外伝16話 知識と美徳
ポルトガル領マラッカの陥落。
1年前よりずっと攻囲されていたことを鑑みれば予測されうる事態ではある。
続いて入ってきた詳報においては『陥落』とは言っても実態としてはポルトガルとアチェ王国の間で『開城交渉』がなされており、ポルトガルがマラッカを明け渡す引き換えとして、アチェは撤退するポルトガル人を追撃せずまたその撤退のための食糧を提供する、という形の停戦協定が結ばれていたようである。
なのでマラッカの要塞に籠城していたポルトガル人はインドのゴア、ないしはマカオへと移動しているようで、その撤収作業は今なお続けられているらしい。
なお、この報告はテルナテ王国に常駐しているゴンサロ・ロンキージョよりもたらされた。マラッカ包囲戦においてアチェの援軍としてテルナテ王国の軍勢も参戦していたし、彼等にフリーハンドを与えたのは紛れもなく私が動かなかったことによるものなので情報提供は謝礼も兼ねているのだろう。
もっともルソン島の倭寇の問題に加えてウルダネータの死の結果、動かなかったと言うよりも動けなかったという方が正しい。
そしてそのマラッカから撤収したポルトガル人の数は概算で数百から千程度という話も伺った。侵攻軍側の兵力が約2万とのことだったから軽く10倍を超える敵相手に1年間は籠城で耐え抜いたことになる。であればむしろポルトガルが充分健闘したと言っても良いかもしれない。
ただし留意しなければならないのが『ポルトガル人』と呼称されている彼等を『ポルトガル人』と判断しているのはテルナテ王国ないしはアチェ王国の情報部であるという点だ。
ここで慌てて政庁舎の資料を開いてみればポルトガルによるマラッカの統治開始年は1511年と記録されていた。
――実に48年前である。
彼等ポルトガル人が現地にて結婚した場合、既に子どころか孫の世代になっているのだ。本国から派遣された人員を除けば、ヨーロッパはおろかインドのゴアすらも知らないポルトガル人、いやハーフやクォーターといった面々が主流を占める中で、果たして『ポルトガル』という国家に帰属意識を抱いている者がどれだけ居るのであろうか、という話である。
勿論、イスラームにより占領されるという事実から当地から撤収する判断をした者も多いだろう。だが占領されたマラッカに残る、という判断もまたあり得るのである。
そうした『残留ポルトガル人』については、今後アチェ王国がどういった判断を下すのかは分からない。形式的な外交上の抗議こそアチェ王国に対して行うものの、我々フィリピン伯領にはそれ以上の実力行動に出る意志も能力も現状無い。仮に指揮系統が十全でありルソンの倭寇の問題が無かったとしても、水軍兵力2万を外征に出しうる彼等に対して洋上侵攻を仕掛けるつもりは私には更々なかった。
という訳で専らこの情勢に対する事後策を考えることになるが、最初に事態の異常性を把握・認識していたのはある意味で予想通りである一方、しかし同時に最も予想外の人物であった。
それはイエズス会である。
アジア布教の第一人者である彼等が問題に真っ先に気付くというのは自然であろう。
何が予想外かと言えば。
そのマラッカの対応策として、フィリピン・日本準管区長に就任していたオルガンティノが急遽、日本より帰国する対応を即座に見せてきたためである。
*
「……日本に居たオルガンティノ先生が突然戻ってくるということは、それだけ重大なことが発生したということですよね?」
「えぇ。かねてより懸念としては生じていましたが、正直に申し上げますと本部との情報のやり取りの最中で憂慮していたマラッカ陥落という事態が発生してしまいました。本部からの回答があり次第マルガレータ殿にはお伝え申し上げるつもりでしたが……」
「……それ程までにマラッカの陥落は想定外でしたか?」
「ああ、いえ。2万の異教徒の軍勢が出立した時点で想定しうるべき事態ではあったかと思います。しかし、最終的には現場で判断せざるを得ないとしても出来る限りは本部の承諾を得た上で決めたかったことだったのですが……現実、起きてしまった以上はやむを得ません。
あと、そうでした。このマラッカ侵攻前にテルナテ王国内部のイエズス会の修道院や教会に対して王国側に配慮をするように交渉して下さったと伺いました。今の状況になればテルナテ側がこれ幸いと我等宣教師を追放、ないしは嬲り殺しにする可能性すらあったのを未然に防いでくれたこと……これには深く感謝申し上げます」
オルガンティノにとってみればマラッカの陥落そのものは想定は出来たようだ。けれども、その影響範囲が大きかったから出来れば本国との意見交換が出来るまではマラッカには耐えて欲しかった、と。
しかしその前に陥落してしまったので、こうして現場判断を下すために私の下へやってきた、ということになる。
またテルナテ王国による宣教師追放云々の話は、確かに現王子のバーブラなどからも出てきていた。
国王の爆弾発言により全て吹っ飛んでしまっていたが、確かにあそこでテルナテとの交渉を持っていなかったら、テルナテで認められていたカトリックの信仰の自由が取り上げられる事態もあり得たかもしれない。教会と偽ってポルトガル用の砦を建設している疑惑もあったし。
しかし、テルナテの話は本題ではない。何故戻ってきたのかを目で促せば、彼は次のように語った。
「現在、私が『フィリピン・日本準管区』の準管区長に就いているのはマルガレータ殿の尽力もあってのことですから――」
「……私の渡航に同行するにあたって、ポルトガルの助力を得たイエズス会修道士との衝突を防ぐための措置ですよね。確かアジア全域がゴアに拠点を置く『インド管区』の管轄であったために私からも確かに働きかけはしましたが」
「えぇ、その通りです。
しかし、マラッカが陥落した現在。先に述べましたテルナテを間借りしている者らと……『マカオ』のイエズス会士が、ゴアとの連絡線が絶たれてしまっております」
……あ、本当だ。スマトラ島とマレー半島を抑えられた状態では中国―インド間のポルトガル船の往来は難航するだろう。密航なり異教徒船に同乗するなり抜け道はあるだろうが、それでもマラッカを抑えていた頃に比べればやり取りが難しくなったと言わざるを得ない。
「……つまり、今後のマカオの帰属問題に関わる、と?」
「国家間の領土としてのやり取りが行われるかは分かりませんが、少なくとも窮地に陥ったマカオの商人、そしてイエズス会士がフィリピン伯領に助力を求めてくるのは間違いないでしょう。
まずは、その対応策が一点」
「とはいえ、これは分かりやすいですよね? イエズス会のことはオルガンティノ先生にお任せいたしますし、商取引であれば明や在地勢力の商人と同じように扱います。
もしポルトガルの国家としてフィリピン伯領と何かしらの交渉を行うとなれば……カスティリーヤ宮廷に投げてしまえばいいわけです」
思わず口に出してしまったが、でもマカオに関する対応は『フィリピン伯』としての役割を超えているような気がする。商取引レベルなら問題はないだろうが、領土係争まで絡んでくると本国の意向に委ねた方が良いはず。それにマカオはフィリピンでは無いので私が抱え込む必要が無い。
確かにアジアのスペイン貴族家として見れば唯一ではあるが、アジア・スペイン領は他にもある。ほら、フィリピンに来る際に立ち寄りかけてスルーした謎の島――あれは現在ヌエバ・エスパーニャ副王領という扱いである。だからこそマカオがスペイン領になる場合、ヌエバ・エスパーニャに押し付けるという解決策はあるのだ。
「……まあ、良いでしょう。それではもう1つ。
イエズス会の管区区分ではなく、カトリック全体の組織体系である『教区』区分なのですが、インドの『ゴア大司教区』より先の地域には……その『マラッカ・ジョホール教区』しか存在せず、カトリックとしてはマラッカを基点としてフィリピン、中国、日本、テルナテ王国などの布教政策を行っていたのです」
……えっ。
管区ではなく『教区』。今まで私はずっとイエズス会の『管区区分』について気にしてきた。だが、これはあくまでもイエズス会の内部的なものでしかない。世界宗教足り得るキリスト教カトリックとしての布教の管轄を定める『教区』という存在があるということを、私はこれまでそれを意識したことが無かったのである。
その理由は比較的単純で、まず日本においては長らく実質的には『イエズス会』の布教の独占下にあることを知っていたこと。そして私の所属が、イエズス会の信徒団体であるコングレガティオ・マリアナであるために比重がイエズス会に寄りがちで私自身も彼の修道会に全掛けなところはあったからそれを是認していたということ。
だからこそイエズス会の管区区分がそのままアジアにおけるキリスト教世界と等価であると勘違いしてしまっていた。
だが、良く考えてみればそうではないのは当然である。だって聖アウグスチノ修道会がフィリピンには普通に居るし。イエズス会内の区分だけでは不都合が生じるし、かといって別の修道会に押し付けるわけにもいかない以上、それよりも上の組織が出張る必要がある。修道会の上ともなれば教皇領というかカトリックという存在そのものしかない訳で。
ここまでは私の無理解によるものだからまだ良い。問題は、そのカトリックでの教区区分において東アジア、東南アジア地域の宗教行政の一手を担うのがマラッカであったということ。そしてマラッカより東に教区が存在しないということ。
「流石に、その『ゴア大司教区』から我々含めて指導をする……というのは難しいですよね。連絡線が絶たれていますし」
「ええ。ですがマラッカが攻め落とされたからと言って教区を剥奪まではしないでしょう。維持しておくことで奪還の大義名分にもなりますからね。
とはいえ問題はそのマラッカの教区が有名無実になる以上、高い可能性で他の地域に『教区』が指定されるという点です。
……『教区』の制定は司教座の設置とほぼ等価です。ですので、教皇領の意を汲む司教が派遣されるとともに、大聖堂の設置が必要となります。
そして、現在それ相応の規模を有する教会を持つ地域はマカオ……そして石造の教会を建造中の此処――フィリピン伯領のみです」
「……けれども、マカオはポルトガル植民地の中でマラッカ陥落で孤立しかけている以上は、本命は『フィリピン伯領』内になりかねない、ということですか……」
「その通りです、マルガレータ殿」
何たることだ。まさかマラッカの陥落1つがカトリックの布教政策の転換にまで波及しかねない出来事であったとは。それは、オルガンティノも一時こちらに戻ってくることになるわけである。
……しかし、司教の派遣か。正直、このフィリピンに派遣されても困ることのが多いかもしれない。基本的に宗教勢力は放任としているものの、それは同時に異教徒も臣従するなら受け入れるわ、貿易相手として普通に認めるというという行為の裏返しでもある。
勿論改宗者に対しては優遇策などは取っている。だが、この姿勢そのものを新任の司教に批難される危険性はある。要は軍事指揮官を安易に増やせない問題と似通っている。
そして聞けば、マラッカ教区を治めていた司教はドミニコ会の人物であるとのこと。あのラス・カサスさんの所属していた修道会である。下手をするとフィリピンに更に修道会勢力が増えることになる。
表立って口に出せないが、教皇領の意を受けた人員というのは不都合の方が大きい。何でもかんでもカトリックへの改宗を優先させるような人物がお膝元に来てしまえば随分とやりにくくなってしまう。だからあまり受け入れたくは無いなあ、と思いながら――私は気付く。
「オルガンティノ先生。……我が『フィリピン伯領』の現行の統治政策を知らない訳では無いですよね?」
私が恐る恐るそう問えば、彼はゆっくりと頷いた。
そう、オルガンティノの立場から考えれば私の今の考えくらいはお見通しなはず。
だからこそ、彼はこう語る。
「もしフィリピンに司教座が設置されれば、マルガレータ殿の御威光は留まるところを知りませんが、一方で私もイエズス会の代表としてフィリピンに常駐せねば体裁が悪くなってしまいます。
現状、日本における布教活動は『タカツカサ』という家柄に名を変えた『イチジョー』様により、ようやく宮廷への一手を踏み入れたばかりなのに、そちらに注力出来なくなるのは――私と致しましても不都合なのです」
司教座をフィリピンに置きたくないという部分について、私とオルガンティノの利害は一致していた。私は現行統治策の継続のため、そしてオルガンティノは日本布教のため。
であれば。本件に関する対応策はマカオに教区を設置すれば良い。
「……ということは、マカオを追い詰め過ぎずその地位を保障することが必要となるわけですね。
マラッカを失陥してもポルトガルの帝国には『マカオが健在』であることを喧伝する必要がある……と。
さすれば私に求められるのは、マカオへの支援といったところですか」
それからオルガンティノとはいくつかの調整を重ねることとなる。そしてそれから間もなくして訪れたマカオのイエズス会士であるメルヒオール・カルネイロはオルガンティノに恭順し、マカオとテルナテ王国のイエズス会は『フィリピン・日本準管区』を治めるオルガンティノの麾下に合流することが決定する。
しかし、その一方でマカオのポルトガル領の地位については保全しつつも、独力でやっていける程では無かったために、彼等の新たな交易パートナーとして『フィリピン伯領』と『ルソン王国』が新たに浮上して、主に明の産品の中間交易を明商人とは別口で行うことのできる新たなルートが構築されたのである。