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壁07

 街に入ってみると、遠くから見た通り、ヨーロッパ風の町並みだった。建物の壁は石をレンガのように積み上げて作られていて、ドアは木でできている。屋根の裏側――(のき)(ひさし)を見上げると、木材の骨組みが見える。一部の家屋では、木材の柱がデザインのように外から見えている。

 道路は表通りだけが石畳になっていて、細い道を見ると土がむき出しになっていた。中途半端だな。面積ではけっこう大きい街だと思ったが、あまり都会という規模じゃないのかもしれない。周囲に農地が広がっているぐらいだから、推して知るべしか?


「ここが冒険者ギルドよ。」


 大きな倉庫みたいな建物だった。まるで壁を1面だけ作り忘れたような外観だ。大勢の冒険者が出入りしているが、荷車を引いている人は居ない。みんな大きな鞄を背負っている。


「新規登録や依頼の受注・完了の窓口は、ここの裏手にある入り口から入ったところにあります。」

「なるほど。」


 事務手続きと、魔物の死体の買い取り手続き、その場所を分けることで無駄な混雑を回避しているわけか。別の道から行かないと入れないから、2階に事務窓口を作るよりも混雑緩和の効果は大きいだろう。その分、ちょっと不便を感じることもあるだろうが。


「ちなみに、薬草採取だと、どっちに提出するんですか?」

「こっちだよ。向こう側は事務手続きだけだから、何も買い取ってくれないよ。」

「そうなんですね。」

「採取の依頼をうけたときは、こちらに素材を提出してから、裏手に回って完了報告をすることになります。」


 やっぱりちょっと不便を感じるわけだな。

 列に並んでいると、周囲に注目されているのが分かった。美人姉妹のせいかと思ったが、どうやらむしろ巨大牛の死体に注目が集まっているようだ。


「おお! こいつは大物だな。アークブルの丸ごと1頭なんて、いつぶりだ?」


 買い取り窓口のおっさんが、なぜか嬉しそうに巨大牛の死体を見上げる。やたらイケボだ。渋くていい声をしている。


「なにか嬉しそうじゃの?」

「丸ごと1頭は珍しいんですか?」


 俺と壁子さんは、説明を求めて美人姉妹を振り向いた。


「下手に解体すると価値が下がるからね。丸ごと持ってきてプロに任せるほうがいいんだよ。」

「丸ごと持ってこられるような怪力はナクルぐらいですよ。

 普通は、倒したその場で解体して、高く売れる部分だけを持ってくるんです。」


 なるほど。それでみんな、荷車ではなく鞄をもっているわけか。

 それにしても、色々な素材が集まっているものだ。ほとんどが動物の毛皮や象牙みたいなものだが、たぶん全て魔物の素材なのだろう。一部に植物もみられる。何かの葉っぱ、見た事もない果実、なぜか奥のほうに角材が並んでいる。ホームセンターか、ここは。


「待たせたな。」


 キョロキョロしていると、やたらイケボのおっさんが声をかけてきた。いつの間にか俺たちの順番が来ていたようだ。


「おお……!」


 思わず声が漏れた。

 渋いイケボでそのセリフを言うのか。似てるわけじゃないが、感慨深いものがあるな。プレーしたのは、ナンバリングタイトルの5作目だけだったけど、面白いんだよな、あれ。発売から数年すぎたけど、1週間以上あけた事がない。飽きずに繰り返し遊べるゲームは本当に少ないんだよな。


「ん? なんだ?」

「いい声ですね。」

「そうか? ありがとう。

 さて、こいつの買い取りだ。腕が鳴るぞぉ!

 ……っと、その前に、悪いが、そっちの空いてるスペースまで運んでくれないか?」


 誘導に従って空いたスペースまで運び、荷車を消して地面におろす。

 イケボのおっさんは巨大牛の周りをまわりながら、じっくりと観察して、1周して戻ってきた。


「素晴らしい! 頭部がない以外は、目立った傷もない。骨も肉もまるごとだし、こいつは高く売れるぞ! 坊主、お前が討伐したのか? 見ない顔だな。」

「ええ、まあ……。これから登録するところです。」

「そうか。こりゃ期待の新人だな。

 俺はジョンだ。これからよろしくな。」


 うは! まさかの同名! テンション上がる!


「あ、真壁建人です。」

「マカベ・ケント? 苗字もちか。貴族なのか?」

「え?」


 苗字があると貴族? そういえば日本でも、苗字帯刀は武士の特権とかいう時代があったはずだ。日本史の授業で習ったような気がする。

 俺は美人姉妹を振り向いた。姉アクア・シュート。妹ナクル・シュート。2人も苗字を持っている。


「……まあ、一応、ね。」

「没落貴族の娘なんです。」


 美人姉妹はそろってうつむき、寂しそうに言った。

 没落を寂しいと感じるのなら、2人が子供の頃はまだ貴族だったんだろう。父が子供の頃はまだ貴族だったらしい、という程度では寂しいとは感じないはずだ。


「そうなのか。真壁は全然――むぐっ!?」


 俺は壁子さんの口をふさいだ。

 全然、貴族とかそういうのじゃない。ただの平民だ。

 しかし、文化の違いがトラブルの元になることもあるだろう。たとえば、この話がどこかへ漏れて、貴族をかたる不届きな平民を処罰しろ、なんて事になったら困る。嘘にならない程度にごまかしておこう。


「全然、爵位とかは、ありませんけどね。

 壁子さん、余計なことを言わないように。」


 困ったような表情を浮かべて、肩をすくめてみせる。

 美人姉妹から「あなたも……」という視線を向けられた。まだ表情は暗いが、笑みを浮かべる程度の元気は出たらしい。


「ああ、それから、真壁が苗字で建人が名前です。」

「ほう? じゃあ、他の国から来たのか。苗字が先に来るなんて、このあたりじゃ聞かないな。だいぶ遠いところから来たんだな。」

「ええ、そりゃもう遠いところから。」

「二度と戻れぬじゃろうな。」


 そうなんだよな……。あのゲームがもう遊べないと思うと、寂しいものだ。

 でも、逆に言えば、未練なんてそのぐらいだ。どうしても地球に戻りたいってわけじゃない。安全に暮らしていけるなら、この世界でも文句はないのだ。

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