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第38話 真価の発揮


 明朝というか、日が昇っていない段階から船を動かして、日の出とともに海へと出て、割とあっさりと対岸であるセブ島への上陸自体は成功した。

 これ、朝駆けってやってみて分かったけれど、指揮官だと寝れる時間全然無いわ。それどころか、兵士を日中から寝かせるわけにもいかないから、必然的に軍全体が寝不足感あるというか、割と露骨にコンディション崩れているように見受けられるから多用出来るものでもないなあ、だからこそ奇襲効果があるのだろうけれども。

 朝駆けでこれだけ辛いのだから、夜襲なんてもっと辛いだろうし、それを分かっている人間が指揮官だからこそ、夜襲は刺さるわけで。


 まあ、その分上陸成功という対価は得ているが、おそらくこの時点で既に敵軍にもバレていると思った方が良いだろう。セブ島及びマクタン島の地図はアーノルド君がブール王国側の航海情報や直前測量を基に作ってくれたので、急ごしらえな割にはびっくりするくらいの精度があるが、地図を見る限りでは敵軍が接敵するまでの時間は、短く見積もっておおよそ猶予は2時間といったところだろう。


 しかし、利点か欠点か分からないが、随分と霧が深い。本来私達が上陸した地点からでもガレオン船艦隊は目視できるはずであったが、今は全く見えない。

 なので、日が昇ったとともにバレると思っていたこちらの水上移動が相手方にバレていないだろうという一方、向こうが軍勢を動かしたか否かを知る術を失い、ガレオン船の囮組が作戦が順調に遂行していることについて知る手立てが減ってしまった。それでも、総合的に見れば霧は私達に対して有利に働く……と思う。


 とりあえず最悪のケースである、夜中の内に作戦が露見してマクタン島からラジャ・トゥパスに対して密使が送られて上陸地点で待ち伏せされるという状態は脱している。だが、艦隊を動かした段階でマクタン島の人間には悟られているし、ラジャ・トゥパスへの密使はやはり出ているとは思う。相手側の影響地域でもあるし。


 ただし、密使を出すにしても私達と同じように海を渡る必要があって、私達にバレてはいけないので迂回する必要がある上に、現在敵陣が置かれている場所の海域にはガレオン船が鎮座しているわけで、使者を出すにしても相応に遅れるとは思う。けれども遅れたところで今頃には届いているとは考えているが。


 なので、ここからは静かに行動する必要はない。


「――急いで陣幕を張り、垣盾を並べなさい!

 今から敵が来るまでにどこまで並べられるかが勝負と心得なさい!」



 というか、本来のスペインの戦で陣幕って張ったのだろうか。……まあ、いいか。一応これ飛び道具対策の面もあるし。




 *


 垣盾は、盾とは言うものの厚手の板のようなものなので持つのではなく、地面に刺すなり、支持棒などで固定して立てるなどした。一応これも陣幕同様に敵の遠隔投射手段からの防護という側面はあるが、実際どこまで役に立つのかは未知数だし、というか私自身、この盾が軍事的に活躍することはそこまで期待していない。というか、そもそも遠征艦隊の荷物の中に私が発注したものなので、そもそもスペイン本国に既存であったものなのかは知らない。

 とはいえ、そんな即席かつ張りぼての陣地故に敵軍が押し寄せる前に完成させることはできた。端から見てもみすぼらしさこの上ないが、それでも上陸して2時間以内で何か作るとなれば、この程度の代物であろう。


「……それで、敵は来ますかな、フィリピン伯様」


「来なければ来ないで、マクタン島経由で更に資材を運んでより強固な陣に改良していけるから、それはそれで問題無いですよ」


 ウルダネータ司祭と話しているように、やはり制海権を握っている戦は楽である。取り得る手段が多い。とはいえ、海軍規模でも陸上戦力規模でも恐らくこちらが圧倒しているのだから、当然の話だが。

 何なら、下手に兵力を分散させているという意味では愚策と、呼ばれかねないことをしていることは自覚している。


 とはいえ、2時間経過すると日は高く昇り、蒸し暑さが一層と増した。だが、海を陸を覆っていた霧はすっかりと晴れ、ガレオン船を目視できるようになった。

 旗旒も見える。『抑えの兵を残して、そちらに軍を送った』といった内容だ。


 残した兵が抑え、とグレイスとレガスピ殿が判断したことで、おそらくこちらに向かっているのは本隊なのだろう。一方で、抑えだと判断しているのにも関わらず上陸作戦を敢行していない、ということは、敵の残留兵力はそれを押し留める程度には残してきた、ということだ。

 即ち本隊ではあれど、兵力は我々の想定を上回る規模でこちらに差し向けたというわけではないはず。向こうも伏兵があったり、どこからか援軍を呼び寄せていたらその限りではないが、その辺りの可能性を言い出したらキリが無い。


 既にこちらの兵は、射程の短いアルケビューズ銃兵を垣盾の裏に配備し、マスケット銃兵は後方へ、後は接近戦想定の槍兵も待機させている。言ってしまえばなんちゃってテルシオな訳だが、本国のそれとは練度も士気も隔絶しているだろうから、本場のテルシオ同様に活躍できると思ってはいない。


「――報告します! 敵軍と思わしき集団がまもなく、此方からでも目視できる位置に至ったとのことです!」


「……来ましたな、フィリピン伯様」


「既に戦端を開く覚悟はしております。……後はウルダネータ司祭の差配にお任せいたします」



 そして、再び戦は私の手から離れたものとなる。




 *


 ――フェルディナンド・マゼランの死。

 それが双方に与えた戦訓が、今、花開いた。


 我々には勝利を飾るものとして。……セブ側には仇花として。


 マゼランはマクタン島での戦のとき、40ないしは50名程度のごく少数の人員で千を超える軍勢に挑み、そして敗北した。なんて事のない、順当な敗北である。

 鎧に刃が通らなかったので袋叩きにされた挙句、防護していなかった足などを狙われて最期を迎えた、などという話もあるが、最も肝心なのは、そもそもこのマゼラン艦隊。5隻270名の艦隊全体で火縄銃を50挺しか持っていっていない。


 そして、これ以後フィリピンとスペインの間ではまともな戦は起こっていない。


 つまり。

 ――銃に関する戦訓が乏しいのである。


 無論、皆無というわけではない。直近で言えばボホール海での海戦。あの時にブール王国へ陸上部隊が侵攻したが、その時にポルトガルから貸与されていた銃の存在はある。

 でも、その銃の活躍の場を十全に見せつけることなく、私達が撤退へと追い込んだ。


 それら数々の因子が重なり、私達の前に結果として析出する。


「……簡易ではあるとはいえ陣を構えた鉄砲隊に、突撃を仕掛けて士気崩壊ですか……」


「一斉射では崩れませんでしたからな。むしろ我々よりも練度高き兵であったかと。……まともに当たれば数的劣勢を覆すかもしれませんでした」


 鉄砲の射程も分からぬままの進撃、初撃はマスケットによるもので次射はアルケビューズ銃兵によるもの。双方初発のみ斉射とし、以後は装填が済んだ者からバラバラに撃っていたが、それでも敵方の突撃の威力を破砕するのには充分なものであった。


「討たれた者の中に、ラジャ・トゥパスの姿、無いです! おそらく撤退したものかと!」


「シカツナ殿、確認感謝いたします。

 ……戦の趨勢はとりあえず決まりました。今一度、敵方に使者を送りましょう。……あ、シカツナ殿が直接赴かないでいいですよ、捕虜で捕らえた者を遣わせて下さい」


 盾も陣幕もまるで意味無く、あっさりとした結末。これで、戦闘においての逆転の目はほぼ無くなり、後は戦後処理として降伏勧告を行えばいい。



 ……それで終われば良かったのに。


 この後もう一幕巻き起こるのである。

 それは、敵方の捕虜を使者として仕立て上げたにも関わらず、ラジャ・トゥパスの回答は――拒否、であった。




 *


 私の作成した簡易の陣に、その日のうちに資材が送り込まれ、前線拠点としての改築が開始される。敵戦力は邀撃したものの敵が降伏しないとなれば、残すはラジャ・トゥパスの治める本拠であるスグボの攻略に移るしかない。

 となれば、近海に囮として置いていたガレオン船の軍勢も交えてセブ島における拠点を構築するしかない。


 そうして兵を集めてみれば、戦闘における死傷者は出ていなかったのにも関わらず、怪我をしている者や行方不明になっている者が僅かながら居た。まあ、朝駆けのときに乗り遅れたり、急遽、ガレオン船艦隊組を上陸させたときに迷子になった、とかそういう類の損失であろう。戦が起こらなくとも、そうやって我々の戦力は微減していくのである。


 そして、降伏勧告が拒絶されたことで、再び私達の意見が割れてしまった。

 即ち、どこで矛を収めるのか、ということである。ただ最初から根絶やし、という意見があったので、2度も使者を断られた以上、その意見は更に拡大し、主流派を形成しつつあった。

 そして穏健的な意見でも、スグボ攻略は余程の情勢変化が無い限りは既定事項、その上で、ラジャ・トゥパスの身柄か首を対価とするのか、あるいは集落そのものの存続を対価とするのか割れた。


 私の判断は……先送りであった。


「攻めるにしても、態勢を整える必要があります。無論、ここで待つと相手方が損害から立ち直る恐れはありますが、そこは先んじて切り崩しましょう。

 近隣領主とマクタン島の者らに、我等に付くのか、ラジャ・トゥパスに付くのか旗色を鮮明にするように呼びかけます。ですが、概ね流れは決まった後ですので、条件は相応に厳しくして対応します。スグボを攻めるのは、周囲の我等に対する反応を見極めた後……それでよろしいですね」


 これに対する異論は出なかった。……やっぱり、曲がりなりにも明らかな戦勝が、私への態度を変えているな。

 そして、周辺領主に対して掲げた要求は、食糧の上納並びに現領主の退任という中々に苛烈なものであったが、マクタン島は即日、周辺領主もすぐさま旗色を鮮明にし、彼等領主層は大多数がスペイン勢やブール王国の臣下に下るわけでも、離散・逃亡するわけでもなく、帰農するに至った。


 そして、程なくしてスグボは孤立したのである。



 それから数日後。

 こちらに下った周辺領民を先鋒に使って攻め立てる案も出たが、グレイスの献策とウルダネータの賛同によって決まったのは、ガレオン船に積載されている砲を積み下ろしての、砲撃による集落の破壊であった。

 確かに、それが我々にとって一番被害を減らすという意味では効果的なやり方であるし、銃に引き続き砲での優位性を確実に見せるのは確かに『政治的都合』と照らし合わせても、決して悪くない話でもあった。


 そして具体的な軍事作戦を提示されてしまうと、ちょっと断りにくい。

 ここまでのセブ遠征計画は、私が開戦判断をしてそのままなし崩し的に進めていたが、ぶっちゃけ開戦判断の拡大解釈ではある。だからこそ、こうして軍事的な知見を突き付けられたときに、それを却下してまで押し通すかどうかで、私がお飾り大将から軍事指揮官へ生まれ変われるか、その真価を発揮する場面でもあるのだが、生憎そこまでのフリーハンドの権限を渡される方が怖いので、ここでの提言は無視せずに、私は何も言わずに認可した。


 ……したのだが。こうやって身内が固まると、やっぱり予想外のことが発生する。


「――スグボより使者が参りました! お会いになられますか?」



 今更、相手方が交渉に対しての意志を見せてきたのである。

 しかし、会う前に軍議を開いてみれば、最早こちらの作戦は決まったのだから交渉の余地無しという声が大半であり、私も苦肉の策としてオブザーバーにオルガンティノやヴァリニャーノといったイエズス会上層を同席させるという政治的寝技に出たが、事ここに至ったことで彼等イエズス会宣教師も特段反対意見を出すことは無かったのである。


 そして、使者を追い返すことになりそうなった間際で、使者から追い返すのであれば伝言だけでも伝えて欲しいという言葉が出てきたので、私はそれを聞く判断を下した。


 それは、この場に居る誰しもが全く予想だにしなかった結末であった。


「――はっ。

 『領主ラジャ・トゥパスを始めとしたフィリピン伯様に対して戦端を開いたスグボの支配者らは皆、自害なされました。残された我等は最早フィリピン伯様の慈悲に縋るのみでございます』、とのことです」



 この瞬間。セブ島を巡る全ての軍事的行動は手仕舞いにすることが確定したのである。



 ――そして。


「……前線基地として整えていた陣の跡地なのだけれども、このまま資材を投入して整備します……そうですね、1ヶ月くらいを目途に人員も投入して一気に組み立てましょう。

 そして、それが概ね完成したら、ブール王国の海上ネットワークを駆使して、此度のセブでの戦役の勝報を大々的に周知いたします。そうですね……。

 ――『スペイン勢は、一夜で城の如き堅陣を築き上げ、勇猛果敢なラジャ・トゥパスの突撃を跳ね返した』。そのように、流して頂けますでしょうか」


 ……ここからが、私の策の本領発揮である。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 墨俣の一夜城ですか(^^;; 相手側の事情はやっぱり、一戦しての降伏では購えないほどの対スペインの感情&プライドでしょうか・・・・ まあ兎に角、懸念事項が払拭されてジパ…
[良い点] ここで、一夜城ネタを突っ込んでくるとは思いませんでした!この一夜城は普段は政務をしてまた反抗したら備えた大砲で集落事吹き飛ばす要塞みたいな事になるのかな? [一言] 慣れてる勢力が夜討ち、…
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