壁04
「壁ッ!」
鉄筋コンクリート製の壁を生成。弾丸のように地面から飛び出した壁が、美女と巨大牛の間に割って入る。
巨大牛が暴れて振り回した蹄は、鉄筋コンクリートの壁に命中。コンクリートにヒビが入った。
「……なんてパワーだ。」
コンクリートを砕く牛なんて見た事ない。
翻って、あのローブの美女が放った氷の魔法が、コンクリート並の強度だと分かる。
「えっ……!?」
「何……!?」
美女2人が俺たちに気づく。
「助太刀するのじゃ!」
壁子さんが間髪入れずに宣言した。
それ、俺のセリフ……。
「モォォォ!」
巨大牛が起き上がった。そして突進してくる。
狙いは俺か!
「壁生成!」
俺と巨大牛との間に、防弾ガラスの壁を作る。こいつは貫通耐性が高い。防弾ガラスは、ガラスにポリカーボネート、ポリビニルブチラール、ポリウレタンなどを重ねて作られる。ポリカーボネートは、CDやDVD、温室のシートなどに使われている。ポリビニルブチラールは、自動車のガラスに使われている。割れても破片が飛び散らないようにする粘着性の高い素材だ。ポリウレタンは、台所で食器を洗うのに使うスポンジだ。防弾ガラスそのものは日本人の日常には珍しいものだが、その素材は身近に溢れている。
そしてさらに、アクリルガラスを追加して補強する。これは高層ビルの窓ガラスや水族館の水槽とかに使われているやつだ。衝撃耐性が高く、巨大牛どころかクジラがぶつかっても割れない。また、万一割れてもガラスのように飛散しないことから、透明な表札とかガラステーブルなんかにも使われている。
俺がこれらを素材に選んだのは、両方とも透明というのが大きい。つまり向こう側の様子が見えるからだ。自分が出した壁が邪魔で相手を見失うなんて間抜けなことは避けられる。そして俺はさらにもう1枚の壁を生成していた。
ドォン!
大型自動車の正面衝突かと思うような轟音とともに、巨大牛が壁に激突する。
動きが止まった。今だ。
「固定解除!」
生成していたタングステン製の壁が、上空から落下する。落とすだけなら動かすための精神力は必要ない。
そしてタングステンは、白熱電球のフィラメントなどに使われる素材だ。その特徴は、硬くて重たいこと。対戦車砲の徹甲弾の弾芯やら、ドリルなどの掘削機やらに使われるほどである。そいつを上空から落とせば――
「ブモッ――!?」
はい、スプラッター。
透明な壁が一瞬で赤く染まった。
「助かったわ。私はナクル・シュート。ありがとう。」
「妹が危ないところを、ありがとうございました。私はナクルの姉で、アクア・シュートと申します。」
姉妹だったか。なるほど、言われてみれば似ている。素手で接近戦をやるのが妹で、魔法を使うのが姉だ。活発そうな妹と、大人しそうな姉。だいぶ雰囲気が違うから気づかなかったが、見れば顔立ちはよく似ている。
「いえ、余計な事をしました。
俺は真壁建人。真壁が苗字で、建人が名前です。こっちは――」
「ぬ~り~か~べ~。」
そこでそのネタやるのかよ! 通じないだろ、どう考えても。ほら、きょとんとしてるし。
「壁子さんです。」
「変わった名前ね。」
「個性的な方なんですね。」
あー……ほら、困らせた。ただの変人だと思われたぞ。ダメ属性の壁子さんに残念属性が追加されたようだ。
「まあ、こいつの事は放っておいてください。」
「おい、真壁~。そりゃないのじゃ。」
「盛大にスベった奴が何を言うか。」
「それは正直スマンかったのじゃ。」
「よろしい。そこで反省してなさい。話は進めておくから。」
「むう……。」
壁子さんを黙らせて、俺は確認すべき事を尋ねた。
「2人は、どっちへ進むつもりですか?
街へ向かうなら、この牛の死体、運びますよ?」
魔物狩猟ゲームじゃないが、戦って倒して死体は放置していくという手はないだろう。蜂の巣の駆除業者なら、場合によっては巣や死骸は放置していくが、それは家屋の屋根裏とかに巣を作られてしまって除去できない場合に限られる。回収できる場合は回収するのが基本だ。
たぶんこの世界でも、それは同じだろう。そうでなければ、周囲にもっと死体が散乱していてもおかしくない。白骨の1つも見つからないというのは、回収されている証拠だろう。
「マジで? 私でもこの大きさはちょっと、お姉ちゃんに軽量化の魔法かけてもらわないと無理なんだけど。」
「こ、これを、お1人で運べるのですか?」
驚く美人姉妹。
妹のナクルさんは身を乗り出すように顔を前へ突き出す。ギャルみたいな驚き方だが、美人がやると絵になるから凄いな。……美人ってズルくね?
姉のアクアさんは、逆に顔を後ろへ引いて驚いた。口元に手を当てて、セクシーでかわいらしい仕草である。そういえば近所のおばあちゃんが同じ仕草をしていたな。だが印象がまるで違う。……美人ってズルくね?
「まあ、見てて下さい。」
微笑を返して、実演する。論より証拠だ。
最も単純な方法は、巨大牛の下に床型の壁を生成して、浮かせて運ぶことだ。しかし、巨大牛の重さを考えると精神力がもたない。
なので、まずは巨大牛の下に高さ50cmほどの壁を生成する。巨大牛を乗せる台座だ。壁は生成した後で自由に削除できるから、穴をあけて円柱型の壁――棒を通し、その棒に同じく円柱型の壁、もとい車輪を取り付けて、最後に巨大牛が乗っている台座の下半分を削除。これで荷車ができた。
さらに車輪に歯車を取り付けて、この歯車を別の小さい歯車に連結して、より小さい力で車輪を回せるようにする。モーターの代わりに、壁を移動させる能力を使って歯車を回転させる。こうすれば歯車の効果で、小さい力でもパワフルに車輪が動く。
「さて、完成。」
「なるほど。基本構造はミニ四駆と同じじゃな。」
そうなのか? ミニ四駆世代じゃないんだよな……。動画投稿サイトでは今でもやってる人を見かけるけど。魔改造とか。
とりあえず試運転だ。最初の歯車を動かす。連動して次の歯車が動き、その次へ……最終的に車輪がゆっくりと動き出す。トルクを上げる分、スピードが落ちるのが歯車の欠点だ。しかし人が歩くぐらいのスピードは出るようだ。必要十分だな。
「わー……! 動いた! 何やったのかさっぱりわかんないけど。」
「なるほど。あの形にそのような効果が……。小さな力で少しずつ動かすことができるのですね。」
俺たちは連れ立って街へ向かった。
世界観の設定――歯車
ミニ四駆に使われる歯車は「インボリュート歯車」と呼ばれる形状になっている。歯が丸みを帯びていて、これによってあらゆる角度で効率的に力が伝わるようになっている。
一方、この世界の歯車は、まだそこまで精密な形をしていない。また使用される場面も、風車や時計に限定されている。これは、歯車の素材が木であり、変形や摩耗に弱いことから実用的な小型化が難しいという事情がある。
ともかく、この世界の一般人にとって「風車や時計台で使われている、動力を伝える装置」という程度の認識であることが多い。歯車によってスピードとトルクを交換できるという事は、この世界では風車や時計を作る人でもなければ知らない。




