つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
一緒に過ごした日常が素敵だったから、私は、平凡な幼馴染に大好きと言うために駆けていく
修学旅行の最終日の夜。
私は、旅館の裏庭の、斜面に立っていた。
雪が降っていたら、そのままスキーで滑り降りたいくらいの、大きな斜面だった。
私の近くには、二人の男子がいた。
二人ともイケメンでカッコよくて、自信にあふれすぎていて、二人のどちらの方が自信にあふれているか、全くわからない。
そう、確かに私はこの二人に、呼び出されたのだ。
そしてきっと今から……
「好きです。俺と……付き合って欲しいです」
「俺も好きだから……よかったら俺と」
告白された。
たしかに、修学旅行は告白されるイベントで。
ほんとは可愛さは普通だと思うけど、結構可愛いと思われてて。
色々と学級委員とか、目立つことをやってきて。
だから告白されたのかもしれない。
でも……ごめんなさい。
「私……好きな人がいて、その人に今から会いたくて。だから……本当にごめんなさい」
私はそう返した。
イケメンな二人は、残念そうに旅館の中に入っていった。
そしてその途端、私は走り始めた。
会えるかな。
誰も見ていない、あの、森の縁で。
私の大好きな、幼馴染と。
☆ ○ ☆
小学生の頃、私はボロい筆箱を使っていた。
なんでかっていうと、お母さんから買ってもらって、とても好きだったから。
幼稚園の頃から使っていて、ダサい感じにキャラクターが描いてあった。
そんな私は、ある日、社会科見学に行った。
農家の人たちの話を聞くという内容で、私はメモを取るのに夢中になって、泥だらけの土の上に、筆箱を落としてしまった。
私は慌てて汚れた筆箱を、洗いに行った。
畑の横にある小さな水道で、一人で洗っていた。
みんな私のことはほったらかしで、いやそれは当たり前なんだけど、一人だけ当たり前じゃない人がいて。
「あー、ダメだろ結依。そんな爪でガリガリしたら。筆箱の模様剥げるぞ」
それは、幼馴染の泰斗だった。
「でもだって、土とれないんだもん」
「ゆっくりちょびちょびやるしかないだろ。手疲れたなら変わるぞ」
「う、うん……」
私は泰斗に筆箱を渡した。
みんな次の隣の畑の見学に行っちゃったのかな。
大根がたくさん植えられているこの畑には、人がいなくなってしまっていた。
泰斗は指の柔らかいところで、ゴシゴシと擦っていた。
土はちょっとずつしかとれないけど、でも確かに優しく擦ってるから、筆箱が傷んだりは、全然しなさそうだった。
「水、結構冷たいんだな」
「そうだよ。多分この水井戸の水。だから無理しないで。手冷えちゃうから」
「いやこれくらい冷たい方がちょうどいいな」
うそ。だって冬の野菜がいっぱいある畑だもん。
今はお昼だけど、それでも寒いもん。
そうやって嘘をつくことよくあるよね、泰斗は。
幼馴染だから知っちゃってる。
「……お、だいぶ取れた。ほらもうぱっと見だと全然ついてないぞ」
「ほんとだ。あ……ありがとうねっ!」
「ああ。よし早く隣の畑行くぞ」
「うん……ね、ねえ、絶対手、冷たいでしょ。私よりも長く水触ってたもん」
「……まあな。でも結依だって冷たいだろ」
「私は結構あったまったよもう。ほら」
私は手を泰斗に出した。
泰斗は私の手を握って、
「おおー、確かに、あったかいな。しかもなんかつるつるだな。結依の手」
「でしょ」
なぜか私にとっても、泰斗の手はあったかくて、しかも何故か、なんか手を離したくないというか、だけど離さないでいるのもなんか変な気持ちで。
こういうのが恋なんだって、あとからなら解説できるんだよね。
☆ ○ ☆
ずっと好きだったけど、言えなかった。
だけどいつまでも一緒なんて、ありえないから。高校を卒業したら別々になっちゃうかもしれないから。
だから私は、修学旅行の最後の夜に、彼を旅館の前の道を降りたところの、森の縁に呼び出したのだ。
あの、手を握られて恋に落ちた時と同じくらいの寒さだと思う。
秋は終わり、冬になった頃の夜。
そんな中、息はほんの数パーセントだけ白くなっていて、だから私は、少し口に手を当てた。
なんとなく、手をあっためた。
まだ泰斗は来ていなかった。
なんだか誰かに見られたら恥ずかしいな、と思って選んだ場所だったけど、誰にも見られていない中、森の入り口に立つのは、何かすごい世界に挑むかのようで、ちょっと怖かった。
スマホを開いた。
なんていうか、文明があることの確認?
泰斗とのやりとりを開いた。
今日の朝のまま。
夜の七時半に、ここにくるよって言ってくれたやりとり。
でもよくよく考えればさ。
今日の朝から今までって、色々あった。
修学旅行の最後の夜に備えて、みんな微妙に体力を蓄えながら観光してた。
その成果を発揮して遊びまくる人もいれば、失敗して寝る人もいる。
でも泰斗がどっちのタイプであろうと、私との約束は、忘れちゃってるかもしれない。
手がつめたい。
がさがさ音がした。
そういえば、熊の生息地だっけ、この辺。
でもただの風っぽかった。だって私にも、空気が当たるから。
その風上を見た時、泰斗がいた。
「ごめん。遅くなった」
「ううん、遅くなってないよ。まだ七時二十七分くらいだもん」
「そうか。いやでも寒いからさ」
「そうだね」
「……星はきれいだな」
「うん」
ちょっと曇ってるけど、星が見えるところがあった。
雲がないところ。なんというか、ちょっとだけ、宇宙を覗くことを許された感じがある。
「それで……なんかここでしたいこととかあるの? 昔みたいに肝試しするか」
「しないよ」
「だよな」
もしかしたら、泰斗は予想ついてるのか、それとも期待してるのかも。
だったらなんとなくやりやすい。
「私……あれというか、まああれでね。まあそういうわけだから、好き」
「……な、なにが」
「た……泰斗のことが!」
「…………ありがとう」
……うん。なんかあれあれあれしか言ってなかった気もするけど言えた。
もうなんて言ったか忘れたけど、なにかしらの形で、言ったよね。ちゃんと伝えたられたよね。
このことがずーっとできなかったから、すごくすっきりした。
すごい風が、自分のめんどくさかった恋心を吹き飛ばす。この冷たくて強い風がちょうどいいと思えるくらい。
「あの、返事とかはね、今でもなくてもいいんだけどね」
「……なんか、うれしい」
「え、うれしいの?」
「うれしい……」
「えへへ」
「だけど……僕、そんな好かれるべき人なのかなって思うんだよな」
「す……好かれるべきひと!」
私ははっきり言った。なんかあれ。
想定していた質問が来たー! みたいな感じ。
だって泰斗のことだからさ、自分に自信がないっていう理由で戸惑うと思ったんだよね。
だからこそ、私が絶対、泰斗を恋におとさなきゃいけない。
「あのね、泰斗」
「おお」
二人とも息が白い。多分さっきよりも白くて、寒くなってきている。
私と泰斗は、ゆっくりと……小さな水の粒が風で流されるくらいの速さで、旅館の方に歩き始めた。
「私、泰斗のことがどんどんどんどん好きになっちゃってね」
「……」
「だからね、泰斗のかっこいとことか、優しいとことか、いーっぱい言える」
「ふふ」
「え、なんで今笑ったの?」
「いや、『いーっぱい』っていう言い方がさ、なんか小学生の学芸会みたいだった」
「なにそれ。なんかそれ褒めてんの?」
「かわいい」
「あっそう。その前に私は好きって言って欲しいんだけどね」
「……好きだよ」
「そ、そうなの? えええええ……」
「反応が可愛い……うん」
「ちょっと! ダメだよそれ。それは立場がくるっと逆になっちゃうからっ」
さっきまで、私が泰斗のことどうして好きになったか説明して、それで、自信なさげな泰斗はほんとしょうがないなあ……って流れだったよね?
どどど、どうして……? 私がなんか、恥ずかしいし、いきなり好きだよって返すの……うわあああ……。
こわれちゃった。
まあ私からふっかけた感はあるから、しょうがないのかなあ……。
でも……両想いってことで……いいのかな?
だったら……だったらさ、今ちょっと寒いし。
「手……」
「手? ああ、僕カイロあるよ。ほら」
「カイロいらないっ、つ、つないで……!」
「……わかった」
あ、気づいたぞ。ちょっと泰斗照れてんな。
まあ私がそれよりもさらに照れてるから形勢逆転には意味ないんだけどね。
私と泰斗は手を繋いだ。幼馴染だからはじめでてはない。
だけどこれはきっと、特別な気持ちの手つなぎの初めてなのだ。
「デート、とかも行きたいな」
「行きたいね。どういうところが結依は好き?」
「泰斗が楽しそうなところ」
「うわあ、抽象的」
「まあ見てなさい。泰斗が可愛くなったりかっこよくなったりするたびに指摘してあげるんだから。そしたら私が泰斗のどーいうところが好きかってどんどんわかるでしょ」
「まあ……そうだな。でも無理しなくてもいいよ、なんか……結構、幸せで、どうでもよくなってきた」
「あ、そうですかい」
私は笑った。つられたわけではなくて、同時に、泰斗も笑った。
……幸せってさ、あのね、私ももちろん、今幸せなの。
こんなに寒い道を歩いててね、もうすぐ旅館に着くのに。
全然旅館がゴールだと思えない。
あの日わたしの手を温めてくれた小さな手は、今私の手よりも大きくなって、そして私の手を握ってる。
それがとても私にとって、もうドキドキすることで、だから私はね、ぱっと見は平凡かもだけど、やっぱり泰斗は、世界一、素敵な男の子だと思うんだ。
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