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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
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アスカ 前編 発明の街 2


 焚火の音だけが、静かに響く。あれから、誰の声も聞こえない。

 気を使わせてしまったか、焚火に背を向けたまま横になっていたシアーナは小さく息を付いた。

 ただ、自分は姉だった人たちの話をしただけであったのに、楽しい記憶を思い出して、ソレがもう二度と戻らないと思い出して、酷く悲しい気分になって、あの場を暗くしてしまった。

 コレからは、家族だった人たちの話はしない様にしなければ、そう心に決めてシアーナは誰にも見つからないように何処からともなく黒い本を取り出す。

 暫く休んで居た。仕事をしなくては、そう思い、本を開き、名を記す。


 そんな彼女に、赤い影はゆっくりと近づいた。

 ――ふわり、シアーナの身体に柔らかな毛布が掛かる。

 それだけじゃない、すぐ側に誰かが腰を下ろすのが分かる。

 思わず、肩を強張らし、振り返った。


 「あ、起こしちゃったか」

 目に映ったのは、困ったように微笑むアスカの姿。

 一瞬、思考が固まったシアーナだったが、自分に掛かる毛布を見て、アスカが気遣ってくれたのだと、直ぐに察しがついた。慌てて本を隠す。


 「ど、どうかされましたか…?」

 裏返った声で問う。アスカは綺麗に笑った。


 「うん、一緒に寝ようかなと思って!」

 「…は?」

 綺麗な笑顔から出たのは理解不能の一言。

 シアーナは小さく声を漏らして、少し考えてから、もぞもぞと体を起こした。

 「いやですけど…」

 「…女の子同士だもの!これぐらいは大丈夫よ!」

 全く話になっていない。アスカは引く気はないらしい。シアーナは俯く。

 また少し考えて、気が付いて、アスカを見上げる。


 「大丈夫です。気遣わなくても、先程は私が悪い事をしただけですから」

 「無理かな。そんな考えで一人蹲っている限りじゃ」

 素直な言葉を口にしたのに、アスカはぴしゃりと一言。やはり引く気が無い。

 再び俯くシアーナにアスカは笑みを浮かべたまま、シアーナの隣に腰かけると少々強引に彼女の手を取った。ぐらりと傾く身体。そのまま2人はパタンと地面に倒れ込む。

 視線を上げれば、相変わらずアスカの笑顔が一つ。

 あまりに彼女が強引で、シアーナは何も言えずに呆然としていた。


 「うん、悩んだんだけど。やっぱりこれぐらい強引じゃなきゃ、ダメみたいだね」

 毛布に包まったアスカがシアーナを見て言う。

 少しして、漸く我に返ったシアーナも口を開く。


 「すこし強引が過ぎます…。アスカさんが怖くなりました」

 「う。し、仕方が無いでしょ?エイデさんにはそっとしておいた方が良いって言われたし、分かっているけど、放っておけなかったんだもの」

 シアーナの言葉にアスカは何処かばつが悪いと言う様な表情を1つ。

 その表情を見て、シアーナは視線を逸らす。

 彼女に其処まで気を使わせてしまったのか、胸のあたりが酷く重くなる。


 「…もう、こうしましょう」

 そんなシアーナの様子に呆れ交じりのアスカの声が一つ。

 とん、と、額にアスカの指が当たり、思わず彼女に視線を戻す。


 「気を使わせて悪かったと悩むのなら、今日は私と一緒に寝ましょう!それで全部チャラ!えーと…私はソレでシアーナちゃんを許します!」

 「――…」

 何とも強引な。強引を通り越してないか、ソレ。シアーナは唖然として、僅かに眉を顰めた。

 少しの間、溜息を一つ。


 「…アスカさん変な人ですね…じゃあ、今日一緒に寝ますから、私のささやかなお願いを叶えて下さい」

 「お、そう来るとは思わなかった。でもいいよ。ささやかなお願いなら叶えてあげる!」

 ニコニコのアスカ、シアーナは彼女を見て小さく頷いた。「なら」そう前置きして。


 「まず、抱き着くのをやめてください」

 「まず…?え!」

 「それから私を微笑ましい目で見るのをやめてください、距離も何時も近くてドキドキするのでやめてください。細いと言って脇腹を触るのをやめてください。それから、一緒に寝るのは今日で最後にしてください。頭も撫でて欲しくありません。それから、えっと」

 「うん、待とうか。シアーナちゃん、私の心が悲鳴を上げてる。やめようね!」

 最後まで言い切る前にアスカがシアーナの口を押えた。本当に心から悲しそうだ。

 ううんと、声を漏らして、アスカは口を開く。


 「そんなに、嫌だった?私コミュニケーション激し過ぎた…?」

 少しの間、悲し気なアスカを前にシアーナは考えてから首を横にふる。


 「いいえ…嫌…では無いと思います。どうすればいいか分からなくなるので、やめて欲しいだけです」

 今度はアスカが黙る。少しして、ホッとした笑みを一つ。なんだ、なんて声を漏らして、キリっとシアーナを見る。


 「そうであるなら、ダメです。多すぎ!」

 「え、だ、ダメなのですか?多すぎ…?」

 「うん、多すぎ!等価交換だよ、シアーナちゃん!1つ、1つだけにしよう!」

 ――等価交換…。なにか、違う気もするのだが…。そもそもアスカの行動は出会ってすぐの人物にする行動じゃ…。嫌、でも、確かに少し我儘が過ぎたかもしれない。

 なんだか、腑に落ちないが、目の前のアスカがあまりにも真剣な瞳で訴えかけてくるものだから、シアーナは考える。一番してほしくない行動は…。


 「だったら、脇腹を…触るのは駄目です…」

 「脇腹、分かった!一回しか触ってないはずだけど、今後は絶対に触らない!」

 「…はい、そうしてくれれば…」

 「ちなみに、聞いていいかな?そんなに嫌だった?」

 「はい、他人に脇腹を触られるのは嫌です。…くすぐったいから嫌です」

 アスカが黙る。ものすごくキリっとした顔で。徐々に何故か残念そうな表情になって。何故そんな残念そうな顔になるのか、理解できないまま、シアーナは首を傾げた。


 「わかった!我慢します!でも、今日だけは遠慮しないから!」

 残念そうな顔は、ほんの一瞬。アスカの手がシアーナの手を握る。

 こつんと、額に何かがぶつかる。ソレがアスカの額で。気が付けば、アスカの顔が目の前にある。彼女が更に身体を近づかせてきたと気が付いたのは、それから数秒立っての事。

 距離を取らなくてはいけない筈なのに、あまりの事でシアーナは動けなくなる。


 「今日、今日だけはこうして一緒に眠るよ。距離が近すぎって言ってもダメ」

 拒絶するよりも前にアスカが、きつく手を握りしめる。どうして、その言葉が出るよりも先にアスカは言う。


 「今にも消えてしまいたい。帰りたい。…そう想っている子を誰が一人に出来るものですか」

 

 ――息を、吞む。

 ただ、呆然と、額に、手に伝わる温もりを感じながら、言葉が出て来なくなる。

 ちがう、だいじょうぶ、その言葉が頭に浮かんだが、全部消えていく。

 アスカが少しだけ、顔を離した。額の温もりが無くなる。

 目に映るのは笑顔を浮かべる彼女。

 キラキラしていて、暖かくて。今、私は此処にいる。そう力強くひしひしと伝わってくる眩しい笑顔。

 手が、とても暖かい。

 また、まただ。その笑顔、温もり、シアーナは目も離せないほどに、彼女はとても綺麗だと思った。

 同時に思う、どうして、彼女は此処まで前向きな表情を浮かべる事が出来るのだろう、と。


 シアーナの手に力がこもる。縋るようにアスカの手を握ったことは本人も気が付かない。


 「…わかり、ました…今日だけ特別です…」

 「うん!」

 シアーナの答えにアスカは満足そうに頷いて、また、額をくっ付ける。

 その温もりは酷く心地よい。でも、同時に心臓が大きく跳ね上がって煩い。

 出来る限り、アスカを見ないようにと目を閉じていると、ふと手の温もりが消えて、頭を撫でる感触が伝わって来た。アスカに頭を撫でられていると言うのは直ぐに気が付く。


 「それとね、シアーナちゃん。もう少し、私達に無茶を言っても良いかな?甘えても良いって言うのかな?」

 「…?」

 「もっと私達を頼りなさいってこと。お願いの一つや二つ、口にだして」

 「………」

 アスカの言葉にシアーナは僅かに目を開ける。

 少し考えて、「それはむり」そう言おうとして、止めた。多分、それこそ無理な事だ。

 コレからも“神様”が居る街を行くのであれば、いつかシアーナはボロを出して、街中で迷惑をかける。ソレはカルトの時よりも酷いだろう。

 ――そうであれば、きっと最初から、無理であるなら無理と口に出しておいた方が、アスカ達の為にもなる。それは次の街でも直ぐに出してしまうだろう。


 「…分かりました。…じゃあ我儘いいます…」

 「あはは、なんか妙に素直なのが怪しいけど、良しとしましょう!」

 シアーナの答えにアスカは僅かに笑って、頭を撫でた。

 そんなアスカを見ながら、シアーナは再び目を閉じる。


 目を閉じたモノの、眠れそうにも無い。少ししてもう一度目を開ける。

 目を開ければ、アスカは既に寝息を立てていた。寝入るのが早い…なんて心の中で思いながら、シアーナは自分の手を握るアスカの手を見つめる。


 ふと、思う。今、自分はアスカの為に無意味な旅をしている。

 彼女を元の世界に返すと言う名目で、本心は旅の道中で、その考えを諦めてくれれば、なんて適当な考えもの元、アスカの側にいる。

 ――そんな甘い考えでアスカが元の世界に帰る事は止めないのは確かだ。もっと、彼女の事を考えてコレからの旅を続けなくては。

 そうなれば、自分はどう動くべきだろうか。改めて考える。

 どうして、こんな考えが浮かんだか分からないけれど、シアーナは静かに目を閉じた。

 どうせ眠れないのだ。もっとアスカの為になる事を考えてみようと。…きっと、考えなくちゃいけない。そう静かに思考して。

 この長い夜を、温もりを感じながら過ごし明けるのである――。



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