2.宝湯物語
お風呂屋さんでであった、不思議なお話です
7月にはいった夜でした。
タオの家のお風呂がこわれてしまいました。だから、しばらくは、お風呂屋さんにいくことになりました。ちかくにある『宝湯』です。
そのことを学校でショウくんに話すと、いっしょに行こうということになりました。だから、三時にまちあわせをして、いっしょにいくことにしました。
『宝湯』は、ちょっとレトロなお風呂屋さんです。お屋敷みたいな屋根のある玄関から入ると、昔ながらの木のカギのついている下駄箱があります。木のカギのついているところは、どこも空いているから、好きなところにサンダルをいれるしくみです。タオは『い』、ショウくんは『と』と書かれた下駄箱にいれました。
男湯、女湯と書かれたのれんのうち、男湯の方をくぐり、引き戸を開けて中へ。番台でおじさんにお金を払い、脱衣所に向かいます。タオは、昨日おとうさんと来たから、お風呂屋さんのシステムはわかります。はじめてきたシヨウくんに教えてあげながら、服を脱いでかごにいれていきます。そして、脱衣所のロッカーにしまいました。カギはスチール製で、白いゴムがついています。ゴムを腕にはめて、お風呂に入っている間に落とさないようになっているのです。
洗面用具を洗面器に入れ、タオルを肩にひっかけてお風呂場へ入ります。前に来た時に、おとうさんが、
「いなせな男は、タオルは肩にかけとくもんだ。間違っても、前を隠したりするな」
と、言っていたからです。ショウくんにもそのことを話し、二人は肩にかけてお風呂場にはいりました。
お風呂場は、壁側に体を洗うスペース。ドアの横は、水風呂。奥には、大きなお風呂があります。そして、大きなお風呂の奥の壁には、『宝船に乗った七福神の絵』が、タイルで書かれています。なかなか、いい風情です。
まず、かかり湯をして、大きなお風呂にざっぶーんと入ります。まだ、早い時間のせいか、お客さんもいません。タイルには、『およがないでください』と、書かれています。でも、誰もいないから泳げそうです。広いお風呂は、タオとショウくんの二人だけです。立派な、『宝船の七福神の絵』を見ながら、のんびりとはいることができました。名前はよく知らないけれど、縁起のいい神様たちです。ちょうど7人、帆に宝と書いた船に乗っています。おめでたい感じがして、かっこいい絵です。
二人のからだもあたたまってきたので、いったん出て、体をあらうことにしました。せっかくだから、背中を洗いっこしもしました。シャンプーの泡で、髪をいろんな形にして、お互い見せ合ったりもしました。
体をあらったら、また、大きなお風呂へ。
ざっぶーんとお風呂に入ります。他にだれもいないから、少しくらいはめをはずしてもいいかな…。
また、あたたまるまでゆっくり入ります。そして、今度は、水風呂へ。冷たいけれど、気持ちがいいです。どちらが、長くがまんできるか、ショウくんと競争しながら入ります。
そうして、また、大きなお風呂へ。
「え、あれ?誰かいるよ」
いつの間にか、大きなお風呂には、髪はないが、長いあごひげが真っ白なおじいさんが入っていました。目をつぶり、気持ちよさそうな顔をしています。どこかで見たことのあるおじいさんです。でも、二人ともどこのおじいさんだか思い出せません。
二人は、さっきよりそ~っと、しぶきがかからないようにゆっくりと、大きなお風呂にはいりました。すると、そのおじいさんが話しかけてきました。
「さっきは、派手にやっていたのう。男の子は、元気なのがいちばんじゃ」
「ごめんなさい、ぼくたち少しさわぎすぎてしまって」
タオが、答えました。
「いやいや、いいんじゃよ。子どもの元気な声は、わしらにとってもうれしいからのう」
「おじいさんは、近くの人ですか?」
今度は、ショウくんが話しかけます。
「ああ、すぐ近くじゃ。今日は、わしが入る番なんじゃよ。ほんとうに、いい湯じゃわい」
そう言うと、また、目を閉じてしまいました。
タオとショウくんは、さっきよりひそひそ声で、話し合いました。
「おじいさんが入ってきたの、気がつかなかったね」
「うん」
何気なく、『宝船の七福神の絵』を見ると、6人しか乗っていませんでした。
「ねえ、1人たりないよ」
ショウくんが言います。
「そうだね、さっきまで、7人いたよね」
タオも答えます。
すると、おじいさんが目をあけて、タオとショウくんにウインクしながら言いました。
「もう、あたたまったから、帰るとしようかのう」
その声が終わると、おじいさんの姿が消えてしまいました。二人は、目をこすりながら、お風呂場を探しました。そして、壁の絵を指さしながら、ショウくんが言いました。
「見て、また宝船の神様が、7人になっているよ」
『宝船の七福神の絵』を、もう一度見てみると、少し赤ら顔のおじいさんが増えています。白いあごひげの、さっきのおじいさんです。
「あのおじいさん、宝船の神様だったんだね」
二人は、顔を見合わせながら笑いました。
さて、お風呂屋さんで、誰にであったのでしょうか?