アスカ 前編 カルトの町 1
エルシューを探し求めて、無意味な旅に出る。
とりあえず、最初の目的地は『ディランの海岸』から隣町と呼べる『カルトの町』へと向かう事に決め、旅立つ事を決めた。
――そう決めて、早くも数日が経つ。
海岸から離れた林の道で、彼女達は旅の4日目の朝を迎えようとしていた。
静かな仄暗い明け方、シアーナは静かに目を開けた。
昨晩も一日、アスカとエイデが寝静まった後で仕事をこなしていた為か目が痛い。
側を見れば毛布にくるまっているアスカとエイデ。
そして、木に寄り掛かる様に目を閉じているディランが映った。恐る恐ると近づいて確認してみれば、彼もまた寝息を立てて眠っている。
アスカたちは仕方が無いとして、ディランに対しては僅かに腹が立つ。
夜中の3時ぐらいまでか。彼は起きて見張りをしていたが、シアーナが気づかない間に結局眠ってしまったようだ。
一応“彼”は眠らなくても良い存在なのに、何を呑気に眠っているんだ――なんて。
思うだけで口にはしないし、眠りの邪魔をするような嫌がらせは到底しないが…。
シアーナは小さく息を付いた。
辺りに何かの気配は感じない。――うん、今のうちの様だ。
――ごそごそ。もぞもぞ。
エイデの用意した鞄に手を伸ばす。
……………。
「――今日もか…」
4日目の朝。目を覚ましてエイデの一言目がコレである。
起き抜け一番に、映ったのは用意された4人分の朝食。それを前に呆れたように呟く。
昨日、そして一昨日も、その前の日も、こうだった。
起きたら必ず、朝食が用意されているのだ。
むしろ良い香りで目が覚めると言っても良い。
用意されているのは簡単な物だ。
パンとリンゴ。そして半熟の卵焼き。これらが其々2つずつ。4人分。
取り敢えず、鞄の食料を確認すれば食料は僅かに減っているのがわかる。此処から使用したのは確かだ。
ただ卵に関しては、エイデは用意していない。こちらは野鳥の卵を使用した物だろう。なんとも手間のかかった…。
こういった朝食が旅を始めた初日…。ディランの家で夜を明かした、その日から用意される様になっていた。
ちなみに初日はカニとミルクのスープで、一昨日が同じようなパンと卵。そして昨日が焼き魚だった。
こんな怪しい物食べられるか――!…と普通は言うのだが。これは至って安全だ…。絶対。
減る食料も少ないので問題はない。…問題は無いのだが――。
問題なのはコレを誰が用意したか、だろう…。
大体最初に起きるのがエイデで発見するのは彼なのだが、何故か誰も朝食なんて作っていないと言い張るのである。
朝食は湯気が立っていて、いつも出来立て。味も最高に美味である。――意外な特技だ。
なのに、いつも名乗り出ない。褒めてやっても絶対に名乗り出ない。でも此方から声を掛けるのは、彼方がアレなので、自分から正体を現すのを待つしかない。
なので、エイデは今日も謎の朝食の前に呆れるしか無いのである。
「わぁ…、今日も現れたね。『妖精さん』…」
同じころに目を覚ましたアスカも隣でこの一言。一応言っておくと、勿論犯人はアスカじゃない。
アスカもエイデと同じ気持ちだ。今日も出来上がった朝食を前に苦笑いを浮かべていた。
「…『妖精』はこの4日間で色々学んだようだけどな…」
「しっかり四人前…準備されているもんね」
アスカとエイデは顔を見合わせ、初日を思い出した。
――初日。
つまり4日前の出来事だが。
ディランの住み家で目を覚ました時、知らぬ間に用意されていた朝食が用意されていた。
流石に初日であったために驚いたが、まあ、これは直ぐに受け入れた。
其れよりも大きな問題が見つかる。
それは用意されていた朝食が、二人前だった…と言う事。
もっと詳しく言えば、アスカとエイデの分しか用意されていなかったのである。
これにシアーナは何故か当然だと言い張り、ディランはしょんぼり顔。
おそらく本人は意図していないが、スープであったので何とか4人で分ける事が出来た。
次は一昨日。犯人は少しだけ学んだらしく、用意されていた朝食は三人前。
何故かシアーナが当然だと朝食を拒否したために、仕方が無いのでエイデがパンで済ますことになった。
そして昨日。
ようやくやっと、人数分用意されていた。
3人分の焼き魚と、スープ。――そしてリンゴ一切れ。
何故かシアーナは当然だとリンゴを食べようとしたが、頭を抱え大きくため息を付いたエイデがリンゴを食べてやった。
そして今日。
ちゃんと、パンに卵とリンゴは人数分しっかり用意されていた訳である。
一皿だけ、異様に少ないが。
まあ、昨日と比べれば、目くじらを立てる程じゃない。
――これが、この4日間のエイデと『謎の妖精さん』との攻防戦であった。
「人数分用出来ない、算数の出来ない妖精さんだな」――の一言が聞いた様だ。
全く、あんなに瘦せっぽちなのだ。何が必要ないだ。もっと食べるべきである。
何にせよ。これが、旅が始まってから自分たちの周りをうろつく様になった親切な妖精さんである。――アスカ命名。
「…今日も出て来たんですね」
エイデとアスカが何とも言えない表情で見ていると、後ろから声がした。シアーナである。
彼女は何故か複雑な面持ちで、アスカの後ろから朝食を見下ろす。
「遂に今日は四人分ですね。私とディランは要らないのに、ご苦労な協力者さんです。――でも仕方が無いですよね、エイデさんが我儘なのが悪いと思います」
「う、うーん。そうだネ」
『やれやれ』と言わんばかりにシアーナは一言。ふいと目を逸らす。
その様子にアスカは苦笑いを浮かべるしかない。
いや、エイデが悪いのか?と突っ込みたい気持ちはあったが、エイデはぐっと我慢した。
それはエイデや少し離れたところで見ていたディランだって同じ表情である。
因みに、シアーナから言えばコレは妖精の仕業じゃない。
そんな可愛存在じゃない。姿のない『協力者』の仕業である。絶対に妖精ではない。もう誰も話は聞いてくれないけど。
ああ、でも、全く、どこの『妖精さん』の仕業だろー?
「でも、妖精さんはまだちゃんと学んでないみたいだね」
「…え?」
ふと、朝食を見ているとアスカがポツリと呟いた。シアーナは思わず声を上げる。
学んでない?なにがだろうか。朝食はしっかりと4人分用意されている。問題は無い筈だ。
パンも卵も焦げてないし、リンゴだって可愛くウサギの形にしてある。どこに問題があるのだろうか。
「ほら、量が均等じゃない!」
そんなシアーナの疑問を他所に、アスカが指をさして言った。
指の先には先ほどの朝食が一つ。
明らかに少ない皿である。
パンは四分の一もないし、目玉焼きは小さくて一つ、勿論リンゴも一つ。
――確かに、少ない。………少ないのだけど…。
「アスカさん。その少ないのは私のです。私は小食ですから、これで十分というか。そもそも本来は要りませんし」
この朝食はシアーナの分だ。彼女は訳あって其処まで食に興味が無い。
つまり、わざと少なくしてあるのだが。
「ダメだよ!今日こそ、町に着くんだから!ちゃんと食べなきゃ体がもたないよ!」
そんな言い訳もむなしく、アスカは自身の朝食からパンを一枚、卵を1個とると、当たり前の様にシアーナの皿にのせたのだ。
コレに困惑したのはシアーナである。本当にシアーナは食べなくても良いのだが。
「い、いえ。あの…アスカさん、朝はあまり食べない方ですか?」
「うんん!!朝はいっぱい食べる方だよ?さっきのでも足りないぐらい!」
「…でしたら、私にはお気にならさらず…」
一瞬、食べ過ぎでは?と口にしそうになったのを飲み込んで、シアーナはアスカから目を逸らした。
「アスカさんが食べてください」
そう、口にしようとしたが、チラリと彼女を見れば真剣なオレンジ色の眼差しが此方を見ている。
「あ、あの…何度も言っていますが、私にはこういう物は要りませんから…。アスカさんが食べてください…」
「ダメだよ!ただでさえ青白くて、見るからに貧血なんだもの!絶対に食べる!!」
「……………」
本当に力強い目だ。譲る気はないらしい。
いや、シアーナもシアーナで食べられないわけでは無いのだが。なんと説明すれば分かってもらえるか。
アスカだけじゃないエイデも、だ。彼らは何かとシアーナに食事をさせたがる。
4日前からこの調子で、結局押し負けて最後は食べる事になってしまう。これにはシアーナも困ってしまった。
「あー、いいよ。ほら、俺のを半分やるから」
見かねたようにディランがアスカの皿の上にパンと卵を一つずつ乗せる。
昨日も彼はアスカに朝食を分けていた。僅かに「これでいいだろ?」とシアーナに視線を向けて。
「え!」
「これで勘弁してやれ。ソレに…あまり無理強いは良くない」
驚くアスカに、ディランが溜息交じりで答える。アスカが不満気に口を閉ざす。ディランの言葉にも一理あると納得してくれたようだ。
――いや、シアーナは本当に食事とか要らないのだが…。
ただ、そう考えたモノの、シアーナは諦めたように溜息をついてこれ以上食い下がる事は止めた。
この数日で分かったことがある。アスカは想像以上に頑固なのだ。
これ以上は引き下がらない。絶対にこの朝食をシアーナに食べさせる。食べるまで梃でも動かなくなるだろう。
それを分かっているので、コレはシアーナが折れるしかないのだ。
渋々シアーナは量が増えた皿を手に、アスカから身を離すと近くの木を背もたれに腰かけた。
「こちらは頂いておきます…、ありがとうございます。アスカさん」
「もう…。もう少し食べて欲しいんだけどなぁ」
そんなシアーナに、アスカもアスカで渋々といったように納得してくれたようだ。
この頑固さに、ディランは苦笑を浮かべ、エイデはうんうんと頷くのである。
続けてアスカはディランを見る。
「ディランもありがとう。でも、いいの?貰っちゃって」
アスカが移した視線の先はディランがくれたパンと卵だ。彼は仲裁してくれたのだろうが、半分もくれると、流石に申し訳なくなる。
その様子に、ディランは呆れたように残りのパンを頬張りながら言った。
「いいって。…チビ助が言っていただろ?自分達に食事は必要な無いって。それはオレも同じだからな、だったらお前が食った方が良い」
「…それって、前も聞いたけど…。どうして?お腹すかないの?」
ディランの言葉にアスカは当たり前の様に疑問を口にした。
此方に関しては旅が始まってから、ずっと繰り返されている会話であった。
シアーナからすれば簡単な事だ。
何てことない。シアーナには食事と言うものが必要ない。ただそれだけ。プラスすれば睡眠も必要ない。
そして、それはディランも同じだと言う。
ただ、コレに関してアスカは理解できなかった。
必要がありません、そう言われて分かりましたと受け入れられるような性格では無いのである。
「どうして必要ないの?」
アスカが問う。簡単な問いかけだが、コレが一番の疑問なのである。
この問いに困ったのはディランであった。
今の彼に答えられるのは、必要が無いから必要が無い…としか言えないのだが。
そもそもシアーナが必要の無い食事をしている理由は、アスカが酷く気にかけてくるからだ。
もちろん、食べられないわけではない。食べてはいけないと言う訳でもない。仕方が無いので食べている。それだけ。
「そう言われても…」
「私は化け物ですから、いらないんですよ。…“生きていない”から必要が無いんです」
「…え?」
疑問に首をかしげるアスカに、シアーナは酷く当たり前の様に、そう口にした。
アスカと、そしてエイデの視線が向けられる。
――その場が一瞬、酷く静まり返った。
それはディランも同じであった。誰も何も言わない。ただ、鳥と風の微かな音が響くだけ。
ああ、間違えたと。シアーナが気が付くのには時間が掛からなかった。
「――正確に言えば、不老不死であるから必要が無い…です」
まるで取り繕う様に、慌てたように、シアーナが声に出す。
僅かに、場の雰囲気が変わる。
最初に首をかしげて、疑問を口にしたのはアスカだ。
「…不老不死…?」
「はい、ディランだってそうです。…私とこの世界の…“神様”は不老不死なんです」
問いかけにシアーナは素直に頷き続ける様に答える。
コレに嘘はない。
この異世界、“神”と呼ばれる者たちは皆、不老不死だ。
「不老不死って、つまり…」
「老いも無ければ、死ぬこともありません」
不老不死に説明なんていらないだろう。
単純で言葉通りだ。
――だから、彼女は続ける。
「“死なない”と言う事は、“生きていない”ともいえるのですよ」
ごく当たり前の様に、そう告げる。この言葉にも嘘はない。嘘なんてものは微塵も無い。
けれど、シアーナの答えにアスカが僅かに眉を顰めた。
その表情は「納得がいかない」まさに、そう言っている。
その表情を見て、シアーナはまた僅かに考える。
よく周りを見れば、エイデだって複雑そうな、納得いっていないような顔をしている。
彼らが納得するにはどう説明すべきか。
シアーナが口を開いたのは一分ほど経ってからであった。
「なんと言いましょうか…。――生物はどうして生物と呼ばれていると思いますか?」
彼女の口から出たのは問いかけだった。
少しだけ、息を呑む音が聞こえる。
誰かの答えを待つより先に、シアーナは口を開く。
「生物とは“生きているから”、生物と呼ばれるのです。なら、生きているモノにとって必要な物は何でしょうか?」
「…必要な物?」
アスカが小さく声を漏らす。
彼女の視線は自然と手元の食事が乗った皿を映した。
その僅かな行動に、シアーナは小さく頷く。
「ええ、生き物に必要なのは食事です。後は睡眠も、でしょう。――だったら、どうしてこれらが必要なのですか?」
「――それは、だから…」
「ええ、“死なない為”に生物と言うものは食事をして、睡眠をとるのです」
――それは、あまりに静かな確信をつくような答えであった。
また、あたりは静寂に包まれる。
誰も何も反論することは無かった。
ただ、彼女の声だけが、凛と静かに響く。
「生き物と言う存在は何時か死にます。いつか死ぬから生きています。いつか死ぬからこそ、食事をして、睡眠をして、友をつくり、年を取り、誰かを愛して、子を残す事が出来るのです。死ぬから…無くなるから、いつか終わりがあるからこそ、その“生きる”と言う権利が与えられ、“死なない為”の努力をするのです」
彼女は自身の手を見る。
その瞳には悲しみと言うものは何一つとして無かった。
ただ、ただ、当たり前を見るように答える。
「でも私は違います。私に死は訪れません。この身体はもう大きくなりません。歳を取る事はありません。死と言うものは存在しません。お腹はすきません。眠たくもなりません。子を成すと言う事もありません。必要が無いのです。不老不死とはそういう物です。」
――だから。
「それは、“生きていない”とも言えるでしょう。何も私には必要が無いのだから――食事をする、睡眠をとる…、それは“生きているモノ”の特権です。生きていくうえで必要な事で、それは今を生きている…貴方方だけが、赦されている行為です」
だから、自身は「生きるための権利はない」のだと。まるでそう言う様に。
自分は間違いなく不老不死だ。
老いも無ければ、死も無い。
それは、“死んでいない”が同時に“生きてもいない”…ただ、それだけの事。
死なない彼女には、生きる為の行為は必要ないのだと――。
嘘も、隠し事も一切なく。
――ただ本心を彼女は言い切った。
嗚呼、だから、だから…。
「…ですからアスカさん。私には――」
「だったら、美味しい。うれしい。…そう言った感情も貴女には無いの?」
「――」
最後の言葉を遮るように、アスカの声が響いた。
出かけていた言葉は喉に詰まり、シアーナは僅かに息を呑みこみアスカを見る。
彼女の真剣な表情を、オレンジ色の瞳を映す。
「――分かりません。…覚えていません」
少しの間、シアーナの口から出たのはコレもまた正直な言葉であった。
そもそも、アスカから…他人から、そんな事を聞かれるなんて事すら思いもしていなかった。
シアーナに、お腹がすいたから食事をする。眠たいから睡眠をとる。――コレは無い。
で、あるなら。
何かを食べて「美味しい」「楽しい」
そう、感じたことは、そう思えたことは、
――嗚呼、あっただろうか?
昔は感じていたことは僅かに覚えている。
色鮮やかなキノコのシチューを、誰か達と囲んで食べた記憶がある。――その一瞬は、楽しかった。
でもそれはもう何年、何十年、何百年、何千年前の事だろうか?
それ以上に、苦しんだことの方が強くて、自分を見下ろす人間の冷たい視線の方が嫌に鮮明に思い出せる。
――後は、覚えていない。
それ以降は、もう何年も何年も、一人ぼっちだったから。
誰かと食べることも無かったから、忘れてしまった。
…忘れて、いる…けれど…。
「…分からないけど…この数日…アスカさん達が食事をしている姿を見るのは…たぶん、こう、ドキドキしました…。…うれしいです…かね?」
「――そっか!だったら、それで十分じゃない!」
シアーナの絞り出したような答え。
「美味しい」「楽しい」でもない。それでも、
その答えに、アスカは酷く満足したような笑顔を1つ零す。
驚いた様に顔を上げるシアーナにアスカは笑顔のまま指をさす。
「シアーナちゃんにとって食事は…“食べる”と言う行為は意味が無いのかもしれない。でも、食べるって栄養補給だけじゃないと思うの。それは睡眠も同じ」
「――?まさかと思いますが、心の補給とか言いたいのですか?誰かと一緒に食べて、楽しいと感じることも“生きるため”に必要だと?…生物…だとか?」
「なんだ!分かっているじゃない!」
シアーナが「まさかそんなバカげたことを…?」そう頭によぎった言葉を口にすると、アスカは当然だと言う様に大きく頷いた。
アスカの様子にシアーナは心底呆れてしまう。
そんな、精神論的な事を言われても彼女には良く分からない。
誰かと食事をして「楽しい」、何かを食べて「嬉しい」、そう思う事が“生きる事”に何の役に立つと言うのか。理解が出来ない。
思ったところで、身体を動かすための動力にはならない。それを“生きるために”必要だなんて…。そう思えるのが生物なんて――。
違う――。
そもそも、たとえそれが必要だったとしてもシアーナには結局関係ない。
だって、やはり自分は既に“生きている”とは言えないのだから。感情なんて意味が無い。
だから思う。
やっぱりアスカは変わっているな――と。
「んー。なんだろ。コレは、伝わってないかなー」
「?」
アスカの言葉に理解できずにシアーナが眉を顰めているとアスカが酷く困ったような声を上げた。
伝わってない?その言葉が分からずシアーナは首をかしげる。
思わずエイデに助けを求める様に視線を飛ばしてみたが、彼は僅かに呆れたような笑みを浮かべたまま、助けてくれるような事はしてはくれなかった。
少しの間。アスカは唸り続けていたが、顔を上げてシアーナをのぞき込む。
「シアーナちゃん、貴女もね、ちゃんと“生きている存在”だと、私は思うよ?」
「――は?」
そして、アスカから返ってきたのは、シアーナが思いもしていない言葉だった。
シアーナは首をかしげる。
アスカが言った事が、シアーナにはまるっきり理解できない。
先ほどの通り、“生きている”…そう言った存在は何時か“死ぬから”こそ生物と呼ばれているのだとシアーナは考えている。
生きているからこそ食事が必要で、睡眠が必要で、愛すべき存在が必要となる。友が、家族が、必要になる。
でも、けど、シアーナは生まれた時から、それらを必要としていない。
彼女の身体は成長しない。老いることも無い。永遠に彼女は彼女のままだ。死なんてモノは彼女に存在しない。
死が無いから彼女は食べる事も眠る事も、何かを愛す事もない。永遠だから自分から増やすことはしない。必要が無い。
――こんな存在が“生きている存在”…生物なんて呼べるはずが無いのに。
シアーナが疑問に思っているとアスカが何かを思いついたように顔を上げた。
なんていうかな、と前置きをして、彼女が言う。
「食事をするから、睡眠をとるから、だから生物…じゃない。それも大事だけど。問題はその先。何かを食べて…“美味しい、不味い”…“楽しい、嬉しい”。眠って夢を見て…“ああ、楽しい夢を見た”、“怖い夢を見た”。誰かと一緒に過ごした、“楽しかった、もっと遊びたい”。辛い事が起きた…“苦しかった、悲しかった”――『生きている』からこそ、何かを感じる事が出来るんだもん!」
「――は、い?」
アスカの言葉にシアーナは思わず声を上げる。
あまりに理解が出来なくてアスカの顔を見つめる。
シアーナの目に映るのは笑顔を浮かべるアスカの顔だ。
晴れ晴れとした、暖かい笑顔だ。
「うん。今は、分からなくていいよ。私が言えるのはコレだけ、シアーナちゃんは私達と一緒にご飯を食べて“嬉しい”って思ってくれた。それで十二分!――貴女も“生きている”存在だ――!」
心から晴れ晴れとした顔で、アスカはそう言い切るのだ。
その言葉にシアーナは硬直する。どうしてか分からないけれど、ただ茫然とアスカを見据える。
欲しい言葉じゃない。欲しかった言葉じゃない。彼女の言っていることは理解できない。
誰がなんと言おうと、シアーナは不死の化け物で、生きているとも呼べない存在だ。
――でも、だけど、それでも、今の彼女の言葉に、
その嘘偽りのないオレンジ色の瞳に、力強い言葉に、
ひたすらに、心の底から、言葉に出来ない程に、
シアーナは心から「うれしい」と感じる。
目の前で笑うアスカがあまりにキラキラしていたからか。
初めてそんな言葉を貰ったからなのか。
分からないけれど。
「――と、言う事で。その食事はシアーナちゃんのモノです!しっかり食べなさい!」
「――え、あの…」
キラキラした笑顔に、言い聞かせる母親のような表情も浮かべてアスカは言い切った。
どうして今の会話からこの会話に戻るのか。
思考がさっぱりついて来なくなり、シアーナは思わず声を上げる。
それでもアスカは構わず続けた。
「生きているんだから食べなきゃ!そもそも、シアーナちゃん。貴女は食事が必要ないって言うけれど、そんな細くて青白い顔で言われても説得力がありません!もう私でも抱きかかえられそうな体型をしておいて、何が食べる必要がありません…ですか!」
「え、いえ。ですから…」
「もう羨ましいなんて越して心配です!成長期でしょ?食べられるなら食べておきなさい!お姉さんの言葉はちゃんと聞きなさい!」
「い、いえ…ですから私は…そもそも私とアスカさんでは多分年齢は変わりませんよ?私の年齢は人間で言えば16歳なのですから」
「嘘はいけません!私と二つしか違う訳ないでしょう?どう見たって10歳…よくて13歳だよ!」
「それは気のせいです。私は16歳です!…アスカさん14歳でしたっけ?人の事言えません…」
「18だよ!ほら、私の方がお姉さん!」
――少しずつ話がずれて来た。
アスカはシアーナに抱き着いて、彼女がどれほど細くて、小さくて、16歳には到底見えない事を熱弁しているし。
シアーナはアスカに突然抱き着かれて、驚愕して、照れて、更に小さくなって、それでも自分は16歳だと口籠っている。
話はずれてきているが、アレはシアーナの敗北で在ろう。それは違いない。
そんな様子を見て、今まで黙っていたエイデは僅かに小さく息を付いた。
「いいコンビじゃないか、良かったな」
そして、側で同じように黙って見守っていたディランにポツリと声を掛けるのだ。
「――全くだな…そうか…なんだ。…馬鹿らしいな。………そもそも、そんな存在はお前だけだっての」
ディランだって同じであった。
彼の表情は酷く物悲しげだ。
ただ、その表情は心から安心したような、そんな優しい表情をするのだ。
「よーし!見て二人とも!シアーナちゃんが漸く折れてくれたよ!」
「――」
誇らしげにアスカが二人に顔を向けたのは暫くしてから。
アスカの後ろで、シアーナは腑に落ちない表情をして目を逸らしている。
――やはりアスカの勝利だったらしい…なんてエイデとディランは苦笑いを浮かべるしかない。
「さぁ、シアーナちゃん!こっちにおいで、みんなで一緒に食べるんだから!」
「――はい…」
元気よく、此方に手招きをするアスカの様子を見つめながら、シアーナは小さくため息を付く。
何故だろうか、彼女には逆らえない気がする。
視線を落とせば、料理が乗った皿が映る。
これは自分には必要が無いモノ。――そう、説明したのに。
自分には全く必要が無いから、だから、必要としているアスカが食べるべきだ――そう、伝えたかっただけなのに。どうして結局自分も食事をとる事になったのだろうか?
4人分の食料が、3人分…ディランだって必要ないから2人分に減らせるはずだ。
だというのに…。
たぶん、この説明をしたところでアスカは承諾してくれないだろう。エイデだって同じ気がする。
ディランだけは、…。――ディランは分からない。賛同してくれるかもしれないが…。
なんだか無駄な考えに思えて来た。――そう、シアーナもう一度小さくため息を付く。
もう仕方が無い。これからは文句は言わずに、食事を彼らと同じようにするしかないようだ。
別にとる必要が無いだけで、食べることは出来るし眠ることも出来るのだから。まだシアーナからすれば、そんなモノは趣味の一つにしか思えないけれど…。
今度はフリは、極力は止めておいた方が良いと学んで。
食事をする三人を見つめると、僅かな笑みを浮かべて、アスカの隣に腰を下ろすのだった。




