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第17話 アイルランドの海賊女王


 護衛の兵を一旦下げ、急ぎ着替えた私はスペインの兵の下へと駆け込む。


「……私の立場が立場だから今まで聞くのを避けていたけれども、派遣兵員の内訳を教えてもらっても構わないかしら?」


 今回の派兵があくまでも示威行為であり、私への箔付けの意味合いであったので、あまり深く内情に突っ込む必要もない上に、知れば泥縄だと考えていたから言及は避けていたが、有事となった以上まず指揮系統は明確にせねばならない。

 その質問には私の部屋へ報告に来た兵が答える。


「はっ。私を含めてカラトラーバ騎士団の団員が7名。それ以外は一般兵となります。貴族家出身の者はいくらか居りますが庶子であったり、分家筋であったりと……」


「……つまり、私が最高指揮官となるわけですね」


「今回の派遣艦隊を取り仕切るアラス司教様から直接権限を委譲されたのがマルガレータ様となれば必然かと」


 ある程度予想はしていたけれど、やっぱり私が最高位か。だが覚悟までは出来ていなかった。とはいえ騎士団の団員が付けられているのは助かった。


「とにかく、カラトラーバ騎士団員は私ともに来てください。直ちに方針を決めるわ。他の兵の方々は待機……って、船はどうなっています?」


「ひとまず漕ぎ手は船に集めて情報は封鎖しておりますが」


「……脱出することも考えなければならないから船は抑えておかないとね。

 騎士団員1人は兵を使って漕ぎ手の脱走を防ぎつつ、出港準備を直ちに整えてもらえるかしら」


 そう告げれば、1人の兵が前に出てきて一礼する。まあ彼が騎士団員の1人なのだろう。その場を一任して離れたのを確認して残りの騎士団員を招集して小部屋へと移動する。



「……で、我が方の戦力ってどれくらいなのかしら?」


「我等と漕ぎ手を除けば150程度ですね。船の掌握に50人程は割くでしょうから実働としては100名といったところです」


「100名の内訳は?」


「槍兵とアルケビューズ兵がそれぞれ40ずつ、マスケット兵が20です。ちなみに船の方に差し向けた比率も同程度です」


 詳しく聞けばマスケットもアルケビューズも共に火縄銃のことだが、マスケットの方が大口径であるらしい。まあ射程と威力の違う二種の銃兵と考えれば良いか。


「……先に言っておくわ。私は指揮経験なんて無いし、軍事教育も受けていない。

 だから戦闘に口を出すつもりは毛頭ないです」


 その言葉を聞いてあからさまに安堵の表情を浮かべる騎士団員一同。まあ初陣の総大将が見知らぬ地にて直接指揮とか悪夢でしかないもんな。

 その様子を伺いつつ私は言葉を続ける。


「だからこそ、ここの騎士団員の皆様の指揮系統を明確化したいのだけれども。

 具体的には1人を私の下に付けて全軍の管理をさせて残りの5人はその1人に従って前線で兵を統率してもらいたいのです」


「まあ、尤もですな。直ちに決めましょう」


「それともう1つ。軍の指揮は任せますが、誰を主敵とするか、そして開戦の判断だけは私に任せていただきたいのです。……この辺りはスペインの外交にも影響しますからね」


「それはお言葉ですが……戦場でそのような悠長なことが言っていられるかは保証できかねますが……」


 私の言葉に怪訝な表情を浮かべ進言してくれた騎士団員へ向き直り、一言。


「それは私も戦のことは分からないなりに重々承知していますけれども……かといって外交判断に直結する部分でもあります。

 ……何か不都合があればたとえ勝利しても、スペインに帰国した後に戦端を開いた者が責務を負うことになるでしょうが、それを肩代わりすると言っているのですよ」


 そう言ってしまえば、無言となる6人。

 それが戦場にて枷となることは分かるが、かといってこのような他人の戦で責任を負わされるのも嫌だというのがありありと態度に出ていた。


「まあ、難しい状況になれば逃げれば良いだけでしょう。

 ……で、具体的にどこまで分かっています? 私の下には此処の城主が亡くなったという報しか届いておりませんが」


 ここは話を変えて有耶無耶にしてしまおう。そして、こちらは彼等騎士団員も奔走して集めていた情報であったので、各々口を開いてくれた。


「この城の城門は開かれており、今朝から敗残兵がちらほらと戻ってきております。この部屋の窓から見える眼下の中庭にも集まっていますね。

 我等は敵味方の区別が付きませぬ故、接触は避けておりますが、城内の守備兵を使って敵方の斥候が紛れていないか調査中との話が――」


「城攻めをしていたところ、敵の援兵に囲まれて止む無く野戦となり、善戦していたものの、敵方の城より打って出てきた城兵との挟撃に遭って敗死したということですが。野戦で負けるだけの兵力で城を落とそうとするのはどうにも妙ですね。

 援兵がどれだけ来るというのは、普通分かりそうなものですが――」


「この城の守備兵は先日までで大方300は超えないというのが我々の総意です。敗残兵を収容しておりますので、それよりかは膨らんでいるでしょうが、それでも今から仇討ちに兵を出すとなると500程度かと。まあ待てばもう少し増えましょうが、その分敵方も態勢を整えましょうな」


「死亡した当主には従兄弟が居ると、昨日城の者が話しておりました。おそらく事態収拾はその者を――」


「待て、我々はその従兄弟とやらに会っていない。下手に従兄弟が動けばスペインに歯向かう可能性があるのではなかろうか」


「敵方もこの城の守備兵も大部分は農民徴募兵ですので、正直此の地に限れば我々は精鋭部隊ということになります。無論、本国では二線級、三線級の急ごしらえの部隊なのですがね……」


 ……うーん、見事にバラバラだ。敵の規模感が分からないけれど此方の守備兵を目安で考えれば、敵の城兵も数百程度であっただろう。まあ、そうなれば1000程度の兵で亡くなった当主は攻めていたはずで、それを挟撃して倒したとなれば同程度か多少上回るくらいの援兵が居たと考えるべき……ん?


「このオフラハティ家って、アラス司教様が滞留しているオマリー家よりも大きいはず。

 ……そのような家と比肩する程の軍を動かせる領主が居るのかしら」


「……確かに1000とは言えども、この辺りでは大兵力のはず。もしや、イングランドが動きましたかな」


「いや、それにしては早すぎないか? 我等の動きが仮に露見していたとしてもここまで兵を差し向けるのは無理なはずだ。何よりイングランドが兵を動かせば此方も見落とすことは無かろうて」


 騎士団員たちが話している間に私も考え直す。

 数百とか千人規模の戦だ。戦国時代的に言うなれば、桶狭間の戦いや川中島の戦いみたいな華々しい大名同士の戦ではなく、国人衆の小競り合い規模なのである。もっと近視眼的に動いていてもおかしくない。


「……もしかして。私達が来たのをオフハラティ家の援軍の先駆隊か何かだと間違えて、周辺領主がまずいと思って団結してとりあえず当主を殺せば何とかなると思って急襲した……とか?」


 私が、そのように発言すれば、騎士団員の議論が止まり、全員が私の方を向く。

 そしてその1人がため息交じりで声をあげる。


「……あり得そうですな。本当に援軍であれば当主を殺したら激昂して滅ぼされかねないでしょうに。

 でも、当主が変わりさえすれば外交方針も変わるかも、と……」


「いや、そこまで考えてないでしょうよ。マルガレータ様の発言の通りの領主であれば、敵が合流したらまずいってレベルで当主殺してますよ、きっと」


「……となると、この城の従兄弟の程度も分かりかねます。それら敵方領主らと似たり寄ったりであれば、引き払う方が身のためかもしれないですね」



 どうも、応対してくれたグレイスさんの様子から騎士団員の方々もこの領内や周辺地域を過大評価していたっぽい。

 あっ、そうだ。グレイスさん。自分のことで精一杯で考えに至らなかったが、夫を失った彼女はきっと失意の中にいるであろう。

 まあ、逃げるにしても何とかフォローしてから行きたいが、それだけの余裕があるのかどうか……。って、そっか。今、アラス司教が居る場所がグレイスさんの実家じゃん。一緒に逃げれば良いのか。


 そんなことを考えていたら、どこからか喧騒が聞こえてくる。……窓の外か。

 騎士団員に囲まれる形で窓へと近付くと、そこに居たのは――グレイスさんであった。




 *


「……我が夫、ドナルは死んだ! しかしオフラハティ家の者共は誰も動こうとせぬ。最早、私も忍耐が切れたわ。

 ――私、自ら兵を指揮して仇討ちを敢行する! オフハラティの家名に僅かでも誇りあるものは付いて参れ!」


「お待ち下され、奥方様。只今旦那様の親族が事態の収拾に奔走しております! 奥方様が動くまでも御座いませぬ」


「……ほう。ではどれだけの刻を費やせば良いのだ? 今、この瞬間にも敵は戦力を再編しているのだぞ。戦果に酔いしれる今こそが最大の隙なのに、のろまなオフハラティの従兄弟殿をいつまで待てば良いのかな?」



 ……全然、雰囲気が違うなグレイスさん。

 苦言を呈する老臣を口先だけで切り捨て、仇討に燃える城主の信奉者の支持を取り付けて、それが少しでも立場のある者であれば兵の再編へと向かわせ、立場無き者であれば友や仲間に声を掛けよと伝える。その流れは瞬く間にこの中庭、そして城内へと伝播して、城主が死した後なのにも関わらず急速に士気が回復していく。


「これは、驚きましたな……」


 その騎士団員の呟きには同意であったが、同時に一つのことを思い出した。グレイスさんはアラス司教が海賊と称したオマリー家当主の娘であったということに。

 そこには、アイルランドの海賊女王の姿があったのである。



 そして、中庭で兵たちを取り纏めているグレイスさんは、私達が小部屋の窓からその姿を見ていることに気付いたや否や、臣下の礼を取りつつ大声で我々はおろか広間に残したスペインの兵らにすら聞こえる声量でこう告げた。


「――マルガレータ様、お恥ずかしいところをお見せいたしてしまい、誠に申し訳ございませぬ。

 貴殿らの安全は、このグレイスが、オフハラティ家とオマリー家双方の家名に誓ってお守りするのでご安心頂きたい!」


「……何をするつもりですか?」


「敵は所詮烏合の衆の集まり! なれば、我が夫を討ち取ったジョイス――敵一族を討ち果たす好機は、相手が浮足立つ今しか有らず。

 敵城を強襲し、彼の一族を撃滅せしめてまいります!」



 それだけ言うと深々と下げた頭を上げて、再び配下に指示を出す作業へと戻る。

 一部始終を見ていた騎士団員の1人が私に尋ねる。


「……さて。我々はいかがいたしますかな、マルガレータ様」


「……ねえ。1つだけいいかしら? 開戦判断は私にあるわよね?」


「いかにも、そうですが」


 そして他の騎士団員を見渡す。――全員が頷いた。


「そう――ありがとう」


 私は彼等にそう告げると、小部屋の窓から身を乗り出すようにして、グレイスさんへと呼びかける。


「グレイスさん! ……ここで会ったのも何かの縁でしょう。

 何より、高々島国の国人風情に舐められたままというのは、スペインとしても許容できません。宿を借りた恩も返せぬようではヨーロッパ中から笑われてしまいますからね。我等の兵は百幾許ですが、助太刀をさせていただきましょう!」


「……マルガレータ様。この恩は……いえ。

 おい、者共! 我等オフハラティは、こうしてスペインの助力を賜ることができた! ――最高の弔い合戦の舞台が整った。我が夫の墓前に敵の仇花を捧げようぞ」


 城内には鬨の声が幾度も響き渡るのであった。




 *


「……敵軍。10倍くらい居るように見えますけれど、全然攻めてきませんね」


 城攻めしているオフハラティ家の軍勢を背にして、僅か100の軍で陣を張りつつ待機する私達スペイン勢であるが、城外の敵軍は明らかに私達よりも多いはずなのに全く攻めてこようとしない。


「このブルゴーニュ十字旗を攻め立てる意味を連中もよく分かっているということでしょう。見栄や酔狂で我等を攻めたものなら彼等はイングランドに服従するしかありませぬからな。

 ほら、何なら東に構える軍勢を見てくださいマルガレータ様。彼等戦場から離脱していきますよ」


 あっ、本当だ。周辺領主の連合軍という見立てはどうやら正解だったらしい。数は多いのだから攻めるものかなと思ったが、それを行わないことを疑問に思って私に付けられた護衛騎士に聞いてみる。


「そりゃあそうでしょう。誰もヨーロッパに名だたるスペインの軍勢など攻めたくないのです。彼等から見れば我等が一線級の部隊ではないことも分かりませんしね。

 被害を被ったとしても勝てるかどうか分からないのであれば、早々リスクは背負いませんよ。……まあ、仮に阿呆が攻めたとて。何とかはなりましょうが」



 結局、そのまま私は時折戦場から離脱していきどんどん数が目減りしていく敵軍を眺める作業を夕方になるまで数時間やっていたら、いつの間にか燃え出した敵城から血の匂いをしたたらせたグレイスさんの率いる軍勢が帰ってきた。

 どうやら、仇を討ち取ったらしい。


 全然現実感が無いけれども……これでもしかして私の初陣は成功に終わったってことなのかな。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 一気に最新話まで 読ませていただきました。 [一言] グレイスさんはグラニュエールさんのことだったかあ。 エリザベスさんと仲直りの握手をして相手が後ろ向いた途端に殴りかか…
[一言] 更新お疲れ様です。 離合集散の複雑怪奇な欧州政治事情>前回 訪問家がまさかの大ピンチ!? 『スペイン』の金看板を盾に敵勢力を恫喝し離散せしめ^^ (まあ挟撃の切っ掛けはこっちの様ですが(…
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