アスカ 前編 発明の街 1
夕刻。六時頃か。
カルトの町から出発して、早くも数日がたった。
開けた林の中で、「ほら出来たぞ」とエイデが笑顔で鍋のふたを開ける。
辺りに漂うのは香ばしい醤油の匂い。言わずもがな、『肉じゃが』である。
「うわあ!やったぁ!」
歓喜の声を上げるのはアスカ。
彼女はキラキラした目で、鍋の中を見下ろした。
「やっと食べられるよ!こないだはエイデさんが、勝手に人に上げちゃったかなぁ…」
「悪かったな!お前、食べ物の恨み強い方だろう!…全く…」
『肉じゃが』はアスカからのリクエスト。
こないだの料理コンテスト、エイデが見知らぬ女性に「肉じゃが」を上げてしまったのが原因だ。
別に大きな問題という訳じゃない。
ただ、あの後「私も、もっと食べたかったのに!」とアスカが酷くショックを受けたのだ。それだけ。
結果、今こうして料理が苦手なエイデが『肉じゃが』を作る事になったのである。
勿論、先日と比べれば、もっと簡単で、大雑把な物であったが。
「ま、いいよ。なにせ、こっちには『妖精さん』が付いている訳だからな!これぐらいなら慣れて来た!」
「…エイデさん。そろそろ私に『協力者さん』を憑依させるの、やめません…?」
エイデもエイデで、特に苦にはなっていない。
学んだのだ。『妖精さん』を憑依させたシアーナが居れば、食事に関しては百人力だと。
持ち上げに持ち上げて、自信を付けさせれば、シアーナは渋々ながらも手を貸してくれるのだから。
それが、ここ数日のシアーナ達の食事に関しての一コマである。
「うん!おいしい!この味だよ、この味!」
「5日前に食ったばっかだが、やっぱりうまいな、コレ。エイデの塩スープとは大違いだ…」
「うるせ!言っておくけどな、今回は殆ど俺が作ったんだからな…たく…」
皆で鍋を囲んで、一口食べれば、その香ばしい醤油のスープが身に染みる。
幸せそうに食べるアスカに、納得しながら美味しそうに食べるディランを見ながら、エイデも食事にありついた。
スープを一口飲む。
悔しいが、ディランの言った通りだ。自分の作る塩スープより美味しい。
作っている最中は、側で『妖精さん版シアーナ』が指示を出していてくれたとは言え、少し味を気にかけるだけで、こうも違うものなのかと感心してしまう程に違う。
「ま、確かに。上手いな。飯なんて、娘に頼りっぱなしだったが…。こうも美味くなると、楽しくなってくるな。」
「あ、今日も始まる?エイデさんの子供自慢!」
「ここ毎日自慢してくるよな」
「…あのな」
――別にまだ何も言ってないのに。エイデは苦笑いを浮かべた。
この数日。料理の味が変わった。それにプラスして、もう一つ変わったモノがある。
それが、これ、エイデの子供自慢の話である。
コレもなんてことは無い。夕食の旅にエイデが自分の子供の自慢をしてくるだけ。
あの子はどうだったか…とか、この子はアレが得意だった…とか、そんなぐらいだが。傍から見れば、かなりの親ばかの話だ。
ただ、コレはエイデも考えがあっての事だ。
エイデは『肉じゃが』の入った器を置く。
そして、五日前と同じ説明をアスカたちにした。
「あのな、俺は何も子供自慢をしている訳じゃないんだ。長い旅に成るから、お互いの事をもっと知ろうって言っただろ?元の世界で、どんな生活をしていたとか。普段は何しているのか?とかな」
コレが、5日前。
夕食の席でエイデが、全員に提案した事だ。
カルトの町に着くまでの4日間。
この時はお互いに距離があったので、仕方が無くエイデは深入りする事無く見守っていたのだが、カルトの町での一件で少なくともお互いの距離は縮まった訳だし。
やはり数週間も一緒に居るのなら、お互いの事を知っておくべきである。そう判断したのだ。
口には出していないが、シアーナが一番の原因である。
なにせ、彼女はカルトの町に行くのが嫌過ぎて、豪雨を呼び込んだのだから。
考えた結果、コレは不味いと打開策を考えての結果だ。
もっと詳しく言えば、もうすこし彼女が此方を信頼してくれれば、あのような事も少なくなると良いな…なんて淡い期待であるが。
「で、お前は子供自慢になる訳だ」
「…仕方が無いだろ!妻が死んでからは男手一つでガキを育てて来たんだ。自然とその話になる!」
と、まあ。その結果。
エイデが自分の話をすると、子供自慢になると言う。なんとも言えない状態が待っていた訳だが。
呆れるディランに、エイデは腕を組むしかない。
「あはは。でも良いじゃない!エイデさん、家族の話をしているときが一番楽しそうだもん!」
「お、アスカは分かってくれるか!」
「うん。冒険話をしているときより楽しそう!」
「そうですね。むしろ、冒険の話をしていても8割はお子さんの話ですし…」
――そんなに、ひどいだろうか…?
これでもエイデは冒険者なのだ、冒険の話しかしていないつもりだが。
しかしだ。本人は気が付いていないが、それなりにエイデは子供の話しかしていない。
「そこまでか…?」
「はい。冒険に出かけた、先で誰が活躍したとか…結果的にお子さんの話になります」
「事実なんだから仕方が無いだろ。それは自慢話にもならないぞ」
「…では、お聞きしますが。娘さんは料理上手との事ですが、この『肉じゃが』と娘さんの手料理。何方がおいしいです?」
「そりゃ、娘だな。アイツの料理には…『妖精』も敵わねぇ」
――ほら、御覧の通り。
それも自信満々に言うのだから、苦笑いしか浮かべられない。
ただ、此処まで来たなら、むしろ最後まで聞いておくのも手かもしれない。
エイデには3人子供がいる。
まずは、息子の話だろう。
アスカは小さく笑って、話を続けた。
「それじゃあ、エイデさん。息子さんって、どんな子?二人いるんだっけ?」
「うん?ああ、長男が一人と、二つ下にもう一人な。どんな、と言われてもな…」
エイデは僅かに悩む。思い出すのは長男の事だ。
「…上のガキは良くも悪くも俺に似ちまったな」
「なるほど、エイデさんに似ちゃったか…。顔も性格もそっくりなんだろうね」
「いや、決定付けるな。顔は何方かと言うと、母親似だよ」
アスカの言葉に思わず突っ込む。
何故か、周りの二人も納得したようにうなずいていて。
どうやら、エイデ似と言われれば、姿も性格もエイデにそっくりと決定されたらしい。
いや、そんなこと無いのだが。呆れながらエイデは息子を思い出した。
長男。死別した妻に似た息子だ。
ただ、顔は妻に似ているが、中身はと言えば違う。
「…性格が、な。なんと言うか、誰にでも愛想がよくて、困ったやつがいれば放って置けなくて。その癖、頑固だ。人を引き立てるのが上手いというか、引き立てさせ過ぎると言うか…」
「引き立てさせ過ぎる…?」
「良く言えば、人の良い所を見つけては伸ばすのが上手い。悪く言えば、その結果、自分の価値を上げにくい。それも天然にやっちまうんだから。実父から見ても、ありゃ、冒険者のリーダーには向いてない。リーダーの補佐をやっている方が得意だろうよ。見守り過ぎるくせに、感情的になり過ぎるところもあるからな」
「――ほう、つまりお前は自分の事をそう見ているって事か…」
にやついたディランが茶々を入れたのは、その時だ。
痛い所をつかれ、思わずエイデは黙る。
いや、確かに似ているとは言ったが、エイデは其処までじゃないのだが、なんて。
「ディランだめだよ!それがエイデさんのいい所だもん!お父さんだもん仕方が無い!」
「アスカ、それはフォローって事でいいんだよな?」
「その『お父さん』とやらを私には向けないでください…」
「おっと、シアーナ。そんなつもりは無いんだけどな?世話焼かせてるのはどこの誰だろうな?チビ助」
とりあえず。フォローしきれてないアスカと、何故か拒絶の色を見せて来たシアーナの頭をぐりぐり撫でながら、エイデはコホンと話に戻る。
髪をぼさぼさにして、「冗談だったのに」と顔を引きつらせるシアーナは見なかったことにした。
「ま、長男はそんな感じで、次は次男か?」
「お、逃げたか?」
いまだにニヤツているディランには拳骨をくれてやって、エイデは次に次男を思い出す。
「次男は…そうだな。色々あって、ちょっと偏屈に育っちまったが、面倒見が良い奴だよ。状況を見るのも得意で、判断力もある。嫌、むしろ色々と目を見張るものがあり過ぎてな。才能があり過ぎると言うか…。人を引っ張っていく才能。冒険者としての才能と言うべきか?」
「なるほど、長男よりその冒険者の才能があるって事か?」
「――ああ。努力家で、欲にも素直だし、誰より才能があると思うよ…」
素直に賛美を並べ立てるエイデ。此処でシアーナは首を傾げた。
「…?欲にも…それは悪い事では無いのですか?」
「ん?いや。努力家って事は欲が強いって事だ。少なくとも俺は悪いとは思ってない。」
「??」
エイデの言葉はシアーナには酷く難しかった。
首をかしげる彼女の前でエイデは顎をしゃくる。
少し、悩んで「あのな」と――。
「人間は欲しい物があるから努力して手に入れようと足掻く事が出来るんだよ。他人の力じゃなくて自分の力で、どうしても手に入れたいものがあるから、ソレに向かって色んなものを積み重ねていくんだ」
「…はあ…?」
「だから欲ってのは悪い物じゃない。あって当たり前の事だ。問題はソレをどうやって手に入れるか、だからな」
「…は…あ?…つまりエイデさんの息子さんは実に人間らしくて、良い人だと。言いたいことは分かりました」
「う、うーん…」
これは恐らく分かっていない。
そっぽを向いてしまったシアーナに、エイデは唸るしかない。
ただ、此方に関して、エイデはこれ以上何も言うことは出来なかった。
なんというかだが。
シアーナにはまだ理解が出来るような事では無いと、何となくだが、察しがついてしまった。
なにせ、シアーナの今の一言には何故か強い嫌味が含まれていたのだから。
今この状況では、まだ彼女に深入りは禁物。
そもそも説教する気や、何かを諭す様なつもりは無い訳だし、ここはエイデが引き下がるしかない。
「で、その次男坊も問題あるんだろ?」
「あ?あ、ああ…」
大きくため息を付いていると、横からディラン。
ディランを見れば、彼も何とも言えないという様な顔をしている。彼なりに気遣ってくれたのだろう。
こうなれば仕方が無い、と。エイデはコホン…。話を戻した。
「…ま、そりゃ…な。アイツもアイツで、色々あるぞ…。長男以上に頑固なところがあったり。…結局は、アイツが一番欲しがっていた物を俺が与えてやれなかった…とかな」
「――え?」
アスカが思わず顔を上げる。
それに対してエイデは苦笑を浮かべた。
「ま、これに関してはどうしようもなくてな。なんだ。俺にも才能は無かったし、アイツにも才能が無かった…それだけの事だ…。――むしろアイツ、才能が無いって言っても出来る限りを習得したんだから、本当に頭が下がるぞ」
息子の自慢を口にしながら、エイデは徐々に表情を変えていく。
それは心から彼らを憂いでいる、まさにそんな表情だ。
「…なにか、心配事でも…?」
僅かな沈黙、問うのはシアーナ。
彼女を見て、エイデは慌てたように表情を戻す。
「いいや」と、笑いながら言葉を零す。
「今アイツらを心配したって意味ねぇよ。――ただ、ちょっと思っただけだ」
「…」
「ただ、ちょっと…。今後どうしようもない…正解も無い様な問題に当たるとき、アイツらはどんな選択をして、どうやって前を向いて進んでいくのか…てな」
と、やはり酷く寂しそうに。
その場が、静まり返るのは当たり前の事だった。
アスカも、ディランも何も言わない。
ただ、僅かに表情を曇らせる。
シアーナも同じだ。
二人ほどではないけれど。
多分、今、自分がエイデにかける言葉は存在しない。
だから黙ってエイデを見つめている。
その様子にエイデは我に返る。
慌てたように、彼は笑顔を浮かべた。
「ま、息子たちの話は此処までだ!母親が居なかった分、俺も色々気を使ってな。むしろ、娘の方がしっかり育っちまって。コレもこれで頭が痛くなる」
「………娘さんの事は良いです…。どうせ天使の様に優しくてきれいな子って褒め倒します…」
「なにを!――器量良し、しっかり者で誰に対しても気配りできるような娘だ!どう自慢したっていいだろ!…ま、ちょっと奥手がすぎるが。そこもそこで魅力の一つだろう!」
「ほら、自慢だ」――シアーナは引き攣った笑みを浮かべる。
シアーナに釣られる様に、アスカとディランも僅かに笑った。
――ああ、今はきっとコレで正解だ。
酷く不慣れな事をしてしまったけれど。これで良い。
エイデが、わしゃわしゃと、シアーナの頭を優しく撫でる。
それは、彼女の選択が「正解」だったという示しなのだろう。
――エイデの子供自慢は、今日は此処で終わり。
彼は何時もの笑顔を浮かべて、次はアスカに視線を移すのだ。
「俺の話ばかりしていてもな。次はアスカの話を聞かせてくれ!」
「え、私?家族の?――私は10歳の時から孤児でした…!」
「…話したくないなら別にいいぞ。むしろ俺達に心の準備をくれ」
話を振ったものの、意外と重めな話である。
アスカは、きりっと表情で無言になる。
そのまま十秒。彼女なりに考えたのだろう。そっと視線をディランに向けた。
「オレかい…」
「話したくなければってエイデさんが言うから!むしろ私、家族の話、何を話せばいいか分かんないから!」
「――素直だな…」
アスカの態度に、ディランは眉を顰めて項垂れてしまった。
ただ、アスカは本心から家族の話は出来ないので仕方が無いと言えば、仕方が無い。
そもそもだ。エイデの温かな家族自慢の話の後に、自分の家族の話は意外と勇気が居るのだ。
エイデと比べれば、他の3人の家族の話は色々と及ばないから。
しかし、その事実に気づかないまま、周りの視線がディランに注がれる。
ディラン本人は話しづらいかもしれないが。
正直言ってしまえば、『海の神様』の…
いや、神様の家族の話なんて、アスカとエイデからすれば「気になる」の一言だ。
そんな異世界人たちの視線を浴びて、ディランは眉を寄せる。
シアーナを見れば、彼女は何も言わない。
――ディランは、仕方が無いと、小さく息を付いた。
「――…オレの家族は覚えている限り、両親と姉貴の4人だったよ。エイデと比べればなんてことない普通の家族だった…」
「――…“神様”にも家族はいるんだ…!」
と、驚いたのはアスカ。
アスカだけでない、ディランの話はエイデも驚いている様子であった。
この2人は「神様」を何だと思っているのか。
ディランは苦笑を1つ。
「ただ、悪いな。オレは長く生き過ぎてな。家族なんて、それぐらいしか覚えていないんだよ。海の近くの家で、4人で暮らしていたぐらいだ」
「へー。海の神様らしいね…!でも、ディランって“神様”何でしょ?あれ?」
「…家族なんてとっくに死んじまったよ。言っておくが、オレの家族は…みんな唯の人間だ」
「え!?でも――」
「おっと、これ以上は俺も言わない!好感度が足りない!!」
途中で、ディランは当たり前の様に話を終わらせる。
いや、好感度って…。
エイデは苦虫を噛み潰したよう顔をする羽目になったが。
アスカには気を使った手前、ディランにも無理には話を聞けない。
少なくとも、彼には人間の家族が3人いた。コレだけで十分だ。
どうして、ディランだけ“神様”であったか。
コレは気になるが、ディランの言う通りだ。今は好感度が低いので、これ以上は、話は聞けない。
ディランの話もコレで終わり。
――と、なれば。最後の一人は一番の問題児になる訳だが…。
「――…今の私に家族はいません」
――ですよね。
エイデは頭を抱える。
そもそも、シアーナはアスカに自分の正体を隠しているし。
いや、それ以前に、色々謎だし。
何をどうやって聞き出すというか、何を聞けばいいのかも検討もつかなかった。
「今のって事は、昔はいたの?」
しかし、アスカは違ったようだ。
彼女は酷く真面目な表情で、シアーナに問いかけていた。
凄いな、なんてエイデだけじゃない。ディランだって思った。
いや、それ以前に、これは止めなければ。
そうディランが、手を伸ばした時…。
「……お姉様……。姉が…6人、いました…それに、お父様…」
「「――!!!?」」
まじか!言うのか!?いたのか!?とか男たちが驚くのも仕方が無い事であろう。
シアーナからすれば、別に事実であって、隠す必要も無い事であると。そう判断しての事だったが。
だって「もういない」だけだし、姉がいたのは本当だし。
――エイデの話を聞いたら、なんか隠しにくいし、取り留めも無い話でしか無いし…。
「え!?シアーナちゃん、お姉さんがいたの!」
ただ、これにはアスカも驚く。
酷くキラキラした目で、シアーナに詰め寄る。
「どんなお姉さん!」
迷う暇も無く、アスカは続きを問いただす。
アスカの瞳に、シアーナは僅かに目をそらして、おずおずと口を開いた。
「…一番目のお姉様は…」
「うんうん…!」
「…一番目姉様は、モフモフです」
「――…もふ…え?」
「モフモフです…」
――聞き間違えかと思ったが、聞き間違えでは無かった。
一瞬アスカは硬直したが、シアーナは気が付かずに続ける。
「…二番目姉様は、お姉様の中で一番怖いです…」
「……」
「…三番目姉様は、怖いです…」
「………」
「…四番目姉様は、モフモフです…」
「…………」
「…五番目姉様は、怖いです…」
「……………」
「…六番目姉様は、怖いです…」
「「「………………」」」
「みんな、みんな、お綺麗で。お優しい。ご自慢の姉様…たちでした」
――モフモフと、怖い姉様しか、いねぇ…。
思わず誰かが思ったが、皆それを口にするのは我慢した。
姉の話をするシアーナがあまりに幸せそうに笑っていたから。何も言えなかった。
そんな周りの様子に気が付かないままに、シアーナは幸せそうに、続ける。
「それから、お父様はとてもお優しくて、何時も頭を撫でてくれて…!――あ、でも、もう大昔の事です…。もう、私には関係が無い事ですから…。もう居ませんから。そもそも私が話しては、おこがましい事ですから……。あ、えと、私の架空の家族ですから…はい…」
その幸福は、ほんの一瞬の事だ。
途中で何かに気が付いたように、シアーナはみるみると表情を曇らせて行った。
――ごほんと、誰よりも一番に咳払いをしたのはエイデ。
なんというかだ。
恐らくだが、一番重かったのは、この子で在ったようだ…。
シアーナは、つい口を漏らしたのだろう。
つい思い出して、思い出したままに口に出してしまったのだろう。此処まで話す気は無かったはずだ。
「話せないなら良いって」
「………はい……。いまの、忘れてください…」
俯くシアーナの表情は暗く、もう、かける言葉も見つからない。
余りに酷く静かな静寂が続いた。
響くのは焚火の音だけ。
それほど立ったか、きっと本当は数分も経っていない。
シアーナが、おずおずと口を開く。
「私、もう寝ますね」
どうやって、この場から逃げ出せばいいか、分からないままに出した答え。
シアーナは酷く気まずそうに、手に持つ器を置くと、その場から離れていく。
ただ、最後にチラリと後ろを見て、彼女は引き攣った笑みを浮かべた。
「…皆さんは談笑を続けていてください…。何でしょうか、その方が…気が…楽と言うか…。楽し気な声を聞きながら、眠りに付く方が、色々とお互いに楽だと思いますから…」
――ああ、違う。
ううん。えーと。もごもご、口を動かして。
最後に「ごめんなさい」と。
消え去りそうな声を零して。
シアーナはアスカ達から離れると、1人静かに蹲ってしまうのだった。
また、あたりに焚火の音だけが響き渡る。
「………謝る必要なんてないじゃない…」
――そう、アスカが呟くように零した声は。
側にいたエイデだけに、確かに聞こえていた――。




