アスカ 前編 カルトの町 9
「で、出来ました!」
湯気が立ち上る鍋の中。事前に準備しておいた、摺り下ろしたショウガと、下茹でしたブロッコリーを入れて、シアーナは声を上げた。
器によそえば、醤油の香ばしい匂いが漂う。
ホクホクのジャガイモに、それに絡む味の染みた玉ねぎと牛肉、鮮やかな人参とブロッコリーの肉じゃが。側にはおこげが僅かに乗った、炊き立ての甘い香りの白米と。鮮やかなレタスにウサギの形に切ったリンゴと赤いトマトが乗った醤油ドレッシングのサラダ。
途中で灰汁取りの工程などあったが、それは掻い摘んで。
遂に、料理が全て出来上がったのである。
作った本人達からでも思える…。
――「美味しそう」…と。
「…おいしそう…」
思わず生唾を飲み込むアスカ。
いや、美味しいのは分かっている。何せさっき、「確認します?」と少し食べさせてもらったのだ。
控えめに言っても絶品だった。お代わりしたかった。
「これは、本当に上手そうだな…流石『妖精さん』だな」
これにはエイデも感心だ。
関心のままに一番の貢献者に賛美を送る。
ディランは黙ったまま、うんうんと何度も頷いて。
贔屓目から見ても、この出来は完璧と言ってもいいだろう。
3人分の絶賛の声を聴いて、シアーナは思わずフードを被った。
ついさっきまで懸命に料理にあたった。
料理をしているときは何も気にならなかったが、ふと我に返って、気恥ずかしさと不安に駆られたのだ。
美味しいと言われるのは嬉しい。『協力者』も喜んでいる。
しかし、この『肉じゃが』。殆ど独学だ。
正しい作り方は分からなかったから、自分なりに上手くできると思ったやり方に沿っただけ。
ご飯もそう。昔に本で見た方法を試しただけ。それも急ピッチだったから、本当はもう少し手間を加えれば、もっと美味しくできたかもしれないし。そもそも『肉じゃが』だって、昆布の出汁は上手く取れていたかな、一日置いた方がおいしいとか、いろんな不安がこみ上げて来たのである。
それに何より、審査をするのはカルトであるし…。
自分達が美味しい物でも、それは懸命にやったからで、他人からすれば不味いって事も…。
「おい、そんな顔すんな!本当にコレは上手い!保証する!」
「そうだぞチビ。あれだ、カルトの馬鹿がまずいとか抜かしたら、オレが殴ってやるから」
「そうだよ!私なら奪い取って全部食べちゃうから!」
「………」
そんなシアーナの様子に気が付いて、アスカたちがフォローに入ってくれるが、やっぱり自信が無いシアーナ。もぞもぞとフードをさらに深く被ると、キッチンの端へと隠れてしまった。
どうやら憑依した『妖精さん』も完全に力尽きてしまったようだ。
こうなれば仕方が無い。
しかし誰がなんと言おうと、シアーナが此処まで頑張ったのは違いない。
「しゅうりょーう!!!それじゃあ、審査のタイムだ!!!」
丁度良く、時間切れの合図が鳴り響く。
此処からは審査タイム。
審査員はカルトだ。彼の前に料理を持って行かなくてはいけない。
誰が持って行くか。そんな相談が起こる前に、アスカがお盆に手を伸ばした。
「じゃあ、私が持って行くね!」
きりっとした顔で、大きく頷いて、アスカはカルトが座る審査員の席へ身体を向ける。
アスカを止めるものはいない。
彼女がカルトの前に立つ。カルトの前にお盆を置く。
炊き立てご飯とシアーナ特製『肉じゃが』。そして特盛サラダ。これが此方の一品(?)
丁度、他の二組も料理が出来上がったらしく彼らもまたカルトの前に料理を置く。
レストランの店主、彼が作ったのは大振りチキンのホワイトシチュー。
酒場の店主が、彼が作ったのはごろごろ野菜のビーフシチュー。
それぞれ、小さいパンがちょこんと皿の端に乗っている。
3つそろった料理。
それを前に、カルトは濁った眼を細めて、静かに顔の前で手を組んだ。
「それじゃあ、いただこう…」
無駄に真剣な声。
スプーンを手に取って、彼は料理に手を伸ばした…。
その短い試食をする間は、嫌に静かであった。
カルトは何も言わないままに、料理を口に運び続ける。
ホワイトシチューを2口、ビーフシチューを3口。
そして、『肉じゃが』を1口、口に運んでから彼は少しだけ表情を変える。
気が付けば、カルトは『肉じゃが』を全て平らげていた。
ホカホカのご飯も『肉じゃが』に後押しされるように平らげていた。
…サラダだけは泣きそうな顔をしながら、口に押し込んでいた。
全てを食べ終えた、カルトはスプーンを机に置く…。
そして――。
「優勝…――酒場とレストランのてーんしゅ!!!」
――うおおおおおおおおお!!!
シアーナ、がくりと膝を付くと蹲る事になった…。
「待てよふざけんなよカルト!」
まさか、まさかの展開。
勿論エイデ達が黙っている訳が無い。
まず声を上げたのはディランである。
彼は怒りのままにカルトに指差す。正確に言えば、空になった『肉じゃが』の入った器に、だ。
「全部食っておいて、なんで俺達が最下位なんだよ!おかしいだろ!?」
――うん、もっとも。
いやだって、カルト。他の二人のは数口食べて顔をゆがめて食べるの、やめていたのだもの。
小さい声で「甘すぎ」だとか「苦い」だとか言っていたの、気付いていたもの。
反対に『肉じゃが』の時は笑顔を浮かべて完食していたのだから。これは、おかしいと文句を言われても可笑しくない。
「うん、そうだね…!」
そのディランの異議にカルトは腕を組んだ。
難しい顔をして、パッと顔を上げた。
「いや、ぶっちゃけ。一番美味しかったのは君たちの料理だよマジで。醤油って美味しんだなぁって感心したよ…」
「はぁ!?」
「――…でも、僕。今日シチューが食べたかった気分なんだよねー☆」
「――…はぁ!!!?」
いや、ディランの反応もっともである…
今コイツ、何を当たり前に堂々と宣言したのか、分かっているのか。
つまりだコイツ、味じゃなくて自分の今日の気分で勝敗を決めた訳である…。
隣に座っていたアクスレオスの拳が見事なまでにカルトの頭に命中した。
「馬鹿が馬鹿で悪かった。もう一皿用意してこい。今度こそ対等な審査をしてやる」
「はあ!?アクス何勝手に…あででででで!!こらゴリラ!!はげる!はげるよ、僕!?髪!!髪!!!分かった!分かりましたから!!!やめてぇぇぇ!!!」
――今までの茶番は何だったのか…。
カルトのふざけた審査は取りやめとなり、今度こそ公平なジャッジが執り行われることになるのであった…。
「えー、じゃあ、アクスの我儘のせいでー。審査やり直しまーす」
カルトがむっすりとした様子で声を上げる。
自分の審査が没になったのが余程不服なのか、先程と比べれば明らかにテンション駄々落ち。
唇を尖がらせたままに、つまらなさそうな様子を見せていた。
しかしだ。これはアスカ達からすれば当たり前…いや、幸運でしかない。
問題を上げれば、次はだれが審査員をやるか…であるが。カルトよりマシなのは違いないだろう。
ここまでの間、シアーナはずっと蹲っていじけているけど。
不貞腐れたままにカルトは顔を上げる。
「えー、じゃあ。アクスは審査員向いてないから外すとして、新しい審査員は、そうだなー。えーと。じゃあ其処のお姉さんに決めようかな?」
当たり前の様にアクスを外しつつ、カルトは観客席に指を向けた。
その場にいた全員の視線が、観客席に向かう。
カルトが指差す場所。その先にいたのは一人のフードを被った女性であった。
どうやら、審査員は全く関係ない観客の一人から、たった今、選んだようだ。
カルトもカルトで、今度こそ公平を選んでくれたのだろう。
「そこのお姉さんどお?やってみない?」
「…」
カルトは自然に、当たり前にフードの女に声を掛ける。
全員の視線を受けながら、女はフードの下で静かに笑みを湛えて。
そして、被っているフードを取ると小さく頷いた。
以外にも乗り気と言うか、あっさりとした女性である。
カルトの指示のままに、彼女は広場の中央に歩み寄る。
アスカが改めて見れば、綺麗な女性だ。
綺麗に整えられた美しい銀髪と、金色の瞳。僅かに湛えた笑みが余裕を見せている。
その彼女は一瞬ちらりとアスカたちを見たが、直ぐに逸らして、カルトの前へ。
用意された3つの皿の前に立った。
「うわー。お姉さん初見じゃん?今朝来た旅の人だったよね?名前は?」
「……」
カルトはいつの間にかテンションがまた上がって来たようだ。
ノリノリのままに、女性にインタビュー。――無視、された。
カルトのインタビューに女は僅かに笑みを浮かべて、視線を目の前の3つの皿に移すだけだ。
カルトの質問に答える素振りすら見せずに、彼女の細い手がスプーンをとる。
そして、パクリ。
まずはホワイトシチュー、チキンを頬張って、何も言わない。表情も変えない。
次はビーフシチュー、ビーフを頬張って、何も言わない。表情も変えない。
最後に肉じゃが、ジャガイモを頬張って、何も言わない。ほんの僅かに表情を変えた。
結局は何も答えないままに、彼女は全ての料理を食べ終えた。
「………おねえーさーん。お味はどうかにゃ???」
「……」
カルトが負けじと、再びインタビュー。
しかし、これも彼女は答えない。無言のままに食べ進めて。――チラリ。
静かに、何の迷いもなく。細い指が『肉じゃが』を指し示す。
「ん…おあ!?おお!!これだね!!これなんだね!!!!!」
「………」
とりあえずの確認。勿論、女は何も言わない。
カルトはコホンと咳払い。「恥ずかしがり屋さんだぜ」なんて、ごもごも呟きながら。
ばんっと音が似合う程に、手をアスカたちへと伸ばした――。
「優勝はー、飛び入り参加!アスカちゃん達にけってぇい!!!!拍手ーー!!!」
そして、高らかに宣言。
それは余りに静かで、唐突な、あまりにあっさりな。
しかし今度こそ、しっかりとした優勝者の決定だった。
少しの間、溢れんばかりの拍手が巻き起こったのは直ぐの出来事。
「か……った?勝ったのか!?」
最初に声を上げたのはエイデ。
あまりに静かで、あまりに唐突な勝利。着いていけないのは当然だ。
思わず隣にいたディランへと確認を取る様に掴みかかった。
「か…った…?お、おお!勝ったんだな!…勝ったのか?」
ただディランだって唐突な事で理解しきれてない。
何度も首をかしげて、アクスレオスをチラリ。
彼はそんな此方の様子を見て、小さくため息を付いて頷いてくれた。それは紛れもなく肯定だ。
どうやら、本当に優勝を掴み取ったようだ。間違いない。
よっしゃと声を上げたのは、エイデとディラン何方であったか。
「…やった!やったよ!シアーナちゃん!優勝だよ!優勝!!」
「………」
アスカだって、この通り大喜び。
嬉しそうに飛び跳ねて、未だ唯一、この状況で蹲って拗ねているシアーナに抱き着いた。
いや、シアーナだけは「やっぱり干しシイタケを使うべきだった」とか「もう少し薄味にすべきだったのかな?」「ブロッコリー?」とか、もごもご泣いていたけど。
何度だって言う。宣言する。この料理コンテスト。
――シアーナ達の優勝であると…!
町中から歓声が上がる。
花が飛び散り、勢いのままに泣く町人もチラホラ。
エイデとディランもお互いの肩を叩き合って健闘を称える。
アスカは喜びを素直に露わにして、シアーナをぎゅっ。――素晴らしい光景である。
この歓声が止むことは暫くないだろう。
「……」
「うお!なんだ!?」
その中で、いつの間にか、アスカたちの前に審査をした女性が近づいて来た事に気が付いたのは、彼女がエイデの肩を軽く叩いた時の事であった。
肩を叩かれるまで全く気が付かなかった。
相変わらず無言で、僅かな笑みを湛えながら、彼女は静かに目の前のエイデを見つめている。何か言いたげに。
何か用でもあるのであろうか、なんにせよ、彼女のおかげで優勝できたと言う事実は変わりない。エイデは笑みを彼女に向ける。
「なんだ、どうした?」
「………」
声を掛ければ、女は静かに指を鍋へと向けた。
少しの間、エイデは彼女の真意に気が付く。
「なんだ、そんなに気に入ったのか?持ち帰りたいってことか?」
「――…」
エイデの考えは正解だ。
女は静かに頷く。どうやら彼女、『肉じゃが』をかなり気に入ったらしい。
しかし、持ち帰る程とは。
ここは一度シアーナに確認すべきなのだろうが、後ろを見れば、相変わらず泣いているシアーナ。
おそらくアレはまだ自分が優勝したことも気が付いていないだろう。声を掛けられる雰囲気でも無かった。
しかしだ。目の前の女は、エイデ達からすれば正に救世主。
おいそれと簡単に「無理」と断るのも出来なかった。
「んー。まあ、いいとおもうぜ。作ったのはあのチビ助だけどよ。持って行きな」
結果、エイデが下した決断は彼女に譲ると言うものだった。
隣でディランが小さく「え?」と声を漏らしたが、気にしない。
目の前の女は美しい笑みを浮かべる。
しかし此処で問題が一つ、どうやって彼女は、この鍋に入った料理を持って行くか…なのだが。
こちらも、あっさり解決。
目の前の女が、ひょいッと鍋を持ち上げてしまったのである。
勿論結構の大きさの鍋だ。それにまだ熱いと思うのだが、ものともせず。
女は鍋を抱えると、もう用は済んだと言わんばかりに、背を向けてしまった。
なんとも豪快な女性である。
「おい、ありがとなー!」
その光景に一瞬、呆気に捕らえたモノのエイデは彼女の背に声を掛ける。
女はエイデの言葉に止まるようなことは無く、ただ、簡単にその細い手を上げて振るだけ。
あっという間に人ごみの中へと消えてしまったのである。
「おい、何勝手なことを…」
「…いいだろ別に。それよりも、一番の功績者を称えてやるぞ」
そんな女を見送って、エイデはもう一度笑みを浮かべる。
ディランはまだ不服そうであったが、もう終わった事だ。「そうだな」と一言。
今はシアーナを褒めたたえるべきだ、と。2人はシアーナと、彼女を励ましているアスカに視線を送るのだ。
振り返れば、何故か勢いのままに、どさくさに紛れてカルトがシアーナに抱き着こうとしている様子が見える。アクスレオスに回し蹴りを貰っていたが…。あれは、頭イっただろう。
その様子を見て、ディランも呆れつつも笑みを1つ。
なんにせよ。
こうして、カルトの町での大祭りは、シアーナの優勝を持って終了したのだ――。




