3話 旅立ちの日
さかのぼる事半日前、
イストニア王国、王宮内では、大騒ぎが起こっていた。
事は、魔王軍急襲の報から始まる。
イストニア王国北西の国境、そこにある軍事要塞ナバウロからの急報だった。
ナバウロ要塞は、要塞から東西に、長い城壁が延びており、
それが、
そのまま国境になっており、
外側は、荒地が広がり、その先、
遥か彼方に、魔族の国、バゼルが、ある。
バゼル国軍の、通称が魔王軍で、
それは、
バゼル国王が魔王の為、そう呼ぶのは間違いではない。
ただ、
イストニア王国の軍事要塞ナバウロは、
対魔王軍のための、強力な軍事要塞として造られ、
その為、王国の官僚たちは、安全は約束されたものと信じていた。
だがしかし、
魔王軍急襲の報を最後に、連絡は途絶えた。
これは、魔王軍魔道士部隊の通信妨害によるものだったが、
パニックを起こした官僚たちの判断も報告すら遅らせるものとなった。
遅れた報告を受けた国王は、
ただちに第3騎士団を派遣したが、到着した時、
ナバウロ要塞は、陥落した。
第3騎士団長ガッツ・グラジオスは、言った。
「あと一時あれば、間に合ったものを、、」
王宮内は、
王族、貴族、官僚、騎士団長、有力騎士達、
果ては、大商人まで上がり込み、情報を求めて
ごった返していた。
そこへ、
第3騎士団からの報告が来た。
「第3騎士団より急報」
連絡係が走り、玉座の前に膝まづいた。
国王は少し身を乗り出し命じた。
「申せ。」
「はっ! 第3騎士団より報告! ナバウロ要塞、
たった今陥落!
そこより出て来た魔王軍の先兵!
巨大トロール!すべて重武装!
大群!数不明!」
王宮内は、一気に騒ぎ出す。
「たった今だと?官僚たちが、情報を止めなければ、間に合ったのでは?」
と、ある者は、言い。
また、ある者達は、
「まてまて、重武装の巨大トロールなど、聞いた事もないぞ!」
「となるとだ、かなり前から準備されてた侵攻作戦だ。」
「いったい何処まで、侵攻するつもりだ?」
商人達は、
「まずいな、使えそうな街道を調べなければ。」
「それも、早急にだ。」
「今すぐ、避難の準備をしておかないとまずい事に、、、」
騎士達は、
「もう少し情報が、すぐに戦の準備をするしかないな。」
「おう!」
そこに突然、
王宮の騒ぎを凍らす声が響く。
「誰か?!」
近衛の国王護衛の魔道士の声だった。
そして、
玉座の前、先程の連絡係の横、
それは現れた。
異空間を超えて現れる者に、
護衛魔道士隊は、一斉に攻撃した。
「ハゾラン!」
放たれた光弾は、
ハゾラン、
イストニア王国秘伝の術であり、
その魔法光弾は、貫通性が高いのが特徴と言える。
たいていのカウンターマジックは、貫通してしまう。
ところが、
この相手は、その光弾を正確に、
術者に手前1メートルの床に、返してきたのである。
現れたのは、
2メートルを越える老人。
「慌てるでない、若きウィザード達よ。」
「我が名はダマリア、
バスター族最後の生き残り、魔導の者である。」
巨大な老人は、
肌は、灰色、頭髪は無く、耳は尖っており、
眉は、ぶ厚く目を隠すほど、口髭はたっぷりあり、
顎髭は地面に着きそうなくらい長い。
魔道士のローブをはおり、
その手には、
さながら、死神の鎌のような、
ドラゴンの牙に棒を刺したような杖をついていた。
バスター族の存在感に、圧倒されながら、
息を飲む周囲の者達をよそに、
老人は語り出した。
「先王との約定により、また、第一近衛騎士団、団長、
ギルメーヤ殿の要請により、参りました。」
国王は立ち上がり、両手を広げて歓迎の言葉を述べた。
「おぉ、よくぞ参ってくだださった。心より感謝する。」
「緊急ゆえ、直接の登城お許しください。」
「さて、つい今しがた、第3騎士団が壊滅し、
重武装の巨大トロール兵20万が、王都に向かって侵攻中。」
「そんな、バカな?、、、信じられん、、、」
王宮内は騒然となるが、
再び2人目の連絡係、つまりは伝令がやって来た。
「急報‼︎」
青ざめた顔の国王が叫ぶ。
「申してみよ!」
「はっ!」
「連絡魔術師より急報、第3騎士団防衛線突破され、
敵大群が王都方面に侵攻中!
まるで、洪水のように敵兵が流れ込んでいる、との事!
なお、第3騎士団被害甚大!
団長グラジオス殿!生死不明!
以上!、、その後、通信が途切れました、、、。」
王宮内は、呆然としている中、
老魔道士は、話を切り出した。
「さて、陛下。
お聞きのとうり、まもなく、この王都に、
敵の大群が現れます。
ですので、
急ぎ、王都にいる者 すべてを、
王都の北門より、北の森に逃がすのです。」
騎士達は不服そうな顔をしていた。
「そして、兵達は、森の中に戦線を築き、
森の中に入って来た敵兵だけを叩くのです。
決して、森の外には出ないように。」
「むぅ、、なるほど、数の不利を地形で補う訳じゃな。」
「大臣!早速とりかかるのじゃ!」
王の指示に、頷き
「聞いてのとうり、早急にかかるのだ!」
周りを動かし始めた。
老魔道士は、更に言葉を続けた。
「もう一つ大切な事があります。
それは、
陛下だけは、ここ玉座にお残り下さい。」
「な、なに?」
王の顔は、こわばった。
「わしに、死ねと申すか?」
王族達は、冷ややかに見守る。
この国の王族達も、一枚岩ではない。
「御安心を、陛下。
この御守りを肌身離さずお持ち下さい。
そうすれば、
敵は、陛下に指一本触れる事も出来ません。」
そう言い、護符を渡した。
それは、
中心に、大きな魔石が嵌め込まれ、
それを囲むように、十二の宝石が付けられていた。
全体的には、牛の頭のような形をしていた。
「これが?」
そう言うと、
国王は、自らの手で首にかけた。
「その守りは、一年保ちます。
しかしながら陛下、
御身は半年で自由になるでしょう。」
「そ、そうか、」
1人取り残されるのだから、
まぁ、無理からぬこと。
顔色の悪い国王に一礼し、
ダマリアは、王宮を去ろうとしていた。
その時、目に止まった1人の姫に、
こう語りかけた。
「姫、あなたは、まもなく囚われの身となるでしょう。」
すると、後ろに控えていた女騎士が、
ダマリアに飛び掛かろうとした。
「無礼者‼︎」
その姫は、
無言で手を広げ、家臣の女騎士を止めた。
女騎士は、身の鎧の色のように、顔を真っ赤にしていたが、
主人にしたがい、止まった。
「臣下が失礼いたしました。
御助言、胸に刻んで置きます。」
老魔道士は、頷き
「うむ、
さて姫、そうなった時、
1人の少年と、1人の少女が、
あなたの前に現れます。
その2人を頼りなさい。
必ず、助けてになるでしょう。」
少し、不思議そうな顔をしたが、
「ありがとうございます。
ダマリア様。
この事も、心に留めておきます。」
その言葉を聞いたあと、
そのまま王宮を後にした。
周りの者には、
まるで、
老魔道士が、空気に溶け込むように消えて見えなくなった。
その後、
王宮の中の者達は、誰も居なくなった。
ただ1人、国王を除いては、、、。
闇深き森、人に恐れを与える。
それもやがて、紫の光に包まれ、赤く光りを帯びていく。
森は、人に幻想を見せ、目覚めていく。
その時、森は、森気を吹き出し清涼な気に満ちていく。
秘境タバの森は、
その森気の量も質も別格である。
濃密な聖なる森気に溢れていた。
その気を浴びながら時を待つ少年がいる。
黒い頭髪は、雑に切られ強い横風に吹かれそのまま固まったような癖毛。
顔立ちは、わりと平凡で、腰に試験で使った剣をさげ、
布に巻いた手掛かりの刀を背負い、
丈の短いマントを着ている。
そう、
森の少年ドリファンである。
隣には、2匹、、失礼、 2人のフェアリーがいた。
チェニーとファニーである。
ダマリアに、旅立ちは明日と言われたので、
律儀に待っている?
のか、
あるいは、彼なりにダマリアの性格を読んでいるのか?
無駄な事など言わない、じじいが、
明日がよかろう?
よかろうって、なんだよ?
つまり、
夜に出れば、
とんでも無く、危ない目に遭うって事か?
罠だな、じじいの、
朝じゃなきゃダメって、あえて言わず、
夜に出かけさせようという罠だな。
うん、
間違いない。
どうやら、
ドリファンは、そう結論づけた様である。
朝日を待つドリファンとは対照的に、
2人の顔は、寂しそうである。
無理からぬことであろう、
赤ん坊の頃から、世話をしていた子が、
あっと言う間に、少年になって、
旅立とうとしているのだから。
「うぅぅ、寂しいよぉ〜」
と、ふわふわファニー。
「しっかりしなさい!ファニー!」
と、しっかりチェニー。
「わたしだって、わたしだって、」
そう言いながら、涙目を隠す。
そのうち、
「ぅわぁ〜ん!やっぱり寂しいよ〜」
と、泣き出す2人。
それを見て.苦笑しながらドリファンは言う。
「大丈夫だよ、ちょと冒険に行ってくるだけだから。」
「帰ってくる?」
ファニーの問いかけに答えて、
「もちろんだよ、だって、僕の家ここじゃないかぁ」
「うん」
ファニーは、納得したが、
チェニーは、
戻るのは、かなり先の話しである事を理解している。
「ドリファン。あまり無謀な事は、しちゃダメよ。」
「わかってるって。」
「病気とか怪我とか、ダメよ。」
「気をつけるよ。」
「絶対、絶対、絶対、私達の事忘れちゃダメだからね絶対。」
「大丈夫だよ。2人は僕の家族だから。」
「ぅわぁ〜ん!ドリファン〜!」
我慢していたチェニーも、泣き出した。
そして、日が登った。
彼は、旅立つ事にした。
途中、森の出口まで、泣きながら付いてくる2人に、
苦笑しながら、
と、同時に2人の想いが伝わり、嬉しくもあった。
タバの森を出ると、
そこは、シャウリンの森である。
ドリファンは、初めてタバの森を出たが、
いきなり空気の質が変わり、
また、
臭いも変わったので、驚いた。
「外の森は、草臭くて、気もよどんているんだな。」
よその森の感想を思わず口にする彼を、
遠くの木の上のほうで様子を伺う者達がいた。
周りの木の葉と同じ色のマントに身を包み、
フードを深く被って、顔を隠しており、
特別な望遠鏡で、様子を伺っている。
「まさか、、」
「今すぐに報告を頼む。」
「お前は?」
「仕掛けてみる。」
「死ぬなよ。」
「おう。」
小声で話し、1人は消えていった。
「さて、俺の術が通じるか?、、、。」
1キロ先の木の上の出来事などつい知らず、
シャウリンの森から、シャウリンの街道に出る小道を、
呑気に歩いて行った。
当然の結果、
不意打ちをくらう事となる。
刺客は、50メートル程まで近づき、
懐から、1枚のカードを取り出した。
そのカードには、
複数の魔法陣と、魔法文字が書き込まれており、
複雑な術が織り込まれいる。
それを、標的に向かって投げた。
すると、
それは、魔法陣と魔法文字を広げていき、
やがて、
巨大な、白いモンスターとなり、
真っ直ぐ目標に向かって突き進んだ。
あぶない!
ドリファンの頭の中に、女の人の声がした。
自身の不安もあって、
咄嗟に、後方5メートル程飛び逃げた。
すると、目の前を、
大きな口を開けた、巨大な白い何かが通り過ぎて行った。
「ぅわ!」
彼の見たものは、
体長15メートルを超える、
真っ白い、モンスターのような.生き物。
形は、
オオサンショウウオのような形で、
背中に、頭部から尻尾のあたりまで、
ワニの背中のような鱗がある。
「何なんだ?」
状況を把握しようとするドリファンだったが、
どうやら、
状況は、待ってくれないようだ。
白いモンスターは振り向き、大口を開けて襲いかかってくる。
彼は稲妻のように動きで、それを避けている。
大口モンスターは、口に入る物をそのまま飲み込んでいく。
その結果、
半径50メートルほどの、広場が出来た。
彼は、大口モンスターが、大木を丸呑みするのを見て、
しばらくすれば、腹も膨れてどこかに行く、
と、考えていたが、そうはならず、広場を造ってしまったのだ。
こうなると、
闘うしか無いようで、彼は剣を抜いた。
白いモンスターの動きは速いものの、
ドリファンには、余裕でさばけるものだった。
彼の剣は、右前脚を斬りつけたが、
グニャっと、盛り返してきて、斬れなかった。
「斬れてない。」
彼は、次に、
頭部から生えてる、鱗を斬りつけた。
キィーンー
「硬っ!」
そして、
彼は、光始めた。
育ての親ダマリアからの、唯一の技であり術を使い始めたのだ。
彼の剣技は、
ダマリアの弟子の中に、かつて種族が人間の者が1人おり、
その時使っていた技を、ウッドゴーレムにコピーして、
訓練で、その技を、彼なりに盗んで体得したものであるにすぎない。
大口モンスターは危機を察知し、
猛然とドリファンに襲いかかった。
彼は神速の動きでかわし、
白いモンスターの額のあたり、鱗の生え際に、
剣を突き立てた。
「えっ?」
刺さったものの、今後は抜けなくなっり、
ドリファンは、激痛に苛まれ激しく暴れるモンスターに、
振り回される事となった。
背中の荷物の革紐は切れ宙を飛び、
未練がましく握っていた剣は折れ、
その勢いで、彼は地面に叩き着けられた。
「ぐっはっ!」
白い大口モンスターは、もがき苦しんでいる。
ギャャャャオォォォォォ!
やがて、痛みの恨みを彼に向け睨みつけ、
ドリファンに進んで行く。
さぁ立ちなさい風剣士の子よ!
「なんだ?」
幻聴じゃない、はっきりとした美しい女性の声が頭の中に響く。
目の前の剣を取るのです!
「えっ、剣なんかない、、」
すると、
目の前に、
先程飛ばされた荷物の中の、手がかりの剣が空から降ってきて、
そのまま地面に、鞘の先から刺さり立っていた。
「でも、これって、」
しかし、
モンスターは迫っており、思案の時は無い。
「やるしかない!」
せめて鞘で引っ叩こうと握った剣は、
予想に反してスルリと抜けた。
モンスターは大口を開け襲いくる。
彼は剣を上段に構えて集中、
ドリファンは光り、剣はそれ以上に輝いた。
白いモンスターの大口が、
彼を喰らおうとする刹那、
上段から剣を振り下ろした。
光の一閃は、白い大口モンスターの、
頭から尻尾の先まで、
さらに勢い余って、大地まで斬り分けた。
白いモンスターは光のカケラとなり消え、
大地は底が見えない程のキズが30メートルまで続いた。
それを見た刺客は、音も立てず退いていった。
2つに切られたカードが、
ヒラヒラと大地の裂けめに落ちていくのに、
まったく気づかないドリファンは幸運だった。
彼は、気力も集中力も尽き、立っているのも限界なのだ。
「外の世界って、こんなにしんどいのかよ、、、」
重い体をなんとか歩いて森を抜け、道に出た。
そこに人影が、
黒い短め頭髪に頭の上に草の葉程度跳ね上がる癖毛、
シャウリン武闘服を着ている小柄な少女拳士、
そう、
ミンである。
「遅い〜ぞ!」
「ミン?」
「まったくドリファンは〜、僧侶の居ない冒険は命とりだぞ!」
ドリファンは、ふらふらしている。
「ちなみに私、モンク。」
武闘僧侶のことである。
「だいたい世間知らずのドリファンが、1人で冒険なんてあり得ない。」
「だから〜私も、ついていってあげる‼︎」
バタン!
ドリファンは、その場で倒れた。
「もう!失礼ね〜」
ミンの顔を見て、安心した彼は、力尽き昏倒したのだ。
「ちょっと?大丈夫?あれ?ドリファン?ドリファン?」
彼にとって、とんでもない旅立ちの日となったのである。
3話 完