アスカ 序章3
ディラン、“海の神”がいる海岸には本当に三十分も掛からないうちにたどり着いた。
たどり着いた先は大きな海岸。
青く澄み渡る海がと白い砂浜が何処までも広がっている、美しい海辺であった。
「海だー!」
「…え、あ、あの」
誰より先に歓声を上げたのはアスカであった。
オレンジの瞳を名一杯に輝かせて、シアーナの細い手を取る。
勢いのままに駆けだしたのは直ぐの事である。
シアーナは引っ張られるままにアスカと共に浜辺へ、駆け寄っていくしか出来なかった。
「全く、誰よりも先にはしゃぎやがって…。ま、ちょうどいいか」
その様子にエイデは僅かに呆れたように笑みを浮かべて見守るだけであったが。
ただ、何かを探す様に彼はあたりを見渡す。
何せこの浜辺は完全な“海の神”の縄張りだ。
ディランは大層な人間嫌いで名が通っている。
そんな“神”が住まう浜辺。何処よりも美しく、綺麗ではあるが、人の影は一つとして見えなかった。
一ヶ月前と何ら変わりない。
問題はそのディランが何処に居るか、なのだが。ぱっと見、姿はない。
いつもは此処で『サーフィン』なる遊びをしているのだが――。
――と。
そんなエイデにお構いなしなのはアスカ。
アスカはシアーナの手を引いたまま、白い砂浜へ。青い海の前へと佇んだ。
目の前の光景は本当に美しい。
空も青くて白い雲が点々と並び、空にも負けない蒼さの広い海が広がっている。
遠くに小さな鳥の影。さらに遠くには小さな船の影もある。
だからと言って、足元の水に視線を落とせば、目に映る波打ち際の水は驚くほど透明。少し奥に視線を向ければ、その水の透明さがより一層分かる。
小さな魚が群れを成して泳ぎ、太陽の光に反射し水はキラキラと輝く。
足元には綺麗な貝殻が複数。
「――よしシアーナちゃん!ここで今日の晩御飯を取ろう!」
「……え、最初の一言がソレなのですか?」
そんな美しい海を前にしてのアスカの一言目は、斜め上の回答であったが。
アスカは気にせず、ブーツを脱ぐとそのまま海の中へ。柔らかい砂の感触と冷たい水が足に伝わる。
その心地よさに思わず目を細めて、アスカは満面の笑みをシアーナに向けた。
「ほら早くおいで!」
「……いや、アスカさん。…ここはディランを探さないと…」
満面の笑みのアスカと変わって、シアーナは困惑の一言だ。
まさか彼女は此処に来た目的を忘れてしまったのではないかとすら思えてしまった程だ。
ただ、アスカがあまりにも笑顔で誘うものであるから、シアーナも無下には出来なくなる。
仕方が無いので、辺りに人がいないか念入りに確認してから、靴を脱いで、更にはフードを押さえたまま恐る恐ると海の中へ。――足に伝わる冷たい水が気持ちよい。
「…うーん。“異世界”の海は綺麗だね。それに冷たくて気持ちいい!」
「………そう…ですね。私は海に入ったのは初めてですから新鮮です…」
「おお、奇遇だねぇ。私もだよ、シアーナちゃん」
シアーナの言葉にアスカは笑いながら、燃えるような赤い髪を指で掬い上げる。
何処に持っていたのか、白いリボンを取り出して器用に後ろで一まとめに結びあげる。
その姿は本当に炎の様で、シアーナは僅かながらに視線を外した。
「えと…アスカさんも海に入ったこと無いのですか?」
「うん、まぁ…。そんな暇なかったし、色々問題あったと言うか。此処まで綺麗な海じゃなかったしねー」
目を逸らしたまま、取り繕う様に質問を一つ。アスカはサラリと答える。
足元の大きな貝殻を拾い上げて、アスカは僅かに寂しそうな笑みを浮かべた。
その様子を見て、シアーナも僅かに焦りを見せる。聞いてはいけない質問であったか、何か海に対して悲しい思い出でも持っているのか、思わずきょろきょろと視線を動かす。
そんなシアーナの頬に細い感触が当たったのは、その直後の事。
ぷにっと、アスカがシアーナの頬を指で突いていた。
「――なので、こんなに可愛い女の子と、こんなに綺麗な海に来る事が出来て私は嬉しいのです!」
――だなんて…。
つい先程が嘘のように、アスカはキラキラした笑顔をシアーナに向けるのだ。
「………」
アスカの様子にシアーナは呆然とするしかなかった。
潮風で赤い髪が揺らめいて、太陽の光でオレンジの瞳がキラキラ輝く。
アスカのその姿は、嗚呼、どうしようもなく。
暖かくて、綺麗で、それでいてとても、儚く見えて仕方が無かったのだ――。
「ああ、でも。確かに何時も灰色で荒れ狂っていたけど、仲間の皆で時々やるピクニックは楽しかったよ。汚いって言うか、本当に荒れ狂っていただけだからね。魚とかは美味しかったし。潮干狩りは楽しくて貝も美味しかったし!イカもタコも美味しかったんだよ!」
アスカが思い出したように、その言葉を口に出したのはその直後。
呆然としていたシアーナもコレで我に返った。
少しだけ安堵した。心配とは裏腹に、どうやら別に特には彼女には辛い記憶無かったようだと。
それどころか、楽しい記憶が存在していた事と、そして。
アスカの真意にシアーナは気が付いたのだ。
「ああ、分かりました」
「うん?」
「アスカさんはいっぱい食べますからね。…潮干狩り、頑張りましょう。――お腹いっぱいになる分まで集めましょう」
「――え!?ちょ、ちょっと待って!いろいろ待って!…え?私なんか食いしん坊キャラとして成立しちゃってる?」
――アスカは今、お腹を空かせているのだ、と。
彼女はアレだ。『元の世界』の楽しい記憶は荒れ狂った海で、仲間との美味しいピクニック。コレを思い出して海に駆け出したに違いない。
きっとアスカはコレ思い出してお腹がすいたのだ!――と。シアーナは、そう判断した。
荒れ狂う海で潮干狩りとか絶対ダメな気がするが、今は穏やかな海。貝ぐらいなら沢山取れる。
そうと決まれば善は急げ。シアーナはポンチョが濡れないように簡単に縛ると、その場にしゃがみ込み、砂を掘り起こし始めたのである。
せっせっ、とそれはもう一生懸命に。
「し、シアーナちゃん?」
「ここでご飯を調達するんですよね。潮干狩りは初めてですが、頑張りますね」
シアーナは妙に自信満々に必死な様子で砂を掘り続ける。
食べられそうな貝ぐらい見つかれば良いのだが。
「あ、見てください。カニ、カニが居ましたよ。良かったですね、アスカさん…!」
砂を適当に掘り進めていると、偶然にもカニを見つけた。シアーナは自信満々にカニを捕まえる。カニの捕まえ方ぐらいは知っているから、すんなり捕まえる。大きさは4cmぐらい。
――ただ、せっかくご飯を捕まえたと言うのにアスカから反応はない。シアーナは顔を上げた。
思えば彼女が最初に「今日の晩御飯を探そう」と言い始めた筈だが…。
ああ、まさか…。カニは嫌だっただろうか、やっぱり貝だったろうか…。そんな不安が襲う。
そのアスカと言えば、終始無言。
側でしゃがみ込み、顔中を砂まみれにして小さいカニを掲げるシアーナを「じー」。
そして、声を思い切り振り上げるのだ。
「エイデさんどうしよう!番可愛い存在を見つけちゃった!!ナニコレ可愛い!!」
「――そうかー。よかったなー。思う存分可愛がってやれよー」
「????」
何故かアスカが声を掛けたのは遠くに居るエイデにであった。
シアーナは頭に疑問を浮かべたまま、あたりをキョロキョロ。
“可愛いとは?カニの事か?それともカモメか?海鳥の雛でも見つけたのか。巣すら見つからないのだが。
あ、でもアスカの事なら海鳥の卵も、雛すらも食べてしまうかもしれない…“
「――え、ええ!?食べないよ!卵はまだしも雛は食べないよ!」
「!?…こ、声に出していましたか…すみません…」
どうやら声に出していたらしい。アスカに失礼な言葉を送ってしまった。シアーナ、思わず目を逸らす。
“――あ、でも卵は食べるのか…。”
「ああ!シアーナちゃんが冷たい目に!まって!お腹がすくのは仕方が無い事だし食べる事も仕方が無い事なんだよっ!生き物ってそういう物だから!!」
「――大丈夫です。分かっていますから。…『食べる』のは最も命の尊厳を守る行為です…。生きるとは何かを殺して成し続ける事が出来る…。分かっていますから…。でも食べる前に…雛は…もふも…愛でさせて頂けると嬉しいです…」
「食べないからねっ!!むしろソレ愛着湧いて大変だからね!なんか妙に深いこと言いながら悲しみにくれないで!!」
悲しみに暮れたシアーナを前にアスカは彼女にダイブ。
しっかりと抱きしめたまま、頭をなでなで。
その光景はなんと言うか、微笑ましいのは違いない。シアーナは何故アスカに抱きしめられて頭を撫でられているのか、さっぱり分からなかったが。
遠くから見守っていたエイデは笑いながら、そんな二人の元に近づくのである。
「何やってんだよ。全く、此処に来た目的忘れてないだろうな?」
そう声を掛けながら、エイデは内心微笑ましく思っていた。
こうしてみると、あの二人は兄弟の様だな…なんて。ついつい笑みを零してしまうのだ――。
「――ロリコン!!!」
「――」
一つの怒号が響いたのは刹那の出来事。
シアーナとアスカの横を凄まじい勢いで、何かが飛んでいったのも正に同時。
それが珊瑚で出来た赤い銛で。誰を狙ったかと言えば、エイデで、もっと正確には彼の脳天。
ソレに気が付いたのは、標的となったエイデ自身で、何とか間一髪、彼が銛を避けた時である。
どすりと音を立てて、砂浜に突き刺さった銛を見て、エイデは笑顔を浮かべたまま、銛が飛んできた方向…、青い海へと顔を向けた。
それはアスカも同じだ。シアーナは瞬時にアスカの後ろへ。
ムッとした表情で、アスカの後ろから、その人物を見つめるのだ。
海の上。いや、海の中。
いつの間に居たのか、そこには、とある人物が一人佇んでいた。
海の様に蒼い髪。キリっと吊り上がった水色の目。
形の良い胸に見事なくびれ、引き締まった程よい筋肉と白い肌。歳は10代後半か、20代前半か。
水着の様な身軽な服装に、貝殻で出来た鎧を纏った美しい女性が一人、海の中。
全身ずぶ濡れで、ギロリと、エイデを睨みつけていたのである。
呆然としているアスカの前で、蒼い女性は海から上がる。
その瞬間、嘘のように濡れていた身体は一瞬にして乾き。
ベットリとその細い首や頬に張り付いていた蒼い髪が、癖の強いふんわりとしたボブへと変わる。
そんな“女性”にエイデは笑顔。
珊瑚の銛を引き抜いて、額に思い切り筋を立てて、“彼女”に声を掛けるのだ。
「ディラン、久しぶりだなー。再会早々人をロリコン扱いした挙句、本気で殺しにかかるのはどうかと思うぞ?」
エイデが零した名を聞いて、アスカも驚いた様子で“女性”を見た。
蒼い“彼女”が、エイデの姿を改めて確認して、怒りの表情を変えたのは直ぐの事。
「――あり?なんだ、エイデじゃねぇか。…驚かすなよ…。ロリコンナンパ野郎かと思ったじゃねぇか」
水色の目に、親しみが籠った色が宿り。
『蒼の女性』――。“海”、ディランは心底呆れた表情を浮かべるのである。
「心底呆れたいのはこっちだ!お前、俺が避けられなかったらどうするつもりだった!」
ま、被害にあった。エイデが黙っていられる筈も無かったが。
エイデの正論。少しの間、ディランはフイっとエイデから目を逸らす。――何も言うことは無いようだ。
「言い訳ぐらいしろよ!」
完全無視を食らったエイデは更に怒りの声を上げる。
そう怒るエイデに、ディランが一切視線を合わせることはない。
むしろディランが視線を向けているのはアスカの方であった。正確に言えば、アスカの後ろ。彼女の後ろに隠れているシアーナに、だ。
ディランの様子にアスカも何かに気が付いたのか、チラリとシアーナへ視線を。そのまま彼女を隠す様に身体を僅かに傾ける。これで、ディランからはシアーナは見えなくなったはずだ。
それでもディランはただ無言のまま。アスカの後ろに隠れているシアーナに視線を送り続けるのであった――。
……………。
「悪かったって…。こっちからすればよ、何とも微笑ましい光景を見守っていたら、むさ苦しい顔だけは良い優男が近づいて来たんだ。――殺しにかかるだろう」
「いや、ふざけんなよ!俺がロリコンならお前は除き魔じゃねぇか!つーかお前、気配感じて隠れていただろう!」
「――。」
シアーナとアスカから少し離れたところで、ディランと今日だけで2回もロリコン扱いされたエイデが言い争う。エイデからすれば、変質者扱いされた上、殺されかけたのだ。怒るのは仕方が無い。
ディランもディランで流石に先ほどの行動に、僅かながらに反省しているのか、強くはエイデに言い返す様子も見せない。
というより、先ほどからエイデなんかより、気になる事があるのか、チラチラ視線を彼から外してばかり。いや、率直に言おう。シアーナに視線を送ってばかり。
その癖、シアーナと僅かでも視線が合えば、美しい女性の顔を焦った表情に変えては目を逸らす。と言う挙動不審の行動を繰り返していた。
「――おまえ、女の姿じゃなかったら変質者だぞ…」
「う、うっせぇ…。あのな、こちとら――」
と、そのような会話を、『一応』男二人は少女達から距離と取って話し合っているのである。
そんな二人を遠目で見ている少女達と言えば、先ほどからアスカは無言のままだ。
流石に色々と驚いたらしい。ついでに先ほどから後ろに隠れたままのシアーナが気になっている。
「シアーナちゃん。あの人がディランさん?」
「…はい、見ての通りです」
「うーん。見ての通り分かんないかなぁ。………苦手だったりする?」
「此方をさっきからチラチラ見ているのが怖いです。もしかしたら私を捕まえて売り飛ばすつもりかもしれません」
「う、うーん。そういう目には見えないかなぁ?むしろ、すっごく気を使われていたような…」
「いいえ。…私を売り飛ばす可能性は3割在ります。…その時は、アスカさんは逃げてくださいね」
「う、ううーん。もし本当にシアーナちゃんがそんな目に合ったら、私罪悪感で立ち直れなくなるよ…。“神様”だろうが、何だろうが殴り飛ばせる自信が出て来たよ…!」
女性陣からすれば女性陣の反応がある。
シアーナは警戒し過ぎだが。本当に、こんな可愛い子を売り飛ばそうとするなんて極悪の何物でもない。
しかし。シアーナは警戒しまくりだが、ディランと言う“彼”の目はシアーナを気にしている様にしか見えないし、先ほどの銛攻撃。アレも間違えであったが、此方を守ろうとしての行動に見えたのは、アスカの気のせいだろうか。
取り敢えず、アスカもディランと言う存在と話をしてみたいが、彼らの話が終わるのを待つしかない。
ただ、まぁ。その時間は意外とすぐにやって来た。
5分ほどか、ようやく話が終わったのか、エイデとディランが二人して此方に視線を向けたのだ。
近づいてくる二人を前に、シアーナは更にフードを深く被って、アスカの後ろに引っ付いてしまった。
余程人間恐怖症なのだなと思う。――嫌、男性恐怖症か?…一人は女性の姿だが。
「よ、…よお、お嬢さん方。…さっきは悪かったな」
まず、そんな声を掛けて来たのはディラン。
完全に目を泳がしながら声を掛けて来た。やはりチラチラ、シアーナに視線を送りながら。
アスカはそんなディランを改めて見る。
話には聞いていた。聞いていたが…。
改めて、どう見ても女性だ。それも飛び切りの美女。声だって女性そのものだ。
コレが“男性神”だとは、到底思えない。
少し息を付くように深呼吸を一つ。
心を落ち着かせてから、アスカはそんなディランに笑顔を向ける。
「初めましてディランさん、アスカです。ディランさんでいいんですよね?あの…ほら」
「いい、いい。エイデから聞いたよ。あんたも『異世界人』なんだろ。さん付けも不要、ディランでいいよ」
心配をよそに、アスカ対してディランは至って普通な態度で返してくれた。
エイデから聞いていた通り、気難しい性格という訳ではなさそうだ。むしろ敵意は全く感じない。
人間嫌いとは聞いていたが、エイデやシアーナへの態度も含めて、そこまで人間嫌いには見えなかった。
まじまじと見つめてくるアスカに、ディランはコホンと咳払いを一つ。
「なんだ。俺はディランだ。聞いての通り巷では“海の神”だとか言われているが、“神”扱いはするな。俺は唯の“海”でしか無い、から…な…」
そう自己紹介をして。また、シアーナをチラリ。
むしろ何故か最後の一言は消え去りそうな声であった。
その様子にアスカは首をかしげる。
「“神様”じゃない?唯の“海”?」
「ん。そう…ただの“海“。…一応…この”世界“の『海そのもの』…みたいな…?」
「それって神様とどう違うんですか?」
十二分神様じゃないか。アスカは思わず素のままで聞き返してしまった。
流石に不味いと思ったが、アスカの言動に、ディランは困った表情を一つ。
「………嫌、なんというかなぁ…」
苦言の様にぽつりと零して、またシアーナをチラリ。
嫌だって、ディランからすればどうしようもないのだ。
エイデから既に彼女ら二人の関係は聞いた。
シアーナがアスカに自身の正体を隠している、それがある以上。ディランから何かを話すことは無い。
そのシアーナは先程からジトリとした目でディランを見ているし、何とも言い表せない空気がこの場を漂っているのだ。
この雰囲気にはアスカも気が付いている。
こうなれば、此方も仕方が無い。アスカは笑みを浮かべた。
「ディランさん。ここは貴方の縄張りだとは聞いています。お邪魔してすみませんでした!今すぐ出ていきますから!」
「……ええ!」
アスカの口から出たのは助力を求める発言ではなく、まさかのお別れの言葉。
出会って15分。自己紹介して3分ほどの事である。
驚きの声を上げたのはディランである。
「事情はアスカから聞け」
そうエイデから言われたので、意を決して声を掛けてみれば、まさかの「さよなら」だったのだから当然だ。
助力どころか、事情すら無し…とは、ディランの顔が目に見えて分るほどにショックに染まりあげたものと変わった。
「ちょ!ちょっと待とうかアスカ!」
慌てて擁護を入れたのはエイデである。
アスカに近づいて耳打ち。
「おい、こいつに助力を頼むって話は何処にやった!?」
「いや、だって…シアーナちゃん、嫌がっているし…。私的にはシアーナちゃんにはお世話になっているから…ほら…」
「――気持ちはわかる!でも…ほら、あいつちゃんと話聞くって言っているから…」
「……………。」
アスカに引っ付きながら、シアーナも思わず、彼女を見上げる。
元々はエイデの提案で、シアーナもディランならと受け入れたのが始まりだ。
しかし、いざ会ってみれば自分はディランと目も合わせられない。――正直言おう、嫌いなのだ。
普通に考えれば、エイデの言い分は正しい。旅をするなら、エイデの他に更にもう一人、協力者がいてくれた方が心強い。それはシアーナも理解しているし、アスカも分かっているはずだ。
それも協力者が“神”になれば、これ程心強い物は無いだろう。
だが、それを踏まえたうえで、アスカは自身の事よりも先にシアーナの気持ちを最優先したのだ。 それは誰の目からも理解出来た事であった。
アスカの目は相変わらず決意が籠った目をしている。
ディランには助力は頼まない。――彼女は本気で、そう決めたらしい。
シアーナは僅かに目を逸らす。
――コレは、完全に自分の責任だ。
アスカに手を貸すなんて言っておいて、“神様”なんぞに在った瞬間にこの様だ。
他の業突張りな“神様”と比べればディランは“神”も名乗らない、まだ親切な存在だと言うのに、それに気が付いているのに。エイデだってそれに気が付いたうえで、ディランに協力を申し入れたいと願い出ただろうに。
「…ごめんなさい」
「?女の子が此処まで怖がっている人だもん。一緒には出来ないよ。」
小さく謝罪を零すと、アスカは当たり前と言わんばかりに笑顔を浮かべるのだ。
――それは紛れも無い、本心であるのは伝わって来た。
アスカの笑顔は本当に不思議だ。そこには悪意なんて言えるモノは一ミリも存在していないのだから。
「――駄目です…アスカさん。…それじゃ駄目です…。………私に頼めばいいんです…我儘を言わないで、って」
シアーナは呟くようにアスカの後ろで彼女の服を掴み、呟くように口から言葉を出す。
彼女から、アスカの口からそう願われれば、シアーナは我慢をして受け入れる覚悟は持っていた。それが彼女の旅に付き合う事だと、決めていたからだ。それが自分の贖罪だと決めてから。――それでいいのに。
しかし、アスカは笑顔のまま首を振る。
「うん、それは無理!――だってコレは私の我儘だもん。これ以上はシアーナちゃんに我儘を押し付けることは出来ないよ」
何処までも、何処までも、真っすぐな瞳で彼女は言い切るのだ。
アスカの視線に、シアーナは僅かに目を逸らした。「――違う」その言葉が喉まで出かけた。
我儘を言って、嘘を付いて迄、アスカやエイデを巻き込んでいるのは紛れもなく自身だと言うのに。
「………違います…」
嗚呼、それも違う。シアーナは目を伏せる。
我儘を言って、嘘を付いて。その上、今自分はアスカに『選択』と言う強要まで願ったのだ。
自分は、本当はディランと、“神様”と旅はしたくない。怖いからしたくない。――でも、アスカが願い頼ってくれるなら我慢する。…そう、アスカに頼り切って『選択』を彼女に押し付けたのだ――。
――本当に自分がすべきことは、一つ。アスカを助けると決めたのであれば、自分からすべき行動。それは最初から決まっている。
シアーナは息を呑んで、そして決意する。
アスカの後ろから、ゆっくり体を出して、
そして、ディランに視線を向けるのだ。
「………アスカさんは元の世界に帰りたいそうです。私はソレのお手伝いの為今からエルシューの所まで行くつもりです。色々不安なのでディランも着いて来て下さい。…お願いします…」
ビックリするほどの早口。所々挙動不審が混ざっていて、何度か声が裏返った。
それでも、確かにシアーナは、彼女の口からディランに助力を求めた。着いて来て欲しいと、願ったのだ。
アスカはひどく驚いた表情を浮かべる。
「はぁ!?エルシューの所に行く!?なんで――!」
いや、アスカよりも更に驚いたのはディランの方であった。
あまりの大声にシアーナは、大きく体を震わす。限界であったようだ。またアスカの後ろに隠れてしまった。
それに加えて、隠れながらジト目。
何も言うな、完全に目が訴えている。
なんで、そんな無駄な…と言いかけていた言葉をディランは何とか飲み込んだ。
「………私からもお願いします」
そんなディランに、今度頭を下げたのはアスカであった。
先程の態度が嘘のように、今度は素直に彼にお願いをしたのだ。
それはシアーナの態度を見ての行動に違いないだろう。
あんなに怯えていた彼女が、自分の為に恐怖の対象に助力を願った。それならば、アスカも黙って突っ立っているわけには行かない。
だから、今度は素直に頭を下げる。
それに、先程は助力を拒否したが、アスカからすれば最初からエイデの判断に同じだ。
この先の“異世界”の旅路、借りる手は多い方が良い。そう判断せざるを得ない。
ディランと言う人物が信じられる存在かは、まだ分からない。――それでもアスカは縋るしか出来ない。
先ほどのアレなので、断られる可能性の方が高いが。
「さっきは、ああ言ったけれど。本当は私、貴方に助力を求めに来ました…!どうか手を貸してください!」
それでも精一杯に頭を下げてお願いするのだ。
そんな彼女を前に、ディランは水色の瞳に二人を映し、フイっと目を逸らす。
「…ん。いいよ…別に、助けてやる」
「いいんだ…!」
そして、帰って来たのは、これまたあっさりとした承諾の答えであった。
必死になって頭を下げたのが無駄に思えるほどに、当たり前に、ディランは承諾してくれたのだ。
そんなディランの前でアスカは「どうして」と言う頭に浮かんだ疑問を飲み込んだ。
「どうして、そんなにあっさりと当たり前に承諾してくれたのか」
コレの質問は無駄であると理解したからだ。
当たり前だ。ディランの視線は先程から変わらず、ずっとシアーナに注がれているのだから。
シアーナ自身はその視線から逃れる様に反対に目を逸らすのだが。
――間違いなく、ディランと言う存在はシアーナの為に同行を承諾した。
こんなのは、どんな馬鹿でも気が付くであろう。
エイデはアスカの耳元で呟いた。
「言ったろ?貢物は要らないってな…。むしろ十分すぎる存在をお前は味方に付けてる」
「…いや、なんだろ?心が痛いんだけど…」
アスカは眉を思い切りハの字にして、チラリと背後のシアーナに視線を送る。
「ありがとう、シアーナちゃん」
「…いえ、助けると私は言いましたから…」
送られたお礼にシアーナは此方も目を逸らす。そんな彼女の様子にアスカは小さく笑みを浮かべ、改めて、アスカはディランという存在に身体を向けた。
どのような理由でもよい。
着いて来てくれる、助けてくれると彼が言うのなら、アスカはコレを有難く受け入れる。
「貴方も、ありがとうございます!これからよろしくお願いします、ディラン…!」
だから。心から感謝だけを込めて。
彼女はハッキリと、心から素直に、名一杯の笑顔を浮かべてお礼を言うのであった。




