47.お仕置き
「……ふぅ。意外と出来るもんだな」
気がつけば問題集をかなり解き進め、テスト範囲よりも先の課題に切り替わる手前まで終わってしまっていた。
ノートにはびっしりと問題が書き込まれており、まとめて答え合わせをして見るとなんと正答率は9割強であった。間違えてしまった問題もちょっとした計算ミスによるもので、どう間違えたのかを理解できたので次は大丈夫だと思う。
「随分と熱心にやってたね。調子はどう?」
「結構スラスラと解けるもんだからつい次から次へ進めちゃった」
いつの間にか瑠璃は区切りを付けていたようで、ニコニコとしながら俺の様子を伺っていたようだ。
「切りのいいところで今日はそろそろ終わりにする?それともあったかい飲み物でも飲んで一旦休憩しようか?」
「そうだなぁ、あんまりいっぺんに詰め込める程出来の良い頭じゃないしな。覚えたところを復習するよ」
「そっか!じゃあ飲み物入れてくるね。私は紅茶にするけど、晴樹君はコーヒーで良い?」
「うん、お願い出来る?砂糖とかはなしで大丈夫だから」
⌛︎⌛︎⌛︎
瑠璃は『すぐに淹れてくるから待っててね!』と小走りで部屋を出て行ったので、長いこと机に向かって集中して凝り固まってしまった身体を伸びをして解す。
ガツッ!
「痛って!」 ゴツン! 「あだぁっ!」
伸びをした拍子に腕が当たり、箪笥の上から何かを落としてしまったようだ。ぶつけた腕と何かがヒットした頭がヒリヒリする。
「いたたた……ん?これは……写真立て?」
どうやら落ちて来たのは写真立てのようだ。入って来た時には見えなかったから後ろ向きか何かにして隠していたんだろうか?
なんだか気になってしまい、いけないとは思いつつも誰の写真が入っているのか確認すると————
「俺?」
そう、試合中の俺の写真が入っていたのだ。投球モーションが終わった後の姿で、よく漫画のワンシーンなんかで描かれるような感じの写真だ。
画質はそれほど良くも無かったので、携帯の内蔵カメラか何かで撮ったのだろうか?グラウンドの様子を見るに去年の秋大会の時の写真だが、あの時に瑠璃は観に来ていなかったと思うが………
「お待た————って、晴樹君!?何でそれ……!後ろ向きにして見えないようにしてたのに!」
「あ、いや。ごめん!これ、落っことしちゃって……悪いとは思ったんだけど気になって」
「ごめんね……気持ち悪かったよね?勝手に写真なんて飾って……」
恥ずかしがると言うよりは、マズいものが見つかってバツが悪いと言うような顔をする瑠璃。
「いや、別に何ともないと言うかむしろ嬉しいよ?ちょっと恥ずかしいけど」
「ほ、本当に?実はこれ沙織ちゃんが送ってくれた写真なの。ほら、当時は頻繁には会えなかったし……せめて写真くらい欲しいなって話したらこれを」
「言ってくれたら何時だって撮らせてあげるのに。あ、でも俺だけ撮られるのは不公平だよね?」
俺だって会えない時でも写真を見て癒されたりしたい。出来れば待ち受け画面にさせて貰いたいくらいだ。恥ずかしいからダメって言われそうだが。
⌛︎⌛︎⌛︎
「ちょっ晴樹く……!ちちちちち近いよ!こんなの恥ずかし過ぎるってぇ!」
「ほらほらもっと近づかないと見切れちゃう!初めてのツーショットなんだから笑顔で!」
俺の写真を撮るならこちらにも撮る権利がある!と頑なに主張した俺は、自分のスマホで所謂ツーショット自撮りと言う奴に挑戦中だ。
ほっぺとほっぺがくっつきそうなくらいに近づいてスマホのインカメラを起動させる。
ピロリン♪
お互いテレテレになりながらも、写真を撮ることに成功する。早速確認して見ると………。
「ぎこちないね」
「晴樹君こそ引きつってるよ」
なんとも微妙な笑みを浮かべたツーショット写真になってしまった………。が、初めて自分のスマホで一緒に撮った写真だ、大切にしよう。
「あっ!ちょっと!そんな恥ずかしい顔の写真待ち受けにしないでよぉ!」
「ダメ〜♪携帯開くたびに瑠璃の可愛い顔が見れるなんて最高じゃないか!」
こんなぎこちなさだって付き合い始めの醍醐味だろう?
「こらっ!消しなさいっ!」
「瑠璃、危ないって!」
携帯を取り上げようとする瑠璃と奪われまいと避け続ける俺。そんな事を続けていたせいで、バランスを崩して瑠璃に押し倒されるような形になってしまった。
「「あ…………」」
その拍子に2人の顔がぶつかりそうな程接近する。なんとなく瑠璃の唇を注視してしまい、瑠璃もその視線に気付いた。そして直前までスマホの奪い合いをしていたことも忘れ、どちらともなく唇を寄せて行き……口付けを——————
「瑠璃姉ーーーっ!聞いてよぉ!急に今日は遊べな……い…って…」
「「!?」」 「!?」
急に扉が開いたかと思えば、梨乃ちゃんが叫びながら飛び込んできた。え、友達と遊んでて遅くなるはずじゃあ………!?
ふと、自分達の状況を冷静に考えて見る。俺に跨るようにして顔を寄せる瑠璃。その瑠璃の頬に手を添える俺。
——うん。言い逃れのしようが無いね。
フリーズしていた梨乃ちゃんも、とんでもないタイミングで飛び込んできた事を理解したのか真っ青な顔で冷や汗をダラダラと流している。
「ご」
「「ご?」」
「ごめんなさぁぁぁぁい!!!」
「梨乃ーーーーーーーっ!!!部屋に入る時はノックしなさいって言ってるでしょぉぉぉ!」
〜数分後〜
「ごめんね高橋くん……。瑠璃姉とのイチャラブちゅっちゅを邪魔しちゃって……」
「違う!いや違くないけど俺は勉強をしに来たの!」
頭にタンコブを作った梨乃ちゃんが正座して謝ってくる。イマイチ反省しているようには見えないのは気にしないでおこう。後ろに般若が見えてるし。
「梨乃??もしかしてお仕置きが足りなかったかしら?」
「すみませんでしたっ!これからは部屋の扉をノックしてから入室します!!」
「まぁ気にしないで良いよ、タイミングはちょっとマズかったけどね。それより、友達と遊んでくるんじゃ無かったのか?いや、邪魔だと思ってる訳ではなくて」
「それがね、かくかくしかじかで————」
⌛︎⌛︎⌛︎
「それでねっ!?酷いんだよ。せっかく楽しみにしてたのに急に彼氏が出来たから今日は遊べないって!彼氏が大事なのは分かるけどさぁ、約束は約束だと思わない!?」
要約すると遊ぶ約束をしていた女の子に彼氏が出来てしまい、その彼からのデートのお誘いを断れなかったので梨乃ちゃん達との約束がドタキャンされてしまったらしい。
それで憤慨した勢いのままに姉の部屋に飛び込んでみれば、今度はその瑠璃が彼氏を連れ込んでイチャイチャしていたのを見て感情が爆発していると。
「瑠璃姉だって高橋くんと2人っきりで家に呼ぶなんて、一体何をするつもりだったの!まさか……」
「ちがっ違うわよ!?決してそんな邪な理由で家に呼んだ訳では……そりゃガバッと来てくれたら嬉しいけど」
瑠璃!?それは言ってはいけない所では!?ほら、梨乃ちゃんがプルプルし始めたよ!
「うがーーーーっ!!どいつもこいつも色恋沙汰にうつつをぬかしおって!学生の本分は勉強なんだから!しっかり勉強しておかないと将来困るのは自分なんだからね!?」
「いや、梨乃もそこそこ成績悪いよね?むしろ困る側でしょ?」
あっ、瑠璃が梨乃ちゃんにトドメを刺した。何だか虚な眼で『私は……バカ……彼氏もいない……モテない。一体私はなんなんだろう?』とブツブツ呟いている。
なんかやばいスイッチが入ってしまったのかもしれない。それに怒涛の勢いに飲まれて口を挟めなかったけれど、今日の目的は本当にただのテスト勉強(のつもり)なんだが…………。




