アスカ 前編 発明の街 3
「私、“発明”の所には行きませんから…」
一夜明けて。
朝食の席でのシアーナの一発目の一言がコレであった。
カルトの町を出て今日で6日目。
予定より早く進んできた結果、今日中には次の町。
“発明の神”が収める街。「発明の街」に着くだろうと昨晩のうちに話題が出たいた時の事である。
妙にハッキリとした拒絶の言葉に、エイデとディランは顔を見合わせた。
――またか…。なんて思ったが、しかしとも思う。
シアーナの顔は「カルトの町」へ着く時よりも、決意が籠り、酷く険しい。
「あのな…」
「昨日、寝ながら思ったんです。私が、わざわざ“神様”がいる街に入るなんてしなくても良い…。私は街の外で待っていればいいんだって…」
エイデが何かを言う前にシアーナは言い切る。
シアーナからすれば本音は。
「街に入りたくない。でも物資的な物の事を考えると町に寄るのは必然なので、仕方が無い」
ただ、コレだけだ。
これはカルトの町の時も考えた事。
今回は更に自分は絶対に街に入る気はない。そう、決心しただけ。
あまりに決意が籠った瞳に、エイデも思わず黙ってしまう。
それプラス、昨日の今日だ。シアーナを気遣ってか、無理強いできない。
しかし、気遣うとして、シアーナだけを置いて街に入るのは出来ないのも事実である。
「あのな、シアーナ…。お前だけ街の外に置き去りは無理だ。出来ない」
「お気遣い必要ありません。街には勿論宿屋があります。皆さん一週間ぶりのベッドでしょう?休んでください」
だから、無理である。
エイデは酷く参ったように頭を掻いた。
今の言葉に心からのシアーナの気遣いを感じ取れるから、更に質が悪い。
つまりだ。
「自分は街に入る気も無いけど、みんなは気にせず街でゆっくりしてきて
と…。
これをどうやって「分かった」なんて承諾出来ると言うのか。
先ほどから隣にいるアスカもディランも険しい顔をしているのだが。
――仕方が無いと、エイデはため息を付いた。
「分かった。じゃ、今回は食料調達だけにしよう…。アスカもディランもソレで良いか?」
「――!うん。私は構わない」
「…オレもだ」
エイデの判断にアスカとディランは反対することも無く、賛同した。
今回はシアーナに合わせるしかない。2人も同じ判断を下した様であった。
3人の意見に、シアーナは「意外」という表情を見せる。
反対されると踏んでいたのだ。
ソレが意外とあっさり。
こうも受け入れられるとは思いもしなかった。
ただ、と思う。「どうして、食料調達なだけなのだろう。泊まって行けばいいのに」――と。
「――…あ、ダメです…」
ふと、何かを察したようにシアーナが声に出す。
何が駄目なのだろうか。
アレだろうか。遂には「自分は気にせず街に泊まれ」…とでも言いだすんじゃなかろうか。
――そんな、呆れ顔。
ディランが口を開いた。
「分かった。オレがこいつといるから、エイデとアスカは街に数日泊まっていきな」
「――…!」
それはディランからすれば、一番の打開策だ。
シアーナは取り敢えず、自分は抜かして、異世界人の二人は気にかけている。
この事実は流石に、ここ数日で嫌と言う程理解した。
しかし、それと同時に、アスカたちはアスカたちでシアーナは放っておけないと。コレも十分理解した。
ついでに、今ここにいる異世界人は信頼に値する人物であると。コレも少なからず、理解した。
ならば此処は、アスカ達を街に入れて、ディランはシアーナの側にいると言う選択を選ぶのは仕方が無い事であった。
どうせだ。彼らが街に毒されるようなことは無い。
長くても、数日たてば必ず帰ってくるだろう。
――アスカが街で真実を知ろうが、気付かないままであろうが。
アスカ達は必ず一度は帰ってくる。そんな確信があるのだから。
むしろだ。ここでシアーナを1人にする事の方が、アスカもエイデも心配する。いや、許しはしないだろう。
だから、シアーナは嫌がるだろうが、これは一番の策なのだ…と。
「だめです。今回はディランも着いて行って下さい!」
「――…」
しかし、いや。目に見えていたというか、拒絶を露わにしたのはシアーナ本人であった。
流石にディランだって呆れる。
これは本当に、この場にいる全員を考えての行動だというのに。呆れ果てて、ジト目で見てしまう。
「だめだよ!だったら、私が残るから!」
ほら、アスカが声を上げた。
アスカが「自分が此処に残る」と言う前に自分が我先に声を上げたというのに、全く…。
シアーナが自分を嫌っているのも分かっている。それも仕方が無いと思う。けど此処は、我慢して欲しい、なんて…ディランが思うのも当たり前だ。
「…ダメです。アスカさんはエイデさんとディランさんと一緒にいてください」
アスカの提案に、少し迷ったようであったが、シアーナは首を振った。
もしかして、自分の側にいるより、と思っての行動だろうか?
彼女の正体を知るディランは更に呆れた。エイデも呆れた。
ただ、ここからはシアーナをどうやって言い包めるかが勝負なのは確かだ…。
ちなみにシアーナが納得しなければ、きっとおそらく、またあの豪雨。
それだけは避けたかった。
「ああ、もう分かった、分かった!俺だけ行って来るから、食料の調達だけだ。1時間で戻ってくる。悪いが、アスカとディランは此処で待っていてくれ」
「――…だから駄目です。3人一緒に街に行ってださい…」
仕方が無くエイデが策を上げる。
しかし、シアーナは此方も拒絶を露わにした。
それもはっきりと。
ここまではっきり言われると、エイデもはっきりと対抗するしかない。
「あのな、シアーナ。今回はお前の言い分は聞いてやる。だが、お前ひとりで街の外に残すのは出来ない。とくに一晩とか、無理だ。だから誰かと一緒にいてくれ。1時間で戻ってくるから」
諭す様にエイデ。
この言葉にアスカとディランも「うんうん」と頷く。
しかしだ。
肝心のシアーナだけは怪訝な顔をして、首をかしげるばかり。
少しして、シアーナは漸く何かに気が付いたように、口を開いた。
「――…皆さんが心配性なのは良く分かりました。どうせ私が何を言っても私が街の外で待っている以上、放っておくなんて事は出来ないのでしょう?それは分かってしまいました…」
「「「――…ん?」」」
これに声を上げたのは勿論残りの3人。
当たり前だ。シアーナはこちらの意図を完全に理解していたのだから。
本当に分かっているじゃないか…と、驚いたぐらいだ。
しかし、分かっているなら、何故?
今度はアスカたちが疑問で首を傾げた時。
シアーナは眉を寄せて、言う。
「――…皆さんには、少しお願いしたいことがあるのです…。凄く危険ですから、3人で行ってきて欲しいんです」
――思わず、言葉を失う。
シアーナが此方に対してお願いなんてしてきたからだ。
彼女が此方に「お願い」なんてしてくるとは、出来るとすら思いもしていなかったのだから。
それもだ。シアーナは確かに言った「危険」と…。
聞き間違いとすら思えるぐらいだ。
しかし聞き間違いではない事は直ぐに理解する。
シアーナが、あまりに酷く、申し訳なさそうな表情を浮かべているのだから。
彼女は本当に此方にお願いしたいことがあるのだ――。
「どうしたの?何でも言って!」
アスカが問う。
少しだけ嬉しそうなのは、シアーナに頼られたからだろうか。
そんなアスカを見て、シアーナは更に申し訳なさそうな表情。
「やっぱりやめます」なんて言い出しそうな雰囲気だ。
――だが、これまた予想外と言うべきか。
少しの間。シアーナは漸く『お願い』とやらを口にする。
「…インヴェンション…“発明”に会いに行って欲しいんです…」
――それは余りに意外な願い。
思わずと、アスカとエイデは「え?」と間の抜けた声を漏らしてしまった。
ただ、ディランだけは渋い顔。
「インヴェンション…?それって…」
「“発明”…“発明の神”の事です。あの街を治めている“神”です」
確認すれば、シアーナは頷いた。
インヴェンション。
それはシアーナが言った通り、この世界では『発明の神』の名だ。
勿論アスカたちは“発明”に出会ったことは無いが、ちょくちょくとその存在は露わになっている。
何せ、ディランの変成器や、カルトの町で移動コンロを作った、その人なのだから。
知らない人物であるのは違いない。
だが、その人物が、どう危険なのか…。アスカ達は理解出来ずにいた。
“神様”だからだろうか。
ただ、アスカもエイデも“神様”は危険。コレは先のカルトの1件で嫌と言う程理解した。
しかしだ。カルトに合った手前、“神”で在ろうとカルトに比べれば、どうってことないだろう。――なんて。
「…ああ…なるほどね…いいよ。分かった…」
ただ一人。渋い顔をしていたディランだけは、完全に察した様であったが。
ディランは今までで一番大きなため息を付いてアスカとエイデに視線を向けた。
「今回はチビ助の言う通りにしようぜ。“発明”に会いに行って欲しいとか…そりゃ、確かに危険だわ」
「おいまて、1人で納得するな!」
ディランの態度にエイデが声を上げる。
何を一人で納得しているのだ。
何がそんなに危険なのだ。説明が欲しい。
まさにそんな表情。
しかし、ディランは何とも言えない表情を返す。
まさにそんな事を言われても…と言わんばかりの表情だ。
ただ、ディランだって分かっている。
アスカ達にはしっかり説明しなくては理解されないと。
だから、簡潔で、一番簡単な説明をディランは口にする。
「――…“発明”、カルトより頭おかしいんだよ…。オレも嫌い」
――と。
そんな困った表情のままで、何処かで聞いたような、発言を。
いや、それ以上に恐ろしい言葉までプラスされている。
アスカもエイデも心から思った。呆れを通り越して愕然とする。
「ああ、この世界には真面な神はいないのか」――なんて。
今日で何度目か。
しかしこれには、エイデは大きくため息を付くしか出来なかった。




