1節 ブレイル・ホワイトスター1
「――!」
夢を見た。夢を見たような気がした。誰かに助けを求められた気がした。沢山の手が必死に助けを求めながら自分に伸びてくる。そんな夢。
そんな何所か曖昧な意識の中、少年は目を覚ました。
大きく肩で息をする。呆然と見たこともない天井を見つめながら、彼は自身の手を見つめる。
――ここは何処だ?
そんな疑問が頭によぎる。
ここは何処で、どうして今自分はここにいるのだろう?全くわからない。
あたりを見渡す。綺麗に整えられた部屋。本棚と何やら薬品が綺麗に並んだ棚。何やら嗅いだ事もない薬品の匂い。
「あ、起きたのね」
何処か気の強そうな、少女の声が聞こえたのはその時だった。
声がする方を見れば、部屋の入口。少女が一人立っている。
淡いピンクの髪をツインテールにした、これまたどこか気の強そうな青いつり目の可憐な少女。
彼女は少年を目に映して、小さな笑みを浮かべていた。
「体調はどう?貴方、私の家の傍で倒れていたのよ。」
ぼんやりと少女を見つめていると、彼女はハキハキとした様子で声を掛けてくる。両手に持つ果物やら野菜の山が入ったカゴを近くの机に置いて、ちょっと不機嫌そうな、不思議そうな瞳を少年へと向けた。
「ねぇ。聞いてる?貴方のことよ?」
「…え?あ、わ、悪い。大丈夫だ」
本当に少しの間、不機嫌そうな青い瞳を向けられた少年は小さく頬をかきながら彼女に返す様に笑みをこぼした。
少年のそんな笑みを見て、少女は何処かホッとしたように息をつく。
「まぁ。無事ならいいわ」
「えっと」と何か考えて、少女は白い掌を少年に差し出す。
花が咲いたような笑顔が少年の目に映った。
「私はリリーよ。リリー・ヴァリー。貴方は?」
――無事ならよかった。私はパルって言うの。よろしくね。
少女の声が、彼の中にある大事な記憶と重なりあう。酷く懐かしくて、何より大切な仲間の記憶。
ただそれだけで自分が何者だったか、少年は自分を思い出す。霧がかかったようなボンヤリとした頭が嘘のようにはっきりとする。
自分が誰で、自身が成し遂げてきた事も、どうしてここにいるのかも。
だから差し伸べられた掌に自身の手を重ねてリリーと名乗る少女の顔を真っすぐと見つめる。
「俺はブレイル。――ブレイル・ホワイトスターだ。…これでも勇者をしている!」
細く白いリリーの手をしっかりと握りしめて、彼、ブレイルは人懐っこい満面の笑顔を浮かべて自信満々と“勇者”と名乗るのだ。
…………。
勇者?
勇者なんて馬鹿げていると思っただろうか。しかし驚くことなかれ、ブレイル・ホワイトスターと名乗る彼は正しく本物の勇者である。
世界を脅かす魔王なるものを倒した。本物の勇者その人だ。
「フーン。で?その勇者様とやらが倒れていた理由は?」
「お前、信じてないだろ」
ただし勇者であるのは事実であるが、それをリリーが信じるかは別の話である。
だがもう一度言うが、ブレイルは勇者だ。
15歳でパルと言う大きな王国のお姫様に出会い、聖剣に勇者として認められ、彼女と共に旅に出て、親友と呼べる戦士に出会って、偏屈でも頼りになる魔法使いに出会って、長くつらい旅路の先で遂に人々に恐怖を振りまいていた魔王を倒し、”英雄”と王国に認定された勇者様である。
そんな勇者様をリリーは余りに興味なさそうに、信じられないという目で見つめていた。
彼女の視線を浴びながらブレイルは、まぁ仕方がない、と小さく『にっ』と笑みを浮かべた。
彼女が勇者である自分にこんな対応をするなんて…、とがっかりすることは無い。何せブレイルは彼女が自分にこんな反応を示す理由を知っているからだ。
だからこそ自信満々に笑みを浮かべる。
「まぁ。俺を知らないのは仕方がない!」
椅子に腰かけたまま、ドヤついた顔でビシッと彼女の目の前に指をさしたりして。
「俺は勇者だ!そして異世界からやって来た、異世界人だ!!」
やっぱりドヤ顔のまま、また自信満々に名乗るのだ。
……。
………。
…………。
いや、しかし、まぁ。なんと言うかである。
ちょっと想像してほしい。
自宅の前で倒れていた見知らぬ少年。善意で助けてやった、そんな彼が目覚めて早々、それはもう見事なまでのドヤ顔で、ビシッと指をさして、それもニヤニヤと笑いながら自身を勇者で異世界人だ。なんて宣言されたら。強気な少女はどう思うだろうか。
「きもちわるい…」
――コレである。
ブレイルは「ひどい!」なんて叫んだが、もう遅い。どれだけ事実であろうと悲しいけれど第一印象は大事だ。
リリーの中でブレイルはドヤ顔自信過剰妄想男とインプットされた。
ドン引きしているリリーにブレイルは大慌てで腰かけていた椅子から立ち上がり自身から距離を取ろうとしているリリーの前に立ちふさがった。
「ちょ!そんなにマジでドン引きする必要ないだろ!」
ぶんぶんと正に慌てふためくった様子で腕を左右に振り回したのち、まるで自分は無実だ!と言う様に胸元に右手を置いた。――ブレイルは何も悪いことしていないのだが。
「俺は本当に勇者なんだって!魔王を倒して勇者って認められて…いや!そうじゃない!」
慌てて言い訳の様に自分について語るが逆効果。リリーの視線は段々冷たい物になっていく。
しかしながら、何度も言うがブレイルの言っていることは紛れもなく本当だ。
問題はどう言えばリリーに信じて貰えるか。しかし、もう何を言っても信じてくれない気もしなくはない。
物的証拠になるかもしれない勇者の聖剣は今手元にない。
どうやれば、どういえば彼女に信じて貰えるか。
――困ったら僕の名を出してほしい…。
思考が極限状態に陥ったからなのか、ブレイルの頭にある言葉が思い浮かんだ。
思い出して、そうだ。と言わんばかりに手を叩いて、リリーに指を差す。
「エルシュー!俺はエルシューって神に連れて来られたんだ!」
その名を、「エルシュー」とブレイルが口にした時、リリーは目の色を変えた。汚物を見るようだった視線が驚愕の物へと変わる。
「エルシュー!?あの自称全知全能の残念イケメン神!?」
どうやら知っているらしい。ブレイルはホッとする。
やや気になる言い方をしていたが、信じてくれるならこの際どうでもよい。
英雄と認められたあの日の夜、唐突に目の前に現れ「自分たちを助けて欲しい。」と頼ってきた自称異世界の神。承諾したら承諾したで、にこやかな笑顔でこの世界に投げ出されたが。取り敢えず、目の前の少女はエルシューと言う神を知っているらしい。
すこし気になる言い方をしていたが、信じてくれるならこの際細かい事はどうでもよい。
とても気になる言い方をしていたが。
「知ってるんだな!そうだ。俺はその神様に連れて来られた。つまり異世界からやって来た勇者で…」
「うわぁ。まじか。『いい策が浮かんだ』とか自信ありげだったけど、次は勇者を呼び出すとか…。さっすが、自称全知全能の無力の神様…」
「……は?」
いや、どうやら「やや」でも「すこし」でも「とても」ではないらしい。
呆れ交じりの溜息と共にリリーはポツリと呟いた。そして続いて大きなため息をこぼしてブレイルに哀れなものを見る視線を送る。
「自称勇者様。貴方多分騙されているわよ」
「……。」
「どんな風に騙されたか分からないけど。“この世界が危機に瀕している”と言われたなら残念貴方には多分何もできないわ。もしも魔王討伐して欲しいなんて言われていたのなら取り敢えずそんなモノいません」
「………」
「貴方を呼んだ自称全知全能の神。いいえ。生命の神エルシュー。この世界の更なる繁栄だけを願って、手あたり次第に人間と言う人間をこの世界に呼び込むのが趣味の困った神様だもん」
少しの間をおいて、ブレイルは当たり前のように絶叫した。
『勇者は目を覚ました!』
先に書いておきます!
私は必殺技名を考えるのが苦手です!!