アスカ 前編 カルトの町 4
「「「「……………」」」」
とんでもなく長い沈黙が流れている。
耳を塞ぐ4人の前で決めポーズにドヤ顔決めた少女が一人。
引き攣った顔の4人と反対に拍手喝采の周り…。
コレを、どう言い表すべきか。いうなら――ひどい。
その中で、決めポーズを取っていたカルトは顔を上げた。
顔を上げで呆然としているシアーナ達を見る。
「――ねえ、拍手は?」
――拍手要求?
カルト君、第一声がコレであった。
くい…と顔を上げて、超絶物欲しげにシアーナ達を見て来たのである。
ただ敢えてここで言うと、可愛らしい顔立ちのカルト君。
そのくりくりした青い瞳。
――その瞳には光が、無かった…。
4人が顔を見合わせたのは仕方が無い。
「――かえります」
そして、シアーナが拍手の代わりに返した言葉もコレは仕方が無い。
――カルト君、僅かな間のち、俯いてドヤ顔。
…10秒
……20秒
………30秒
「――ねぇ、拍手は?」
まさかの二度目の催促。
しかも拍手がもらえると信じ切ったキリっとした顔で。
なぜ、拍手をもらえると思ったのか。それもそんな自信満々に。
でも目に光は無い。何処までも濁った青い瞳が此方を映している。
――残念。これが娯楽の神、カルトなのである…。
今ここまでの時間。
町に入って10分も経っていない出来事である。
シアーナは思う、こいつ本当に150年前と変わっていないなと。
愛らしい容姿ながら、この性格。
人を巻き込むのが当然。巻き込んでよいと思っていて、常人なら考え浮かばない、とんでもはっちゃけ行動を常日頃数秒単位で続けている。
いつも思うコレが“娯楽”?“拷問”の間違いだろう!
少しの間。なんとも言えない雰囲気の中、一番に動いたのはアスカであった。
アスカは、決めポーズを保ったままのカルトを真っすぐ見つめ、胸元に手を持ち上げる。
「――す、すばらし、」
「アスカさん拍手は要りません!」
何故か拍手を繰り出そうとするアスカ。
どこをどう見て今素晴らしいと口に出来たのか、皆目見当がつかないのだが。
咄嗟にシアーナが止めた。
いや、ここで拍手でもしたらカルトは付け上がるのだ。タダでさえ高いテンションを上げて周りを恐怖に染め上げていくのだ。
彼を持ち上げるのは町人だけで良い。――拍手なんてするものか!
シアーナはそう考え、カルトを睨み上げた。
拍手なんて良い、自分達を此処から帰してくれ!間違いなんだ!そう言う為に。
ここは自分が頼りなのだと、なぞの決意を決めて睨み上げた。
「やぁ!!愛らしいお嬢さん久しぶ…」
「――カルト、いい加減にしてくださいダサいです!」
シアーナの口から出た言葉は冷たい一言。
驚くほど容赦がない。
驚くほど容赦がないが、「問題はそこなのか」…エイデは心の中で思わずツッコミを入れた。
反対に、その言葉を浴びせられたカルトが良い笑顔を浮かべたのも言うまでもない。(?)
そして――
「よぉし!!もう一度だ!!今度は今人気の歌姫のごとく、華麗に歌って登場しよう!!さぁみんな位置につけぇい!!」
「――拍手!!!」
エイデ、ナイス判断。
言われるままに4人が拍手をしたのは――言うまでも、無い…。
「――ありがとう、ありがとう、ありがとぉうっ!!!」
4人含めた町中の拍手喝采。
今までが嘘の様にカルトは満面の笑み。
笑みを浮かべたかと思えば大きく手を振る。まるで有名人か何かだ。
屋根の上から、祝う様に更に多くの花びらが舞い落ちていく。
「カルト」「カルト」と彼を湛える声が響き渡る
何度でも言おう。
これが娯楽の神、カルトなのだ…と。
なので、四人は後ろで円陣を組む事となる…。
険しい顔をしたエイデとディラン。
アスカはキリっと眉を吊り上げて、シアーナは心が折れ切った顔をしていた…。
「おい!なんだこれ!?いや、何アイツ?狂ってんの?」
「うるせぇ!あいつはいつもあんな感じだよ!」
「…あれでお祭りが盛り上がると思っているのです…。見てください町人のあの顔。疲れ切っているでしょう…」
「頭おかしいんじゃねぇの!?」
――もっともである。
周り見渡せば町人たちは確かに疲れ切った顔でただ張り付いた笑顔で拍手喝采。
げっそりした顔で、目だけは笑ってなくて、声を上げながら笑っている。
その中でカルトだけはハイテンション。満面の心からの元気な笑顔。
コレが彼、
毎日が楽しいお祭り、みんな楽しんで笑って騒いで歌って。
みんなで遊んで僕を楽しませて?楽しませるまでは逃がさない。
いつも笑顔で楽しい遊びを考えるのは天下一品の天才――カルト君なのである。
全く持って笑えない。
シアーナとディランが拒絶するのも良く分かる――。
「今日のこの素晴らしい日にありがとーう!!!」
――いえーい!
「テンションぶち上げて行こうぜぇい!!!」
――いえーい…!!
「年に一度の大カルト祭の開始だぁい!!!」
――…いえー――い!!
「今日はディランつう贄も用意できたぜぇい!!!!!」
――いっえーーーーい…!!!
もう何だこれ、狂気の一言でしかない。
なにがそんなに楽しいのか。そもそも、やはり聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが…?
テンション高いカルトを確認してから、4人は円陣の体制を戻した。
「おい!祭り始める気まんまんだぞ!?どうする気だ!!」
「うるせぇ!だから街に入るとき引き返せって言っただろ!あいつに見つかったら終わりだ!祭り強制参加だ!…にえ…?」
「いや、お前は硬直して何も言ってなかっただろ!?コレどう切り抜けるつもりだ!」
円陣のままエイデは声を荒げる。
コレは不味い、本当に今すぐ逃げなくてはいけない。本当にヤバい!!
そう心から感じられるほどにカルトのテンションは異常なのである。
しかし残念。もうカルトに見つかったなら逃げられない。逃げられるはずがない。
残念なことに逃げると言う手段はもう無いのだ。
この大祭りは町に訪れる者は強制参加。これは絶対なのだ。
正直ヤバい祭りなので、この時期あたりに住む者達は絶対に『カルトの町』に近づかないレベルにヤバい祭りだ。
ただ世界は広いので、祭りを知らない人間や死に急ぐ人間がいる訳で、カルトはそんな連中を餌食にしいる。もし祭りに気が付かずに入ったなら?そこでその人物は終了という訳だ。今のアスカやエイデ達の様に――。
特にカルトに見つかったら終了。ガチで終了。
カルトは何があっても、入ってきた存在を強制参加させる。本当に何をしても参加させる。逃がさない。
もっと言えば自分の“神様”としての力を出し切って、絶対に町から出さない。徹底的に追いかけまわして閉じ込める。虫一匹逃さない。文字通り。
それは“神様”であっても逃げるのは難しいと言う徹底ぶり。“神様”が逃げられないのだ、人間が逃げられるはずがないのである――。
「ふざけるなよ!!!」
エイデが本日何度目かの言葉を荒げた。
何度だって言おう。なんで町に入る前に止めてくれなかったのか!
しかし其処で、はっと思い当たる。勢いよく顔を上げてアスカを見る。
先程、何故か彼女は乗り気だった。――なにかアスカにはコレを切り抜けられる算段が有るんじゃないか、そう期待したのだ。
「おいアスカ!お前さっき乗り気だったよな?何か祭りを乗り切れる根拠…?…みたいなの考えていたりしているのか!?」
「……………」
エイデの問いかけ。
アスカは少し黙って、首を横に振った…。
「うん、コレは無理な気がするね。関わっちゃいけない雰囲気だもの」
「だったらなんでさっき、優勝できるとか言ったんだよ!?」
「場に合わせておく事も必要だよエイデさん!!」
「あ、場に合わせていただけだったんですね」
アスカの言葉にシアーナだけが少し安心していた。
なんにせよ、だ。アスカは珍しく眉を吊り上げる。
「コレは異常だよ!嫌な予感しかしないよ!楽しそうな気配がしないよ!?」
「分かってるよ!だからどうやって切り抜けるかだろ!!」
結局問題は戻って来てしまったようだ。
コレは不味い。本当に不味い。何とかして切り抜けなければ。
ああ本当に、シアーナ達が何故其処まで嫌がるのか考えるべきであった――!
ちらりと後ろをもう一度確認すれば、テンションぶち上げのカルト君の様子が映った。
ちらっちら、何度もこちらを見ながらやはりテンションぶち上げで町人に超絶演説パーティ
あれは後数分で切り上げて話しかけてくるだろう。
「で、どうするの!?」
「どうするも何も、腹をくくるしかねぇぞ!大祭り参加だ!」
「いやです!逃げます!」
「諦めてくれ!逃げる道はない!毎年、警備が険しくなっているんだ!」
作戦会議に戻って早々、逃げる気満々のシアーナと逃げたいアスカにディランは首を横に振った。
あ、しかしとディランは言葉を止める。
いや、逃げる算段は一つだけある。
それは簡単だ。
アスカとエイデを見捨てる事…コレである。
唯の人間がカルトから逃げるのは無理だ。その人間を背負って逃げるのも無理だろう。
しかしだ。“神様”と呼ばれるディランと、人間じゃないシアーナであるなら、話は別。
ディランにとって手を貸したいのはシアーナだけだ。他の二人は、まあ、カルトの祭りぐらいなら見捨てても良いのではないか?そう、思った。
思ったからこそ、口にした。
「――いや、オレとシアーナだけだったら逃げられるだろうが…」
「私達足手まとい!?」
「ディラン!私の名を呼ばないでください!!お前も同じぐらい最悪ですっ!!」
「……」
結果、胸を抉られることになったが。
シアーナはアスカを手助けすると決めたのだ。彼女を見捨てる訳が無い。今の考えは最低でしかない。
ついでに、シアーナの最初の一言でディランの心が折れた。――“神様”でも、もう完全に逃げる手段は立たれてしまった。
「落ち着け!シアーナは今だけは我慢してくれ!ディランも…!ショックを受けないでくれ!」
がくりと肩を落とすディランにエイデが声を掛ける。けど今のはお前が悪い…!という言葉だけは飲み込んでおいた。
そんな間もカルトは楽しそうにチラチラこちらを見てくる。
嗚呼もう仕方が無い。別の手段を探すしかなさそうだ。
「この町から逃げるのは諦めろ!祭りから逃げる方法を考えろ!何かないのか?」
「え。…町人全員とかくれんぼですか…?この日の町人の結束力は異常と聞きますが、頑張りますか?私は無理です…」
「……」
――どうしよう。祭りから逃げる方法も取り上げられてしまった。
エイデとアスカが後ろを確認するが、町人はざっと千人ぐらいか?彼らプラスカルト?――無理…!
「……もう腹を括るしかないんだねっ!!エイデさん頑張って!」
「…は!?」
それなら次は仕方が無い。最後だ。アスカの言う通り腹を括るしかない、祭りに参加するしかない。
そこでアスカは思い出した。最初からエイデは祭りに参加する気満々だった。――で、あるなら彼に任せるべきではないかと。
いや、勿論エイデからすれば冗談じゃないのだが。
「ふざけるな!エンドレス大食いダンス大会とか無理だぞ!?――分かった、パン大食いは俺がやるからダンスはお前がやれアスカ!」
エイデが苦虫を噛み潰したように言った。
しかしだ、彼も逃げられないと判断したらしい。祭りには参加すると決めたようだ…。
いや、しかし…。
ここで、アスカも考える。
いや、確かに参加したくないけど、彼一人に頼むのは駄目だ。それは我儘が過ぎる。
この旅は自分が言い出しっぺなのだから、だから彼に任せっきりなのは絶対にダメだと。
「ええ!?…いや、反対しよう?私大食いなら自信ある!」
アスカ、考えたすえに大食いを選んだ。
――二人ともダンス苦手なのだろうか?
いや、だから、そもそも…それは昨年の大会だ。
今年も同じだとか、そんな体たらく、カルトが許すわけ無いのだが。
いや、それ以前に全員強制参加だ。例えエンドレス大食いダンス大会であろうが何だろうが、みんなで仲良く命がけなのだが。
2人はまだそんな甘い考えで、この場に居るのだろうか?シアーナは呆然と見つめるしか出来なかった。
「――シアーナ!その目は止めろ!」
「もうどうしようもなく逃げ場がない!!」
「…諦めます?あ、分かりました。腹を決めました。ディランと私で頑張りますので、アスカさんとエイデさんは逃げてください」
「……」
「逃げれるか!!」
「やめて!心が痛いよ!!」
もう遂には何か覚悟を決めたようにシアーナが頷いてしまった。
いや、絶望に染まり切った彼女を犠牲には出来ない。絶対に出来ない。
つまりは、4人の運命は決まっている訳である。早く覚悟を決めて欲しい所である。
「みんないいかい!!今日のイカれたメンバーを紹介するぜイっ!!」
そんな4人をもろともせず、カルトが奇声を上げた。時間切れの様だ。
振り返れば、此方に視線を向けているカルト。
ご丁寧にビシッと此方に指をさして、シアーナがびくりと震えて恐怖に染まり切った顔でカルトを見始める。なんかもう痛々しい。
「まずは其処の絶望に染まり切っている可愛いお嬢さんだぜぃ!!」
気が付いているのなら止めて欲しい。
ただ調子が上がり始めたカルトは止めない。止められない。
キリっと顔で、彼はシアーナを指す。
カルトは此処までふざけているが“神”だ。シアーナの正体に気が付いていない訳がない。終わった。完全に終わった。ここでシアーナは“死”と曝されて終わりだ。短い旅だった…。ああ、終わりだ。
そう絶望しきっていた。
「おう!?…あー。んー。えー。彼女は、えー。…ぱぁすっ!!!」
あ、いやパスをした。彼もちゃんと心は在ったようだ。
アスカたちが心の中で思わずツッコミを入れていると、カルトの視線はシアーナからアスカへと変わった。
「続いて、可愛い顔で赤い髪が綺麗なお嬢さん!!初見だねぇ!…あー、彼女はぁ――!!――…あ、えー…お嬢さん名前は?」
「え、あ、アスカです…」
「アスカちゃぁん!!!」
むしろ結構真面目なのか。今度はしっかり名前まで聞いて来た。
アスカの名前を叫んだ後、次の標的はエイデである。
「こいつは知っているぜぃ!!異世界からの異邦者!自称みんなのー……、お父さん!!――エイデさぁん!!」
「だれも自称してねぇよ!今考えただろう!」
何故かエイデの時はかなりおふざけである。一瞬間があったので今考えたのは違いない。
そんなエイデの苦情は無視して、最後は放心中のディランである。
「最後は特別ゲストだぜ皆!!なんと“海”のご参加ぁ!!!!!!!」
ここで間を開ける。気を利かせた太鼓がドラムロール。
どぅるどぅるどぅるどぅる…ででん!!
「ディラン様のご登場だぁぁ!!!!」
今までで一番のテンション高い声。
周り中から声が上がったのは直ぐの事であった。
なんとも凄い熱気。“神様”参加は其処まで珍しいのか。
周りのテンションに合わせてカルトも奇声を上げて手を振り上げる。
なんだこいつは。少しは周りに気が配れる奴なのか、意外と真面目なのか、いい加減なのか、気が狂っているのか、いったいどれなのだ。
いや、しかし…エイデが周りを確認すればその狂気が垣間見える。
自分たちの周りを町人がぐるりと取り囲んでいるのである。
皆武器と言えるものを持って、目に生気が無いままに笑いながら取り囲んでいるのである。
獲物は逃がさないという訳か…。
アスカとエイデは、ようやくやっと此処で理解した。
――これマジで本当に腹を括るしかないんだ、と…。
「いえぇぇぇい!!」
暗い顔の此方に対してカルトは相変わらずテンションMaxだ。
そのテンションのままに、飛び跳ねながらシアーナの元へ。
愛らしい少女の姿で改めて、彼女を見たのであった。
「――改めて、久しぶりじゃん?150年ぶり!?」
「帰してください」
「相変わらずカワイイ姿してるねぇ!!ま、他人の姿なんだろうけどさ!」
「帰して」
「ディランの野郎も久しぶりだけどさ?何?なんでコイツ魂抜けてんの?笑えるんだけど!」
「帰してよぉ…」
「つーかどうしたの!?なんでこの日に来たの!?すっごい度胸!どこで身に着けて来たの!も、僕びっくりしちゃった!ククウィック族じゃん?君!」
いや、会話になっていないのだが。
シアーナは遂に顔を埋めて泣き出してしまった。
そんな彼女を見てもカルトは止める気がしない。本気で嫌がっているシアーナにぐいぐい攻めていく。
一番の問題を上げるなら、カルトの目に悪意が無い事だろうか。悪意はないが、何処までも常闇の様に濁っている…。
ただ、本気で本心のままに楽しそうに、シアーナに言葉攻めを行っている訳である。
その様子にアスカがムッと表情を変えた。
今まで町の様子に青ざめていた様子が嘘の様だ。
グイっと身体を前に倒して、アスカはシアーナとカルトの間に割って入る。
「およ?」と首をかしげるカルト、そんな彼をアスカは睨みつける。
「姿は女の子だけど、貴方男の子…だよね?可愛いからって女の子虐めるのは良くないよ!好きな子を虐めるの…古いからね!」
「ええ!?仕方が無いじゃん!焦っている顔も可愛いんだから…!」
何処かずれているような、的を射るような発言。
反対にカルトはアスカの発言に気にもしてない様子だ。
いや、好きな子だとか可愛いだとか、否定しないんだ…こわ、とシアーナは泣き顔から恐怖の顔に染まったが。
「うん、最低だと思う!」
そんなアスカに続けて言葉を放つ。
ただ一言。それでもはっきりと。カルトの言葉を真っ向から拒絶する。
「――……」
アスカの言葉にカルトは漸く僅かに表情を変えた。
愛らしい顔を無表情に、濁った瞳を大きく見開いて、僅かに驚きを見せているようであった。
しかし、それも一瞬。次にはニマリとその愛らしい顔に似合わない笑みを吊り上げる。
「へー。僕に其処まで強気とか…?すごーい…いや、んー、君も異世界人だね?違う?」
「うん、そうだよ!ちょっと元の世界に戻るためシアーナちゃんたちと旅してるの!」
カルトがアスカの正体を知る。気が付いたと言った方が正しいか。
迷いもなく肯定したアスカにカルトは「ほーん」と声を漏らした。
真顔になってアスカを見つめて「ほうほう」。
何か考えている様に、視線を上に向けて、次はエイデとディランに視線を向けて、またニマリと笑った。
「にゃる…。相変わらず、彼女は異世界人とやらに甘い…ま、仕方が無いかぁ」
ニマリと笑って、――小さく息を付く。
カルトは懸命に此方を睨むアスカを心から小馬鹿にしたような視線を送った。
「アスカちゃんだっけぇ?あー、君、変に勇気あるねえ。僕が“神様”?…って呼ばれているのを知った上で彼女を守るために前に出たんだろ?凄いじゃん、でも気を付けなよ?僕じゃなかったらタイへーん!それとも“娯楽”だからってなめてる?」
――唐突に、だ。それは、脅迫にも似た言葉。
つまりだ。カルトはこう言いたいのだ。
『“神様”相手になに喧嘩腰なの?』――と。
アスカの後ろで、誰よりも先にカルトの視線に気が付いたシアーナが僅かに俯く。
溜息交じりで呆れながら口を噤む。
――ただ、そんな視線を向けられている本人だけは、カルトの真意なんて、ただひたすらどうでも良かった。
「神様が危険なのは知っているよ!だから?今は関係ないでしょ?」
「えー?忠告なんだけどー?何々??“お友達”を守るためなら“神様“にも立ち向かうの?助けるのが当たり前って感じ?」
「――そうだよ。助けたい、と思えた子を助けるのは当然でしょ?」
心底馬鹿にしたような、カルトの問い。冗談交じりでからかいしかない。
言葉の端々から、正義の味方ごっこ?馬鹿らしい。そんな言葉が感じ取れた。
――それでもだ。それでもアスカは当然の様に答える。
あんまりにアスカがサラリと答えるモノだから、当たり前に言い返すモノだから。
目の前の“神様”は、また再び表情を変えるしかなかった。
「そ、じゃ、ごめんなさい!」
「え?」
ニコリと笑って、愛らしく「てへぺろ」。
ぺこりと頭を下げたのである。
それは予期していないと言うか、想像していなかったというか、あまりにコロリとした唐突な変化であった。
あまりの事にアスカは素っ頓狂な声を漏らす程であった。
しかし、カルトはやはりお構いなし。
つい先程の見下した態度は嘘の様だ。
ケラケラと笑いながら、アスカの後ろで縮こまっていたシアーナをのぞき込んだ。
「君もさぁ。ごめんね」
「……」
何のつもりだろうか。心の片隅でも思っていない事を口にして…。シアーナ、眉を顰める。
反対にカルトはシアーナを見つめながら、目を潤ませる。
顔は美少女だ、傍から見れば愛らしいのだろうが、シアーナからすれば気色が悪い。
「ごめんって…、あまりに久しぶりの顔だから。テンションハイにナちゃった!」
きゅるるんと目を潤ませてから心からの謝罪。
お前がテンションハイでおかしいのは元からだろう。気持ち悪いです!そんな言いたいことがたくさんあるのだが。
謝罪をするとは、自分の愚行を見直してくれるのだろうか。間違いを正して…。
もしかして、この町から見逃してくれるのだろうか?シアーナは僅かに期待する。
「だからその怖がった顔、止めようねぇ。僕、傷ついちゃうから。ディランより繊細なの、僕。ね?」
「嫌無理です。怖いです気持ち悪いです。特に笑顔が。なんで目に光が無いのです?…お前の全てが受け入れられません。町から出してください」
「……よおし!!!明日の朝までエンドレスな祭りでもしようかぁ!!!音痴大集合鼓膜何時敗れるかな…?大会とか!!?」
「あ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
――おっと、何もわかってないコイツ。
思いの丈を全て口にしたら、カルトのテンションは戻ってしまったのである。
アスカは更に不機嫌な顔になってシアーナを隠す様に壁になり。今まで見守っていたエイデは苦笑。
ちょっとだけ思う、この世界の“神様”とやらは皆こうなのか?――と。
「じゃあじゃあじゃあ。なんの祭りが良い?今年は牛乳早飲み大会(樽)だったんだけど。変更しようか?いいよ僕は。楽しそうなお祭り上げてね?」
でもこうなればカルトはもう止められない。ぐいぐい来る。
アスカなんて、もう見えていないのか、興味ないのか、彼はシアーナの周りをぐるぐる回った。
というか、今年はそんな大会だったのか…。樽と言ったが、まさか、樽で牛乳を出すつもりであったのか。普通に死ぬぞお前。
「…隣町までの徒競走は如何です…?4日の時間制限付きで…」
「お、いいね。罰ゲーム付きだね!でもソレ君たち逃げない?帰ってくるつもりある?4日は長いなぁ」
「…30分にしましょう…」
そしてついにはシアーナも壊れ始めてしまった。
話噛合ってないし、片道一週間かかる道のりを30分は不可能のレベルを超えている。
そもそも、ソレもう徒競走じゃない。
でもコレは今すぐ対抗策を思いつかなければ、本当に隣町まで30分徒競走に決まりかけて来た。
慌てたエイデが、シアーナの口を塞ごうとした、その時の事だ。
「――おいカルト。てめぇ、いい加減にしやがれ。その気狂い続けるなら、強制的に黙らすぞ」
もうどうしようもない町の中。ハイテンションの人ごみの中。
突如として、静かで、しかしながらその妙に苛立った声が1つ。
その場の全員が、声がした方を見た。
モゾりとアスカの後ろに隠れるシアーナ。
今までハイテンションであったカルトは「げえ」と始めて、拒絶にも似た声を上げる。
次の瞬間である。
ざっと人混みが二つに分かれて、道が開かれたのは。
しかもだ。道を開けた町人は全員ビシッと整列。
角度90度、みんな綺麗に頭を下げて。――…ああ、今度は一体何が起こったと言うのだ。
その、道の中心を歩いてくるのは一人の男。
黄緑の長い髪に、眼鏡をかけた灰色の切れ長の瞳。
線の細い綺麗な顔を心底不機嫌そうにゆがめ切って。
男が此方に近づききる前に、呆気にとられるアスカにシアーナは顔を出す。
何処か気まずそうな顔で、彼の名を口にする。
「…彼はアクスレオス…。えー、と。“医術”の神様…て、やつですかね」
「アクスレオス?“医術”?」
名を聞いて、アスカはキョトンとした表情を浮かべた。
そう言えばと思う、ディランがそんな名を口にしていたっけ、と。
あの時、彼は「アスク」と呼んでいたが、同時に“医術”とも呼んでいた。どうやら、それは彼であるようだ。
そう考えていると、男――アクスレオスはアスカたちの前で止まった。
誰にせよ。間違いない事は1つ。この男も“神”という訳だ。
アスカとエイデが身構える。それも当然の事。
今度はどんな“神”だろうか。カルトと一緒に居るのだ。これまた頭の螺子が吹っ飛んだ輩に違いない。
そう、警戒するのは仕方が無い。
そんな視線の中、アクスレオスはその灰色の瞳にシアーナとアスカを映す。いや、シアーナを映す。
彼女を見るなり、彼は不機嫌そうな表情を和らげると、ため息を付いた。
「――よお、シアーナ。久しぶりだな。相変わらず顔色が悪い」
以外にも、アクスレオスと言う存在の口から出たのは酷く真面な言葉。
突然銛を投げて来るとか、ハイテンションぶち上げとか、そんな様子が一切ない。
意外な様子に、アスカもエイデも思わず体制が崩れる。
それはシアーナも同じ。何度か、きょろきょろとアスカの後ろからアクスレオスを確認。
被っている何時ものフードを握りしめて、シアーナは再び顔を出した。
にへら…と無理矢理張り付けたような笑みを浮かべて、アクスレオスをチラリ。
「アクスレオス。久しぶりなのですね。今日も髪が綺麗ですね…ああ…みんなか…へ…へへへへ…」
「どうしたの?シアーナちゃん。色々ツッコミどころ満載な上に、心を抉る辛辣な神様嫌いは何処へ行ったの!?」
「…彼は良いんですよ…可愛くありませんけど…」
妙に情緒不安定なまま、シアーナは再び顔を隠したのである。
シアーナの態度にアクスレオスはもう一度、息を付く。ただ、彼はそれ以上何も言わない。
彼の灰色の瞳がシアーナから外れる。その先は未だ放心中であるディランへ。
呆然としている彼に、アクスレオスは目を細める。
「――で、こいつはどうした。虚空を見つめて。なんだ?海水でも飲み過ぎて壊れたのか?“海”とあろうものが?」
「いんや?そこのお嬢ちゃんの辛辣な言葉に傷ついただけ。まじ笑えるよねww」
と、答えるのはカルト。どうやら先ほどの会話は全て聞こえていたようである。
アクスレオスが小さく…舌打ちを繰り出す。
彼は何も言うことなく、ディランへ。
その様子をアスカとエイデは止めることなく見ていた。
シアーナだって止めはしない。
何となくだ。
彼は今側にいる他の“神”と違う気がしたのだ。
物腰と言うか、雰囲気と言うか、シアーナの一言に興味も示していないようだし。
少なくともカルトよりは。――まあ、安全だろうと。
アクスレオスはディランの前に立つ。
その白い手を持ち上げて、振り上げて、
――はい、ばちこーん…。
ディランは宙へ浮くなり10回転。
地面へと叩きつけられたのであった。――安全とは?
「――おい!いきなり何してんだ!おいディラン大丈夫か!」
誰よりも先に我に返ったのはエイデ。
流石に今のはきつい一撃だ。普通の人間なら首の骨は軽く一本は折れているような威力だ。
“神様”で在ろうと、心配はする。
そもそも今物理技をかましたこの男は“医術”と呼ばれていたんじゃなかったけ?
どうして突然。いや違う。まさかここで、此方にとって“敵”と呼べる存在であったか。咄嗟にエイデは身構えて、アスカも腰の剣に手を伸ばす。
そんな二人にアクスレオスは視線を送ることも無く、一言。
「気付けだ」
「――物理で!?」
どうやら、彼なりの治療であったらしい…。
医術とは?
「――おい、アクスレオス…神でも死ぬぞ?今の」
周りが硬直していると、ディランが起き上がる。無事で在ったらしい。
頬は真っ赤で口と鼻からは血が流れているけど。
でも「ああ、無事だったのか…」と、安心する暇はない。
アクスレオスは、ギロリとディランを睨んだ。
そのまま、何も言わずにずかずかと歩み寄って、迷うことなくディランの胸倉をつかみ上げ、持ち上げたのだから。――その時の彼の目は本当に怖かった…。
「無事で何よりじゃねぇか。ああ?さっきより10倍の威力で殴ってやろうか?嫌だったら、その名前をよぶんじゃねえ!!糞野郎が!!!」
さっきの落ち着いた物腰は何処へやったのか。
いや、さっきまでが嘘だったのか。
アクスレオスは鬼のような形相と迫力を溢れ出していた。
何であろうと、一度本性を見せたら止まらない。
アクスレオスはディランを地面に叩きつけると、今度は後ろを振り返る。
そして未だに、90度の角度で頭を下げ続けているこの町の町人たちをギロリ。
「てめぇらこそ鬱陶しいんだよ!!そんな事をしている暇があるなら休め!!倒れる前に休め!!!だいたいソレで急性腰痛症にでもなって見ろ!!治療するのは俺なんだぞ!!!分かってんのか!?狂人どもめ!!!」
それはもう声を張り上げて怒鳴り散らかすのである。
いや、結構真面な事を言っていないか?
ただ分かったことは一つ…。
少しは真面?いいや違う…。
――やはり“神様”は神様だ…。




