壁08
「さて、買取額だが、金貨1000枚だ。」
イケボのおっさんが、スポーツバッグみたいな大きな袋をカウンターに乗せた。
ドチャッと重そうな音がした。中を見ると、金色のコインが大量に入っていた。
「これって、大金なのかのぅ?」
壁子さんが首をかしげる。
そう。問題は、これの価値だ。解体せず、丸ごと1頭を持ち込むというのが珍しい事から考えて、そう安くはないはずだ。それに、巨大牛はBランク上位の2人が狙うような獲物だし、冒険者ギルドによるランク制度から考えても、決して安くないはずだ。しかし、金貨の価値が分からない。
「すごいじゃん! 金貨1000枚なんて、私らでも1回じゃ無理だよ。」
妹のナクルさんが、遠慮なくバシバシ背中を叩いてきた。
かなり痛い。この巨大牛を投げ飛ばす怪力の持ち主だからなぁ。跡が残らないといいが。
しかし、そうか。金貨1000枚はやっぱり大金なのか。
「壁子様たちは、この国の通貨をご存じですか?」
姉のアクアさんが、ちょっと不安そうに尋ねてきた。
2人には、俺たちが異世界から来たという事は説明してある。ちなみに壁の能力がこの世界の魔法とは違うものらしいという事が、情報をすりあわせて分かった。この世界の魔法では肉の壁は作れないそうだ。
「いえ、全く。」
「知らんのじゃ。」
「教えて貰えますか?」
「はい。」
アクアさんによると、この国の通貨は4種類。金貨・銀貨・銅貨・銭貨という。銭貨は鉄製だそうだ。なぜ鉄貨ではなく銭貨というのか、それはアクアさんも知らないらしい。まあ名前の由来なんてどうでもいい。問題は価値だ。
金貨1枚は銀貨10枚に等しく、銀貨1枚は銅貨10枚に等しく、銅貨1枚は銭貨10枚に等しい。ちなみに串焼き1本が銅貨2枚程度、野菜が銭貨5枚から銅貨1枚程度。ここから考えると、銭貨1枚は10円程度の価値だろう。つまり金貨が1万円札、銀貨が千円札、銅貨が百円玉、銭貨が十円玉というわけだ。
ただし物価の違いもある。日本で刀を買おうと思うと、安いものでも10万円以上する。だがこの世界では剣1本が金貨5枚(5万円)から買えるという。
結局のところ金貨1000枚というのは、なんと1000万円! ……おう……た、大金だ……。
「「大金ですね(じゃのぅ)。」」
壁子さんと声がかぶった。
面白かったのか、美人姉妹がクスッと笑う。
「でも、持ち運ぶのに不便ですね。」
「銀行に預ければいいじゃん。」
なんと! 銀行があるのか。
「冒険者ギルドも銀行業務をしています。窓口は裏手の事務関係のほうですが。」
「Aランクになると現金輸送の仕事があるんだよね。」
なるほど。絶対に奪われてはいけない荷物だから、一番強くて信用できる冒険者にしか任せられないというわけか。同時に、襲われやすいという事も意味するだろうな。
「色々と物入りでしょうから、そのお金はマカベさんがお持ち下さい。
ただ、これを討伐した場面に私たちも居たという事を証言して貰えますか?」
「そうそう。討伐依頼だから、そっちの報酬は出るんだよね。」
なるほど。他人が討伐して、あとで合流したというのでは討伐依頼の達成にならないが、一緒に戦って討伐したというのなら、仮にまったく役に立たなかったとしても依頼は達成になるのだろう。たとえばスライムの討伐依頼があったら、ナクルさんは全く役に立たないわけだ。
「ありがとうございます。
確かにこっちのお金はまったく持っていないので、助かります。」
日本のお金なら少し持っているが、金貨1000枚は財布に入りきらないな。これが嬉しい悲鳴ってやつか。ふふふふふ……。
「もちろん証言するのじゃ。
むしろ真壁が横取りしたみたいで済まなかったのじゃ。」
「いや、壁子さんもノリノリだったじゃん。」
「助太刀するのじゃ!」とかいって。何もしなかったけども。
「いえいえ、助かりましたから。」
「さすがにアークブルに蹴られたら、かなり痛いからね。」
コンクリートを砕く威力だったのに、痛いだけで済むのか……。
「頑丈なんじゃな。」
壁子さんも呆れ気味に感心している。
「ナクルは【武神の寵愛】というスキルを持っていますから。」
「武術全般ドンと来いだよ。」
「力が強すぎて武器が壊れてしまうので、結局素手なんですけどね。」
「それな。」
姉のアクアさんが苦笑し、妹のナクルさんが肩を落とす。
そこで俺はちょっと閃いた。
「武器なんら何でもいいんですか?」
「そうだよ。」
「なら、これはどうでしょう?」
俺は、円筒形の壁を作った。直径6cm、高さ30cm、厚さ1cm。ここから少しずつ直径と厚みを減らしていき、30cm先で直径3cm、厚さ0.75cmにする。そこからは直径3cm、厚さ0.75cmのまま、さらに高さ30cmを加えて、合計90cmにする。
太い方の端に、高さ1cm、直径6cmの円柱形の壁(というより円盤)を生成して固定する。
細い方の端には、高さ2cm、直径5cmの円柱形の壁を生成して固定する。
素材は炭素繊維を編んだ布だ。炭素繊維といえば車の改造パーツなどで知られるカーボン樹脂だが、簡単にいうとカーボン樹脂というのは炭素繊維を樹脂で固めたものだ。炭素繊維はただの頑丈な糸なので簡単に曲がる。それを樹脂で固めて曲がらないようにするわけだが、俺は今回、炭素繊維をそのまま使った。つまり単なる細長い袋だ。
このままでは簡単に曲がるので、袋の中に鉄の粉末でできた壁を生成。袋がパンパンになるまで詰め込む。重さは7kgを超える。普通のバットは1kgぐらいだから、だいぶ重たい。だが推定2トン以上の巨大牛を投げ飛ばすパワーがあるナクルさんなら、7kg程度は軽々と振り回してくれるだろう。
ところで、いったい何ができたでしょう?
「これは?」
「サップバットとでも名付けましょうか。構造は『サップ』という武器と同じですが、形状は『バット』という武器と同じです。」
バットは武器か? ……攻撃側が使う道具だから武器であってると思うが。
本当は手袋を作ってあげたかった。二重構造の手袋で、間に砂が入っているやつだ。拳を握ると手の甲側は引っ張られるので、中の砂がぎゅっと固まってメリケンサックと同じ効果を発揮する。あれなら素手と同じ感覚で使える。
だが、手袋なんて複雑な形状は、今の俺には作れない。バットの形状を作れたんだから、何とかすれば手袋みたいな複雑な形状も作れると思うんだが……さて、どうしたものかな。
「つまりマカベさんのオリジナル武器ってことね?」
「そうですね。
素材に、俺が知る限りで最も強靱なものを使っています。たぶんナクルさんが全力で振り回しても、折れたり曲がったりしないと思います。もし曲がっても、逆方向に曲げれば元に戻せます。」
「どれどれ……。」
ナクルさんはその場でブンブン振り回し始めた。
だんだん振り回す速度が上がっていき、風切り音も大きくなる。しまいにはブンブンではなくパンパンという破裂音になった。音速を超えたようだ。だが、さすがは炭素繊維。音速程度ではちぎれなかった。
動きを止めたナクルさんは、サップバットを確認して、異常がないことを確かめた。
「凄いよ、これ! ものすごく頑丈だね!」
ナクルさんが花が咲いたような笑顔を向けてくる。
美人だが、それって武器を手に入れて喜んでるんだよな……。




