最悪の想定だ。もしかしたら、ただ本の存在を忘れているだけなのかもしれない。その場合は、簡単に返してくれるさ。だから、オレ達が出来るのは“発明”と楽しく会話をしながら、出来るだけ早く本題を済ませてしまうことだ」


 まるでアスカの言葉を遮る様に。

 今にも駆けだして行きそうなアスカの首根っこをディランが掴む。

 アスカは勿論不服気だ。

 だが、離せば、やっぱり心配だとシアーナの元に走っていくのは違いない。

 ディランにとってはシアーナの願いが第一なのだ。

 彼女が、自分達で本を取りに行ってくれと頼んだのであれば、それに従う。

 ――いや、それ以前に。

 さっきはシアーナの側に帰っていてくれても良い、なんて事を言ったが正直。アスカがシアーナの側にいるのはディランからすれば不安の一言でしかない。なにせシアーナはこの先に起こるであろうことを予測して、こちらにアスカを託したのだから。

 ああ、この際言ってしまおう。

 エイデならまだしも、アスカがシアーナの側にいても邪魔なだけだ。

 シアーナは一人の方が良い。その方が逃げ切ってくれる。

 だから、ディランは言いつけを守るだけだ。


 「よく分からねぇが…。さっき言ってただろ?厚意を受け取る事にしたって。それって、チビの所には帰らずにオレと行動を共にするって決めたんじゃないか?だったら。オレの側に居ろ」

 「…」

 「チビ助なら大丈夫だ。あいつはほら、小さいだろ。街の外は林だ。ちょっと座るだけで草木に隠れて見つかりっこねえよ」

 「…今の、シアーナちゃんに言いつけてやるんだから」


 ――う…。

 思わず、眉を寄せて。

 それでもアスカは「分かった」と。

 どうやら、アスカも覚悟を決めたようだ。

 大きく息を吸って、キリっと。

 

 「じゃあ、さっさと終わらせよう!」

 急かし気味でディランを見上げるのである。





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