壁22
ドラゴンの死体は、予想より高く売れた。というのも、ドラゴンの素材はそもそも高額なもので、丸ごと1頭となるとギルドの資金では最低価格にも足りないというので、王都へ運んでオークションにかける事になったのだ。
スタンピードの功績と合わせて、俺は試験なしでAランクに昇格した。昇格する3つの方法「地道に仕事をこなす」「試験に受かる」「特別な功績をあげる」のうち、3番目に該当したわけだ。美人姉妹は1番と3番の複合理由で同じくAランクに昇格した。
この事は王都でも話題になった。ドラゴンが丸ごと1頭オークションに出されるぞ、と。王侯貴族もこれに関心を向けたらしい。そして討伐したのは誰だという話になり、俺たちが王城へ呼び出されることになった。
「新たなドラゴンスレイヤーの誕生を祝福しよう。」
王様に褒められて、俺たちはドラゴンスレイヤーの称号を与えられた。
こうなると「強い戦力は手駒に欲しい」という動きが出てくるだろう。
「そなたの功績をたたえ、辺境伯の地位を与えよう。」
ほら来た。貴族に取り立てて囲い込もうというやつだ。辺境伯をもらうのは、なぜか俺だけだった。その理由をこの場で尋ねるような雰囲気ではなかったので、あとで美人姉妹に尋ねてみたら、ドラゴンに傷を付けたのが俺だけだったからだろうという事だった。
そして俺はこの誘いを受けることにした。安全度が高まるなら、悪くない。社会的地位も何かの役に立つだろう。
……と思っていたのだが、与えられた領地というのが、辺境伯の名前の通り辺境だった。
国の南東に位置する領地で、東の国と国境を接しながら、南に海が広がっている。通常なら物資輸送の重要な地点になりそうだが、残念ながら問題を抱えているために、そうはなっていない。
その問題というのが、魔物だ。陸路にも海路にも魔物がいて、ろくに物資を輸送できない。だから仕方なく北へ大きく迂回して陸路で物資をやりとりしている。ぶっちゃけ危険な土地だ。だがドラゴンを倒すほどの猛者なら大丈夫だろうと押しつけられた。
「おかしい……安全度が高まるはずだったのに。」
これじゃあ危険度が高まっただけだ。
敵地同然の領地をもらって喜ぶ奴がいるのか? これで「囲い込んだ」と思っているなら、王族はよほどの間抜けだろう。こちとら自由を旨とする冒険者だ。この領地が手に負えないと思ったら、隣国へ亡命する。魔物が危険で常人には隣国までたどりつけないだろうが、俺たちにはその力がある。
……が、まあ、とりあえず1回やってみてからだ。
「領地運営か……。」
街を作る箱庭ゲームならいくつかやった事がある。
ゲームバランスの都合もあるだろうが、資金調達が面倒でつい資金を無限にするチートを使ってしまう。そして今の俺は、それに近いことができる。
「うまく発展させて信者を増やすのじゃ。」
物資を無限に提供できるのだから、うまく発展させるのは簡単だろう。
問題はもう1つある。
「今のうちに結婚しておきましょう。」
「領地の発展に成功すると、よけいにコレが増えるよ。」
テーブルの上には、送りつけられた見合いの申し込みがどっさり。
俺を囲い込もうとして娘を嫁がせようとする連中からだ。顔も見たことがない、生まれも育ちも大きく違う相手と、結婚してうまくやる自信なんかない。事ここに至っては、いくらかでも気心の知れた美人姉妹と結婚して、政略結婚の申し込みを断る盾としたほうがよさそうだ。
……そうか。こっちが囲い込みの本命か。貴族の娘を平民に降嫁するわけにはいかないから、領地は荒れていても辺境伯にしておこうという……。こういう手続きなら、どこかの貴族の養子にするのが普通だろうに……時代劇とかで殿様が町娘に恋をする話があると、そういう手続きを踏むよな。でも、それはこの国では違うのかな? 国が違えばルールも違うか。それとも、この領地を何とかして隣国との物流を活性化したいという事にも、少しは期待されているとか……?
「そういえば、2人とも元貴族でしたね。
一応俺が辺境伯になったので、結婚したら伯爵夫人ってことで貴族に返り咲きって事になりますね。」
ふと思い出して指摘してみると、美人姉妹はきょとんとして、数秒してから2人そろってポンと手を打った。
「「……そういえば。」」
「忘れておったのか。呆れた連中じゃの。」
「マカベさんを籠絡するのに必死で忘れてましたね。」
「でも理由が増えたんだから、そろそろ結婚してくれる?」
籠絡……? そんな動きがあったのか……? 文字を教わっていたが、勉強に必死で気づかなかったな。
ちなみに、努力の甲斐あって、日常的な文字は読めるようになった。この国の文字は、英語やドイツ語みたいに「それ自体は意味を持たない文字」を組み合わせて「意味のある単語」を作る。表音文字というやつだ。平仮名やカタカナと同じである。
そうして文字を理解してみると、魔方陣というのが文字を使った回路である事が理解できた。たとえばウォーターキャノンなら、「水」「召喚」「A地点」「現在地」「1000リットル」「加速」「前方」「条件追加」「着弾」「冷凍」「強度増加」といった単語を魔方陣の各所へちりばめる。そして魔力を放射状に広げたときに、順番に文字を通過するように調整されている。
正しい配置であれば正しい順序で文字に魔力が通る。そして意図したとおりに「水1000リットルをA地点から現在地へ召喚し、召還後は前方へ加速、着弾したら凍り付き、氷の強度は強化される」という効果を生むが、配置を間違えると魔力が通過する順番が変わり、「冷凍攻撃を現在地から前方へ加速、現在地の水を強度増加し、A地点から1000リットルの条件追加を着弾して召喚」というような効果になる。後半は意味が通らないので効果が発動しない。
順番を間違えないためには、魔方陣を使わずに口頭で詠唱する方法もある。これなら1単語ずつ発音するから、言い間違えない限り正しい順序で魔力が通る。しかし1単語ずつというのは、一瞬で生死が分かれる戦闘の場面では遅すぎる。その点、魔方陣を使えば、放射状に複数の単語に同時に魔力を通せるから早いのだ。
アクアさんのスキル【精霊魔法】は、火・水・土・風の4属製に限って、魔方陣を間違えずに形成できるという効果がある。光や闇の魔法も存在するが、それらは対象外だ。ただし、自力で魔方陣を形成すれば、ちゃんと効果は発動する。
つまり俺にも魔法を使える可能性があるのだが、魔方陣を形成したり、そこに魔力を通したりするための魔力操作ができない。壁生成の能力は、念じるだけで自動的に壁が生成され、自動的に魔力が消費されるから、意図して魔力を動かすという事をやったことがなかったのだ。
だが効果を発揮できれば壁を強化できるかもしれない。だから魔力操作の練習を始めたところだ。




