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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
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アスカ 前編 発明の街 4



 『インヴェンション』そう呼ばれる町に着いたのは、まだお昼にもなっていない、午前の間であった。

 その街はカルトの町とは大違い。

 高い壁で街の周りをぐるりと囲み、外からだと中の様子が見えない。

 その街の側。

 大きな道から離れた林の中で、アスカは高い壁を見つめ、不思議そうに振り返った。


 「それで、そのインヴェンション…さん?どんな風におかしいの?」

 「どのように…と言われましても…」

 アスカの言葉にシアーナは酷く困ったように首を傾げる。

 何と言えばよいか、悩んでしまった。

 どう説明すべきか…今の彼女には無理な事だ。

 なにせ、娯楽(狂人)の時と違って、インヴェンションはシアーナが個人的に距離を取りたいと思っているだけに過ぎないのだから。


 「インヴェは、そうだな…」

 シアーナが悩んでいると、側で代りにディランが答える。

 

 「カルトは誰もが認める生粋の狂人だが、アイツは自覚も無い狂人だ」

 「へ?」

 「…どう考えても頭がおかしいのに、こっちではインヴェは至って真面…そう判断されている。そう言えばいいか?」

 「うん、分かんないかな!」

 ディランの説明にアスカは全く理解できてない。

 アスカの様子を見て、ディランはまた僅かに悩んだ。


 「あれだ。オレの中では狂人で、な…。だが、本人も含めて周りはそれに気が付いていない。これで良いか?」

 「これで良いかと言われても…」

 ディランの説明は驚くほどに下手だ。

 アスカ所かエイデも眉を顰めている。

 「まあ、会ってみれば分かるんじゃないか…?」

 と、ディラン。


 そんなディランに対しては、シアーナは意外であった。

 彼が“発明”を嫌っている。狂人とまで言っている。

 それは余りに初耳であったからだ。


 「…ディラン、“発明”と仲が悪いんですか…?変声機を作ってもらう様な仲なのに?」

 「…コレはアイツが勝手に送って来たものだ。オレは頼んじゃいねぇよ」

 思わず口にすると、ディランが否定する。

 そういえば、初日にそんな感じな事を言っていたっけ…?

 確かにあの時も、まるで“発明”が勝手に押し付けて来たかのような説明をしていた気もする。

 でもそれなら使わなければ良いのに…。

 

 「いろいろ便利なんだよ。言っただろ?この姿()だと、女の声の方が怖がられることが無いって」

 ――なんて、思っていると、ディランは察したように付け足す。

 そんな事も言っていたな…。シアーナはそれ以上何も追及することは無かった。

 考えてみれば、ディランが“発明”を嫌っている事に関して、シアーナは関係が無い。

 なんで“発明”を嫌っているか、コレを気にする必要も無い。

 だって、シアーナにとって、“海”(ディラン)も“発明”と同じぐらいに嫌いなのだから。

 ディランを知る気はない。


 ただ今は、取り敢えず。

 そんな嫌っている存在の元にディランがアスカ達に着いて行ってくれることを決めてくれた。

コレだけを感謝しよう。ちょっとだけ。


 「それで、シアーナちゃんは本当に大丈夫なの?」

 僅かに俯いていると、アスカが顔を覗かせてきた。

 オレンジ色の瞳が、珍しく懸念の色が混ざっている。

 そんなアスカにシアーナは少しだけ笑む。


 「大丈夫です…街の反対側で待っていますから…。私は此処嫌いですけど、街中は至って綺麗で普通と聞きますし。楽しんできてください」

 「………やっぱり、私も残るよ。一人じゃ、寂しいよ?」

 「いえ、本当に大丈夫ですから。むしろ街の中に入らなくてすんで私は嬉しいです…」

 「………」

 アスカは、それ以上は何も言わなくなった。

 ただ僅かに不機嫌そうだ。

 不機嫌そうであるが、無理強いはする気は無いのだろう。

 何も言わないままに、アスカはエイデをチラリ。

 エイデを見れば、彼は苦笑。


 「…ま、仕方が無い。食料を調達して、インヴェンションとかいう“神様”の所で用事を済ませてくる。長くても2時間で済む事だろ?直ぐ帰って来ればいい」

 「もうエイデさん違うよ!ここは、『じゃあ仕方が無いな…。俺とディランだけで行ってくるから、アスカは留守番していてくれ』って味方してくれなきゃ!」

 そこで思惑を言ってしまうと、意味も無いのだが。

 シアーナは眉を寄せる。


 「だめです。アスカさんはエイデさん達と一緒にいてください」

 「………うわーん!エイデさん!シアーナちゃんが反抗期に戻ちゃったよ!カルトさんの所ではあんなに可愛くて、ビックリするほど乗せやすかったのに!」 

 アスカが妙にワザとらしく、エイデに泣きついて行った。

 何故だろう。聞き捨てならない言葉ばかりが並んでいる気がするが。

 シアーナはぐっと我慢。

 アスカが此方を心配してくれているのは理解で来る。胸だってざわつく。

 でも駄目なのだ。今回ばかりは彼女の善意は押しのけなくてはいけない。

 ここでアスカの対応を間違えれば。またなんやかんやと彼女に流されて、結局アスカも此処に残る…

 そんな結果が待っているのは、この一週間で理解した。

 そもそも思い返してみれば、シアーナ(自分)はアスカに流されやすいというか、甘くて弱い。

 でも、今日ばかりは譲る気は無い。


 「…エイデさんに泣きついても私の意思は変わりません。アスカさんも街へ行ってください」

 「――エイデさん。私は心配しているだけのはずなのに、なんか私が駄々っ子みたいになっていたりする?」

 「…まあ、今回はこいつに乗ってやろう」

 エイデは苦笑いを続けていた。

 しかしと、コホン。

 シアーナの意思は本当に変わる気はない。

 エイデはそう判断したのだろう。街の外壁に視線を移して、元の話に戻す。


 「それで、お前はそのインヴェンションって“神”の所に行って、本を持ってきて欲しいんだったな。いや、返してほしい…だったか?」

 「は、はい…」

 唐突に話が戻ったせいか、シアーナは一瞬驚きながらも小さく頷く。

 それは、シアーナがエイデ達に頼んだ本当の理由だ。

 この街を治める神である『インヴェンション(発明)』…。彼に合ってきて欲しい。

 もっと正確に言えば、“発明”()の元にある、ある本を返してもらって欲しい。

 それが、シアーナの望みだ。


 「ま、それは良いんだけどな…」

 エイデは僅かに曇った顔をする。

 その本は元からシアーナの物であるらしく、長年“発明”の元にあるから、それを返してほしい。シアーナからすれば、極まっとうな願い。

 コレに関して、エイデは不満はない。それはそうだと納得して、シアーナの願いを聞き入れた。

 ただ…。


 「本当にこんなタイトルなのか?」 

 と、エイデが険しい顔のままに、手元の紙を見る。

 シアーナは大きく頷いた。

 その紙はシアーナが書いたものだ。探している本の名前だ。…名前の筈だ。


 「………え、えー…うぇ…く…?」

 「『IroWenoyuSuwezuRoNelu』…です」

 「………なるほど、なんて…?」


 …読めないのだ。全く。

 読めないどころか、()()ことも出来ないのだ。

 幾度となく問いただしたが、結果はずっと同じ。

 言葉の意味が理解できない。まるで呪文。

 エイデだけじゃない。アスカも勿論読むことも、聞くことも出来ない。

 ――だからこそ、シアーナは紙に書いて渡したのだが…

 紙に書いてもらっても文字は文字として意味を成していない。


 「読めないのは仕方がありません…ですので、その文字の本をさがしてきてください」

 「……」

 「『IroWenoyuSuwezuRoNelu』…安心しな。多分()()()()はオレも読めるから」

 

 ただ、ディランだけはその文字は「読めた」。

 何の本かは彼にも分からないが。少なくともディランが居れば、問題は無いのだろう。今はコレを信じて、次の確認。

 本を取り返すとして、そんなあっさり“発明の神”に合う事が出来るか。


 「…じゃあ、その“発明”にも会えるんだな」

 「だから。そこも、オレの名前を出せば通してくれるはずだ」

 エイデは渋い顔をする。

 こちらもまたディラン頼り。

 コレを見越して、シアーナが3人で行けと言ったのか。理解出来た。


 「…昔と変わらないのであれば、“発明”は…事前に話を付けていなくては会えません…。でも、“神”は別です…。彼は何故か…“神”には甘い筈ですから」

 「恩を売ってんだ。アイツはモノを作る事しか出来ない。弱いんだよ。後々、有利に物事を進めるために押しつけがましく、人間には厳しいくせに“神”には良い顔をしやがる」

 「――…なるほど…“神様”にも色々いるんだね」

 流石のアスカも僅かに眉を寄せる。

 「ま、安心しな」とディラン。

 酷く複雑そうであり、嫌々ながらも、今回は自分に任せろと言いたげな表情だ。

 その様子にシアーナも僅かにため息を付く。

 ああ、“発明(あれ)”もまた変わっていないのか…と。


 「もし…何かありましたら、アクスレオスの所に逃げ込んでください」

 「え…?アクス…さん?」

 もしもの事を考えて、シアーナはアクスレオスの名を出す。

 そんなまるでディランだけだと不安だと言わんばかりな…。

 ディランは僅かに眉をハの字でしょぼくれて、アスカは勿論首を傾げた。

 彼と別れたのはカルトの町。

 アクスレオスがあの町を出たって、先に町を出た自分達を追い越して、この街に来ているとは思えない。

 此方に関しては簡単だ。


 「アクスレオスは診療所を持っているんです。この世界の、人が住む場所ならどこにでも存在していて…。そして、彼の診療所は全て一つの場所につながっています。簡単に言えば、彼の診療所の扉を開ければ彼の元に辿り着けるんです…」

 「おお、つまり瞬間移動!?魔法…だね…!」

 「…ええ、魔法みたいですね」

 否定するのも面倒くさくなって、シアーナは頷く。

 なんにせよ。この街にだってアクスレオスの診療所は存在している。

 あれから数日たっているし、アクスレオスも帰ってきているに違いない。匿うぐらいはしてくれるだろう。

 場所はディランが知っているはず。――本当に今回はディラン頼りだ。なんて…。

 でもエイデやディランの他にアクスレオスが付くのだ。

 これで、少しは憂いが晴れた…そんな気がした。


 「――じゃ、手早く終わらせてくるか」

 切り出す様に、エイデが言う。

 彼の言う通りだ。これ以上此処でぐだぐだと話し込んでいても仕方がない。

 この街での自分達の役目は食料調達と“発明”に合って本を返してもらう事。

 シアーナを一人にするのだから、早く終わらせて、早く街を出た方が良い…。それがエイデの判断だ。


 アスカは改めてシアーナを見る。

 その顔は複雑そのものだ。


 「…それじゃあ、シアーナちゃん。直ぐ帰ってくるからね」

 ただ、アスカはもう不満を口にするようなことは無かった。

 彼女も彼女で言い争うより、早く用事を済ませて戻って来た方が良いと踏んだのだ。


 そんなアスカにシアーナは僅かに笑みを作る。


 「いってらっしゃい」

 と、ただそれだけ。

 アスカはこれに渋々と「いってきます」を口にする。

 何度も後ろのシアーナを見ながら、アスカは街へ向かうエイデとディランに着いて行く。


 「おみやげ!期待しておいて!」

 最後に手を振りながら。

 その言葉を最後に3人は林の陰から、大きな道沿いへと出ていくのであった。



 「…」

 アスカたちが道に出て、街の中に入っていくのを確認しながらシアーナは小さく息を付いた。

 アスカは最後まで、シアーナの側に居ようとした。

 その事実に少しだけ心がざわつく。

 正直、彼女をあの街に行かせるのは危険だ。街には行ってほしくないが本心。

 でも、それより自分の側にいるのは危険。

 自分()の側にいるより、エイデとディランの側にいた方が何千倍も安全なのだから。


 ――本当は、本を取りに行くなんてお願い事なんてしたくなかったが。

 此方に関しては仕方が無いと思うしかない。

 シアーナ自身では、どうしてもあの本を取り返しに行くことは出来ないのだ。


 多分、少なくとも、本を取り返そうとすることによって、“発明”にシアーナ()が来たことはバレる。

 “発明”(アレ)は馬鹿じゃない。“発明”の手元にある本は紛れもなくシアーナの物。彼が200年程前に勝手に持ち出して、返してくれなくなったもの。本の存在はシアーナと、“発明”しか知らない。

 それが、突然ディランがやって来て、彼が知らない筈の本を要求してくる。

 ――だから、バレる…。

 今、街の側に“死”が潜んでいるという事が。裏でシアーナ()と通じている事が。

 その結果、何が起きるか?――シアーナは知っている。

 だからこそ思う。

 …それも含めて、アスカはエイデ達の側にいた方が安全なのだ、と。


 それにと思う。

 昨日眠れない夜の中でシアーナは考えていた。

 コレから事。コレから自分がどう動くか。改めてしっかり考えてみた。


 この街、“発明の街”。

 ここは大嫌いだけど、普通の人間からすれば楽しい街、かもしれない。

 カルトの町でも色々あったけど、アスカは楽しかったと言っていたのだ。

 だったらこの街だって、きっと楽しい筈。


 ――アスカには楽しい経験をしてもらいたい。

 この世界で楽しい体験をして。

 少しでも元の世界に戻りたい、なんて願いを変えて貰えたら…。

 

 それが、シアーナの考えた末の答えだった。


 シアーナはモゾりと、林の中に身を顰める。

 こうして考えている暇はない。

 此処は危険だ。はやく街の反対側に移動して、身を隠さなくてはいけない。

 林に身を顰めながら、町から離れていく。


 ただ最後に、チラリと街の入口を目に入れて。

 彼女の安否を願いながら、シアーナはその場を後にした。




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