38.天城隼人
人によっては若干不快な部分があるかもしれません。注意してください。
「あーぁ、つまんねぇ……。」
そんな呟きがつい漏れてしまう。
あの高橋晴樹とか言う奴に完敗してしまった俺。本当なら、俺に負けて彼女は奪われて、再戦なんて有るはずもなくあいつは落ちぶれていく。はず、だった。
なのに何だアレは?リベンジ?悔しさをバネに急成長したとでも?あー寒い寒い。
元々野球なんて才能がちょっとあったからやってるだけで好きなわけじゃないし……きっちり3年間続けれてば就職でもウケがいいから続けてるに過ぎない。プロなんて本当に活躍して稼げるのはほんの一部だ、そんなバカな夢持つ奴の気がしれないね。
「隼人、お疲れ様……残念だったね…この後、どうする?」
「あぁ……ごめん、今日は出かけるような気分じゃないや」
「そうだよね、今日はゆっくり休んでね」
わざわざ学校側を離れてこっち側のスタンドまで応援に来てた紺野が話しかけてくる。
昔から、女にはやたらとモテた。だけど、顔だけ見て寄ってくるような奴に興味は無かった。それがいつの間にか、自分に靡かない女、他に思い人がいるやつを強引に落とすのが趣味になっていた。
たかだか数回キスしてやったくらいで彼女面して来るこいつもウザい…………元々あいつに嫌がらせする為だけに手を出した訳なんだが。
あの日に、店の外であいつがいたのに俺は気付いてたし、ワザとあいつが隠れた路地でキスしてやった時のあの顔は傑作だったね。この女は気付いてなかったらしいけどな。
その後『野球に集中したい』つって別れを告げられたらしいけど、大方二股かけられてたのに耐えられずにフラれたんだろう。ま、俺が奪ったんだけど!
そこまでいくと思ってなかったのか焦ったのか、急に俺に同調してあいつの悪口を言い出したのは滑稽で仕方なかった。多分あいつの知り合いっぽいのに聞かれてるけど、取り返しつかなくなっても自業自得だよな?
その割に身体だけは頑なに許そうとしないし、正直面倒になってきた。ちょいわがまま入ってる感じもするし、相当元カレ君には大事にされてたと見える。自分から捨てちゃったけどね………。
浮気に気付いて貰えば嫉妬心とかでもっと求めてもらえるとでも思ってたのかね?そんだけ大事にしてくれる人にそんな事したら完全逆効果なのに気付かないんだから相当のバカだな、この女。
身体だけならもっと良い女は幾らでもいるし、そろそろ良いかな………。適当な理由付けて別れよっと。
決勝戦の翌日、真中の奴に声をかけられる。
「お前、あの試合の最後の態度はなんなんだ?チームの代表として出場してる自覚があんのか?」
「はぁ?あの状況からどうやって勝つんだよ。9回まで無失点の奴から最終回に10点取れるとでも?」
「だからって適当に試合捨てるのは違うだろうが。……まぁ良い、そんな事はもう言ってられなくなるだろうからな」
意味わかんねーよ。お前だって抑えられてた癖によ。
『天城君。天城隼人君。至急、校長室まで来てください。繰り返します。天城君……』
はっ?なんで急に呼び出しがある?何だか知らねーが従っといた方が良さそうだな。はぁ面倒だ……。
コンコン!
『どうぞ』
「失礼しまーす…」
「天城隼人君だね。ここに呼ばれた事の心当たり、あるかな?」
「いえ、特には……」
ないではないが、証拠は無いはず。余計な事は言わない方が良い。
「そうか……。実はとある学校の女生徒とその親御さんからだが……君に性行為を強要され、その写真を元に脅迫を受けている、と言う通報があった」
「な……」
「どうやら事実のようだね。まぁ、ご丁寧に脅迫紛いの言動が収められた動画ファイルも転送されてきているので認めようが認めまいが関係ないがね。何か、申し開きは?」
「いえ……」
チッ……!誰がこんな余計な事しやがった!?
紺野以外の誰かなのは分かるが、こんな小賢しいことが出来るような奴は居なかったはずだ!……誰か、余計な入れ知恵をした奴がいる。
「相手方も、世間体等々含めて公にはしたくないそうだ。だから諸々の示談等をそちらにしてもらう必要があるのでね、親御さんにはしっかり話す事だね。それを踏まえて君の処分を伝える」
ちっ……まぁ良い、お互いの中だけで話が済むなら問題はないはずだ。
「まず野球部からは除籍。また、3週間の停学処分とする。野球部も3ヶ月間の部活動の禁止処分になるから、部員には謝罪でもした方が良い。処分は以上だ、追って正式な通達も出す。退室して良いよ」
「クソがっ!!余計な事しやがったのはどいつだ!?見つけたらタダじゃおかねえ」
「荒れてんなぁ、俺の言ってた意味が分かったかよ?天城」
「真中ぁぁ!テメェが仕組みやがったのか!?」
「心外だな。ただ俺は最低の屑野郎の被害を受けてる子に、解決方法を教えたまでだ。普段と違って制服の胸ポケットにボールペン入れたままの子が居たろ?」
…………!そう言えば一人、制服のまま呼んだ女が居た。確かに見慣れないペンを持ってたが、アレがカメラだったのか!?迂闊だった……!
「なんでこんな事しやがる!?お前だって被害受けるだろうが!」
「ただ女の子を弄ぶような奴が許せねえだけだ。それに、俺の親友を貶めた件もあるしな。そんな事より、自分の心配したらどうだ?女子の噂ってのは怖えぞ?それとなく加害者が判るように広めるからな、下手したらもう学校にはいられねえな」
その発言通り、早くも罵倒するような噂が流れ始めた。
『優しそうな顔して、最低な男だよな』
『強姦魔の癖に、よく偉そうな顔出来たよなぁ』
『相手の子、可哀想。彼氏がいるのに無理やりされた子もいるんだって』
まぁ、良い。どうせ停学が明ける頃には噂も収まってるだろう。
「ただい……がっ!?」
家に入るなり、いきなり親父にブン殴られる俺。
「何すんだよクソ親父!!」
「お前は!自分が何をしたのかわかってるのか!?」
は?まさかもう伝わってやがんのかよ?
「別に、仕方ねえだろ?金さえ払えばどうとでもなるだろうが!」
「ふざけるなっ!そんな話が広まれば、ここで店を続ける事なんて出来るはずがない!俺と母さんの夢だった店を………お前はっ!」
夢、ねえ……こんな常連以外ほとんど客も来ねえような喫茶店がかよ?
「お前が女に人気があるのは知っていたが……女の子を弄ぶような真似と、犯罪行為だけはするなと再三注意してきただろうが!それを守らなかった結果がこれだ!………この店も畳むことになる。事が終わればもうお前など知らん。退学して働くも大学まで通うも好きにしろ。俺達は一切援助も手伝いもしない」
「はぁ!?何だよそれ!無責任過ぎるだろ!」
高校中退で今のご時世で普通に職になんかつける訳ねえだろうが!?
「最低限一人で住めるマンションなりは用意してやる。もう二度と家の敷居は跨がせん。少しは自分を見つめ直して反省しろ」
なんでだよ………野球部で適当に実績残して、そこそこの大学か企業に進んで……普通のサラリーマンとして普通の幸せを掴むはずだったのに……!!
………その後、彼は停学中に出会った際に直接嫌味をぶつけて来た同級生を殴り、度重なる問題行動で退学になる。示談金の支払いを終えたのちに両親からは縁を切られ、それからはボロアパートに一人で暮らし、コンビニで客にペコペコしながら安月給のバイトを続け人生を寂しく過ごしていく事になる。
元カノの顛末については数話先で書く予定です。




