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2話 少女の事情

夕暮れ時の森の中、


木々の上の方を音も立てず駆け抜ける者がいる。


髪の色は黒く短髪で前髪が草の葉程度跳ね上がる癖毛。


瞳の色も黒い大きなどんぐり目、


彼女はシャウリン門の武闘服を着ている。



そう小柄な少女は、


ミンである。



彼女は、家路を急いでいた。



森を抜け、シャウリン山の山道に出、


さらに、駆け抜け寺院の参道に出た。


その広い参道を上ると、そのままの幅の石の階段がある。


およそ5千段、その上に正門前広場に着く。



ミンは、息も切らさず広場まで駆け上がって来た。



夕陽のあたる正門前広場は、神秘的である。



巨大で堂々とした構えの正門、左右に広がる高い壁、


そこには、宗教的な彫刻が施され、


朝日のあたる壁面に龍がおり、夕日のあたる壁面に鳳凰がいる。


今は夕日の赤と鳳凰の赤が重なり合って、


まるで今にも動き出しそうに見えた。



そんな思いを抱きながら歩を進めていたミンに、突如。



「お覚悟を!」


スキンヘッドの武闘服を着た男が、


そう叫びながら襲い掛かって来た。



「まだまだだね〜」



ミンはそれを難なく回避する。



すると、


背後から、もう1人のスキンヘッドの男が、襲い掛かって来た。



「やるね〜」



それも、軽く避ける彼女には、余裕の笑みが浮かぶ。



「うぉりゃー」 


「とりゃー」



さらに、左右からスキンヘッドの男達が襲い掛かる。



「なかなか」



とっさにかわすミン。


四方を囲まれ、


さらに、


その間から3人1組の男達が四方から突進して来た。


まさに八方塞がり。



「そう来たか〜」



脅威の跳躍力で、彼女は上空へ逃げた。



「覚悟〜‼︎」



最初の4人は、一斉に投網を放った。



ミンの余裕は消え、目つきが変わる。


「烈風脚!」


空中で繰り出す彼女の回し蹴りは、空を蹴り突風を生み出し、


投網をすべて跳ね返した。



彼女が着地した瞬間を狙って、16人は動いていた。


「十六羅漢龍縛陣‼︎」


その集団は、拳陣を繰り出す。


拳陣とは、集団戦法であり、さまざまな陣形あり、


その形により効果は異なるが、個々で戦うより効果が絶大な、


つまりは、フォーメーションである。



使われた拳陣は、


ドラゴンを捕らえる、つまりは、捕縛用の拳陣であった。



「こなクソ!」


どっから出た、こなクソ、と、ともに、


完全に拳陣が完成する前に、ミンは奥の手を出す。


「風神拳!」



瞬時に、拳陣を見切り、要の者に目標を定め、それを放った。


掌撃は、空を弾き、空気の弾丸となり、


右から3番目のスキンヘッドの大男の腹部に大きな窪みを付け吹き飛ばした。


しかし、


残りの者は、迫って来た。


ミンは、強く大地を踏み締め、鬼気迫る気合いともに、


「雷神拳‼︎」


を、放った。


15人は、突然発生した電撃により、吹き飛ばされた。


16人は、起き上がれない。


「くぅぅ、無念、、、。」


最初に、襲って来た男が、そうつぶやく。


「ふっふん。まだまだだね、リシュウ!」


その男は、16人の中のリーダーであった。



「しかしながらお嬢様!


こう毎度毎度無断で、我らの結界を破り、勝手に外出なされては、


我ら十六羅漢の面目が立ちません。」



彼ら十六羅漢は、


シャウリン領の本拠地、シャウリン山の護衛部隊のトップである。



たしかに、この状況では、面目まる潰れである。



「どうかお嬢様、もうこの様な外出は控えて下さい。」



「今度は、私達がゼン様に、お叱りを受けてしまいます。」



ゼンとは、ミンの父親で、シャウリン領の領主で、


さらに、シャウリン山の党首で、


かつシャウリン武闘軍団の団長である。



「どうか、お嬢様、どうかお嬢様、」



16人は、ついに正座して拝み始めた。


これには、ミンも少しは、悪い事をしてるなぁと思い、


何かお詫びにできる事はないかなぁと考えを巡らせて、


出た答えが、



「わかったから、私の対極二神拳を教えてあげるから、


今日のところは、ゆるして、ねっ!」



ミンの言葉に、耳を疑った16人。


「誠でございますか?」


16人は、小躍りして喜んだ


ミンの対極二神拳は、シャウリン門、この流派の、


究極秘奥義の一つである。



「本当でございますね?お嬢様!」



「本当だってば。」



その瞬間、天を貫く雷声が轟く。



「バカもーんー!」



全員、硬直した。



「た、大師様!」



ミンは、3歩下がった。


数十世代前のシャウリン領党首で、


現在党首のゼンの、唯一頭の上がらない人物である。



「軽々しく対極二神拳を教えるでない!」



ミンは、しゅんとなり、一同も頭を下げた。



「何もケチくさい事を、言いているのではない。」



「他の秘奥義とは違い、あれは、練習するだけで、


その身に害をなす物なのじゃ。」



「良くて廃人、悪くて死人じゃ!」



「えっ?じゃぁ私は?」


「お前は、特別なのじゃ。」



老婆は、話を続ける。


「考えてもみぃ、開祖リン・シャウリンより千年、


誰1人として、修得できる者が、居なかった事を。」



「ひょっとして、私って天才?」



「バカもん!調子に乗るでない!


拳の才なら、そこのリシュウの方が、お前の10倍は有るわい!」




「そもそも、


拳の才がリシュウの100万倍有る千年に1人の大天才である、


お前の母でも、修得はできん!当然、それより強い、


お前の父でもじゃ。」




「じゃぁ、どうして私が?」



「体質の問題なのじゃ。


常人の経絡系の強度では、ダメなのじゃ。常人の経絡の太さは、


10倍、強度で100倍が最低でも必要じゃ。


いわば一種の奇形じゃ。」



ぶかぶかのシャウリン武闘服を着る小柄な老婆、


大師は、杖を突き、一同を見渡す。



「よいか!新たな掟を定める!


対極二神拳は、教える事も習う事も!これを禁じる!」



「ただし!


継承出来る者が現れた場合、その者にのみ掟を適用しない!」



「リシュウよ!この事をすべての者にふれ告げよ!」


「ハッ!」


リシュウをはじめ十六羅漢達は、別々の方向に散って行った。


巨大な正門の奥には、大小様々な寺院があり、


その数は108もある。



「ミンよ!お供せい。」


「はい。」


説教を覚悟していたミンだったが、その様な事もなく、


その道のりは、大師の住まう奥の院に向かっていた。



奥の院は、


小さいものだが、108の寺院のうち、もっとも高い場所にあり、


それより上、山頂までは、


秘伝や奥義、特別な修練など行う所、聖域とされており、


奥の院は、それを守る番人のいる場所でもある。


当然、大師も聖域の守護者である。



大師の名はリン・シャウリン、かの英雄の1人と同姓同名である。


本人は、あのリン・シャウリンだと自称しているが、


ミンは信じていない。 彼女は千年以上、前の人だからだ。


ただ、ミンは、大師の子孫である事は、間違いないのだが。



古い話しを聞かされるミンだが、お説教よりマシと耳を澄ましていると、


不意に、大師が、


「おぬし、出て行く気じゃな。」


ミンは、心臓が止まりかけた。


「大師、、どうして、、、わかるんですか?」


「ふっふっ、さてどうしてかのぉ。」


大師は笑いながら答えた。



「、、はい、、、。」



大師は、微笑み


「わかった。


じゃが、気をつけるのじゃぞ、


くれぐれも風邪などひかんようにな。」



「はい!」


ミンは驚いたが、大師の優しい言葉は嬉しかった。


「ここまででよいぞ。」


「はい」


そう言い、大師は、奥の院に続く道を登って行った。


彼女はその後、道を少し戻り、鳳凰院に向かった。


そこが、ミンの住むところだからだ。


巨大な鳳凰院の正殿の裏の離れにある屋敷がそこである。


その立派な屋敷の裏手の勝手口から、


こっそり帰宅する彼女の前に、母がいた。



「おそ〜いぞ。我が不良娘よ。」



「お母様、」



彼女の母、フォン・ロン・シャウリンは、


娘のミンにとっても、憧れる、


自称、この世に落とせぬ男はいない、と言う、


才色兼備の絶世の美女。



おまけに、ミンも知らない事だが、


イストニア王国聖騎士団領で、


世界中から猛者を集めて毎年行われている、


世界闘技大会、


その女子部門のレジェンド。


そして、


怒ることなく、巧みな話術で、ミンの今日一日の行いを、


すべて聴き出してしまう。


そう、


諜報のプロである。


この事もミンの知らない事だが、


シャウリン領の諜報機関、黒傘衆の長官である。



「で、あなたは、ドリファンと一緒に旅に出たい訳ね。」


「はい。」


ミンは、言ったものの、反対されると思い、身をすくめていたが、



「いいわよ、私は。」


「ほ、本当に?」


「ええ。」



彼女は、嬉しさを体で表現している。


それを見て、楽しげに笑う母。



「わたしは良いけど、問題は、お父さんよねぇ。」



「だからね、ミン、、あちゃ〜。」



猛スピードで、ミンは、ゼンの部屋へ突入してしまった。



天を仰ぐフォンをよそに。



そして、


屋敷中に響き渡る怒号の声。




「バカモンー!!」




ゼンは、激しく机を叩く、踊る湯呑み飛び散るお茶、



「みんな良いって言ってくれたもん!」



「何が言ってくれたもん、じゃない‼︎」


「第一、跡取りのお前が、出て行くなど、あってはならん‼︎」



「お父さんのバカー‼︎ わからずやー!」



「親にバカとはなんだー!」



湯呑みは、さらに踊る。



「困ったものねぇ、性格が似すぎると言うのも。


仲が良い時は、ヤキモチ妬きたくなるほど仲が良いのに、


ぶつかるとこうだものねぇ。」



フォンは、廊下から様子を伺い苦笑していた。



「もういい!出て行くー!」


「ならん!」


神速の逃走をミンは実行した、


が、


ゼンはこれを、いとも簡単に捕えてしまった。



腰の小物入れから捕縛紐を取り出して、


ミンを縛り上げ、遮音術式の札を娘の口に貼り、


そのまま座敷牢に放り込んだ。



自分の部屋に戻り、執務机の椅子に座ると、


お茶を飲もうと思ったが、



踊り疲れた湯呑みの中は、空だった。



「おーい! テンテン!」


姿を現した金髪美少女、


テンテンとは、この屋敷のメイド見習いであるのだが、


本当の名は秘密にしているが、テレサ・テンダーと言う、


元亡国の姫である。



「はい旦那さま。」


「すまんが、茶を頼む。」


「かしこまりました。」


そのやりとりの僅かな間で、


湯呑みを取り机の上をサッと拭き上げている手際の良さ。



彼女が、お茶を入れ給仕室から出たところ、フォンがいた。


「奥さま。」




テンテンにとっても憧れの彼女は、


目にも止まらぬ速さで、湯呑みの蓋を開け紙包みの粉を茶に入れ、


元に戻した。


「奥さま、何を?」


「ほぅらぁ、顔を赤くしたり青くしたり、あんなに興奮したら、体に悪いわ。」


「だから、精神を落ち着かせる、お薬、お薬よ。」


「まぁ、奥さま、なんてお優しい。」


うぶな彼女は、それを信じた。



「この事は、ナイショよ!」


女主人の言葉に、軽く頷き執務室へ向かう彼女。



そのお茶を出す彼女に、当然悪意もなく


「旦那さま、お茶をお持ちしました。」


「ありがとうテンテン。」


いつもどおり、茶を飲む


「?うまい‼︎」


「美味しいお茶だ、今日のは上手に入れたなテンテン」


「ありがとうございます。」


「下がって良いぞ。」


「はい旦那さま」


一礼して部屋を出て行く見習いメイドの足は軽やかだった。


廊下に出ると女主人がおり、


「テンテン、ご苦労様、もう良いわよ休んで。」


「後は、私がやるから。」



「はい、奥さま。」



金髪メイド見習いは、部屋に戻った。



廊下から様子を伺う、美しき悪戯女主人。



シャウリン領の現当主も、


美しき悪戯女主人の罠に落ちた。



さりげなく、主人に毛布をかける彼女の口元は薄く笑っており、


それは、嘲笑ではなく、


純粋に、夫婦生活を楽しんでいる笑みだった。






高い所に1つだけ、格子の着いた小さな窓、


そこから溢れる月あかりが、座敷牢の唯一の明かりである。


そこにうごめく、なにやら、


そう、


捕縛紐でぐるぐる巻きにされたイモムシのような、


いや、


まさにイモムシ。



それが、


うにうにと、うごめいていた。


ミンである。


口に貼られた札のせいで、


まったく声どころか何の音も出せない彼女は、


心の中で、こう叫んでいた。



もう〜


なんで解けないんだ?


縄抜け術、いろいろ試しても通用しないよう〜


なんなんだ〜


これ!



ミンは、脱出を試みていたようだ。


だが、


彼女を縛るものは、


猛虎鎮縛紐、シャウリン秘伝の捕縛術で、


知らないミンには、


解きようもなかった。



そこへ、


音もなく近づく気配、


フォンである。


母親は、苦しそうに笑いを抑えていた。


口に手を当て、腹を押さえ身を捩り。



もの凄い勢いで近づくイモムシを見れば、仕方のない事だが。



目をうるうるさせる娘に向かって、


口元に人差し指を立てて、静かにするよう促がし、



手首の根元にある、結び目のこぶを摘み、ひねると


紐は、全て解けた。



ミンは、口の札を剥ぎ、



「ありがとうお母様!」


「静かに!お父さんは、眠らしているけと、気を付けないといけないわ。」


「眠らす?」



そんな事していいのか、少女の胸は、多少の良心のざわざわがあったが、


すぐに、母に促されるままに、座敷牢から出た。



静かに屋敷を出ると、フォンは、ポーチを渡す。


「はいこれ、旅に必要な物は、だいたい入っているわ。」


「ありがとうお母様。」


「足りない物は、他の町に行って買いなさい、


お金は入れてあるから」



「うん」


ミン頷き屋敷を後にした。


急いで山を下り、正門まで来ると、


十六羅漢たちは眠っており、


代わりに、大師リン・シャウリンが立っていた。



「ほれ 持ってけ!お前の使える秘薬の類いじゃ!」



「ありがとう大師さま!」



走りながら、投げられた皮袋をキャッチし、


そのまま走り去るミン、


もう空は、明るくなっていた。



「ようやく、次が動き出したのかのぉ。」


ミンを見送る老婆は、小さく呟いた。



やがて、


日は高く登り、鳳凰院の裏の屋敷では、



シャウリン山の主人が目を覚ました。


「ん?いつの間に寝てしまったのだ?」



「はっ!」


突然走り出す主人は、一直線に座敷牢に走り出す。


そして、


当然、空の牢を見る事となる。



「いない、、、」


「どこに行ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」



その怒号は、山全体に広がる。


そこへ、ひょっこりフォンが現れた。


「あら、あなた、もう目覚めたの?」



「フォン?まさか、お前、、、」


よく考えてみたら、


ミンにあの捕縛術を解くことは出来ないはずである。


と、すると、


第三者の助けがあったのは、明白。


また、


あの特殊な捕縛術を解ける者となると、限られてくる。



「まさか、お前か?フォン?ミンは、何処だ?」



「もう、とっくの昔に旅に出たわよ。」



「ぬぁぁぁぁぁぁんだと?」


あんぐり開いた口を手で戻し、なんとか言葉にした。



「ほらぁ、だってぇ〜」



「だってなんだ。」



「可愛い子には、旅をさせろって言うでしょ♡」



「ぬあんだと〜!お前というやつはぁ!」


思わず手が出た。


当たれば、DV成立。


だが、


当たらない。



「いゃぁん♥️ゆるしてぇ〜」


からかい口調で、ゼンを挑発。


頭に血が上ったゼンの攻撃は、単調になり、


そこを余裕でかわす。


まるで、円を描くように、


また、S字を描くように、



「いやぁん❤︎ゆるしてぇ〜❤︎」


「ダメだ!いいかげん捕まれ!」



狭い部屋の中で縦横無尽に逃げ回るフォンは、捕まることは無い。


騒ぎに気づいたテンテンが駆けつけ叫ぶ。



「旦那さまおやめください!」



だが、

夫婦の追いかけっこは、更にエスカレートして、


ついには、残像を残すほどとなり、


その数も、100体を超え、


テンテンも目を回し、


その追いかけっこは、


まもなく訪れる大師が、



ゼンの頭に鉄拳で、



五重のタンコブを作るまで続く事となる。




             2話 完

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