アスカ 序章2
ある町。小さな人口500人ほどの海辺の小さな町。
まだ朝も早い時間に、フードを深く被ったシアーナは、アスカと共にこの町を歩いていた。
アスカは初めて見る“異世界”の町に興味はあるようで辺りを見渡しながらも、シアーナの後を付いてくる。
「アスカさん…疲れていませんか?」
「ん?大丈夫!こんなぐらいで疲れないって!」
シアーナの問いにアスカは笑顔で答えた。
そう笑顔であるモノの、彼女の顔には僅かに疲れが見えていた。
なにせ隠れ家である地底湖、あの場所から出てきて大よそ4時間歩きっぱなしだ。
まだ夜も明けきらない明け方の4時に出て来たので尚更だろう。
それでも、まだ人が本格的に活動する前に目的に辿り着かなくてはいけない。
目的地までもう目の前だ。我慢してもらうしかない。
――少しして、アスカが口を開く。
「ところでシアーナちゃん。何処へ行くの?」
「………協力者の所です…。流石に女二人旅は危険ですから…」
「え?協力してくれる人がいるの?」
疲れを隠す様に、アスカは無邪気に聞いてくる。
その問いには「多分」としか答えられなかった。
後ろからアスカの視線を感じる。彼女が何を考えているか分からないが、色々と疑問を感じているのは確かであろう。もしかしたら不信感も感じているかもしれない。
ただ、それ以上彼女が何かを問いただしてくる様子はない。
どうして町の中で顔を隠しているのか?とか、どうしてこんな朝早くにこそこそと移動しているの?とか、何も問いただしてくることはしなかった。――それは感謝の一言しかなかった。
それから3分ほど歩いたか。シアーナはある家の前で止まった。目的地に着いたのだ。恐らく、頼めば自分達に、少なくともアスカの事情を話せば協力してくれるだろう人物の元。
そこはボロボロの、一ヶ月前までは空き家であった家だ。
今は人がなんとか住めるぐらいまでには修復されているが、その人物は此処に居る。
シアーナは扉の前で、大きく深呼吸をする。手が震えているのが分かる。
この家に居る人物。彼がどうしようもなく、怖いのだ。
ごくりと生唾を呑む。荒くなる呼吸を落ち着かせて、シアーナはゆっくりと扉に手を伸ばす。
「……………。えい!」
そんなシアーナを追い越して、身を乗り出す勢いで手を伸ばしたのはアスカ。
彼女は震えるシアーナに変わって、遠慮も無しに扉を「どんどん」と叩いた。
「すみませーん!」
しかも、結構大きな声をプラスして。
『どんどん、どんどん』
どれほど遠慮なく扉を叩いたか、家の中から足音が聞こえてくる。
朝早くだからか、酷くイラだった様子で近づいてくる。
シアーナが思わず、アスカの後ろに隠れたと同時。
「いい加減にしろ!」
目の前の扉は勢いよく開かれた。
「おい!今何時だと思っているんだ…よ…?」
怒りの含んだ声で出て来たのは一人の男。
黒い髪に、筋肉質な年の頃は20代の中々の美男子だ。
そんな整った顔に、切れ長の紫の瞳に怒りをにじませていたが。
アスカと、そしてシアーナを映し、ひどく驚いた様に、言いかけていた言葉を途切れさせるのであった。
「――おま…タナトス…!」
男の驚きは、ほんの僅かな間であった。
彼は一気に眉を顰める。眉を顰めてアスカの後ろに隠れるシアーナを見る。
その視線にシアーナはおずおずとアスカの後ろから出てきて、目を逸らしながら笑みを作る。
「こんにちは…。お久しぶりですね…。――エイデさん」
完全に拒絶の混ざった口調。そのまま再びアスカの後ろに隠れる。
気のせいだろうか?
その刹那、アスカが庇う様にシアーナの姿を隠そうと自ら動いたのは…。
しかし「エイデ」と呼ばれた男は止まらない。
だって、彼からすれば漸く見つけた、今まで探していた『目標』なのだから。
ずかずかと男はアスカとシアーナに近づいて、腕を組む。
縮こまるシアーナの前で、眉を吊り上げて彼を睨み上げるアスカの目の前で。
男は心底イラだった様子で、呆れた様子で、眉を顰めて、シアーナに顔を近づけるのだ。
「探したんだぞ、お前!!一方的に言いたいことだけ言って消えやがって!どこを探しても見つからないし、今までどこにいたんだ!このちび助!」
大きな手が、太い手が、シアーナの頬をつまみ上げたのは同時の事。
シアーナはプイっと視線を逸らした。
「しりまへん…」
「何が知りません…だ!心配したこっちの身にもなってみろ!」
目を逸らすシアーナに、男はまるで親が子を叱る様な口調で一言。
今までの漂っていた緊張していた空気が一瞬にして壊れた音がした。
アスカは改めて男を見上げる。
彼の、その紫の瞳は確かに怒りに染まっていた。口調にも怒りがにじみ出ていた。
しかしだ、エイデ…そう呼ばれた彼の様子をまじまじと見れば直ぐに気が付いた。
彼から敵意と言うものは一切感じられない、と。
むしろ真逆。
つい先程の彼の言葉の端々から、怒りの混ざった瞳からは、「安堵」それに近い感情が色濃く見えていたのだ。ソレが向けられているのは、間違いなく、“シアーナ”と言う少女に対して。
それに気が付いたアスカは安堵したように、胸を撫で下ろす。
同時に察する。彼が、シアーナが協力を頼もうとしていた人物だと――。
「で、このお嬢ちゃんは誰なんだ?」
シアーナの頬を摘まみ上げながら、男は漸くアスカに視線を移した。
怪訝な表情をする彼にアスカは笑みを浮かべる。
「初めまして、シアーナの…お友達ですね!」
「…は?しあーな…?友達…?」
「ともらひれはありまへん、、あふかはん。見てくらはい、ぎゃふらいにぇふ…」
「――おい、コレのどこが虐待だ?これはちょっとしたお仕置きだ、お仕置き!」
シアーナは不服そうである。
確かに二人の様子は仲が良いとは言い切れないが、悪いとも言い切れないのも確か。少なくとも「エイデ」と言う人物は、信頼すべき人物であると彼女は感じ取った。
そうとなれば、彼女がすべき行動は、たった一つである。
「えっと…単刀直入でお願いがあります!」
「あ?」
「――私達と一緒に旅をして欲しいんです!」
「………はい?」「………はひ?」
真面目な顔で、あまりに直球な「お願い」
いや、単刀直入すぎるのである。これにはシアーナですら驚きの一言でしかない。
いや…、確かにシアーナは。この男、エイデに協力を申し入れるつもりであったが、まさか彼女が自分の口から、こうも簡単に見知らぬ相手に助けを求めるとか、考えもしなかった。
エイデを見れば、彼は突然の事に、思わず呆然としていて。その隙にシアーナは漸く我に返った様子で彼の手を振り払う。
こうなれば仕方が無い。シアーナは目を逸らしながらもアスカと同じように口を開いた。
「…エイデさん…こちらは貴方と同じ『異世界人』です…。…彼女を元の世界に返すお手伝いを…して頂けませんか…?」
「え?」「ええ?」
ひどく、かなり、口籠りながら。それでもはっきりと。
余りに唐突な『事実』に、今度はアスカが目に見えて驚く表情を浮かべた。
それは勿論、目の前のエイデも同じ。
2人はひどく驚いたように目を見開き、シアーナと『お互い』を交互に視線を移すしか出来なかった。
お互い、理解が追い付いていないのは確かである。特にエイデは困惑の色を見せている。
「う、うーん。すこしまて…」
しかし、先に我に返ったのはエイデであった。彼が頭を抱え、小さく息を吸うのが分かる。
「事情有ってやつか…?」
何か事情があるのだろうと、何かを察した様子で彼は自身が住む家の扉を開けた。
そのまま手招きを一つ。
「――ま、取り敢えず、家の中に入りな。そろそろ人も出てくるからな」
快く、招いてくれたのである。
家の中で詳しく事情を聴く。そういう事にしたらしい。
その表情には微塵も悪意と言うものは感じ取れなかった。親切心、ただそれだけなのだろう。
――しかしシアーナは目を伏せる。入りたくない。でも外にもいたくない。
そんな複雑な感情が頭の中を渦巻く。
「――私は…」
悩んだ結果。自分は外で隠れ待つ、そう答えを口に出そうとした時であった。
シアーナの手を、アスカがとったのは。
驚くシアーナを他所に、アスカは笑顔だった。
ただエイデに小さくお辞儀をして。
「おじゃましまーす!」
と明るく、エイデの家の中に入っていくのであった――。
……………。
「――と言う事で、私は元の世界に帰りたいんです…!」
「…なるほどねぇ」
招かれたエイデの家の中。
おんぼろのテーブルに案内され、丁寧に珈琲を出してくれたエイデにアスカは今までのあらましを説明した。
気が付いたらシアーナに保護されていた事。
元々は『違う世界の住人』で、最後の記憶はテントの中で眠りに付いた事。
そして元の世界に戻りたいから、自分を此処に連れて来たと言う「エルシュー」と言う男の元へ向かう旅に出る事。しかし女二人では心もとないので、エイデにもついてきて欲しいと言う事。
アスカが知り得る全てを包み隠さず説明した。
アスカの説明にシアーナは補足の類は一切しなかった。
エイデもエイデで、黙ってアスカの話を聞いている。
最後まで話し終えると、アスカはもう一度頭を下げる。
「突然だし、身勝手だって分かっているけどお願いします!私を助けて下さい!」
自身の目的を告げて、素直に「助けて欲しい」と改めて協力を求めるのだ。
エイデは彼女から視線を逸らすことなく最後まで話を聞いていた。
少しの間、エイデは当然の質問を彼女に投げかける。
「なんでそんなに『元の世界』に帰りたいんだ?」
「――私の世界だから…!私が勝ち取った世界だから!それ以上の答えはありません!」
その質問をアスカは真っすぐにエイデを見据えて答える。
それは昨夜、シアーナに見せた瞳と全く同じものだ。
嘘偽りも無く、ただ真っすぐな決意が籠った瞳。
アスカの答えを聞いて、今まで彼女の話を真剣に聞いていたエイデが、チラリとシアーナに視線を向けたのが分かった。
エイデの紫の視線と目があった瞬間に、彼女はフードを深く被ってしまったが…。
「――そう…か」
エイデは零す様に言葉を紡ぐ。
改めて、アスカを見据える。
「事情は分かった。とりあえずだが、男手が欲しいって事だな」
「はい!」
エイデの問いにアスカは力強く頷く。
彼女の瞳に迷いはない。変わらない真っすぐなオレンジの瞳。
エイデは僅かに笑みを浮かべた。
「取り敢えず確認だが、俺の事は理解しているか?」
「それは…正直驚いたけど理解しました!私とは『更に別の異世界から来た』で良いんですよね?」
エイデの問いにアスカは答える。エイデは小さく頷いた。
アスカとエイデ。この2人はこの“異世界”からすれば紛れもなく『異世界人』だ。
そして、お互いに関しても、これまた『異世界人』。
信じがたい話かもしれないが、両者それぞれ、別々の『世界』からやって来た、この“世界”にとっても、お互いからしても異端な存在であるのは違いない。
普通は互いの言葉に疑いを持つかもしれない。
しかし其処は、シアーナが最初に認めた。アスカが事情を話すよりも前に。
二人は正真正銘『異世界人』であり、お互い違う『世界』からやって来た存在だと。
それも二人そろってエルシューと言う存在に連れて来られたのだと。
コレをアスカは信じて。そしてエイデもすんなりと受け入れた。
それを確認したうえで、アスカは全てを話し、今に至る。
エイデは紫の目をアスカに向ける。
「――『私が勝ち取った世界』…ね」
ポツリと呟いたのは、アスカが元の世界に帰りたいと願う理由。
正直、コレだけでアスカと言う少女が自分とは違う『別世界』からやって来た存在だとは信じる事が出来た。…ああ、これは自分の『世界』の話ではないと。
それらすべて含めて、エイデは答えを出す。
いや、答えなんてとっくに最初から出ていたのだが。
アスカと言う少女が嘘偽りなく自分に語ってくれた事。シアーナと言う存在が、彼女に着いている事。コレだけで彼の決断には十二分であるから。
エイデは、にやりと笑う。
面倒見が良い笑顔を、目の前のアスカに当たり前に向けるのだ。
「ああ、いいぜ。エルシューってやつの所までの護衛だな?引き受けてやる!」
「凄いあっさり!」
エイデのあまりにも早い決断に、アスカは思わず驚きの声を上げた。
当たり前だろう。エイデはそれ程あっさりと、迷いもなく了承したのだから。
アスカは顔を上げる。
「本当にいいんですか!」
「ああ、良いって。故郷に帰りたいって願うのは当たり前だ。それを無下には出来ねぇよ」
エイデは何処までも、やはり面倒見が良い笑顔で言い切った。
アスカの表情が笑顔に変わったのは瞬く間の事。
「ありがとうございます!」
元気が有り余るほどの感謝の声。
その様子にエイデは、声を出して笑った。明るい嬢ちゃんだと、アスカを気に入った様子であった。
シアーナも二人の様子に僅かに安堵する。
彼なら協力してくれる、その可能性が一番高い事をシアーナは知っていたのだ。
むしろ彼に断られれば、思い浮かぶ協力者など「0」である。
「――私からも…礼を言います…。ありがとうございます…。エイデさん」
アスカに合わせる様にシアーナもエイデに頭を下げた。
そんなシアーナを見て、彼がほんの少し眉を顰める。
ただ、とトーンを落としたのは直ぐ後。
「――その用心棒でいいのか?それは引き受けるがよ。最初に言っておきたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「先に言っておくが…その、なんだ。俺は格闘技と炎魔法しか使えねぇぞ?…本当はもう少し使えた筈なんだがな…」
まるで、嫌。完全に苦言を零す様にエイデはシアーナをチラリ。
シアーナは目すら合わせなかった。
嫌、アスカからすればソレは十二分なほど凄い事なのだが。
ほら、アスカの世界には『魔法』が存在しないから。
「魔法!!魔法があるんですか!?うらやま…大丈夫です!」
「うらやま…って…まさかと思うが、お嬢ちゃん…アスカの世界には魔法ないのか…?」
「無いですね!!あるのは『奇跡』だけですから!」
言い切った。エイデからすれば『奇跡』なんて言葉は初耳なのだが。
アスカは続ける。
「むしろ私なんて、身を守る程度の本当に簡単な剣術しか使えないし。唯一何とか使えた奇跡…。『回復の奇跡』…!この“異世界”では全く使えなくなりましたから!むしろ魔法使えるエイデさんズルくないですか…!」
アスカは妙に自信満々に答えた。
自信満々に答えて、次の瞬間には一瞬にして元気がなくなった。お得意の百面相である。
その様子にエイデは思わず苦笑い。
「あー。えー、その『奇跡』てなんだ?」
「…『奇跡』は『奇跡』です。私の世界では時々特別な力を持つ子が産まれて…、人の傷を癒したり、それこそ炎を生みだしたり…そういう仔らを『奇跡の仔』って呼んでいるんです…。私も一応持っていたんだけどなぁ…」
あからさまにアスカの声に元気が無い。
まぁ。コレは仕方が無い。気持ちはわかる。
アスカの話を聞いてエイデは一人、納得する。
アスカは自身の世界に魔法は無いと言っていたが、似たようなものが存在している世界であるらしい、と。
反対にエイデの世界は簡単だ。完全なる『魔法と剣の世界』。
エイデもコレにもれず。剣は使えなかったが、格闘技を極めて、魔法も幾つか習得したと言うのに。今のエイデはアスカと同じく、その力が殆ど全て失われているのだ。
「ああ、気持ちはわかる…!折角習得した魔法が使えないもんなぁ…。雷とか水魔法…弱いけど習得したのに…。むしろなんで炎魔法だけ使えるのかが不明で仕方がない…!」
そう言いながら、エイデはまたシアーナを見る。
ぶちゃけいえば、エイデは知っている。どうして自分の魔法が消えたか。
――この“世界”に魔法の類は無いからだ、と。ある“神様”から聞いたから知っている。
魔法以外も消えたのは驚いたが。
「それがこの世界のルールだから」とか無理矢理納得させられた。
なら何故、『炎』だけ使えるか?…それも知っている。
だからシアーナを見ているのだが。シアーナは絶対に目を合わせてはくれなかった。
――エイデは溜息を一つ。
「ただ、…普段より力が劣った俺じゃ、お前たちを護衛しきれないかもしれない。だから条件を出させてもらう」
「え、な、なんでしょう…」
「ああ、別にそんな身構えるな。――もう一人仲間が欲しいだけだ」
彼女達の旅に同行するにあたり、エイデは条件を一つ。
それも簡単な条件であった。もう一人護衛を付ける事。ただコレだけだ。
しかしアスカは首をかしげる。
そんな、簡単に同行者を増やせるものだろうか。
エイデの所に連れて来たのはシアーナだ。
そのシアーナですら、そんな人物身に覚えが無いので無言で眉を顰めた。
そんな二人にエイデは、深く考えるなと笑った。
「安心しな。もう手を貸してくれそうな奴は見当がついている。あいつなら断らないし、頼もしい」
何故か自分の事でもないのに自信満々に笑顔でエイデは答える。
「なにせ、この世界で“神様”って呼ばれている奴だからな!」
「――却下します」
答えは早々に、一秒の時間も与えられないまま、シアーナにバッサリ却下されたのだが。
いや、この反応は知っていた。エイデは充分に気が付いていたさ。
不服そうなシアーナ、エイデは視線を向ける。――アスカは話に着いて来られずに眉をキリっと上げている。
「言っただろ?俺だけじゃ役不足だって。頼ってくれたのは嬉しいし、お前には言いたいことがたんまりとある…。コレを受け入れてくれたら水に流してやる」
「……………逃げていた事は申し訳ありませんでした。苦情は全て聞きましょう、ここに正座でもすれば宜しいですね?」
「……………。」
おっと。以外にも手ごわかった。エイデは咳払いを一つ。
どれだけ“神様”嫌いなのか、この子は。――同じ存在であろうお前は。…と、言う言葉は飲み込んだ。
「最初に言っておくべきだったな。――声を掛けるのはディランの野郎だ」
「――」
「ディラン」その名を出して、漸くシアーナは口を閉ざす。
整った顔を険しくさせて数十秒。
シアーナの瞳は未だに話に着いて行けず理解しようと頑張っているアスカに送られ、次にエイデに送られる。
ムッとした顔で、更に数十秒。
シアーナはむっすりとした顔で、小さく頷いた。
「彼が…………着いてきたいと言うなら…」
「よし!決まりだ!あいつならこの近くにいるだろう。直ぐにでも返事は聞けるはずだ」
かなり間があった。しかしシアーナは渋々とエイデの提案を承諾する。本当は嫌であるが。
シアーナの承諾を得て、エイデは満足げに笑み。
決まったのなら、即行動。シアーナの考えが変わる前に移動すべきである…との判断なのだろう。
その魂胆があまりに見え見えで、シアーナは露骨に眉を顰める事になる
「――かみさま…?」
アスカが状況を判断したのは同じ時。
何故か此方も険しい顔で、信じられないと言う目をエイデに向けている。
エイデはその様子にシアーナに視線を向けた。シアーナは首を横に振るばかりだ。
ああ、ソレに関しては全く話していないのかと。納得。
なんて言えばいいのか…なんて少しだけ悩んで。
エイデはアスカに声を掛ける。
「えっとな。この“異世界”では数多くの“神様”と呼ばれる奴らがいるんだよ。エルシューってやつも生命の神って呼ばれている。――まぁ、といっても人間より強いってだけで殆ど其処まで強い力を持つ神じゃない感じだけどなー」
――なんて。あまりに簡単な前置きのような説明を少々。
アスカは何も言わない。相変わらず、眉を吊り上げたままだ。
少しの間。続けてエイデは咳払いを一つ。
「ディランってやつは海の神なんて呼ばれている存在だ。この海全般を縄張りにしている奴で、気難しい奴じゃない。会ったら…驚くだろうが。ま、信用できる奴だよ」
「……………。うん!!分かった!!」
妙に長い間が存在したが、アスカはようやく大きく頷く。どうやら理解してくれたようだ。理解が早くて助かった。
そのまま、アスカは眉を吊り上げたままに立ち上がる。
「神様に会うなら貢物を持参しないと!この町で一番高級なお菓子を持って行こう!!」
「は?」
立ち上がって、何故か酷く焦ったように言い放つのである。
善は急げ、アスカは家を飛び出そうと回れ右。
止めたのはシアーナだ。アスカの手首を取って必死に首を横に振る。
「いえ…必要ありませんから」
「シアーナちゃん。…神様ってね、怒らせたら怖いの…!」
菓子折りなど要らないと言うシアーナ。
そんな彼女を説得するアスカの目には狂気じみたものが入っていた。
エイデはその様子に苦笑いを浮かべた。どうやら『彼女の世界の神様』も相当のモノらしいと。
うん。うん。わかるぞ。神様って本当に頭の螺子、何本か無くしているもんな。歩く災害だもんな。わかる。――エイデは心の中で何度も頷くのだ。
まぁ、この“世界”。少なくともディランと言う“神”には、そういう物は本当に必要ないのだが。
むしろ甘い菓子など持って行こうものなら、それこそ怒るだろう。もし本当に持って行くなら酒の方が良い。
「おいアスカ。やめておけ。ディランは甘い菓子が嫌いでな。それに神扱いされるのも嫌う。むしろそっちの方が神罰下るぜ?」
「ええ!?崇めて天罰下るの!?理不尽!」
エイデの忠告にアスカが思わず声を上げる。ぐぅの音も出ない正論だ。
ただ、本当の事なので仕方がない。それに…。
其れよりも何よりも、そんな手土産よりよほど良い“存在”が既に此方に居るのだから、それも必要ないのだが。
「ディランの事はこいつに任せな」
「え?シアーナちゃんに?」
エイデは息をついてシアーナに視線を送る。
彼女がいれば万事解決だ。断言しても良い。
それに関して、シアーナは何も言わなかった。ただ無言のままにエイデから視線を外しているだけ。
「いいよな?」
「………」
彼はそんなシアーナに敢えて、確認するように声を掛けるのだが。
エイデの問いにシアーナは無言を貫いた。
内心僅かに苛立ちを覚える。なにが、いいよな、だ。なにも良くない。
彼は自分が“神様”にどう扱われ、どう呼ばれているのか知らないのだ。
ディランはまだマシであったが、アレが演技とも捨てきれないのに。
「…わかりました。好きにしてください…」
ただ、一応賛同した手前。シアーナはエイデの謎の自信に理解は出来ずとも頷くしか出来なかった。
エイデは満足げな笑顔。アスカはキョトンとした表情。
これで一先ず、話は決まったのは確かであった。
――話は終わった。次にやる事が決まった。それならば。
そう言わんばかりに、エイデがニヤリと意地悪そうに笑みを浮かべたのは直後の事。
「それじゃ、“シアーナ”。そこの嬢ちゃんを連れてさっさと行こうか」
「……………。」
エイデの言葉にシアーナは露骨に眉を顰めた。
ああ何分、彼には名前なんて名乗ったことが無かったから。
今までは適当に「タナトス」「モレス」と、とある世界の神話の神々の名前を名乗っていたから。
と言うか、「シアーナ」自体、昨日適当に付けた名前だし。
――それでも、『異世界人』であるエイデに名を呼ばれるのは心底苛立つモノがある。
そんなシアーナを気にすることなくエイデはニヤツきながら“シアーナ”の側へ、彼女の顔を覗き込むように顔を近づけて、ついでに頭をぐりぐりと撫でまわす。
「可愛い名前じゃないかシアーナ。コレからは心置きなく、俺もそう呼んでやるからな?」
だなんて、本当に酷く意地悪な顔。
エイデからすれば此処一番の収穫だ。
彼がこの“異世界”にやって来たのは一ヶ月前。
――“死”である“彼女”を探し続けた日数でもある。
情報も無く、諦めるしかないのかと思っていた矢先、今日の事。
絶対に姿を現さなかった、彼女が、だ。
まさか自分から姿を現すとも思いもしていなかった。
それ処か、シアーナと言う“本名”を知る事が出来るなんて。とんでもない収穫であり。今まで隠れて姿を現さなかった彼女への苛立ちが募っていたのである。
だから今までの分、ずっと逃げていたシアーナに、仕返しの気持ちで彼女の頭を撫でまわすのだ。
そんなエイデにシアーナは険しい表情。
眉を顰めたまま、プイっと。――拒絶されないだけで充分であろう。
ただ、そんな様子を見て、眉を顰めたのがもう一人。
いや、眉は顰めてない。冷たい笑顔を浮かべた人物が一人。
「――エイデさん、ロリコンって言葉知っていますか?」
「ぶふ!!」
容赦もない。アスカの一言に吹き出したのは勿論エイデである。
いや、でも仕方が無いのだ。
だってシアーナは13歳ほどの幼い子供にしか見えない。
対してエイデは20代程の成人男性。
その男が、だ。13歳ほどの子供に身体が密着しそうな距離で、何か企んでいそうな笑みを浮かべて頭を撫でまわしているとか。――これは流石に見過ごせないのである。
せめて、さわやかな笑顔であったならまだしも。
慌ててエイデはシアーナから距離を取る。身の潔白を証明するように手を振る。
「まてまて!!自分の子供より下な子に何の感情もわかねぇぞ!?こいつはな――」
「――殿方に頭を撫でまわされるのが精神的に苦痛でした」
しかし、しめしめと言わんばかりに乗っかるシアーナの追撃が始まる。
いや、これは正直本音だ。シアーナは人間不信な所があって、特に男性は苦手な分類だ。嘘は言っていない――!
本人からの追撃に、エイデも「うむむ」と表情を変えた。まさか自分の行動一つで、いきなり追い詰められるとは、誰が思えようか。
それも出会って一時間ぐらい、コレから用心棒として彼女達の旅路に着いて行く自分に対して、こうも辛らつに当たって来るとは、年頃の少女たちは何とも怖い物だ。
だからと言って彼女達を突き放す程の薄情さは、エイデには持ち合わせていなかった。
不服そうに、しかしエイデは大きなため息を一つ。素直に謝罪を一つ。
「悪かった。お前、俺にまだ心開いてないんだな」
「……………。」
エイデの言葉にシアーナは何も言わなかった。
ただ無言で俯いて、まるで逃げるように再びアスカの後ろに隠れてしまう。
アスカはそれ以上の追求はしてこなかったし、エイデを冷たい視線で見つめるような真似もしなかったが、流石に何か感じ取ったのか、彼女も僅かに苦笑を一つ。
まぁ、コレばかりは仕方が無いとエイデは大きく息を付いた。
一ヶ月、エイデはシアーナを探し続けていた。それは事実だ。
シアーナという少女の情報も少なからず知っている。しかし、それは一方的に知っているだけで、接点は無いに等しい。そんな少女が、見知らぬ男においそれと懐く事は無いだろう。
正直、シアーナは異常なまでにエイデと距離とりたがっているように見えるが、これもまだ詮索しない方が良いのは気づいている。
今は、そんな彼女が自分から頼ってきて。『シアーナ』と言う名を知れた、コレで良しとしよう。
――それに…。
エイデは次にアスカを見る。
話を聞き、見ている限り、アスカはまだシアーナの正体に気が付いていないようだ。
嫌、シアーナがアスカに正体を明かしていないと言った方が良いか。
それどころか、あからさまに隠している。
シアーナが“死の神”であると言う事に――。
どうして今まで隠れていた“死”が、このアスカの為に動くことに決めたのか、これも分からない。
少なくとも、敵意や悪意を感じないのは確かだ。
本気でアスカと言う少女の為に力を貸すと決めた。今はそうとしか見えなかった。
――だから、それを探るためにも彼女達の旅に同行する。
彼からすれば、コレは“死”を知る絶好のチャンスなのだから。
エイデは、そう心に決めて。
アスカとシアーナ、二人を見つめながら、柔らかな笑みを浮かべるのである。
……………。
「悪い、待たせたな」
「いえ!…買い物終わりましたか?」
「………」
町の外。
町からほんの僅かに離れた、誰にも使われていない小屋の中にエイデが入ってくる。
その手には、袋が二つ。
先程と違い。エイデの服装も簡単な町人の格好から、身軽ではあるがしっかりと丈夫な旅人に適した服装へと変わっていた。
彼が旅に出る前に、簡単な準備がしたいと言ったのは丁度一時間前だ。
シアーナが用意した備蓄を見て、コレでは足りないと、エイデは最低限必要な物を揃えたいと申し出たのだ。せめて、3日分。それぐらいの食料やら水が必要だと。
町を歩きたくない、必要ないとフードの端を握りしめるシアーナをアスカに任せて、取り敢えずこの町の外れの小屋で待機してもらい。たった今、必要な物を揃えて合流したところである。
駄々をこねたシアーナであったが、小屋の中では大人しく待っていた様子であった。
フードを深く被り、小屋の端で丸まっているが。
そんな彼女に苦笑を浮かべつつも、エイデは懐から一枚の地図を取り出した。
「それじゃ、さっそく…ディランの居場所だが…」
「遠いんですか?」
「いや、言っただろ?――ほら、直ぐここだ」
エイデは地図を床に広げて、指で示す。
それはこの小さな町の隣にある、もう少し大きな街…。
…では無く、町と街の間にある大きな海岸であった。
「え、ここ?」
「ああ、ここだ。この海岸をアイツは住み家にしている」
彼曰く、この海岸こそ、ディランと言う“海の神”の住み家である。
地図上で見ても海岸は広いが、何もないように見える。本当に此処にディランと言う神が居るのだろうか、アスカは疑問に思う。
――いや、それ以上に、この地図…。
「あの…この地図、この町と海岸と隣街しか描かれてないんですけど…」
「――気持ちはわかる…。コレは、ディランの地図だ…。なんて言うか、ディランが縄張りにしている地域だけを記したものだからな…」
「ええ…」
エイデが取り出した地図は余りにも大雑把であったのだ。
プラス、彼の口から出たのは信じがたい発言であった。
アスカはもう一度地図を見る。やはり、小さい町と海岸と大きな街。この3つしか記されていない。地図の端には“ディラン”と名が一つ。
もう大雑把って物じゃない。
それに答えたのはシアーナであった。
「………好き勝手に縄張りを決めて『俺の街』って言いたいのか、無駄に地図を作りたがるんです…。“神様”なんて、つくづく意味が分からない自己顕示欲の塊です…」
なんて身もふたもない。――事実であるが…。
これには『どの世界も、神様は同じだな』…なんて、思わず二人は苦笑いを浮かべてしまった。
そんな空気を変える様に、エイデが咳払いを一つ。
「ま、これはディランが作った物じゃないからな…。とりあえずアイツはこの海岸にいる」
とりあえず擁護は入れておいて、本題に戻るのである。
「隣街までは歩いて一時間ぐらい。今、俺達が居るのは此処だな。目的地の海岸は30分ぐらいだ、直ぐに着く」
エイデが指す海岸までは一本道だった。これなら地図が無くても辿り着ける。
地図をしまうエイデに、シアーナはフードを深く被ったまま、かなり不服そうであったが。
むしろフードの裾を、きつく握りしめる始末だ。もう口元しか見えていない。
彼女が不機嫌な理由はエイデには分かっていた。
「覚悟を決めろー。旅をするんなら道を歩くのは当たり前だろ?それとも何か、森の中を突き進んでいくってのか?夜道や明け方にこっそり動くのか?」
「………」
「ま、ソレはソレでも良いが、大変だぞ?無駄に体力を使う。それに街に寄る時はどうすんだ?――これぐらいの道ぐらい慣れてくれ」
呆れたようにエイデが言う。
シアーナが不機嫌な理由。それは海岸まで行く道筋に問題がある。町から街へのこの一本道。
なんと言うか、拓けているのだ。完全に。
身を隠す場所なんて無い程に…。
「シアーナちゃんはアレだね。極度の人見知りってやつか。あまり人気が無い所を歩こうか?」
アスカも、そんな彼女の様子に気が付いたようで、一度小屋の外に出て辺りを見渡す。
しかし小屋を出れば、そこはやはり拓けた海沿いの道だ。近くに林とかも無い。身を隠しながら進めそうな場所は一つとして見当たらなかった。
アスカの「人見知り」判断はあながち間違っていない。ただシアーナは人に会いたくないだけだ。
だが、コレばかりは仕方が無い。シアーナに我慢して決断してもらうしか無いのである。
エイデが苦笑いを浮かべたまま、小屋の端で縮まるシアーナに手招きをする。
口元だけでもわかるほどに嫌な顔をされたので、引き攣った笑みを浮かべると、近づいて無理やり耳打ちを一つ。
「あのな。そんな真っ黒な格好でウロチョロするから怪しまれるんだよ…。今は、顔バレはしてないんだから、むしろ堂々としていろ」
「……………。」
口元だけで、そう言われても…と言う表情になる。
彼女の正体を知るエイデからすれば、溜息しか出ない問題であった。信用されていないエイデが何を言おうと無駄であろう。丁度良い所でアスカが戻って来た。彼女に頼もう。
エイデは次に、外から戻って来たアスカに一つの袋を渡しながら、耳打ちをする。
「アスカ。あいつは極度の対人恐怖症の様だ。人目が気になって仕方がないらしいが、むしろあんな姿じゃ帰って目立つ。こっちを着る様に言ってくれ…」
「え!?……分かった!確かに、あんなに可愛いのにもったいないもんね!」
一瞬の間、アスカはこの提案をあっさりと受け入れた。
彼から手渡された袋を見れば、そこには新品の衣類。
買い物ついでに買ってきてくれたようだ。嫌、エイデの買い物の理由はコレでもあったのだろう。
袋を受け取ったアスカは、遂には小屋の隅に移動したシアーナに声を掛けた。
「シアーナちゃん、御着替えしよう!」
「……………。」
やはり、ものすごく直球。
しかしアスカの言葉にもシアーナは小さく首を横に振るばかり。
だが、アスカはエイデのように遠慮はしない。
「大丈夫。可愛くするだけだから!さぁ、おいでぇ…」
ニタリ。そう笑って、じりじりとアスカはシアーナを追い詰めて来る。
堪らず、何か言いたげにシアーナはエイデを見たが、瞬時に目を逸らされた。
助ける気など無い。直ぐに察した。
彼からすれば、身に纏っているボロボロのローブぐらいは何とかして欲しいだけなのだが。
恨みがましい視線から逃げるように、エイデは袋を指差しながら小屋の外へ。
「ま、終わったら出てきてくれ。アスカも、その服じゃ目立つだろうから、着替えろよ。黒い方がチビ助のだからな」
驚いたアスカが何か言う前に、一言だけ残してさっさと退出するのであった。
もう一度袋の中を確認すれば、女性物の服が2着。
大よそであるが、アスカの身長に合わせたものと、シアーナの身長に合わせたものが二種類、1着ずつ入っていたのである。
確かにエイデの言う通りアスカも目立った服装をしていた。
何せ、白を基準としたワンピースに古い皮鎧、腕には金属製の妙な腕章と言う妙に古めかしい装いであるからだ。それもボロボロときた。
シアーナもボロボロ真っ黒で目立っていたが、アスカも負けていなかったわけだ。
「エイデさん…出来る人…!」
アスカ、この一言である。此処は有難く、好意に甘える事にしよう。
エイデが用意してくれた服は、正直言えば、結構可愛い。
そうなれば、さて問題は小屋の隅で縮こまるシアーナだけとなったのだが…。
――アスカは再びニヤリ。
「おいでシアーナちゃん。怖くないよ。ほら、私好みに可愛く着飾ってあげるからね…」
「……………。」
怖すぎる。どこかの変態にしか見えなかった。
シアーナはフードの裾を握りしめて、必死に首を横に振った。
と、言うか。シアーナからすればこの黒いローブは身を隠す役割と共に、“死”として喪服でもあるのだ。
だから、おいそれと着替えるわけには行かない。絶対に嫌だ。あ、でも“死”を隠している以上は言えない。
其れよりも目の前のアスカは怖い。どこかの変態に見える。
おもわず後ろへ下がったが、後ろは壁だ。何なら小屋の端っこだ。
シアーナは、もうどうすることも出来ず。
かくかくぷるぷる震えながら。伸びてくる魔の手に、フードの裾を強く握りしめながら、エイデに恨み言を呟く事ぐらいしか出来なかった…。
……………。
「おっまたせー!」
アスカが楽しそうに小屋から出て来たのは10分ほど経ってからであった。
勿論、彼女の服装は変わっている。
白と赤を基準としたひざ丈までの長袖のワンピースと、フードの付いたベージュのマント。腰には細い剣。
変わらず古びた腕章をつけたままであるが、あの古びた皮鎧は脱ぎ捨て、代わりに用意されていた鎖帷子をワンピースの下に身に着けさせてもらった。
結果、動きやすさと見た目は遥かに良くなったのは確かである。
「いやぁ、久々に女の子らしい服を着たよ~。ありがとうエイデさん!」
「ん、いや。気に入ったならそれでいい」
アスカは酷くご機嫌な様子で素直にエイデにお礼。
エイデからすれば彼女が気に入るか、そこだけが不安であったが、杞憂であったらしい。
そうなれば問題は一人である。
「ほら、シアーナちゃん出ておいで。怖くないよ~」
アスカは気楽に声を掛ける。ニコニコと笑顔で、おいで、おいで。
ただ、先ほどまでシアーナの悲鳴が聞こえていたのだが…絶対気のせいではないだろう。
暗い小屋の中から揺らめく影が見える。小さな姿が太陽の下に露わになったのは直ぐの事。
「……」
小屋から出て来たのは紺色のフードを被ったシアーナの姿。
エイデは少しだけ安堵する。
あの地面につきそうなまでの、長いローブはもう羽織ってはいなかった。着替えてくれたようだ。
いや、まぁ。ローブから膝下程のポンチョに変わっただけであるが。
流石にあのフードを取り上げるのは可哀想であったから、フード付きのポンチョに変えただけだ。ついでに色も黒から黒っぽい紺に変えてやったりもしたが。コレで少しは目立たなくなるだろう。
もう一つの問題はポンチョの下…。
こちらも用意はしておいた。
何せ、いままでのシアーナの服装はボロボロのローブの他に、ボロボロの長い黒のズボンと、これまた黒のボロボロの長いシャツであったから。
とりあえず、13歳程と仮定して。年相応の子供服を選んだが…。
ポンチョの隙間から細くて青白い足が出ているのが分かる。此方も着替えてくれたようだ。
フードの下から恨みがましい視線が送られているが、気にしてはいけない。
「あはは。流石にフードは取りたくないって全力拒否されちゃったよ。凄く似合っていたのに…」
「いや、十分十分!よくやった!」
いや、本当によくやってくれたとエイデは感心する。
今までの様子では真面に街にも入れないどころか、道すら歩けないのは目に見えていたからである。
シアーナの警戒心までは取れない。それなら責めて、服装ぐらいは…と言うのがエイデの魂胆であった。
だって、頭からつま先まで黒一色でボロボロだったのだ。そんなもの嫌でも目に付くから、これは当然な事なのだ。
この“異世界”で伝えられている“彼女”の特徴そのものの格好をしていたのだから。
あんなもの「私は“死”です」と言っているようなものだから――!
コレでようやく、少なくとも、周りを気にせずに道を歩けると言うものである。
――シアーナからは、かなり恨みがましい瞳で睨まれているが。
そもそも本当はエイデが住んでいた家で済ませたかったのに、シアーナ本気の全力拒否とか。
余程町に居たくなかったのだろう。そちらは聞き入れて、わざわざこの小屋に移動したのだから。旅をすると決めたなら、これぐらいは受け入れて当然である。
「…ありがとうございます」
「ほら、シアーナちゃんも気に入っているから!」
「そ、そうか…?なら良かった…!」
エイデの思いとは裏腹に、何か聞いてはいけない言葉が送られた気がするが…。
アスカが気に入ったと言っているなら本当なのであろう。
一先ずこれで準備は出来た。これでようやくやっと、ディランの所に行ける訳だ。
「それでディランさんってどんな神様なの?」
改めてと言うべきか、出発する前にアスカはエイデに“ディラン”と言う神の事を問いただす。
エイデは眉を「ハ」の字に、なんて説明するべきか迷った。気の良い男だとしか言えないのだが。
「言ったろ?気難しい奴じゃないって。ただ、あまり人間が好きって訳じゃないらしくてな。どちらかと言うと海の方が好きらしく、自由気ままに海と言う海を放浪しているような奴だ」
「え、人間嫌いの“神様“なの?」
「まあな。だが、俺自体この世界の“神様”とやらには三人しか会ったことが無いが、三人が三人とも人間嫌いの様だぜ?ディランも今行く海岸が気に入ったからって理由で滞在しているだけの様だし」
そんな神様がいるのか。アスカは驚いた様子であった。
因みにその三人のうちの一人は言わずもがな、シアーナであるが。
シアーナは興味が無いのか、まだ不貞腐れているようでポンチョを引っ張っている。
そんな彼女を視線の端に入れながら、エイデはコホンと咳払い。
「ま、アイツに会えばわかるって!…ただ初めて見るんなら驚くかもな」
「驚くって…何に?」
「何に、って…そりゃあ、まぁ…」
「……女性の姿をしていますので」
まるで悪戯を企む子供のようにエイデが言い淀んでいると。後ろからスパり。
思わずシアーナを見た。相変わらず、彼女はポンチョを引っ張っている。
アスカには驚いてもらおうと思ったのに、エイデは少しだけ唇を尖らせた。わざわざ隠していたのに台無しだ。
反対にアスカはきょとん。首をかしげたまま、シアーナを見る。
「えーっと。ディランさんって名前からして男の名前だけど、女神さまって事?」
「いいえ。男です。ただ外見が女なのです。声は男ですけど」
「…え、こえ?がいけ…え?」
当たり前のようにシアーナが答える。
アスカはますます訳が分からないと言う表情になり、今度はエイデを見た。
「どゆこと?」
「んー。ま、そのまま意味だよ。簡単に説明すれば、この世界の神様はどういう訳か、『全員が女の姿』をしてんだ」
あ、いや。一部を除いてか、なんて最後に付け加えて。
これには勿論だが、アスカは硬直。
当たり前だ。二人から説明を受けたが到底信じられる話では無いからだ。
数秒の間。
「――そうなんだ、分かったよ!!」
キリっと眉を上げてアスカは大きく頷くのであった。
いや、待て待て。コレに驚いたのはエイデだ。
しかしアスカの瞳はかなり真っすぐだ。――この子、本当に今の説明で受け入れて信じてしまったらしい。
「お前、すごいな…」
「人生は奇妙の連続だからね!」
思わず素が出たエイデにアスカは親指をビシっと立てる。
いやー。それだけで普通は受け入れられないと思うのだが。
ただアスカは“異世界”に飛ばされた事実でさえ、僅かな驚きだけで受け入れたつわものだ。
シアーナは彼女であるなら普通に受け入れるだろうな、なんて予想をしていたが、あたりだ。
そんなアスカを見ながら、ふと口元が緩むのが分かる。二人には気付かれてなるものかと、慌ててフードを深く被ったが。
「でもアレかな…ディラン君さんってお呼びすればいいのかな?それともディラン様…?」
「はは、いいな、それ。呼んでみろ、呼んでみろ。銛振り回して追いかけて来るぞ?きっと」
二人は気が付いていないのか、それこそ奇妙な会話が始まっている。
ディランの事だ。もし本当に「ディランくんさん」叉は「ディラン様」なんて呼ぼうものなら、串刺し海面引きずりの刑にされそうだ。…なんて、更には久しぶりに馬鹿な事を考えてしまった。
ディランに会うのは正直嫌なのだが。エイデと、そしてアスカが居るのなら、まぁいいか。
そうシアーナは考えて。再び、着慣れないポンチョをぐいぐいと引っ張るのであった。




