1話 常連客
街中にある家族経営の本屋『パルテル』。
そこで働く三女タクタァ=パルテルは商品棚の整理をしていた。
すると、店のドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
(あの人だ......)
タクタァは赤く染まった頬を隠すように背を向けた。
三か月ほど前から店を訪れるようになった同い年ぐらいの少年。
気品溢れる佇まいからして、いいところのお坊ちゃんだということが察せられる。
狭くも広くもない店内で二人きり。
嬉しいような気まずいような雰囲気にタクタァの心臓が騒がしい。
「あっ」
ふわふわした気分で作業していたからか、タクタァは足を踏み外し脚立から落下した。
店内に大きな音が響き、思わず赤面した。
「大丈夫ですか?」
少年の声にタクタァは顔を上げた。
「だ、大丈夫です。 申し訳ございません」
立ち上がろうとするタクタァだったが、足を痛めてしまったようでよろめいてしまった。
そんなタクタァを少年は咄嗟に支えた。
「足、痛みますか?」
「は、はい......」
「取り敢えず椅子に座りましょう」
少年に支えられながらレジ前の椅子に向かう。
超至近距離にタクタァは内心パニックになっている。
「タクタァさん?」
「はい!」
名前を呼ばれてタクタァは慌てて返事をした。
「もしかして頭とかぶつけましたか? なんだかぼうっとしているようなので」
「大丈夫です!」
その後、椅子に座るまで会話はなかった。
「ありがとうございます」
「ご家族の方呼んできます」
「すみません......」
両親、息子二人、娘四人の大家族での夕食のとき、次女がニヤリと笑いながらタクタァにアドバイスした。
「お礼ですって言って、手作りのお菓子渡してみたら?」
「ええ?!」
「胃袋から掴む?」四女が首を傾げながら次女に聞いた。
「そう、あの子手作り苦手なタイプじゃないし、女子力で魅了しな」
「手作り苦手じゃないってなんで知ってんのよ、あんた」
「前に一緒にお母さんの手作りケーキ食べたから。 ね?」
「見境ないわね」
「タクタァが好きだって知らなかったから~ ロニ君かっこいいじゃん!」
姉がいつの間にか好きな人と近づいていた事実にタクタァは、心臓が締め付けられたような感覚になった。
(ロニさんって言うんだ......)
(手作り......お姉ちゃん達ならともかく私ごときの腕で大丈夫、なわけないよね)
そう悩みがらも姉の声援を受けながら気が付けばクッキーを焼いていた。
次女曰く、こういうのは気持ちがこもっているかどうかが大事だから、タクタァが一人で苦労しながら頑張って作った方がいい。らしい。
翌日、タクタァはそわそわしながら店番をしていた。
ロニは絶対に今日くる。と、言われたので昨夜クッキーを焼いたのだが、次女の予想は当たっているだろうか。
(ミカウお姉ちゃんは私と比べらないぐらい恋愛に慣れてるから、多分、ロニさん来る気がする!)
恋愛マスターの言うことなら間違いないと、二時間ほど接客をしているとロニが来店した。
ロニはタクタァを見つけると優しく微笑みかけた。
「怪我はもう大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
「よかった」
「わ、渡したいものがあります!」
声を振り絞ったあと、タクタァはクッキーが入っているラッピング袋を両手で、ロニの前に突き出した。
「助けていただいたお礼というか、その......」
今にも消え入りそうな声で俯きながらタクタァはロニに説明をした。
「もらっていいの?」
遠慮がちなロニの問いかけに、タクタァは何度も頷いた。
「ありがとう。 大事に食べるね」
両手からラッピング袋の重みが消えた。
「本当にありがとうございました......! 仕事があるので失礼します」
タクタァはそう言い残すと速足で逃げ出そうとした。
「タクタァさん!」
ロニに腕を掴まれたのでタクタァは思わず顔を上げた。
顔を上げた先にはタクタァと同じぐらいに顔を真っ赤にさせているロニがいた。
「一つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「は、はい」
「今度遊びに誘ってもいいかな?」
「勿論です!!」
食い気味にタクタァは答えた。
「お仕事があるのに引き止めちゃってごめんね、ありがとう」
ロニはふにゃっとした笑顔になったあと、タクタァの腕を離した。
「こちらこそありがとうございました」
(な、なにこれ、どういうこと、え?)
タクタァは脳の動きが追い付かず困惑していた。
何故、ロニがあんなに赤面していたのか。何故、遊びに誘われたのか。
(これって、これって、ほんの少しぐらいは......)
((脈があるってことでいいのかな))