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第35話 海洋国家として


 ポルトガルとイスラーム王朝テルナテ王国の連携。

 そんなこと、ヨーロッパに居る時には全く想定すらしていなかった。パドヴァ大学の資料には国王拉致して改宗強要した結果不仲になったなどと書いてあった気がするけれども、一体何があったのだろうか。

 まあ、資料を見たのは7年くらい昔の話だし、最新の外交状況に関する情報が置かれていたわけでもなかっただろうから、大方情勢変化によって関係性が変わったものと考えて良いのだろう。スペインだってその頃は、イングランドを盟友としてフランスと戦っていたのに、今じゃフランス王家とは婚姻同盟を結んでいるのだから。


 だが、ポルトガルとテルナテ王国の件については一旦後回しにせざるを得ない。何故なら、既に私は襲われていたブール王国の代表から歓待の誘いを承諾しているのだから。

 まあ、周囲はグレイスとその配下で固めれば良いか。レガスピとウルダネータ、そしてイエズス会メンバーは希望者が同席って感じかな。


 しかし気になったのは2名からの招待という話だ。ダトゥ・ダイリサンとダトゥ・パグブアヤと言ったっけ。『ダトゥ』というのは姓ではなく領主みたいな意味だから同姓であることを指し示してはいないが2人で1つの国を共同統治とか中々珍しいことをやっているように思える。とにかく本来の戦争当事者はスペインとポルトガルではなく、ブール王国とテルナテ王国なのだから、一応彼等の意向を聞いた上でそれを受け入れるか否かを判断せざるを得ない。

 救助した人員や怪我人を手当するための場所は最低限確保せねばならないし、此度の出兵がこちらにも相応の負担であったことは明らかなので、それ相応の見返りを事後とはいえ頂かなければなるまい。


 そんなことを考えていたら、マルティン・デ・ゴイティが報告をまとめて戻ってきた。


「通訳の件ですが、ブール王国側はポルトガル語を使える人物が居るそうです。そしてご歓談はタグビラランの宮殿で行うとのことです」


 ポルトガル語ならば、大多数のイエズス会士は普通に使える。更に言えばジョゼ・デ・アンシエタは直近までポルトガル領ブラジルで宣教活動を行っていたのだから最早ネイティブと比べても遜色ないくらいの話者だから一安心だ。

 ……まあ、それは即ちこの国までポルトガルの影響力が及んでいることの表裏一体なのではあるけれど。その辺りを今は深くは考えないでおこう。




 *


 ブール王国はフィリピン中部を支配する海洋覇権国家である。

 少なくとも、世界で三本の指に入る屈指の海軍大国であるポルトガル船団、などという規格外の存在を相手取らなければ、更に南部の地域覇権国家たるテルナテ王国すらも侵攻を躊躇するくらいの相手であるのだ。


 ただし、まず私達の認識を覆す一言が2人の領主の1人――ダトゥ・パグブアヤの口から放たれる。その言葉は向こうの訳者によりポルトガル語に変換され、ジョゼ・デ・アンシエタによって次のように私の下へ伝えられる。


「まずは、兄であるダイリサンとともに我等の窮地を救ってくれたことに最大限の感謝を申し上げます。あのまま推移すれば我等はこのタグビラランとパングラオを失うところでした。

 奴ら、テルナテの陸上兵力・・・・を追い払っていただき助かりました。おかげでパングラオの街の方も最小限の被害で――」



 そう、ブール王国にとってより救援の恩義を感じていることは、テルナテ王国船籍の名を騙ったポルトガル船団を退けたことではなく、既にパングラオ島に上陸していた陸戦兵力を撤退に追い込んだことの方であった。

 この言葉から感じたのは私が思う程には、ガレオン船というのはこの地域においては絶対的な戦力であるとは考えられていないかもしれない、ということ。


 言われてみれば、アステカもインカも滅んだのは上陸部隊と疫病によるところが大きいし、そもそもマゼラン艦隊も紆余曲折あった後に香料諸島へと赴きポルトガルに拿捕される船も出たが、1隻は何とか帰路についている。そして艦隊の維持が不可能になったのでフィリピンのどこかで1隻丸々焼却処分にしたという話も、事前に伺っていた。

 パングラオの街が燃えていたのも上陸部隊によるもの。無論、それだけの兵力を物資を輸送できるという輸送能力という点ではガレオン船は卓越しているが、そもそも陸戦兵力の方が恐れるに足る存在なのは確かかもしれない。


 というか私達の戦も、近距離砲撃戦で結局泥沼を演じた上に、戦の趨勢はグレイスの移乗攻撃という文字通りの陸戦部隊で決めてしまっているし……。そういう意味でもガレオン船そのものに対する恐れはちょっと薄いのだろう。


 まあ、その辺りの認識を私がどうこう言う話でもない。だけど、確実に聞かねばならないことが一点。


「……首都を燃やされる、そのようなことは度々あることではないでしょう。テルナテ王国との間に何かあったのでしょうか?」


 ガレオン船3隻で攻められる、っていうのはちょっと普通じゃない。いくらテルナテ王国が香辛料交易で隆盛を極めていてポルトガルと関係があるからといって、易々と出せる艦隊の規模ではないのだ。

 兄だと説明のあったダイリサンが答えた。そういや兄弟なのね、この2人。その答えをジョゼ・デ・アンシエタが変換するのを待つ。


「実は我が国の側室に対して、テルナテ王国の使者が無礼を働きましてな。それを手討ちにしたところ、お恥ずかしながらこのような仕儀に……」


「はあ……」


 いや、大国の使者をいくら理由があったからって殺したら、そりゃ戦にもなるわ。テルナテ王国は報復行動をとっただけで、むしろ悪いのはどちらかと言えばこっちのブール王国じゃないか。

 私の気の抜けた返事に対して、弟のパグブアヤがフォローを入れる。


「如何に側室であろうとも我が国を侮辱したことには変わり有りませんし、我々も何も無策で使者を殺したのではないのです。テルナテ王国と我が国の間にはスールー・スルタン国という国がありましてですね、彼等の縄張りを通る以上、テルナテ王国が大規模な軍事行動を行えばスールー・スルタン国も黙っていない、と思ったのです」


 一度、地理関係を整理しよう。

 まず、今私達が居るブール王国。フィリピンの南部にある大きな島であるミンダナオ島のすぐ北にある海、ボホール海を支配する海洋覇権国家である。で、そのミンダナオ島をまっすぐ南に降りて行くとインドネシアの島々があるわけだが、西はスラウェシ島、東はニューギニア島までの一帯にある島々に対して影響力を及ぼしている国がテルナテ王国となるのだ。


 ただし、その南のテルナテ王国からブール王国首都のタグビラランとパングラオに海路で攻め入るためにはミンダナオ島が邪魔になるのでぐるっと迂回する必要がある。1つは東回りでレイテ島との間にあるスリガヤ海峡を通過するというルートだが、こちらはそもそも私達が通ってきた経路であり、サマール島での待機時から海洋の探索に船を出していた上に、ミンダナオ島の東には取り立てて大きな島は存在しないので、こちらから侵攻した場合に見落とすことはほぼ無いと言ってよい。

 するとミンダナオ島を西回りでボホール海に入ってくるという経路が次に浮上してくるわけだが、そのボホール海を隔てて西にある海がスールー海、そしてそこを支配するのがスールー・スルタン国なのだ。


 ミンダナオ島からカリマンタン島。位置関係で言うと北東と南西にある島だが、そこには点々とその2つの大きな島を繋ぐように列島が形成されている。その一帯に北のパラワン島を加えた領域がスールー・スルタン国の支配する地域である。

 そしてまあ、名前に『スルタン』と入っていることからも、この国もまたイスラーム王朝である。


 今まで登場した三国いずれも海洋国家であるが、その性質は弟のパグブアヤによれば微妙に異なるとのこと。

 まず、比較的分かりやすいのはテルナテ王国だが、この国はポルトガルとの香辛料交易が中核であり、同時にポルトガルとの関係が最も重要となるイスラーム王朝だ。意味分からないけれども、これでもまだ分かりやすいのである。


 次に、スールー・スルタン国は、マレー方面と明との中継拠点として栄えていて、同時に周辺海域に対しては海賊行為を行うことで勢力を築き上げてきた。まあ、戦国日本の水軍衆も似たようなものだし。ただし、特筆すべきなのは、この国。イスラーム王朝ではあるけれども、同時に明へ朝貢もしている。だからこそ戦国日本の大内家滅亡後、勘合貿易が絶たれた後の博多などの北部九州の都市であったような倭寇を介した非公式な交易チャンネルではなく、イスラーム王朝でかつ海賊的でありながらも、正式に明と国交のある朝貢国なのである。


 そして、ブール王国。


「我が国は、北にある穀倉地帯であるセブから食糧を仕入れて各地に売ることで拡大してきた国であります。無論スールーやテルナテからの産品を周辺地域へと売ることもしておりますが」


 パグブアヤが説明したことで、最初に出会ったウラオ族長との話が繋がった。

 彼の集落では食糧不足にあったが、もしそれがフィリピンにおいて普遍的なことだとすれば、今語ったような穀倉地帯から食べ物を仕入れることが出来る国家というのが発展を極める……というのは中々筋が通っている。しかも、島が多く陸路でのやり取りが難しいのであれば、その役割を担うのが海洋国家というのも成程、確かに発展するだけの理由になりそうだ。


 しかし、この関係性は戦国日本では中々無かったように思える。それでも無理に喩えるのであれば、ポルトガルとの関係が強いテルナテ王国は肥前の大名である有馬氏か大村氏か。としたときに明との交易関係が強いスールー・スルタン国は、松浦党。そしてそれら国際貿易に1枚噛んでいる博多、そこに米という食糧を卸していた穀倉地帯を相良家治める人吉とするならば、ブール王国はその穀物交易路を掌握する天草氏や志岐氏といったところか。

 まあ地理関係も位置関係も滅茶苦茶にはなっているが、そこまでの交易プレイヤーが登場する地域というのは日本だとごくごく限られてしまう。

 しかし、その構図に落としてみて分かったことが1つある。ブール王国とはすなわち天草諸島の領主と博多地場商人を抱き合わせたような存在ではあるが、彼等自身が穀倉地帯を抑えているわけでもなく、明やポルトガルとの交易を直接差配するような領主でも大商人でもないということだ。

 だからこそフィリピンという領域で見ればまず間違いなく覇権国家と呼べるべき規模と交易路を包括するブール王国であれど、本質は中継拠点であり、スールー・スルタン国のように国際的なコネクションを有しているわけでもなければ、テルナテ王国のようにヨーロッパにとって絶大的な需要のある特産品を抱えているわけでもないのである。


 と、考えるとテルナテ王国の使者を殺害した件。また別の切り口が見えてくる。それはテルナテ王国側の視点。今回侵攻してきたものの、彼等にとっては本質的には利害関係が著しく対立する相手でもないのではないか。使者を殺した、という話は、そもそもテルナテ王国側が使者を送ってきた、と言うことを意味している。なれば、その関係が対等か従属的かはさておくとしても、協調を求めてきていたであろうことには察しが付く。同盟関係が出来ればスールー・スルタン国に対して共同で対処できるし。

 だからこそ、使者殺害という流れが来たらそりゃテルナテ王国側はキレるわ。私だって同じことされたら、そりゃ怒る。まあ側室に無礼を働いたというのも文化的背景が分からないから何とも言えないが。


「とりあえず私共としましては、テルナテ王国はともかくとしても、その背後にいる勢力(・・・・・・・)とはこれ以上の戦闘行為に及ぶことは考えておりません。あなた方ブール王国の落としどころとしては、どのようにするつもりでしたか?」


 とりあえず、アジア方面のごたごたでスペイン・ポルトガル間が戦闘になるのは流石にヤバすぎる。いや、確かに私はポルトガル併合を目論んではいるけれども、世界二大海洋国家の軍事的な全面衝突は財政的に負担がえげつない上に、それは完全ノータッチのオスマン帝国の躍進を招くことになりかねない。

 何より、これで本国送還とか嫌すぎる。向こうの通訳とアンシエタの言葉を待つ。


「『私共と致しましても、テルナテ王国を敵とする意志はございません。是非、和平の方を進めて頂ければと思います。

 それよりも、御助力頂いて何も返せぬというのは不遜の極み。我等ブール王国の一党は、血の盟約(サンドゥゴ)を貴殿と行い従属したく』……と述べておりますが」



 うん、従属は構わないというか、それ狙いで当初は艦隊を引き連れてきたのだから上々の成果だ、文句はない。


 ……だけど、血の盟約ってウラオ族長とやった、お酒に血入れて飲むやつだよね、絶対!?

 もしかして、あの風習ってフィリピンではポピュラーなものなのか!



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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、外洋航海能力はかなり差が付いてるけど、戦闘に限ってはまだこの頃は大砲や鉄砲の発達が未熟だから、船を持たない民族なら兎も角、そこそこの海洋国家とか勢力なら多方向から接近して海賊式の乗り込…
[一言] 更新お疲れ様です。 複雑な政情の比周辺・・・・ 何処と提携し何処を排除するのか、難しいさじ加減が要求されそう(><) 次回も楽しみにしています。
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