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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
1章 暁の魔女
13/39

アスカ 序章4



 ――と、言っても。アレである。

 こうもあっさりと仲間が増えるのは以外の以外。

 今後の話をしようと言う事になり、海辺にあるディランの住処に場所を映した所で、アスカは改めてまじまじと手を貸してくる事になった三人を見据えた。

 シアーナは何とかアスカから離れたものの、フードを深く被って小さく丸まっているが。

 彼女の事は一先ず置いておく事にして、やはり今一番気になるのはディランである。


 小屋の隅でガサコソと、何かを探している彼を思わず、まじまじと見てしまう。

 暫くして、部屋の隅から大きな丸まった羊皮紙を持って戻って来た彼は、アスカの視線に気が付き、その水色の目をアスカに向けた。


 「なんだよ」

 「あ、いえー」


 流石にアスカは口籠る。

 本当に男なんですか?とか聞けるはずがない。

 仕方が無い。それほどまでに、ディランの容姿は美しい女性そのものなのだ。

 ただ、シアーナはディランの容姿は女の姿だが、彼は確かに男で、()も男と言っていたが、こうして合ってみると、容姿どころか()()()()()()()()女性であるのだが…。

 

 「…ディラン…声、どうしたんですか…。女性みたいですよ…」

 それに関して、問いかけたのは他でもないシアーナであった。

 彼女からしても不思議であったのだろう。

 何せシアーナが最後にディランとあったのは150年前、その時は確かに男の声をしていたからだ。

 彼女の疑問に誰よりも先に首をかしげたのは何故かエイデであったが。


 「ずっと思っていたが、声が男ってどういうことだ?ディランが男だって事は俺も知っているが、会った時からずっとコレだぞ?」

 どうやらエイデとシアーナの間で何かが噛合ってないのは間違いないらしい。

 三人はディランに視線を向ける。

 三人分の視線を向けられることになった彼は、「あー」と声を漏らす。


 「ま、別にいいか」

 そう判断して、自身の首元に手を伸ばしたのも直ぐの事。

 正確に言えば、首に着いていたチョーカーに手を伸ばし、カチリと何かボタンを押したのだ。


 「ほら、これでいいか?」

 次の瞬間、ディランが発した声は大きく変わっていた。

 先ほどまでの女性の声ではない。

 はっきりとした20代ほどの成人男性の声へと変わっていたのだ。

 コレに驚いたのはアスカとエイデだ。

 シアーナはただ少しの間、無言。小さく口を開いた。


 「“発明”ですか…?」

 「お、おう。そ、あたり」

 彼女の問いにディランは、頷く。

 指先でチョーカーを示しながら簡単な説明をした。


 「コレは100年程前かな?自称“発明の神”がくれたものでな。――ほら、お前達には俺は女の姿に見えるんだろ?だから、それに合わせて変声機だっけ?作ったんだとさ」

 「初耳です…」

 「そりゃお前…お前が引きこもった時期だからな…」

 衝撃的だと言わんばかりのシアーナにディランは何処か余所余所しく答える。

 いや、それ以上に驚いていたのは、やはり他の二人だが。

 なにせ未だに呆然としてディラン(此方)を見つめっぱなしだ。


 「おい、お前…。それ、俺も初耳なんだが…!」

 「言ってないからな。そもそもお前、すんなり俺が男だって信じたから、必要も無いから言わなかった」

 「そ、そうやって女性に化けていたんですね…!」

 「おいお嬢ちゃん、人聞きの悪い事を言うな!そして、そのまるで詐欺師を見るような目をやめろ!俺はアレだ、その…声が低くて怖がられるから使っているだけだ…」


 ディランは最後にチラっとシアーナを見た。

 確かにディランの声は低い。どう聴いても男の声だ。しかし今の姿は女性。

 その上、がなり立てるように喋り、女性には怖いと思う人が居るかもしれない。

 それも幼いとなると尚更。ディランなりの気遣いなのだろう。

 ただ、彼が、一番気にかけ心配していただろう人物からは変わらず冷たい視線が送られているのだが…。

 そこでディランはコホン。


 「そもそも、俺達の姿は…」

 そこでまたシアーナをチラリ。彼女は何も言わない。

 少し安堵して、ディランは続けた。


 「――俺達の姿はあんた達『異世界人』の姿を表向き、借りているだけなんだ」

 「は?」「…」

 コレもまた、理解できない事実。

 というか、エイデも初耳であったし、アスカは眉をキリっと上げて黙ってしまった。どうやらアスカは理解が出来なくなると、キリっとした表情になってしまうようだ。癖である。

 ディランはシアーナを気にしながら、んー、と声を漏らす。どう説明すべきかと悩んでいる様だ。

 少しして、また口を開く。


 「だから…簡単に言うと、今の俺の姿は何処かの『世界』で実在する。または実在していた女の姿をしているらしい。言っておくが俺だけじゃないぞ“神様”を名乗る奴らは全員だ。――例外はいるが…」

 それにと、ディランは続ける。


 「女の姿に見えているのは『他人』だけだ。俺自身から見れば、俺は俺の姿…男の姿だぞ。面白い事に自分自身限定だけどな…」

 「…まて、もう少し詳しく」

 「…だから、お前達や他の“神様”にはオレは確かに女の姿に見えているらしいが、俺からすれば俺の姿は男のまま、産まれ持った()()()()()姿()()()()()()って事だ…。逆も同じだ。オレも含めたお前達(他人)から見れば他の“神”は『異世界』の誰かの姿をしているが、“アイツ”らは()()()姿()()()()()()()()()()姿()()()()()()()。――分かるか?」


 ディランは其処まで説明してから、ややこしいか、と頭をかく。

 いや、エイデは彼の説明で理解したが。にわかには信じがたい事であった。

 しかしコレは事実なのだろう。――いや、断言しよう。事実である。

 シアーナはただ無言でディランの説明を聞いていた。彼の説明に対して彼女からの補足はない。


 この“世界”。

 “神”だと名乗る者達は数いるが、殆ど全員がこの“世界”とは『別の世界の誰か』の姿を取っている。

 それは確かに実在する、はたまた実在していた人物の姿であり、若干1名を除いで全員が『女性』だ。

 その1名も、シアーナやディランからすれば他の“神”と事情が違うのだが。

 ――そして、それは、例にもれず。

 “死”とされるシアーナ(彼女)()()なのである――。


 「じゃあ、なにか?シアーナ(コイツ)も別人の姿を取っているって事か?」

 エイデが疑問のままに口に出す。

 その疑問は純粋なのであったのだろう。ディランの表情が大きく変わる。


 「あー。でも確かに言われてみれば――!」

 「………」

 はっと漸く失態に気づいても、もう遅かった。

 口元を押さえて、エイデはアスカを見る。

 今まで黙って話を聞いていただけの彼女は無言のまま、唖然とした表情をしていた。

 オレンジの瞳が、シアーナに向けられたのは直後の事。


 「私は、()()なんです」

 彼女から、何かを問いかけられる前に、答えを出したのはシアーナであった。

 その場にいた全員の視線がシアーナに注がれる。

 

 「化け物…?」

 「はい…。“神様”を妬み、羨み、渇望した結果、産まれたのが私です。――だから私はそこのディランと同じ、『異世界人』の誰かの姿を映しとっているのですよ。人間の姿を映しとり、“神様”のマネっ子をしている怪物です…」


 そう、彼女は言い切った。当たり前のように言い切った。

 ――嗚呼、でもそれは、余りにも。

 余りにも滑稽で、酷く馬鹿らしい、見え見えな、その場で取り繕った大嘘。

 エイデとディランは、“死”の嘘に息を呑む。

 シアーナは、そのままアスカに視線を向ける。


 「ごめんなさい。“神様”じゃなくて。…人間から嫌われる化け物で」

 「………」

 黙ったままのアスカに声を掛ける。

 静寂が辺りを包む。

 静まり返るその中で、誰よりも驚いていたのはシアーナ自身であった。

 どうして、自分はこんな嘘を付いたのか。自分の事ながら、分からない。


 シアーナは“死”だ。この“世界”の住人は、彼女がどれだけ否定しようが“()”と呼び恐れる。それは事実。――()()()彼女は誰かの姿を借りている。今も昔もずっと…。

 アスカに自身の事を隠している理由は簡単だ。その方が、楽であるから。

 でも、もし彼女が、アスカ自身がシアーナの正体を問いただしてくるのであれば、嘘偽りなく正体を明かそうとは考えていた。その結果、拒絶されても、それは仕方が無いと。

 もう自分が居なくなってもエイデは味方でいてくれるだろうし、だから――。

 ()()()()()()()シアーナ(自分)は、アスカに正体を隠し続けたのだろうか――?

 分からない。

 ただ、無言のままに、苦しい嘘に対してのアスカの答えを待っている。


 「そうか…。この世界の怪物は何よりも可愛いんだね!」

 「――!」


 ――そして、その人物からの答えは、信じられない一言だった。

 だって、彼女は、アスカは、あまりにキラキラとした笑顔で、当たり前に、当然だと言わんばかりに、シアーナの嘘を受け入れたのだから。

 シアーナに向けられるアスカの笑顔、そこには純粋な眼差ししかなかった。

 嫌味だとか、呆れだとか、疑いなんて微塵も無い。

 心から信じ切った、信頼した、そんな瞳。それプラス、心から愛らしい物を見るような視線迄入っている。


 シアーナがひどく驚いた様に、何かに照れたように、かぁ、と頬を染めてフードを深く被ったのは次の事。もぞもぞ動きながら、後ろを向いて、小さく丸まってしまうのだ。まるで不貞腐れた猫の様だ。

 その姿に、アスカは満足しきった満面の笑顔(カワイイ)


 「…お前、凄いな…」

 「え?だって可愛い物は可愛いんだから仕方が無いじゃない!」

 思わず口にしたディランの言葉にアスカはさも当然だと言わんばかりに頷いた。

 ただ、そんなアスカの様子に、エイデもディランも少しだけ安堵の表情を浮かべたのは確かであるが。


 「ま、これで取り敢えず、“俺達”の話は終わりだ。“神様”は大概誰かの姿を、女の姿をしているって覚えておけば良い」

 「分かった!」

 一先ずと、ディランはこの話を終える。

 元気よく頷くアスカを前に、何処か呆れたような表情を浮かべて、彼は次に本題に入るべく、手にしていた羊皮紙を机の上に広げるのだ。


 「コレは、地図か?」

 「ああ、この“世界”の地図な」

 羊皮紙をのぞき込み、エイデが口に出す。

 ディランが出したのは紛れもなく、この“異世界”の地図。『世界地図』であった。

 同じようにアスカも地図をのぞき込む。

 地図をのぞき込んで、その広さに、大きさに、アスカは唖然とした。


 そこに記されていたのは、大陸が一つ。

 大陸の上下には海。他には島と言えるものはない。

 横長の大きな大陸が、たった一つ描き記されていたのだ。

 その地図には幾つかの大小の街や村が点々と記され、名称がついている森や、湖なんかも存在している。


 「これが、この“世界”の地図だ。島じゃねぇぞ?島とかは無いからな」

 ディランは取り敢えずと言わんばかりに補足しながら、現在地を指した。

 地図上では大陸の、どちらかと言うと右端。

 そこには海岸が続いており、小さな町と大きな街が一つずつ。海岸には『ディラン海岸』と文字が記されていた。


 地図を見ながら、眉を顰めたのはエイデだ。

 エイデ自身もこの“異世界”の全てが描かれた地図は初めて見る。

 こうしてみると、かなり広い。今まで自分がいた場所は酷く狭かった事が実感できた。


 隣ではアスカが興味津々で地図を見ている。

 何か気になったのか、彼女の細い指が、大陸の北北西にある。地図上では唯一、白く描かれた場所を指した。端には小さい文字で『スノー山』『シタ―村』と書かれている。


 「此処って、どうしてこんなに白いの?」

 「ん?ああ、ソコは“冬の神”が…住み家しているところでな。“雪の神”も一緒に暮らしているから永遠の冬が続く場所なんだよ。――ま、今回は行くことも…」


 「――まって下さい…。シタ―()が、なぜ一人。いえ、スノー()と一緒に居るんですか…?」

 ディランの説明を遮ったのはシアーナであった。

 蹲っていた彼女は、此方に視線を向けている。フードの上からでも彼女が酷く困惑しているのが分かる。

 シアーナの言葉にディランは口籠った。


 「何故って言われても…」

 「アレが一人で…?“ディアナ”はどうしたのです…。“スノー“もです。アレらは――」

 「…ま、気になるなら自分で見て見ればいいだろ――っと」

 「………」


 小屋の端でぐちぐち言っていると、突然体が宙に浮く。

 エイデに持ち上げられたと気づくのには僅かに時間が掛かった。

 まるで猫を運ぶように掴み上げられたまま、机の側へ。ソレに関しては不機嫌極まりない表情を浮かべていたシアーナであったが、彼女は改めて…。嫌、初めて地図を目にすることになる。


 彼女が閉じこもっていた()5()()()

其処から、随分と大きく変わった地図を――。



 「――間違いです。何ですコレ、私が知っているモノと違います…」

 シアーナは酷く不機嫌そうに呟く。

 そのまま、彼女は自分の小さな鞄(ポシェット)から取り出した、一回り小さな羊皮紙を広げた。

エイデとアスカも()()を見る。

 確かにだ。シアーナが持っている地図と、ディランが出した地図とは存在する街や、名称が所々変わっていた。

 その様子に、ディランがため息を付く。


 「あのな…その。昔と今じゃ違うのは当たり前だろう…?」

 「………」

 それは正論なのだろう。

 しかしだ。シアーナが俗世から離れていたのは、たった150年。それだけで此処まで変わるのか。

 顔が険しくなるのが分かった。


 シアーナは確認するようにディランが出した地図を見た。

 気になる所は点々とある。だが見た限り、今は気にするような点はない。

 冬と雪に関しては気になる所があるが、コレばかりは今は仕方が無いと言い聞かせるしかない。


 シアーナは溜息を一つ。

 アスカに視線を向けた。


 「………アスカさん、此方(ディラン)の地図の正しいようですので、コレで話を進めていきましょう…」

 「うん?…うん!分かった!」

 アスカは相変わらず元気よく頷く。


 「それで、エルシューさんに会うには、何処に行けばいいの?」

 元気よく頷いて、直球に一番の目的を口にするのである。

 アスカは今まで地図を見ていた。しかし、エルシューの名前は見つける事が出来なかったのだろう。

 シアーナは無言。アスカから視線を外した後に地図に視線を戻す。


 「――ここです」

 シアーナが迷いなく地図の一か所を指差す。

 それは地図のほぼ中心。大きな草原の中央にある街を指していた。

 端には街の名前。『ソレイユの国』そう書かれていた。


 「「――」」

 「ここにエルシューはいます…」

 「え、でも…」

 困惑したのはアスカだ。

 当たり前だ。そこには「エルシュー」なんて名も名称も記されていなかったのだから。

 そんなアスカにシアーナは当然の様に口を開く。


 「アプロ…いえ、今はソレイユと呼ばれているのですか…?この子は“太陽”。この“世界”の太陽そのものである存在です。…人は“彼女”の周りに大きな街を立てた。その街の一角に、エルシューが居るのです…」

 「そう、なんだ…」


 シアーナの言葉にアスカが僅かに口籠る。気持ちはわかる。

 細い指が示した場所、そこは今いる現在地から遠く、あまりにも遠く、離れているのだ。

 ディラン海岸(現在地)は地図では右端、一方ソレイユの国(目的地)は中心。此処からどれ程 歩けばたどり着けるだろうか…?遠い道也なのは嫌でも理解する。

 

 眉を顰めるアスカを、シアーナは黙って見つめている。

 たった今、至極当たり前に、至って普通に。


 ――シアーナ(自分)()()()()()


 ディランは気が付いているはずだ。だからディランに視線を合わさないようにした。

 150年、引きこもっていたのだ。地図上の街は昔と比べれば、余りにも大きく変わっている。

 シアーナの記憶にある場所と、今現在の街の位置は、その()()()()()()()()()と言っても良いほどに…。

 ただ、コレばかりは感謝しよう。付きやすい嘘が出来たのだから。


 少なくともシアーナが持っている地図には『エルシューの街』は記されている。

 でも今現在の地図にはソレが無い。どうして無いのかは分からないが、コレを利用した。


 勿論、元エルシューの街があった場所は、現在の地図にある『ソレイユの国』の場所ではない。

 なら『ソレイユの国』とやらの中にエルシューが居るのか?そんな訳が無い。

 そもそも、あの“()”が、他人の『街』に腰を下ろすはずがない。


 いや…、本当の所。

 こうなってしまえば、シアーナはエルシューの居場所はもう分からない。


 だから一番現在地(ココ)から遠く離れていて、元エルシューの街からも離れている。()()()()()()()()()()()()()()。ただ、それだけ――。


 シアーナは静かにアスカを見る。


 「…ここから、かなり遠いです…。特に徒歩で行きますので数週間は掛かると思いますが…」

 「――。分かった!じゃあこの『ソレイユの国』を目指して、他の街に寄りながら歩くしかないね!」

 「…そうですね」


 嗚呼、と思おう。やはりこれぐらいではアスカの気持ちは変わらないかと。

 続けてシアーナは今まで黙ったままの二人を見上げる。


 「エイデさん、ディランは如何です…?それでよいですか?」

 「え、ああ。俺は構わねぇが…」

 「――!お、オレも…。………それで構わない」


 エイデも何かに気が付いているのだろうか?彼はディランの様子を確認しつつも頷き。

 ディランは間を開けてから、大きく頷く。目を逸らして、それでも。

 シアーナ(彼女)の言葉に、彼女の意図を組むように、素直に従うのだ。


 ――ただコレだけで、今後の旅路は決まった。

 意味も無い、目的も存在していない、本当に無意味な旅路。

 だが決まりは決まりだ。もう話は済んだと言わんばかりに。

 シアーナは目を逸らし、何事も無かったようにまた部屋の隅っこに戻っていくのだ。


 「出発は明日にしても…?」

 「え!どうして?まだ日は高いよ?」

 「…今日、アスカさんは朝の4時から活動しています。人間と言うのは弱いでしょう?休むべきです」

 「――。そうだな、俺のとこに来て直ぐに此処まで歩き通しだった。休めるうちに休んでおいた方が良いだろ」


 道行が決まれば、後は楽なものだ。

 今の様子からディランはシアーナ(自分)に協力的なのは知れたし、エイデは何かに気が付いた様ではあるが、決定的な物に気が付いた様子はない。

 それどころか、エイデはまだ歩けると空元気を見せるアスカを気遣って、シアーナに賛同するのだ。

 昨日の今日で、アスカはまだ疲れている。それは顔色を見れば誰でも気が付く。


 「…そうだな、出発は明日にしよう」

 動く様子を見せない。エイデとシアーナの様子を見て、ディランも此方に賛同したようだ。

 アスカだけが残され、彼女は不貞腐れたが、こうなればアスカも動くに動けない。

 「分かったよ…。今日は休もう…」

 そう、渋々と声を上げたのは直ぐの事であった。



 「んじゃ、オレはオレで色々準備してくるから、お嬢ちゃんたちは此処で休んでな」

 そんなアスカの様子に、ディランが僅かに笑みを浮かべたのは少ししての事。

 それは彼なりの気遣いである事は、傍目から見ても良く分かった。

 エイデも続くように立ち上がる。


 「――俺も、少しばかり用事を済ませたいことがある。夕方までには戻ってくるから、仮眠ぐらい取って置けよ」

 「…私って今そんなに顔色悪い?」

 二人立て続けに言われれば、アスカだって自身の体調に嫌でも気が付くしかない。

 苦笑を浮かべる二人を前に、アスカは大きく息をついて椅子に腰かけるしか選択肢は残っていなかった。

 ただアスカの身体は本当に疲れていた様子で、椅子に腰かけた瞬間疲れがどっ、と襲い掛かってくるのが分かる。同時に眠気も襲ってくる。――これには溜息しか出ない。


 「うう、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます…」

 「おうそうしろ。なんなら其処のベッド、使っても良いぞ?夕食前には起こしてやるからよ」

 「むむむ…。男の人のベッドか……磯…いえ、使わせて頂きます…」


 ――今完全に「磯臭そう」そう口にしようとした。男とか以前にそっちが気になったか。

 嫌、確かに“海”を名乗っているから仕方が無いけど。嫌、ほとんど使ってないからそんなことは無い筈だけど!

 のろのろとベッドに歩いていくアスカに一発拳でも食らわしてやりたかったが、ディランは何とか我慢をする。ここは我慢しなくてはならない。

 其れよりも、だ。彼の視線は部屋の隅っこに蹲るシアーナに向けられた。


 恐る恐ると言った様子で、彼女の側へ。ディランは声を掛けるのだ。


 「あ、のさ。――コレから暫くは一緒に旅するんだろ…?だったらさ…その、名前とか…えっと…俺も――」

 「嫌です。お前には絶対に名前は呼ばれたくない」


 ――シアーナと呼んでも良いか。そう、最後まで聞く事もディランには許されなかった。

 彼女の口から出たのはハッキリとした拒絶。

 アスカやエイデに対する態度と比べることも無い。シアーナの目にはディランに対しての嫌悪が滲み出ている。

 その視線と、言葉にディランがしょんぼりと目を伏せたのは当たり前の事であった。

 そんな様子にシアーナは眉を顰めて、彼の耳元で囁く。


 「………お前に限らず、私は“神様”を名乗る連中とは仲良くしたくありません。…名だって呼ばれたくありません…。これぐらいの我儘もお前たちは許してはくれないのですか?」

 「――……」

 彼女の言葉に、ディランは何も言い返せなかった。

 ただ、無言で綺麗な顔を悲し気に歪ませて俯くばかり。

 シアーナはコレにも苛立ったように小さく舌打ちを繰り出した。



 「――でも、呼ぶ名が無いと困るのは確かです…」

 少し悩むように、そうですね、と。

 

 「あれです、シーナとでもシーアとでも呼べばいいのでは…?」

 「――」

 プイっと顔を逸らしながら、シアーナは心底不機嫌そうに更に続けてそう言うのだ。

 ――この発言、困惑したのはディランの方だ。

 彼女の言い分は彼には痛いほどに伝わった。しかしだ。しかし…。

 あの、しかし、なんだ。コレは…。その…。彼女は気が付いているのか?


 ディランは少し悩んでから、おずおずと耳打ちをする。


 「…あの、それは…名前を越して、親しい…()()になるのでは…?」

 「――!?」

 ディランの発言に顔を上げたのはシアーナだ。

 「シアーナ」なんて適当に付けた名前だ。ソレであろうと、“彼ら”に名を呼ばれるのは苦痛でしかない。だから()()()以外で適当に上げたつもりが、まさか『愛称』として見て来るとは思いもしなかった。加えて親しみだと?図々しい。

 ――なんて男だ。腹が立つ。

 

 「却下します。『お前』とでも『おい』とでも呼びなさい。名前および愛称で呼ぼうものなら私の力の全てを使って罰を与えます――!」

 「――そ、そうか…うん、わかった…」


 ディランは言いたい。

 ソレで良いのだな?――と。

 反対に怒りそうな物なのだが、毛嫌いしている相手から『お前』や『おい』で良いのだな。

 むしろ傍から見れば、ある意味仲が良く見られるかもしれないが、ソレで良いのだな。――と。


 ただ、コレは我慢して飲み込む。これ以上は何も言わない方がよさそうだ。

 とりあえず、「お嬢ちゃん」とでも呼んでおこう。そう、ディランは自分自身の中で決めた。


 「じゃあ、俺達はちょっと出てくるから…。その…お嬢ちゃんも十分休んでおけよ?」

 「――お嬢ちゃんも禁止です!!」


 ――もうどうしろと言うんだ。

 ディランは、どうしようもない笑みを一つ。

 真後ろで聞き耳を立てる破目になったエイデですら苦笑いを浮かべているし、何ならアスカもベッドの中で小さく苦笑を浮かべているのだが。

 シアーナだけは気が付く様子もなくプイっと顔を逸らす。


 「ま、じゃあ。チビ助とでも呼んでおけ」

 「ち…!………いえ、チビなのは確かにそうなのでチビで良いです。私の事はチビ助と呼びなさい」

 

 ――チビが良いんだ。

 

 「――ぷ」

 今までの会話。

 最後のエイデの冗談にも似た助言と、まさかのシアーナからの妥協を聞いて、最初に吹き出したのはアスカである。我慢が出来なかったらしい。

 なんなら最後のエイデとの会話が止めと言えよう。

 ベッドの中で、アスカはケラケラと笑う。


 「アスカさん…?なにか笑う所ありましたか??」

 「いやだって…!うん、難しい年の頃だもんね…!」

 「どういう意味です!?」

 

 ケラケラ笑いまくるアスカにシアーナは酷く珍しく動揺を見せて、ムスッと表情を変える。

ただアスカに対して、何を怒れば良いのか分からなくなるのも同時。

 結局シアーナは頬を膨らませて、またフードを深く被って、彼女は猫の様に丸まってしまった。

 「もうしりません!」なんて不貞腐れるままに、だ。

 

 そんな様子に、ディランはただ唖然として、エイデはつられる様に笑う。

 

「ま、このチビ助の相手はアスカにでも任せておけ。俺達は、準備を終わらせるぞ」

「え?…あ、ああ」


 笑いながら、エイデは呆然とするディランの首根っこを掴んで、外へと出るのであった。



 ……………。



 「――で、さっきのアイツの話。()()()()が本当なんだ?」

 「…え?」

 外へと出て、少し小屋から離れたところで。

 エイデがディランに対して一番に問いただしたのは、先程の会話の続きだ。なんならエイデはこの為に態々ディランに着いて来たと言っても良い。

 彼の言葉に、呆然としていたディランは一気に現実に戻される。一瞬、何を問われ散るかさえ分からなくなったほどだ。

 エイデは僅かながらに呆れた様子を見せてから、もう一度ディランに問いただす。


 「だから、さっきのエルシューってやつの事だ…。どこまで本当の話なんだ?」

 「――ああ、エルシューの居場所の事か…」

 漸くディランも察した様子で、小さく息を付いた。

 

 「どこまでって言われても――。全部適当な出鱈目だ…。少なくとも“太陽”の所にエルシューはいないぜ。150年前に手痛い失敗をしてからエルシュー(アイツ)は隠れているからな。オレもあの馬鹿の居場所は知らねぇよ」

 「………そうか」

 彼の説明は酷く簡単な物だった。酷く簡単で確信を付くものだ。

 エイデは大きく息を付く。何かおかしいとは思っていたが、その考えは正しかった。



 「あの嬢ちゃん、なんでそんなウソを…。知らないなら知らないって言えばいい物を――」

 「――。」

 「ああ、いや。違うな…。」


 しかしエイデは直ぐに自身の疑問の言葉を取り消す。

 彼女がどうして嘘を付いたか、その理由は直ぐに察する事が出来たからだ。

 だからこそエイデも先程は何も言わずにシアーナの考えを受け入れたのだが。


 シアーナがあんな適当な嘘を言った理由は一つ。


 『アスカと言う少女に、エルシューと言う存在を合わせる気はない…』


 ただそれだけなのだ。それは察しがついた。だが、まだ問題がある。

 どうしてシアーナはアスカにエルシューと合わせたがらないのか。――それがエイデには何故か、分からない。

 シアーナがアスカの願いを聞いて彼女の手助けをしようとしている。コレは事実であろう。

 むしろそれなら、反対にエルシューには絶対に合わせたがるはずだ。それがどうして合わせたくないのか?

 だた、アスカを案じているのも分かる。

 ああ。でもしかし、それだけでもない気がする。――そうエイデは悩む。


 ――でもコレは()()()()()

 彼もまだ知らないのだ。

 元の世界に帰るために、エルシューに頼る。これがどれほど無駄である事か。

 だって、エイデはシアーナの正体は“死”だとしか知らないから。本当は彼女がなんであるかなんて、知る由も無いのだもの。

 ディランは無言のままだ。ただ、そっぽを向いて言葉を零す。

 

 「………あの子の行動に関しては自分で答えを見つけな」

 助言にもならない“海の神”のお言葉。エイデはため息を付く。

 「お前、いつもそう言うよな。――まぁ、お前はあの嬢ちゃんを助ける事しか考えてないんだろうが」

 エイデのこの一言にも、ディランは僅かに目を逸らした。


 「――言っておくが、お前やあのアスカって女がどんな選択をするか自由だけどな。俺はあの子にしか興味ない。それは覚えておけよ」

 「………はいはい。それは分かってるよ」


 ディランの冷徹ともいえる一言。

 この“男”に関してもエイデには謎だ。

 ただ、この“海の神”が手を貸す理由も分かっている。コレはもっと簡単だ。

 『シアーナ()が居るから』――コレだけだ。


 一ヶ月前。初めて会った時から、ディランはずっと彼女を心から案じていた。

 二人の間に何があったかまでは分からないが、ディランと言う存在はシアーナの敵になる事は決してない。そう信じて、エイデは彼に声を掛けたのだが。こちらは今のところは正解。


 しかし反対にシアーナが異様なまでにディランを毛嫌いしていることは予想外であった。

 それでも、ディランはシアーナに対して全くの敵意は持ち合わせていない。むしろ異常なまでに遠慮をしているのは目に見えて分かる。

 ただ、もしもエイデ(自分)やアスカか少しでもシアーナに敵意を見せて、彼女を傷つけようとするなら。

 この男はすぐ様に反旗を翻してくるだろう。そうなった場合、この“男”の実力は分からないが、“神”と呼ばれる存在2人を相手取るのは流石に無理がありそうだ。


 ――そして、アスカ。

 彼女は彼女で本当に何も覚えていないと言う。それは嘘には見えなかった。彼女は本当に何も覚えていないのだろう。

 そんなアスカを何故其処まで気に入ったのか、その彼女を助けると名目で“死”が動いたと言う事実…。


 嗚呼、全く。コレから旅をするにあたって、困ったメンバーだ。困ったメンバーしかいない。

 このメンバーでどうやって意味も無い旅を進めていくか、見当もつかない。


 だからこそ困った現実に、先の見えない旅に、エイデは大きくため息を付くしか無いのである。


 「――あの子がそんなに怪しいなら見捨てればいいさ」

 エイデの迷いを悟ってか、隣でディランが冷たく言葉を零した。

 彼に視線を向ける間でもない。ディランは冷たい目を送っているはずだ。

 エイデは眉を顰めて頭を掻いた。


 「あのな、其処まで薄情じゃない。助けを求められたんなら最後まで手は貸す。――それに俺は元から“死”に用があって、この“世界”に()()()()()()んだからな」

 と、苦言の言葉を零して。

 エイデは、苦笑にも似た笑みを浮かべるのであった――。




次回は『アスカ編前半』になります投稿日は未定です

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